情報収集4
颯谷は今、トラックの荷台に乗っている。国防軍の幌付きトラックで、物資を運び込むために使ったトラックだ。彼は今、そこに数名の征伐隊のメンバーと一緒に乗っている。
多数のドローンを飛ばして皇亀の再調査を行う。それが決まったのはつい一時間ほど前の事だ。ただ準備が進むなかで問題も発覚した。
簡単に言うと、ドローンのバッテリーの問題だ。使用されるドローンには拠点から皇亀のところまで飛翔し、調査を行い、さらに戻ってくることが求められる。だがそれができるドローンが少なかったのだ。
片道で使い捨てにする、という手もある。そもそも撃墜される可能性があるのだ。別に戻すことまで考えなくても良いのではないか。そういう意見もあった。だが異界の中では全ての物資が有限である。使い捨て前提はなるべく避けようということになった。
ではどうするのか。バッテリーが足りないのであれば、足りる距離まで近づいて飛ばすしかない。至急、そのためのチームが編成された。そして颯谷もその中に入ることになったのである。
(後方支援隊、のはずなんだけどなぁ……)
口の端に小さく苦笑を浮かべながら、颯谷は心の中でそう呟いた。別にそのロールに拘泥しているわけではない。ただその一方で「これは後方支援隊の業務の一環なんだろうか?」と、そんなことをつらつらと考える。要するにちょっと暇だった。
「おっと」
瓦礫でも踏んだのか、トラックが大きくバウンドする。その衝撃は荷台にも伝わり、身体が浮き上がって颯谷は思わずそう声を出した。他のメンバーもそれぞれバランスを取っている。その後も悪路は続いた。
さて颯谷らを乗せたトラックが停止した。到着したのはとある施設の駐車場。比較的ひらけた場所だということで選ばれたのだ。颯谷は金棒を手にトラックの荷台から降りる。周囲を見渡すと、やはりというか、施設の建物の半分以上はなくなっていた。
ドローンからの映像を見て、異界の中、こういう建物が多いことは分かっていた。だが実際に自分の目で見ると、臨場感というか、生々しさが違う。
またドローンの視点だと見下ろしていたが、こうして人間の視点だと見上げることになる。皇亀がこの建物を喰らっているところを想像して、彼はごくりと唾を飲み込んだ。
チームリーダーがトランシーバーで本部と連絡を取り合っている。やがてゴーサインが出たのだろう。独特の音を響かせながら、ドローンが空へ舞い上がった。そして濃い霧の中へ消えていく。
「さてと、皇亀はどこだ……」
パソコンの画面に映る映像を見ながら、ドローンを操縦するオペレーターがそう呟く。颯谷はその映像を一緒に見てはいない。金棒を手に周囲を警戒している。彼は護衛としてこのチームに入ったのだ。
「見つけたぞぉ……!」
ドローンを飛ばし始めておよそ10分後、オペレーターが今度はそう呟いた。チームリーダーがそのことをトランシーバーで本部に報告。下された指示は待機だった。まだ他のドローンが全て到着しておらず、先走って各個に撃墜されるのを避けるためだという。だがその間にも状況は動いていく。
「っ!?」
何か物音が聞こえた気がして、颯谷は反射的に振り返った。視線を向けたのは半ば以上を喰われた建物。その中途半端に残った壁を破壊して三体の土塊人形が現れる。手にはそれぞれ、大きな岩石を持っていた。
「っ!!」
直ちに颯谷は周囲を確認する。そして顔を引きつらせた。大雑把にしか確認できていないが、自分とゴーレムと、そしてオペレーターの位置が一直線上に重なっている。つまりゴーレムがあの岩石を投げて彼がそれを避けたら、オペレーターに当たってしまうかもしれないのだ。
「石投げてくるぞっ!」
そう叫ぶのと同時、颯谷は駆けだした。現れたゴーレムたちに対して斜めに走って接近する。自分を囮にして、射線からオペレーターを外すためだ。相変わらず金棒は重くて、一歩一歩が足にくる。だが角度は確保できた。
