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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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199/205

皇亀強襲


 鳴り響く警報音で、颯谷は飛び起きた。急いで半長靴を履き直す。それからテントの外へ出ると、拠点はすでに騒然としていた。走り回る人の中に仁の姿を見つけ、颯谷は反射的に声をかけた。


「仁さん!」


「颯谷かっ、ゴーレムが来るっ、手伝え!」


「了解ですっ」


 そう答えると、颯谷は一度テントの中に引っ込んだ。そして仙樹刀をベルトに差し込み、金棒を肩に担いで仁の後を追った。


 時刻は夜半過ぎ。異界の中は夜だが、増設されていた投光器のおかげもあって拠点の中は明るい。しかしそれでも限度がある。光の届く範囲で戦おうとすると、防衛側は後手に回りがちだった。


「投光器持ってこい! 数を増やせ!」


 仁が大声でそう指示を出す。戦闘はすでに始まっていて、多数の土塊人形ゴーレムの姿が確認できる。しかも散発的にとはいえ、暗がりの向こうから次々に現れて数が増えていく。対応に苦慮しているのがすぐに分かった。


「仁さん!」


「来たか、颯谷! 悪いが手薄なところを頼むっ!」


「了解ですっ」


 そう答え、颯谷はもう一度周囲を見渡した。新たに投光器が設置されると、暗がりの中にいたゴーレムの姿が顕わになる。彼は内氣功を滾らせ、金棒を担いでそちらへ向かった。


「はあぁぁぁぁあ!」


 金棒を振り上げ、力任せに振り下ろす。小柄なゴーレムは両腕を交差させてその一撃を受け止めたが、颯谷はさらに上から力任せに押し潰さんとする。そしてそのまま金棒を振りぬいた。


 その勢いを利用して颯谷は身体を回転させる。そして今度は横薙ぎで一振り。ゴーレムは防御姿勢のままで、その一撃も防がれたが、しかし上体がのけぞった。それを見逃さず、彼は金棒を今度は突く。狙うのはゴーレムの顔だ。


 ゴーレムはその攻撃も防御する。しかし二度の強打により、ゴーレムの腕はすでに限界だった。片腕が砕かれ、もう片腕だけでは受け止めきれず、金棒はゴーレムの顔に突き刺さる。その衝撃でゴーレムは後ろへひっくり返った。


 その好機を颯谷は逃さない。すかさずもう片方の腕を破壊し、ゴーレムを立ち上がれなくする。それから両足をバタつかせてもがくゴーレムを滅多打ちにして、彼はその怪異モンスターを仕留めた。


 ふう、と息を吐いてから彼は改めて周囲を見渡した。そこかしこで戦闘が続いている。全体としては防衛側不利だ。すでに幾つものテントが倒され、投光器も踏み潰されたのか、光に照らされる範囲も狭くなっている。所々で火の手も上がり始めていて、それが混乱に拍車をかけていた。


 それだけではない。皇亀が近づいて来ていて、それを示すかのように突き上げるような振動が断続的に続き、そして徐々に強くなってきている。ちっ、と颯谷は舌打ちをもらした。このままでは良くない。雰囲気に流されている感はあったが、ともかく彼はそう思った。


 逡巡は一瞬。彼は迷彩服の胸ポケットから妖狐の眼帯を取り出し目元に装着した。たちまち、視界が広がる。相変わらず霧に邪魔されているが、それでも着けないでいるよりはるかに良く視える。光の届いていない暗闇の中、こちらへ向かってくるゴーレムの姿を視つけ、彼はその迎撃に向かった。


 戦いつつ、拠点から離れすぎないように気を付ける。正直、ゴーレム相手なら突出してしまっても逃げ切るだけの自信はある。だが今やっているのは拠点の防衛だ。「数を減らす」ことと「優先順位の高いゴーレムから倒す」ことは、なるべく両立させる必要がある。


 颯谷個人に関して言えば、危なげなく戦っていたと言って良い。ただ全体で見れば防衛側の劣勢は続いている。何より敵はゴーレムだけではない。妖狐の眼帯によって拡張された視界の中、彼はついに皇亀の姿を捉えた。


「…………っ!」


 ぶわり、と全身の毛が逆立つのを颯谷は感じた。デカい。デカすぎる。まるで山が動いているかのようだ。彼の意識は否応なく皇亀へ釘付けになったが、皇亀のほうは彼に何の興味もないようで、一歩ごとに地震を引き起こしながら霧を纏って歩いていく。そして咆哮を放った。


「ゴオォォォォォォ!!」


 一瞬、何もかもが静止したように颯谷は感じた。しかし実際、そんなわけはない。拡張された視界の中、彼は皇亀の巨躯からボロボロと岩のようなモノがこぼれ落ちてくるのを確認する。当然、それらは全てゴーレムだ。


