ドロップの使い道
岡崎と仙樹の挿し木の話をした、次の日。早朝、颯谷は約束通り彼のテントへ向かった。そして挿し木の(より正確には土に込められた氣の)様子を妖狐の眼帯で確認する。氣はずいぶん減っていたが、しかしゼロにはなっていなかった。
「ということは、だいたい半日に一回くらい氣を込めてやれば大丈夫ってことかな?」
「そう思います。ただ、異界の外でもそうなのかは、まだちょっと分かんないですね」
「あ~、それはね。出てみないことには確かめようもないしね」
そう言って岡崎は苦笑を浮かべた。異界の外ではより多くの氣が必要になる、というのは十分に有り得る話だ。そのことは頭に置いておく必要があるだろう。でないと、異界が征伐されたその瞬間、この挿し木も枯れてしまうなんてことになるかもしれない。
実験として考えるなら、それはそれで有意義な結果と言えるだろう。だが次の実験をするにはまた別の異界に突入しなければならない。そういうリスクも考えれば、まずは枯らさない方向で実験を進めるべきだろう。
「そのへんは岡崎さんに任せます。……ところで、実のほうは食べちゃったんですか?」
「任せきりじゃなくて、できたら手伝って欲しいなぁ。仙具のこともあるし。……それと仙果は、うん、食べちゃった。挿し木でも仙果は実るのか、実るのならスパンはどれくらいなのか、それも調べたいからね」
岡崎がそう答えるのを聞いて、颯谷は「なるほど」と呟いた。実らせた状態にしておいて、仙果を異界の外へ持ち出せるのかもぜひ知りたいところだが、今のところ、征伐の目途は立っていない。となると、優先順位は違ってくるのかもしれない。颯谷はそう思った。
(何にしても……)
何にしても、絶対条件となるのは征伐の達成だ。征伐が達成されなければ、どれだけ画期的な実験結果が得られたとしても、それを広く発表することはできない。今やっていることは全て無駄になってしまうのだ。
何かしらの形でデータを残すことは可能だろうが、しかしそれも確実とは言い難い。だがあの皇亀相手にどうすれば核の破壊を成し遂げられるのだろう。その道筋さえ、征伐隊はまだ描けずにいる。
しかしこの日、攻略作戦の立案に関して大きな前進があった。きっかけとなったのは、沖に停泊している軍艦からの報告だ。十三に言われ、颯谷は司令部のメンバーを本部テントに集めた。それらのメンバーを前に、十三はこう切り出した。
「海軍さんがやっている水深の測量について、これまでのところの報告が来た。今のところ、海底に大きな変異は認められないそうだ」
そう言って十三はノートパソコンの画面を皆に見せた。そこにはもともとの水深と、海軍が測量した水深の数字が場所ごとに並んで記載されている。
見比べていくと、ぴったり一致する数字はないものの、どれも同じくらいの数字が並んでいる。つまり大きな差が生じるような変異は起こっていない、ということだ。そして颯谷がそれらの数字を見ていると、突然メンバーの一人が声を上げた。
「ああ!?」
声を上げたのは仁だった。彼は顔をパソコンの画面に近づけて水深の数字を確認する。そして満面の笑みを浮かべてこう声を上げた。
「いけるっ、いけますよ、コレ!」
「何がいけるというのだ、仁」
「皇亀の攻略、コアの破壊ですっ。これならいけると思います!」
「具体的に頼む」
十三がそう言うと、仁は「すみません」と言って興奮を落ち着ける。それでも顔に喜色を浮かべながら、作戦の肝となる部分をまずは一言でこう言った。
「皇亀を海に入れてしまいましょう」
以前の作戦会議で、「最大の問題はやはり皇亀が巨大であること」という指摘があった。そしてその問題を解決する手段として提案されたのが、「あらかじめ高い場所で待機しておいて、皇亀をそこへ誘導する」というアイディア。もちろん穴は多いが、ヘリから降下したり、もしくは足元からよじ登ったりするよりは現実的と考えられた。
今回の仁のアイディアはその亜種と言って良い。ただし考え方としては逆だ。つまり高い場所で待ち受けるのではなく、皇亀を低い位置へ誘導しようというのだ。しかも海なら、人間側はボートが使える。つまり水深分だけ高低差を潰せるのだ。颯谷が冗談半分に提案した、「穴を掘る」という案の発展形と言って良い。ただし当然、問題もある。
