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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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195/205

情報考察


「……あった! あったぞ、コアだ!!」


 司令部のテントにその歓声が響いたのは、突入二日目のすでに日も暮れた時間のことだった。すぐさま声を上げたメンバーのところに他のメンバーが集まってくる。その中には颯谷もいた。


 当初、颯谷たちが拠点に戻ってきた段階では、皇亀の甲羅にコアは発見されていなかった。颯谷も「一体型の見立ては外れたかな」と思っていたのだが、映像を見返す確認作業中、ついにコアが見つかったという。


「ほら、ここ! 霧が一瞬晴れたその奥! 間違いなくコアだって!」


 興奮した様子の男が指さすのは、パソコンの画面の端っこ。彼は少し巻き戻してから、再生速度を落としてもう一度再生する。小さなパソコンの画面に、メンバーの真剣な視線が集中する。映像の中、確かに一瞬濃い霧が晴れ、その向こうにコアと思しき物体が確認できた。


「コイツは、確かに……!」


「コアだな、間違いない」


「本当に一体型だったのか……」


 映像を確認したメンバーの間からざわめきが起こる。そこへ席を外していた十三が戻って来て、コア発見のことが伝えられる。彼は映像を確認すると、大きく頷いてこう言った。


「コアだな。一体型と考えていいだろう」


「よしっ」


「しかしこれで、いよいよガーゴイルを無視できなくなりましたね」


 ガーゴイルとは皇亀の甲羅の上部で確認された、翼を持つ石像のような怪異モンスターのこと。総括報告書には「土塊人形」に倣って「土塊天狗」と記載される予定だが、征伐隊の中ではすでにガーゴイルの呼び名が定着していた。


 まあそれはともかく。仁の冷静な声が、テントの中の喧騒を鎮めた。なるほど確かに皇亀はヌシではなく、コアを擁する一体型の守護者ガーディアンだった。異界征伐のためには皇亀を討伐するのではなくコアを破壊すれば良いのだから、征伐の難易度は下がったと言える。


 ただその一方で、コアを破壊するなら当然ながらコアに近づかなければならない。だがコアに近づけばガーゴイルが襲い掛かって来るだろう。その意味ではガーゴイルこそ真のガーディアンと言えなくもないが、まあそれは良い。


 問題はガーゴイルが強いか弱いかではない。確かにそれも重要なのだが、その前に考えるべきことがある。つまり「どうやってコアのところにまで行くのか?」という問題だ。ただでさえ人間を皇亀の甲羅の上に送り込むのは困難が予想される。そこへガーゴイルという要素が加わったこと、仁はそのことを言っているのだ。


「……国防軍にヘリを飛ばしてもらいますか? 確か強襲揚陸艦に載せていたはず」


「あまりやりたくはないな。降下中、ガーゴイルに狙われるのは目に見えている」


「護衛艦の砲なら、ガーゴイルを粉砕できるんじゃないか? それから降下すれば……」


「粉砕できたとして、またすぐ新たに現れると思った方がいい。それにあのサイズを精密射撃はできないだろ」


「じゃあどうすれば……!」


「そこまでだ」


 白熱しかけた議論を、十三が杖で床を“コツコツッ”と叩いて中断させる。全員の視線が自分に集まったのを見てから、彼はさらにこう続けた。


「コアが発見された。これは大きな前進だ。大変喜ばしい。……だから今日はここまでにしよう」


「……了解です」


「……うっす」


 短く返事をして、メンバーはそれぞれテントから出ていく。コアを見つけた男性も、パソコンをシャットダウンして立ち上がる。颯谷もその後に続いた。


 拠点の中を歩くと、談笑している隊員の姿があちこちで見られる。皇亀のことはすでに皆知っているはずなのだが、彼らの表情に悲壮感は感じられない。


 あまり深刻に考えていないのか、あるいはよく分かっていないのか、もしくは司令部を信頼しているのか。颯谷は「気楽なモンだ」と心の中で呟き、それから自分もこれまではそういう立場だったことを思い出して苦笑した。


(まあ、今も大して変わらないか)


 声には出さず、そう付け加える。司令部の末席に名前を連ねているとはいえ、その実態は研修である。仁や雅と比べれば気楽な立場であることは間違いない。もっともある一点においては、征伐隊は全員が平等な立場だ。


(征伐成功か、それとも死か……)