「くそっ」


 悪態をついてから、彼は駆けだした。まずは手近な一体にしかけるが、やはり防御力が高いせいで倒すまでに手間がかかる。その間に多数のゴーレムがぞろぞろと拠点の方へ向かった。そして多数の敵が新たに出現したことに気付いたのだろう。拠点のほうからこんな声が上がる。


「ちくしょう!」


「あ、バカ! 何するつもりだっ!?」


 後者は仁の声だ。誰か、無茶な特攻でもかましたのだろうか。それならフォローできないかと颯谷は思ったが、しかし「誰か」の行動は彼の予想の斜め上を突き抜けた。


 騒然とした喧噪のなかにエンジン音が混じる。そしてヘッドライトが点灯した。颯谷は思わずそちらを振り返り、そして唖然とした。


 動き出したのは一台のブルドーザー。前面のブレードを持ち上げると、エンジン音を響かせながら前進する。そしてそのまま数体のゴーレムを突き飛ばした。


「馬鹿っ、止まれ!!」


 仁が大声で制止する。しかしブルドーザーは止まらない。そのまま猛然と前進を続ける。その先にあるのは皇亀のビルの様に太い前脚。ブルドーザーはブレードを上げたままそこへ体当たりした。


 ブルドーザーのエンジンが唸りを上げる。皇亀は一瞬動きを止めた、かに見えた。皇亀が前脚を動かすと、ブレードが引っかかってブルドーザーがひっくり返る。そこへまるで狙いすましたかのように、皇亀の前脚が垂直にブルドーザーを強襲した。


 あっと思う間もあればこそ。わずかに耐えることも許されず、壮絶な破砕音を響かせながらブルドーザーは皇亀の前脚の下に消えた。同時に爆発音が鳴り響く。歯牙にもかけない、まさに一蹴である。ブルドーザーを運転していた能力者が生き残っているとは、露ほども考えられない。


「……っ」


「バカヤロウがっ!」


 颯谷が息をのむのと同時に、仁の怒号が響いた。彼に颯谷の姿は見えていないはずだが、それでも声は届く。彼は続けてこう言った。


「皇亀は放置っ、手を出すな! ゴーレムを叩いて味方の撤退を援護しろっ!」


 その指示に颯谷も従った。皇亀に何も思わないわけではない。だが今やるべきは皇亀の討伐ではない。それに実際問題として、倒せるビジョンがまったく浮かばないのだ。


「ちっ」と舌打ちして、颯谷はまた別のゴーレムに狙いを定める。ただ皇亀が歩くたび強い振動にさらされて足元が安定しない。そうなると重い金棒は振りにくくて、颯谷は戦闘に苦慮することになった。


「ぬお!?」


 繰り出された岩の拳を、彼は変な声を出しながら回避する。そしてそのまま身体を回転させ、ゴーレムの背中に金棒を叩き込む。ちょうどその瞬間、突き上げる強い振動が彼とゴーレムを襲った。


 颯谷はバランスを崩し、金棒を杖代わりにして片膝をつく。ゴーレムの方はさらに悲惨で、うつぶせに転倒していた。彼はすぐに駆け寄り、立ち上がろうとするゴーレムを金棒で滅多打ちにする。黒い光の粒子が夜の帳に紛れていくと、彼は「ふう」と息を吐いた。


 そして、そうこうしている間に、いよいよ皇亀が拠点に到達する。皇亀はテントを踏み潰して進み、避難には使われなかった車両のほうへ首を向けた。そしてまず一台を咥え、口の中へ放り込んで咀嚼し始める。


 ――――ゴリッ、バリバリッ、ギギィ!


 響く金属的な破砕音。その音は非常に不快で、それ以上に恐怖をかき立てた。火花がガソリンにでも引火したのだろうか、皇亀の口元で赤い炎が膨れ上がる。しかし意に介する様子はなく、次の獲物を品定めし始めた。


 その様子を見て、颯谷の頭にあるアイディアが浮かんだ。皇亀に一矢報いることができるかもしれないアイディアだ。彼は金棒を肩に担ぎ、ゴーレムを避けながら小走りで皇亀の頭部へ向かう。ちょうどその時、皇亀はトラックにかぶりついた。


 皇亀はトラックを咥えて持ち上げ、器用に口の中へ収めながら咀嚼していく。燃料タンクが壊れ、軽油がまるで涎のように皇亀の口元を濡らした。


 颯谷の狙いはその漏れた燃料。彼は金棒を投げ捨て、ベルトに挿してあった仙樹刀を引き抜いた。そして一気に加速する。


 走りつつ、彼は迷彩服の上からコアの欠片を握りしめた。同時に氣を練り上げる。思い浮かべるのは炎。それもただの炎ではない。青白い炎、すなわち狐火。


 仙樹刀が狐火に包まれる。ただ皇亀はもう首を上げてしまっていて、普通に仙樹刀を振り回しても届かない。だが颯谷は躊躇うことなく間合いを詰める。彼は鋭く踏み込むと仙樹刀を大きく振り上げ、そして振りぬいた。


