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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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193/205

情報収集3


 休憩時間、テントの外に出ると、空気がムッとまとわりつくのを感じる。それでも大きく深呼吸をすると、颯谷は開放感を覚えた。少し歩くと、戦闘音だろうか、遠くから甲高い金属音が聞こえる。「近くないから大丈夫」と彼はそこから意識を外した。


「あ、雅さん。お疲れ様です。戻ってきたところですか?」


「颯谷か。そ、今さっき戻ってきたところだ」


「どうでした?」


「仙果を渡して来たからな。喜んでたぞ。ま、これでコッチとしても最低限義務は果たしたって感じだな」


 肩の荷が下りたぜ、と雅はおどけて見せた。今しがた彼が行って戻ってきたのは、沖に待機している国防軍の護衛艦と強襲揚陸艦である。軍人の方々に仙果のデリバリーを届けてきたのだ。遠くから聞こえる戦闘音を認めると、彼は「お、やってるな」と呟いた。


「雅さんは、もうゴーレムと戦いましたか?」


「ああ。仙果を集めている時にな。一対一だとキツいけど、三人くらいで囲んで、お前さんが言ったみたいに転ばせてやれば、そんなに大変でもないな。あ、投石にだけは注意だが」


 雅がそう答えると、颯谷は「なるほど」と呟いて小さく頷いた。すでに土塊人形ゴーレムの攻略法が確立されつつあるような言い方だ。ドロップのこともあるし、ゴーレム狩りははかどるかもしれない。また効率的に倒せるようになれば、それだけ怪我人も減るだろう。そんなことを考えつつ、颯谷は雅にさらにこう尋ねた。


「向こうの様子はどうでしたか?」


「やっぱり例の巨大モンスターを気にしていたな。レーダーの画面を見せてもらったんだが、かなりはっきりと映っていたぞ」


「なるほど……。あ、それとその巨大モンスターですけど、【皇亀】って呼ぶことになりました。命名は十三さんです」


「え、ああ、そうなんだ。了解。……ところで、ドローンってもう飛ばした?」


「飛ばして、戻して、映像を一回見直したところです。……戻ってこなかったのもありますけど」


「ああ、そりゃ仕方ない。で、中心部はどうだった? 今回は一応、行き帰りで迂回するようにしたんだが」


「何もなかったみたいですよ。オレも映像を見ましたけど、見た限り変異はなかったですし、モンスターが現れることもなかったです」


「そうか。じゃあ、次からは迂回しなくていいな」


「ボートの上からは見えなかったんですか?」


「見えなかった。やっぱり霧が濃いな。海の上は特に濃い気がする」


 さて二人がそんな話をしているうちに休憩時間も終わり、颯谷は雅を案内してテントへ戻る。司令部のミーティングが再開されると、まずは雅がより詳しい報告を行った。


「まずは仙果ですが、十分な量を届けました。足りなければまた届けることになりますが、向こうさんは全員問題なく覚醒できる見込みです。ただ、仙果の確保には多少苦労した印象です」


「というと?」


「いつもより仙樹が見つけづらかった、ような気がします」


 雅がそう答えると、他のメンバーは「あ~」みたいな顔をする。それを見て雅は首をかしげたが、十三が「あとで説明する」というとひとまず呑み込む。そんな彼に十三はさらにこう尋ねた。


「周囲の様子はどうだった?」


「抉られたような、荒い地形の場所が結構ありました。あとは土砂崩れが起きたみたいな場所とか。仙樹はもしかしたらそういうのに巻き込まれたのかも知れません」


「ふむ、なるほどな……」


「やっぱり、例の巨大モンスター、皇亀の仕業ですか?」


「うむ。まあ、その辺はあとで説明する。……海軍さんの様子はどうだった?」


「皇亀をかなり気にしていますね。ただゴーレムは近づいてこないみたいですし、別のモンスターが襲ってくるということもないようで、警戒はしつつも今のところは戦闘ゼロだそうです」


「そうか。向こうの、今後の予定としてはどうだ?」


「巨大モンスター、皇亀の動きを監視しつつ、海、特に水深の調査を行い、どこまで艦を動かせるのか確認すると言っていました。海底部では変異が起こっている可能性がありますから。もちろん陸からの要請があればそちらを優先する、とのことです」