 そのことを皇亀と、そしてその甲羅の上にあるコアと結びつけて考えると、あまり愉快な気持ちではいられない。攻略法がまったく思いつかないからだ。つまりここにいるのが颯谷一人だったなら、死んでしまう確率がかなり高いということになる。


 だが彼は一人ではない。彼では思いつけない攻略法も、司令部の他のメンバーなら思いつくかもしれない。それこそが組織の、集団の強みだろう。


 もちろん自分の頭で考えることを放棄するつもりはない。だがそれでも。自分より頭のいい人は必ずこの中にいるはず。そう思いながら、颯谷は自分のテントに入った。


 シフト制の不寝番も後方支援隊の任務の一つなのだが、彼は日中に護衛任務をこなしたという理由で今日は免除されている。彼は遠慮なく寝袋に入り目を閉じるのだった。


 そして翌日。朝食を食べ終えると、司令部のメンバーは早速本部テントに集まった。皇亀の甲羅の上部で発見されたコアを破壊するための作戦会議である。一晩寝て気持ちが落ち着いたのか、会議は比較的落ち着いた雰囲気で始まった。


「昨日の調査で皇亀の甲羅にてコアが確認されました。よってこれの破壊が今征伐の最終的な目標になります」


 会議の冒頭、進行役のメンバーがまずそう述べる。彼と幾人かのメンバーは今日の会議のため、昨日夜遅くまで資料の整理をしていたらしい。それを聞いて颯谷はちょっと申し訳なくなる。そんな彼の内心にはおそらく気付かないまま、進行役はさらにこう続けた。


「まずは大雑把な皇亀のサイズですが、鼻先から尻尾の先端までがおよそ200m、地面から甲羅の頂点までが50~60mと見積もっています」


「高さで、見積もりに差があるのは?」


「移動する際には脚を伸ばすわけですが、甲羅が少し浮き上がります。逆にじっとしている場合には甲羅は地面についているので、低くなることになります」


 進行役がそう答えると、質問者は「なるほど」と呟いて納得した。それを見て進行役はさらにこう続ける。


「コアがあるのは、甲羅のてっぺん付近。霧のために正確な位置は分かりませんが、まあほとんど頂点と思っていいでしょう。よってコアを破壊するためには、そこまで人員を送り込む必要があります」


 進行役はそこで一旦言葉を切った。出席者たちはそれぞれ厳しい顔で一つか二つ頷く。それを見てから進行役は再び口を開いてこう言った。


「最大の問題はやはり皇亀が巨大であることです。そのうえで、方法論としては大きく二つあると思っています。つまり下から登るか、上から降りるか、です。当然ながら両方とも、少し考えただけで問題があります」


 進行役がそう言う、出席者たちは揃って頷いた。それを見てから、進行役はさらにこう続ける。


「上からアタックする場合には、昨日も指摘があった通りガーゴイルが厄介です。逆に下から行こうとすれば、つまり皇亀の脚をよじ登ることになります」


「その場合の懸念事項は?」


「まずはやはり上からの落石。昨日ドローンの映像を見ましたが、頻繁に落石する様子が確認されました。最悪、その一つがゴーレムかガーゴイルであってもおかしくありません。つまり登っている最中にモンスターと戦闘状態になることは否定できません」


「だろうな」


「はい。またそもそも皇亀は動きます。あれだけの質量ですから、一歩ズンッと歩くだけでも相当な振動や衝撃があるはず。下からアタックするのであれば、それに耐えながらよじ登ることになります」


 進行役がそう答えると、出席者からは思わず唸り声が漏れた。氣功能力を駆使すれば、50mの岸壁をよじ登ることも恐らくは可能だ。しかしロッククライミングの前提は岸壁が不動であること。激しい振動や衝撃があるとなると、話は全く違ってくる。


(地震の最中にロッククライミングやるようなもんだよなぁ……)


 颯谷はそんなふうに理解した。そして想像してみる。まず無理だ。振り落とされる結果しか思い浮かばない。皇亀が動かないでいる間に登り切れれば理想的だが、それをこの段階で期待するのは間違っている。そして振り落とされてしまったら、待っているのは滑落か墜落か。どちらにしても無事では済まないだろう。