「はあぁぁぁ、はぁ!」


 放つのは伸閃。それも全力の一撃だ。氣功の刃が勢いよく伸ばされ、その刃を伝って狐火が皇亀へと走る。そして皇亀の口元に滴る燃料に着火した。


 狐火はたちまち皇亀の口元で燃え広がった。延焼が速かったのは、そこに軽油などの燃料があったから。だが狐火の本当の恐ろしさはここからだ。


 狐火はただの炎ではない。氣功的なエネルギーを燃料として燃える炎だ。そこにはモンスターも含まれる。そして皇亀は間違いなくモンスターだ。


「ゴオォォォォォォ!?」


 皇亀が悲鳴を上げた。苦しんでいたのかは分からない。だが驚いてはいただろう。なぜなら狐火は燃料を全て燃やし尽くしても消えることなく、むしろより激しく燃え盛っていたのだから。「ざまぁみやがれ!」と颯谷は喝采を上げた。その間にも狐火は勢いを増していく。そして顔のおよそ三分の一を狐火に覆われ、皇亀もいよいよ無視できなくなった。


「おっとと……!」


 皇亀が足を踏み鳴らしながら回頭する。その際、強い振動が連続して発生し、あちらこちらで人間とゴーレムが転倒した。それに構うことなく皇亀はズンズンと、少し急ぎ足で歩く。そして港の、海のすぐ近くまで行くと、顔を海の中に突っ込んで狐火を消した。


 次の瞬間、色々なことが立て続けに起こった。まず皇亀が海から顔を上げる。それとほぼ同時に白い光の玉が、皇亀の周囲から夜の闇を追い払う。「照明弾だ」と颯谷が気付いた次の瞬間、皇亀の目の前の海が大きく爆ぜた。


 妖狐の眼帯で拡張された視界の中、颯谷はその様子をはっきりと目撃していた。ただ何が起こったのはよく分かっていない。彼が「護衛艦の砲撃だ」と理解するより前に第二射が放たれる。その砲撃は見事皇亀に命中した。


 しかもわずかとはいえダメージが入った。甲羅を覆う岩石、砲弾が命中したそこに、小さなヒビが入ったのだ。これは画期的なことだ。もしかしたら既にあるモノを取り込んだ場合、その部分の氣功的な防御力は下がるのかもしれない。


 もっとも、そのあたりのことは征伐隊の誰も気づいていない。颯谷でさえ、視えていなかった。今の彼らにとって重要なのは砲撃が当たったということ。第三射、第四射が立て続けに放たれ、さらに護衛艦からも照明弾が放たれる。


 暗がりがパッと明るくなる。そして霧の向こうに護衛艦のシルエットがぼんやりと浮かんだ。その姿を皇亀がじっと見つめる。もしかしたら皇亀の多眼には護衛艦の姿がもっとはっきりと見えていたのかもしれない。くぐもった唸り声を上げると、皇亀はゆっくりと海の中へ入った。そして護衛艦へ向かっていく。


 皇亀の注意が拠点から逸れたことで、防衛側はゴーレムに対処しやすくなった。また追加のゴーレムが現れる様子もない。別命もないことだし、颯谷も残敵掃討に加わろうとかと思ったのだが、そんな彼を呼ぶ声があった。


「颯谷っ!」


「雅さん!」


「これからカチコミかけに行くんだけど、一緒に行くか!?」


「行きます、カチコミ大好き!」


「よしっ、一分で支度しろっ。ボートに乗り遅れるなよ!」


「はいっ」


 返事と同時に颯谷は走り出した。投げ捨てた金棒を回収し、自分のテントへ向かう。彼のテントは、幸い潰されてはいなかった。金棒をテントに放り込み、ロープに重りを括りつけて作った流星錘を引っ掴む。そして港までダッシュで向かった。


「颯谷っ、早くしろっ!」


 雅に急かされ、颯谷はボートに飛び乗った。彼が乗り込むとすぐにスクリューが唸りを上げてボートが発進する。


 進行方向にいるのは皇亀。照明弾の下、小山のようだったその巨体はすでに半分以上が水の下に隠れている。揺れるボートの上、「これならいけるっ」と思い、颯谷は仙樹刀の柄を握りしめた。


金棒さん「ええっ!?」

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― 新着の感想 ―
ボートを用意しろ。水と食料……は要らんか
金棒さん…(´;ω;`)ブワッ
金棒は置いてきた はっきり言ってこの戦いには重すぎる
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