「「「ゴォォォォ!!」」」
三体のゴーレムの咆哮が重なる。そして次々、手に持っていた岩石を颯谷へ投げつけた。彼はすでに内氣功をほぼ全開にして使っている。加えて瞬間的な集中力の高まりが、彼の動体視力を押し上げる。スローモーションになった世界の中、彼は飛んでくる岩石の軌道を見極めた。
三つの内、一つは身体をずらして回避する。残りの二つを、颯谷は金棒で叩き落した。強烈な反動が彼の右腕を襲う。彼は歯を食いしばって金棒の柄を握り、何とかすっぽ抜けて飛んでいくのを防いだ。ただ無茶をしたせいで、腕がかなり痛い。顔を歪めながら、彼は思わずこう唸った。
「くぅぅ……! 片腕で振り回すモンじゃないな、金棒は……!」
それでも彼は口角を上げる。一番厄介に思えた投石はこれで防いだ。ゴーレムが新たな岩石を拾う様子はない。仮にその素振りを見せても、この位置からなら牽制が可能だ。ドローンのオペレーターも、チームのメンバーが二人付いて退避させている。敵の初撃は潰した、と言っていいだろう。
「すまないっ、助かった!」
チームリーダーを含めた四名が颯谷に合流する。これで五対三だ。どう戦うべきか、颯谷は素早く頭を巡らせる。そしてこう提案した。
「一体はオレが抑えますっ。残りを二人ずつで……」
「いやっ、倒さなくていいから、何とか一体ずつ転倒させられないか!?」
「……やってみますっ」
余計な問答はしない。実際問題、右腕にはまだあまり力が入らなくて、彼の攻撃力は一時的に低下している。正直、ゴーレムの硬い身体を粉砕して倒すのは難しい。だがもともとバランスの悪いゴーレムを転倒させるだけなら、たぶん何とかなる。
颯谷は両手で金棒を構えながら前に出た。そして一番近いゴーレムに狙いを定めて間合いを詰める。そのゴーレムは腕を振り回して迎え撃つが、彼は速度を緩める事でタイミングを外し、ゴーレムに空振りさせた。
さらにその空振りした腕へ、ベクトル方向を揃えて金棒をぶつける。するとそのゴーレムは腕に引っ張られるようにしてバランスを崩した。その隙を見逃さず、颯谷はさらに踏み込んで今度はくの字に曲がっているゴーレムの膝を裏から叩く。いよいよ堪えきれなくなり、ゴーレムは前へつんのめるようにして倒れ込んだ。
「まず一体っ!」
「よしっ、任せろっ」
チームリーダーが指示を出し、倒れたゴーレムに四人の内二人が得物を振り上げて追撃に入る。もう二人は残る二体のゴーレムのうち片方を牽制。その間に颯谷は三体目のゴーレムへ向かって間合いを詰めた。
「ゴォォォォ!!」
ゴーレムが颯谷を捕まえようとして腕を伸ばす。その腕を彼は金棒で内側から外側へ払いのける。反作用で戻ってきた金棒を、彼は腰溜めに構えた。膝を曲げ、力を溜める。内氣功をひときわ滾らせて、彼は低い位置から金棒を突き出した。
――――ギィィィィン!
甲高い金属音を立てながら、金棒はゴーレムのみぞおちに突き刺さった。重い。手応えはひたすら重い。颯谷は雄叫びを上げながら足を踏ん張った。彼は金棒を、そしてゴーレムの身体を、下から斜めに力一杯突き上げる。次の瞬間、ゴーレムの身体が十数センチ浮き上がった。
「ゴォ!?」
「こんのぉぉぉ!」
颯谷はそのままゴーレムを突き飛ばそうとしたが、しかしそれは叶わなかった。彼は金棒を引き戻す。ゴーレムの身体は重力に従って下へ落ちた。
ところでゴーレムは重い。軽く見積もっても数百キロはあるだろう。それだけの質量だ、ほんの十数センチ落下するだけでも、大きな衝撃が発生する。そしてゴーレムが人形である以上、その衝撃は膝を曲げる事で吸収することになる。
別の言い方をすれば、その瞬間、ゴーレムの膝には大きな力が加わっているのだ。それを颯谷は見逃さなかった。彼は大きく踏み込み、身体を捻りながら金棒を振るう。そしてその一撃をゴーレムの膝に叩き込んだ。
(手応え、あり……!)