 もちろんいざ登るとなれば、命綱を用意するだろう。だがペグ打ちはどこまで有効だろうか。ペグを打ったまさにその場所がポロリと剥がれ落ちたとして、何の不思議もない。それにガーゴイルなどのモンスターに襲われたら、命綱はかえって邪魔になりかねない。そういうことは進行役も承知している。彼は渋い顔をしながらこう言った。


「……深く検討したわけではありませんが、現状、有効な攻略法は思い至っていません。この会議で何か糸口が見つかればと思っています。……ではどなたか、ご意見あるでしょうか?」


 進行役がそう尋ねると、いよいよ本格的な作戦会議が始まった。昨晩寝ながら考えたのだろうか。いろいろな作戦案が出てくる。ただ、どれも突飛というか実効性が薄いように感じられた。そもそも颯谷でさえすぐに問題点を思いつくような作戦案だ。アイディアの一つとしてはアリかもしれないが、現実にはボツ案である。


 ただその中で一つ興味深いと思ったのは、「待ち伏せ作戦」だ。進行役も言っていたが、最大の問題点は皇亀が巨大であること。つまり作戦を立てる際には、どうにかしてその高低差を埋める工夫が必要になるわけだ。


 待ち伏せ作戦では、最初から高い位置で待機しておくことで、その高低差を埋めようとしている。そして皇亀が近くに来たら飛び移るなりして征伐を目指すことになる。考え方としては非常にシンプルだ。


 もちろん問題点はすぐに思いつく。そんな都合の良い場所があるのか、そもそもどうやってそこまで皇亀を連れていくのか、挙げればきりがない。だがこの案は一つの重要な示唆を与えている。つまり「地形を利用しろ」ということだ。


「地形、地形か……」


 雅がそう呟いて顎をしごく。そしてテーブルの上に広げられた地図をじっくりと眺めた。それから異界の端の方を指さしてこう述べる。


「例えばここ。ここは幅の狭い谷になっている。ここまで皇亀を誘導できれば、甲羅の上に飛び乗ることは不可能じゃないと思う」


「だが現在の皇亀の位置からすると、山の尾根を越えた向こう側だぞ。どうやって誘導する?」


「それなんだよなぁ」


 メンバーの指摘に、雅も弱った様子でそう答える。そして良いアイディアが思い浮かばなかったのだろう。小さく頭を振ってから、気分を変えるように颯谷へ視線を向けてこう尋ねた。


「颯谷君は、何か面白い案があるかい?」


「そうですねぇ……。穴でも掘りますか? 深さ50mくらいの」


「ショベルカーがないから却下だ」


 メンバーの一人にすぐさまそう言われ、颯谷は「でしょうね」と答えて大げさに肩をすくめた。その様子がおかしかったのか、出席者たちが揃って笑みを漏らす。ただその中で一人、何やら考え込んでいる者がいる。仁だ。十三がそれに気付き、彼にこう声をかけた。


「仁。何か気になることがあったのか?」


「いえ、そういうわけではないんですが……。穴、穴を掘る……、う~ん……」


 仁は頭を捻ったが、なかなか考えはまとまらない。いや、この場合はひらめきだろうか。ともかく新たなアイディアを提案できなかった仁は、ひとまず考えるのを止めて十三に「大丈夫です」と答える。彼に一つ頷いてから、十三は出席者を見渡してこう言った。


「今日はここまでにしよう。また各自で少し考えてみてくれ。昨晩まとめてもらったデータは誰でも見られるようにしておく。ドローンが撮影した生データも同じだ。参考にしてほしい」


「はい」


「了解です」


 出席者たちが口を揃えてそう答える。十三は一つ頷くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてこう締めくくった。


「さあ諸君。征伐を始めよう。我々の生存をかけて」


仁「いざとなればスコップで……」

十三「食糧がたりなくなるから却下」

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― 新着の感想 ―
コアの欠片があれば主人公だけでもコアの位置が分かったと思うのですが、探知になにか条件ってあったのでしょうか? 欠片には今まで頑張ってくれてたのに前回はメタられて役に立てなかったから今回は名誉挽回してほ…
海なら船から甲羅の上に上陸出来そうだけど、皇亀が暴れないで安全に近づけることや、海が浅くて潜れないことが前提になりそう。 陸の渓谷なら、海面下に潜られる心配はない。 移動先の誘導は餌(仙樹?)を伐採…
まあどうにかして海に誘い出せないかというのは思いつくが なにか忘れている気がする
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