「どうやって海に入れる? これまで皇亀が海に近づいたことはないぞ」
「ですが海を避けているというわけではないはずです。事前情報だと、漁港には何隻か漁船が停泊していたはず。しかし今は影も形もない。残骸が散らばっていたという報告がありましたから、皇亀が喰ったのだと考えられます。つまり皇亀が海に近づかないのは、単純にエサがないからです」
「ふむ。ではエサを用意する、と?」
「はい。まあ、エサというより囮ですが。……護衛艦を使いましょう」
仁がそう言うと、テントの中にざわめきが広がった。それぞれ驚いたような顔や悩まし気な顔をしているが、その中でもひときわ厳しい顔をしている者がいる。医療チームの護衛をしている部隊の隊長である槇原だ。国防軍の軍人として、軍の仲間を囮にすることには抵抗があるのだろうか。あるいは護衛艦の建造費のことを考えたのかもしれない。そんな彼に十三はこう尋ねる。
「軍人として、どうですかな、この案は」
「……私は陸組ですので、何とも。問い合わせるなら、直接海組へ問い合わせた方が良いでしょう。ただ気になることがあります」
「それは?」
「護衛艦を囮にするという話でしたが、しかし現状、皇亀は護衛艦に何の興味も示していないように見えます。これで囮になるのでしょうか?」
「それは……、護衛艦には砲門があります。ダメージはなくとも実際に攻撃を受ければ、何かしらの反応を示すのではないでしょうか?」
仁の返答は期待の混じったものだった。とはいえ皇亀の生態に詳しい専門家など世界中のどこにもいない。それで質問した槇原も「なるほど」と言ってすぐに引き下がった。それを見て十三がこう話をまとめる。
「では一度向こうに話をしてみよう」
海軍の、特に護衛艦の同意が得られたら、いよいよ詳細な作戦を立てることになる。そういう方針を立ててから、この日の作戦会議は終わった。海軍への説明は十三と仁が直接赴いて行うことになり、二人はすぐに連れ立ってテントから出ていった。
そしてその少し後。颯谷が拠点の中を歩いていると、雅が誰かと話しているのを見つけた。相手は親族の今井慎吾だ。雅は颯谷に気付くと彼に向って手招きをする。颯谷が二人に近づくと、慎吾がイヤそうな顔をして、即座に雅に頭を引っ叩かれていた。
「珍しい組み合わせ、でもないか。二人で何を話していたんですか?」
「いやなに、ガーゴイルとどう戦うか、それを個人的にちょっとな」
土塊天狗は皇亀の甲羅の上部で確認されている、翼を持つ石像のような怪異だ。空を飛び、土塊人形と比べて機動力ではるかに勝る。コアの周囲からは離れないようで、ガーゴイルと戦うのは征伐をかけた決戦の際と言われている。それで颯谷は思わずこう言った。
「……気が早くないですか?」
「だがアレ以上の案はないだろ。それに海軍さんだって異界の中で死にたいわけじゃあるまいし。思うところはあるだろうが、最終的には同意してくれるはずだ。なら、今からガーゴイルとの戦い方を考えておくのは、むしろ必須だろ」
「まあ、そうかもしれないですけど……。じゃあ何が問題なんです?」
「得物だ。みんな、対ゴーレムを想定して来たから……」
そう答えたのは慎吾だった。それを聞いて颯谷は「ああ」と納得する。彼自身、今回は対ゴーレムを想定して金棒をメインウェポンに選んだ。だが対ガーゴイルで考えるとどうか。少なくとも金棒が向いているようには思われない。
そして今回、多くの者が颯谷と同じく威力重視の、重い鈍器を選んだのだろう。つまり対ガーゴイルには向いていない武器だ。仮に護衛艦を囮にするとしたら、そんな作戦を二度も決行できるとは思えない。作戦は一発勝負になる。その中で武器の相性は大きなマイナス要素と言わざるを得ない。
「どんな武器が良いんですか?」
「そうだな……、ある程度振りまわすことができて……、いやそれよりもリーチかな。長さのある武器が良い。倒せなくていいんだ、振り回して牽制できれば、それだけでずいぶん違うはずだ」
「長い武器って言うと、槍みたいな?」
「もっと長い方が良いな」
