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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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情報収集2


 岩山のあちこちから蒸気が噴き出している。同じ場所から常に噴出しているわけではなく、数秒ずつ断続的な噴き出しだ。そして噴き出した蒸気は周囲の霧に混じって一体化していく。どうやらこの異界を覆う深い霧の発生源はココだったらしい。


 ドローンは近づいたり遠ざかったりを繰り返す。この怪異モンスターはあまりにも巨大すぎて、ある程度の距離を取らなければその全貌を把握することはできない。だが噴き出す蒸気のために距離を空けると鮮明な画が撮れない。それで近づいたり遠ざかったりを繰り返して、全貌を把握しようとしているのだ。


「脚は……、四本か」


「何に近いかと言われれば確かに亀だな。もっとも甲羅というより岩山だが」


「あ! おい、ちょっと下の方を映してくれ!」


 メンバーの一人が何かに気付いてそう声を上げる。オペレーターはドローンを操作して巨大モンスターの下方へ接近させ、さらにカメラを下へ向けた。すると次の瞬間、パソコンの画面には衝撃的な場面が映し出された。


「おいおい、マジかよ……」


 テントの中、誰かが呟いたその声がやたらと大きく響く。だがそれを誰も気にしない。気にするだけの余裕がないのだ。彼らが食い入るように視る画面の中では、岩山のような甲羅の下で動きがあった。


 大きな岩石が剥がれ落ちるようにして落下したのだ。そしてその岩石はモゾモゾと動き出し、そして二本足で直立する。土塊人形ゴーレムだ。モンスターが現れる瞬間というのを、実は颯谷は初めて見た。


「モンスターってこうやって現れるのか……」


「いや、さすがにこの異界だけだろ。この亀が特別なんだ」


 そんな話をしている間にも、巨大モンスターはさらに数体のゴーレムを生み出して、いや自身から分離させていく。そしてそのあと、地響きのような音を立てながら、屈めていた脚を伸ばした。岩山のような甲羅の位置はさらに高くなった。


「本当にデカいな……。これ、高さはどれくらいだ?」


「さて、地表から50mか、もしかしたらそれ以上かも……」


 そのスケールを、颯谷は誇大だとは思わなかった。周囲に映り込んでいる民家や電柱と比べても、「高さ50m」というのは言い過ぎには感じない。むしろ控えめにさえ思われた。


 これまでに颯谷が遭遇した巨大モンスターと言えば、最初の異界のあの巨大な大鬼が筆頭だった。だがあの大鬼よりもコイツはさらにデカい。コイツと比べれば、あの大鬼さえ常識的なサイズに思える。それくらいスケールが違った。


 そして巨大モンスターがゆっくりと歩き出す。その進行方向に合わせてドローンも移動した。速度はドローンの方が速い。少しすると、巨大モンスターの頭部が見えてきた。


(……っ)


 巨大モンスターの顔が画面に映ると、颯谷は思わず顔をしかめた。不気味。それが彼の印象だ。岩石に覆われた顔はもちろんゴツゴツとしているが、基本的なフォルムはのっぺりとしていてむしろシンプルだ。


 だが左右非対称に目らしきものが多数散らばっていて、それが何とも言えない不気味さを醸し出している。人によっては「醜悪」とさえ評するかもしれない。どうにも生理的に受け入れがたいデザインだった。


 それから一分弱、ドローンはそのまま巨大モンスターを追尾した。やがて巨大モンスターは足を止めると、首を伸ばして電柱を食いちぎる。そして柱上トランスごと飲み込んだ。口元から垂れる絶縁油が、まるで巨大モンスターの涎のように見えた。


 巨大モンスターの捕食はそれで終わらない。伸ばした首を左右に動かし、届く範囲にある民家や倉庫などの建物を次々にかじっていく。モンスターが文明を食い散らかしていくかのようにも見えるその光景を、人間たちはただ見守るしかなかった。


「……甲羅の、上の方をもうちょっと詳しく頼む」


「りょ、了解」


 オペレーターがそう答え、ドローンが岩山のような甲羅の方へ移動した。ただ甲羅はあちこちから断続的に蒸気が噴き出している。そのため他の場所以上に離れると鮮明な画が撮れない。ドローンは可能な限り近づいてカメラを回した。しかしその映像が突然途切れる。


「あっ!?」


「なんだ、どうした?」


「……墜落、したようです」


 ドローンのオペレーターがやや唖然とした表情でそう答える。何かにぶつかったのか、それとも何かをぶつけられたのか。


 すぐに直前の映像を見返すが、原因と思しきモノは何も映っていない。ただ映像が大きくブレていたので、何かしら衝撃が加わったことは間違いないだろう。


「他のドローンは、向かわせられないか!?」


「ちょっと待ってくださいっ。えっと、この位置からなら、何とか……!」


 別のドローンを操作していたオペレーターがそう答え、颯谷たちは彼を囲んでその画像に視線を向けた。少し待つと、画面の遠くの方に巨大な影が見え始める。彼らは身を乗り出してパソコンの画面を覗き込んだ。


 ドローンが巨大モンスターに接近するにつれ、徐々に様子が分かってくる。どうやら巨大モンスターは先ほどの位置から少し移動したようだ。その時、目を凝らして画面を見ていた司令部メンバーの一人が、唸るようにこう呟いた。