「了解した」


「それから……」


 雅はさらに報告を続けた。時折質問が挟まるが、彼は的確に答えていく。その受け答えには慣れというか、風格が感じられる。


 雅の報告が終わると、十三は彼に皇亀について判明したことをかいつまんで説明する。それを聞くと、彼は「なるほど」と呟いて驚くよりも納得した表情を見せた。そしてさらにこう続ける。


「これは個人的な感想ですけど、もしかしたら仙樹を狙って喰っているのかも知れませんね。見つけた仙樹にはマーキングしておきましたけど、それも最後まで残っているかどうか」


「そうなると、今回は仙樹の確保やマーキングは難しいかも知れんな……」


「もっと山奥の方に行けば、数が揃っているんじゃないのか?」


「それで征伐に支障が出たら本末転倒でしょうに」


 メンバーの一人がそう言うと、他のメンバーは苦笑を浮かべながら「まあ確かに」と呟いた。今回も国防軍を介し、仙樹林業からは仙樹の確保やマーキングを依頼されている。ただ雅は仙樹を「見つけづらかった」と言っているし、この征伐で量を確保するのは難しいかもしれない。


 仙樹をどれだけ確保できるかは、仙樹弾や仙甲シリーズをどれだけ生産できるかに直結してくる。もはや資源であり、その確保は言うまでもなく重要だ。しかしそのために本命のオペレーションへ悪影響があってはならない。そのことは仙樹林業も理解しているはずで、量が不満足でもそこは吞み込んでくれるだろう。


 さて雅の報告と彼への状況説明を終えると、ドローンが撮影した映像の検証が再開した。ドローンで確認した被害状況を地図に書き込むなどして、全体像を把握できるようにしていく。その結果分かったのは、皇亀の行動範囲はどうも偏っているらしいということだった。


「港のほうにはあまり近づかないようだな」


「うむ、そう見える」


「いや、近づかないというより、すでに食い散らかした後ということではないかな、これは」


「ああ、なるほど。この辺は山もない。港の設備を食い尽くしてしまえば、あとはもうエサになるモノはない、ということか」


「実に結構。拠点の安全性が担保されたということだ」


 メンバーの一人がそう言うと、他のメンバーも揃って頷いた。中心部にコアがなく、ヌシもいなかったことを考えれば、あの皇亀こそが今回の征伐の鍵となる存在であることに間違いはないだろう。


 だが現状、皇亀攻略はまだその糸口さえ見つかっていない。征伐には時間がかかることが予想され、そうである以上は拠点が安全であることがいつも以上に望まれる。皇亀の行動範囲が拠点からは離れているというのは征伐隊にとって朗報だった。


「……よし。ここまでで一度情報を整理しよう」


 検証が一段落したところで、十三がそう述べる。そして自分で走り書きしたメモを見ながらこう続けた。


「まず今回の異界全体についてだが、大規模な変異は無いと思われる。もちろん無いと決まったわけではないが、我々がメインで活動するフィールドには無いと思っていいだろう」


 十三の言葉にメンバーは頷く。大規模な変異が無いということは、地図がそのまま使えるということ。これはかなりポジティブな情報だ。一拍置いてから、十三はさらにこう続ける。


「中心座標は海上。ドローンで確認した限りは何もなかった。軍艦からの情報も合わせれば、海上ではほぼモンスターは出現しないと考えてよいだろう。ただ霧は海上のほうが濃いようなので、海に出る場合は注意してほしい」


「補足しますが、目視での視界は100mないと思ってください」


 雅がそう付け加えると、メンバーの多くが顔をしかめた。とはいえ今のところ、特に戦闘に関連して海に出ることは考えづらい。それで顔をしかめる以上の反応はなかった。


「さて、こうなると怪しいのはやはり皇亀だ。映像から検証した限りだと、体高およそ50m、体長が60m程度と思われる。ただし首と尻尾を含めれば、大きさは100mを超えるだろう。もはや岩山と考えた方が良さそうなサイズだな。


「皇亀は建築物や電柱、山そのものまで喰らうことが確認されている。また特に甲羅の下部から剥離するような形でゴーレムが生み出されている。推測するに、食ったモノをそのまま素材にしているのだろう。


「甲羅の上部では、各所から断続的に蒸気が噴き出している。恐らくはここが霧の発生源だろう。つまり皇亀を倒すまでこの霧は晴れないということだ。湿度が高いことは実感しているとおもうが、各自体調管理に努めてくれ。