手応えはやはり重い。両腕が痺れるのを感じながら、しかし彼は口元を歪めて笑った。ゴーレムの膝には無数のヒビが入っている。そしてヒビは亀裂になり、一拍の後に砕け散った。ゴーレムがバランスを崩して身体を傾ける。彼の意識はもう次に移っていた。
「ラスいち!」
「頼んだっ」
颯谷と最後の一体を抑えていた二人がスイッチする。あの二人は巧みに戦ったらしい。最後のゴーレムはすでに片膝をついた状態だった。立ち上がろうとすればもう片方の脚に体重がかかる。彼はその脚を狙った。
しかもやはりゴーレムは身体のバランスが悪いらしい。片腕をつかないと片膝立ちの上体から立ち上がれないらしく、腕を振り回しても迫力に欠ける。そのうえ、腕を振り回したその遠心力でバランスを崩しているのだから世話ない。
颯谷はフットワークを重視して立ち回った。その代わり、一撃の威力はどうしても下がる。彼はそれを手数でカバーした。そのうち、一体目のゴーレムを始末し終えた二人が、彼の援護に加わる。ゴーレムの注意がそちらに逸れた瞬間、颯谷は強打を打ち込んだ。
「ゴォ!?」
ゴーレムがバランスを崩して横向きに転倒する。颯谷は余裕を持ってそれを避けた。彼は金棒を構えて警戒を続けたが、結局ゴーレムが立ち上がることはなかった。三体全てのゴーレムを倒し終えると、彼は「ふう」と息を吐いて構えを解いた。
「よし。二人でドロップの確認。残りはオペレーターの護衛に戻るぞ」
チームリーダーの指示を受けて、颯谷たちはすぐに動いた。ただその後、追加のゴーレムが現れることはなかった。それでも警戒は続けていたのだが、ドロップの確認をしていたメンバーが近くに来たので、颯谷は彼にこう話しかけた。
「ドロップ、どうでしたか?」
「おう、インゴットっぽいのが全部で四つだ。何の金属かは分からねぇがな」
「お~、結構大漁ですね」
「ああ。結構個体差が大きいよな、今回」
その言葉に颯谷も頷く。より正確に言うのなら、ゴーレムのドロップの量そのものは、だいたい一定で基本的にゴーレムの大きさ(体重)に比例している。ただしこのドロップの大部分は土塊や岩石で、つまり使い道がない。
一方で金属はドロップする場合としない場合があり、したとしても差が大きい。要するにこれが「個体差が大きい」という意味だ。たぶんだが皇亀の中でゴーレムが生成されるときに、素材は均一に混ざっているわけではないのだろう。
さてゴーレムを倒し終えてからおよそ15分後、オペレーターが「あっ!?」と声を上げた。そして脱力しながら悔しそうに空を仰いだ。さらにコントローラーを操作する様子はないので、たぶんドローンを撃墜されたのだろう。実際、その後すぐにチームリーダーが撤収の指示を出した。
もともと大掛かりな機材は持ち込んでいない。撤収はすぐに完了した。最後に颯谷が荷台に乗り込むと、トラックはすぐに発進する。拠点に戻るまでの間、彼は調査の成果について尋ねた。それに対し、オペレーターを務めた男性はこう答える。
「残念ながら、コアは発見できなかった。というか、すごい霧が濃いな、甲羅の上部は」
「じゃあ、大きな成果は無し、ですか?」
「いや、そんなことはない。例の跳び回っていた影、アレの正体の撮影に成功したぞ」
「本当か!?」
別のメンバーが驚いた様子でそう口を挟む。オペレーターの男性は一つ頷いてからさらにこう続けた。
「石像みたいなヤツで羽、いや翼? があって空を飛んでいたな。一体目はかわしたと思うんだが、たぶん死角から攻撃されてドローンを落とされた」
「ってことは複数いるってことか……。厄介だな……」
「そうか? これまで確認されなかったってことは、皇亀からは離れないんだろ? だったら無視できるんじゃないのか」
「無視できなくなった時の話をしてるんだよ」
確かにその場合は厄介だと思い、颯谷は小さく頷いた。何にしても詳しい解析は拠点に戻ってから。そう思いつつ、彼は舌をかまないように口を閉じた。
オペレーター「ドローンが撃墜された瞬間って、何が起こったか分からなくて一瞬混乱するんだよね……」