「いや、人間が扱うんですよね?」
雅の無茶な注文に、颯谷は呆れた様子でそう答えた。とはいえそれでも考えてはみる。長くて、リーチのある武器。倒せなくても、牽制になるような武器。数十秒考え込んでから、彼は「あっ」と呟いた。
「何か思いついたか?」
「武器と言えるかは分かんないですけど、まあ、はい、一応」
慎吾は胡散臭そうな顔をしたが、雅が「ぜひ教えてくれ」というので、颯谷は二人を連れてまず自分のテントへ向かった。そして荷物の中から仙樹糸製のロープを取り出す。次に彼が向かったのはゴーレムのドロップを保管している場所。彼はその中から、何の金属かは分からないがズシリと重い拳大のインゴットを一つ選んだ。そしてそのインゴットをロープの端に括りつける。それを見て雅は「おっ」と声を上げた。
「そうか、流星錘か……!」
「知ってるんですか?」
「ああ。古代中国の武器だな。マイナー過ぎて今の今まですっかり忘れていたぜ」
そう言って雅は大げさに肩をすくめた。それから真剣な眼差しで、颯谷が即席で作った流星錘を見る。長さがあって、振り回しやすい武器。確かにこれならば、条件を満たしている。今の状況下で簡単に作れるのも良い。
しかも颯谷が作ったこの流星錘は、ロープは仙樹糸製で重りはゴーレムドロップ。つまり仙具であり、氣を通せる。当たればガーゴイルといえどもひとたまりもあるまい。当たらなくても、例えば頭上で振り回すなどすれば、十分牽制になるはずだ。
「いいな、コレ。もう少し数を揃えるか……。いや数が多いとかえって邪魔か……? ならいっそ使い捨てにしてボーラとか……。ドロップのインゴットを使い捨てにするのは顰蹙買うかなぁ……」
流星錘を見ながら、雅がブツブツとそう呟いた。「そのへんの調整は管轄外」と言わんばかりに颯谷は口を挟まないでいたのだが、一緒にそれを見ていた慎吾が彼にこう提案する。
「使い捨てなら、それこそただの石で良いんじゃないんっスかね。どうしても氣を通したいなら、ゴーレムがドロップした石って手もありますし」
「それだっ!」
雅は慎吾の方を振り返って大声を上げた。あまりの興奮具合に、颯谷と慎吾は揃って若干引いた。そんな若者二人相手に、雅はこうまくし立てる。
「石だよっ、石! なんでこんな画期的なことに気付かなかったんだ!」
「えっと、雅さん?」
「いいか、石ってのは硬いんだ。投げてぶつけただけでもダメージになる。氣を込めてあるならなおさらだ」
「それは、知ってますけど……」
「ならそいつをスリングショットで撃ってやれば、それはもう立派な射撃武器じゃないか!」
「あっ……!」
ハッとした表情でそう呟いたのは慎吾だ。彼も武門楢木家の末席に名前を連ねる能力者。氣功能力と射撃武器の相性の悪さはよく知っている。実際に使えるなら、確かに画期的だ。一方で颯谷はあまりピンと来ない様子で、首をかしげながらこう尋ねた。
「使い物になりますかね? 対物ライフル以上の威力があるなら、画期的だと思いますけど……」
「中鬼を牽制できれば十分だ。特に覚醒したてのヤツなら、なおさらな」
「ああ、なるほど」
「それにあの土偶みたいなヤツでもコレなら効く。よしっ、こうしちゃいられない。早速ゴーレムの残骸を集めるぞ。慎吾、手伝え」
「あ、は、はいっ」
「あ、颯谷。アイディアありがとな。その流星錘は使うかも知れないから、ひとまず保管しておいてくれ」
そう言って雅は慎吾を連れてドロップの保管場所から出ていった。その背中を、颯谷はやや呆気に取られて見送る。彼は手元に残った流星錘を見下ろし、少し困ったように苦笑を浮かべた。そして彼も一度自分のテントに戻ることにした。
(それにしてもスリングショットか……)
そう心の中で呟いた彼の脳裏に浮かぶのは古典的なパチンコの画。そこから連鎖的に追いついたのは、今回手に入れたは良いものの、武器には使えない金属インゴットの使い道だ。
(パチンコ玉にしてやれば、結構使えるんじゃね?)
ネックは使い捨てになる事か。それでも死蔵するよりは良い気がする。今度雅に話してみよう、と彼は思った。
颯谷「流星錘……。カッコいい……。名前だけは」