「また霧の中には動き回る多数の影が確認されている。これは、ゴーレムとは別のモンスターである可能性がある。今のところ皇亀から離れて確認はされていないが、ゴーレム以外が出てくる可能性は頭に置いておいてほしい。


「これまで調査した範囲では、皇亀の甲羅も含め、コアは確認されていない。また例の影、あれがモンスターだとして、皇亀を攻撃している様子もない。つまり皇亀はイレギュラーではない。となれば皇亀がヌシである可能性が高まったと思う。それを前提に、これからどうするか、考えていこう」


 十三がそう締めくくると、メンバーは一様に難しい表情を浮かべた。「皇亀がヌシかもしれない」というのは、全員が感じていただろう。そして同時に「そうであって欲しくない」とも思っていた。倒せるビジョンが浮かばないからだ。しかし十三は颯谷らにそれを容赦なく突きつけた。


「……颯谷君。君は次に何をするべきだと思う?」


 数秒の沈黙ののち、颯谷にそう問いかけたのは仁だった。きっとそこまで真剣に問いかけたわけではないだろう。話の取っ掛かりが欲しかったのかもしれない。仁の思惑について颯谷は知る由もないが、ともかく彼はこう答えた。


「もう一度、しっかりと皇亀を調べるべきだと思います」


「……それは、どうして?」


 思いがけずはっきりとした答えが返って来て、仁は少し驚いたようだった。とはいえ決して変なことを言っているわけではない。それで彼は理由を尋ね、颯谷は考えをまとめながらこう答えた。


「えっと、餓者髑髏のことは、知ってますよね?」


「もちろんだ」


「皇亀を見たとき、餓者髑髏のことが頭に浮かびました。まあどっちもデカいってだけなんですけど……。それで餓者髑髏はコアを内部に取り込んだ一体型だと分類されました。皇亀もそれに近いんじゃないかと。だったらどこかに一体化したコアがあるんじゃないかと思いまして……」


「つまり皇亀はただのヌシではない、と? そう考える理由は?」


「それは、えっと、氣功能力や異界の研究をしている大学の教授が言っていたんですけど、モンスターの発生で重要なのはコアの存在じゃないか、と。皇亀はゴーレムを生み出しています。だったらその近くにコアがあるのは自然じゃないかな、と」


「なるほど……」


 仁はそう呟いて考え込んだ。他のメンバーの中にも同じようにしている者がいる。皇亀が一体型であるという颯谷の推測には、現状何の根拠もない。彼の勘である。しかし餓者髑髏という前例がある以上、あり得ない話ではない。


(それに……)


 それに、その方がありがたい。口には出さないものの、多くのメンバーがそう思っていた。一体型であるなら、少なくとも皇亀の身体のどこかにコアがあることになる。ならばそのコアさえ破壊すれば、少なくとも異界のフィールドは解除されるだろう。そしてその後なら、国防軍の火力を頼れる。


「それにオレの言うことが間違っていて、皇亀が普通のヌシだったとしても、攻略の糸口を探るためにもっと調査は必要なはずです」


 最後に颯谷は付け加えた。それはまあ確かに、と多くのメンバーが頷く。いずれにしても現時点で皇亀の情報は足りていないのだ。甲羅の上部にいる、ゴーレムとは別の怪異モンスターと思しき存在についても、一体何者なのかはっきりさせる必要がある。


「では皇亀の追加調査を行うとして、どのように行うか意見を出してくれ」


 十三がそう言って方針を定める。何を目的とするのか、またどのような体制で行うのか、技術的な話も含めて活発な話し合いが行われた。


 追加調査の目的は「皇亀の甲羅上部の調査」。手法としては、やはりドローンが用いられる。ただしドローンが何らかの理由で撃墜されることを想定し、複数のドローンを用いて多方面から同時に調査を行うことになった。


 皇亀の位置は護衛艦のレーダーで把握されている。ドローンの用意ができ次第、すぐに追加調査は行われることになった。


(さて……)


 一体何が判明するのか。颯谷も強い関心を向ける中、準備は慌ただしく進んだ。


雅「むこうではケーキセットをいただいてきた。役得だぜ」

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― 新着の感想 ―
港に近づかない理由、海水が弱点というオチはないと思いたい。
大きさ的に明らかなレイドボスなのに戦力が足りない気がしますね〜 なにか弱点があるのかすら??
>量が不満足でもそこは吞み込んでくれるだろう。 飲み込まなかったら以降二度と仙樹買えなくなりそう。 それはそうとちゃんと上層部やってる。
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