「やろう……、山を喰ってやがる……!」


「えっ」という声が上がり、何人かが彼の方を振り返った。彼は険しい表情のまま、パソコンの画面の左寄りの場所を指さす。颯谷を含めた全員の視線がそこに集まった。


 画面には巨大モンスターの全身が映っている。つまりまだ距離がある。そのせいで濃い霧に遮られ、巨大モンスターの様子はぼんやりとしか分からない。


(えっと、こっちが尻尾でこっちが頭だから……)


 颯谷も目を凝らしながら睨むようにして画面を見る。ドローンは巨大モンスターの頭部を画面の中心に映しながら近づいた。やがて様子がもう少し分かってきたところで彼も「あっ」と声を上げた。


 巨大モンスターは山肌に頭を突っ込んでいた。そして何やらモゴモゴと口元を動かしている。本当に土砂や岩石を喰っているのか、それはまだはっきりとは確認できない。だがもうほとんど確定だろう。


「……あっ、ちょっとカメラを動かしてくれ。甲羅の方だ」


 颯谷が険しい顔をしていると、画面を見ていたうちの一人がオペレーターにそう声をかける。オペレーターは一つ頷いてカメラを操作した。甲羅の部分は特に霧が濃い。そこを睨みつけながら、彼はこう言った。


「やっぱり……。この辺、何か動いてないか?」


「んん~?」


「確かに……、何か、影みたいなのが、チラチラと……?」


「もうちょっとドローンを近づけられないか?」


「できますが、やろうとするとバッテリーの残量が……」


 オペレーターは言いにくそうにそう答えた。ドローンのバッテリー残量は、あとは拠点に戻すだけでギリギリ。「使い捨てにしても良いのであればやりますが」と、オペレーターはやりたくなさそうに答えた。


「……いや、結構だ。戻してくれ」


「了解です」


 ホッとした口調でそう答え、オペレーターはドローンを反転させた。他のオペレーターたちもそれぞれドローンを引き返させている。みなほぼ同じ時間にドローンを飛ばし始めたので、バッテリーが切れるタイミングも重なってしまうのだ。


 颯谷は「ふう」と息を吐いたが、実のところ情報収集の本番はこれからだ。ドローンが撮影した映像を見直して調査し、そこから有益な情報を拾い集めなければならない。司令部の末席に名前を連ねる者として、颯谷もそれに加わった。


 まず注目されたのは異界の中心部。通常、コアにしろヌシにしろ、ここに手がかりがあることが多い。そしてこの青森県東部異界の中心の座標は、地図上では海の上になっている。


 昨日までに護衛艦のレーダーを用いた探索が行われているが、今のところ構造物らしき反応は確認されていない。双眼鏡を用いての目視での調査は、濃い霧のために何も確認できなかった。


 それでドローンを飛ばしての確認が行われたのだが、そこには何もなかった。コアはもちろん何かしらの陸地が現れていることもなかったし、ヌシと思しきモンスターもいない。一応バッテリーの限界までドローンを待機させたが、結局征伐に繋がりそうな情報は何も得られなかった。そしてこの情報が何も得られなかったことが、ここでは重要だ。


「こうなると、やはりあの巨大モンスターが鍵だな」


 仁の言葉に司令部のメンバーは揃って頷いた。半ば予想していたことではあるが、中心部に何もなかったことでその予想は確信へと変わった。征伐を達成するにあたって、やはりあの巨大モンスターは避けては通れないらしい。


 映像の見直しと検証は続く。あの巨大モンスターを見てから映像を見直すと、なるほど喰いちぎったと思しき傷跡がそこかしこにある。そしてあのゴーレムのこと。それらを考え合わせると、自然とこんな推論が成り立った。


「あの亀があっちこっち食い散らかして、そうやって集めた素材がゴーレムの素になっている、ってことか」


 反論は出てこない。確かにそう考えれば、ゴーレムを倒した後に岩石やコンクリート片が多数ドロップすること、そしてスプーンなどの金属製品が混じることなども説明がつく。もともとそういうモノが原材料になっていたわけだ。


「じゃあゴーレムはあの亀の近くでだけ出現すると、そう考えて良いのか?」


「恐らくは。他の画像も見るかぎり、あの巨大モンスターから遠い場所だとゴーレムの数も減っているようだ。そう考えていいだろう」


 これはポジティブな情報だと言えた。あの巨大モンスターの位置は、護衛艦のレーダーでほぼほぼ把握できる。巨大モンスターが移動したそのルート、それがゴーレムが多いと思しき場所だ。この情報は何かと参考になるだろう。


 映像の見直しと検証はさらに続く。ざっと見た限り、目につく大きな変異はないように見受けられた。霧が濃いのが変異といえばそうだが、これは例の巨大モンスターに由来するもので、直接異界に由来するものではない。


 ただそれなら、なぜこの霧は晴れないのか。その理由はドローンを飛ばしてみても分からなかった。ただ一つ言えるのは、純粋な気候学的条件によるものではない、ということだ。そんなことを国防軍の軍人の一人が言っていた。


(なんにしても、ただの霧じゃないってことか……)


 颯谷はそう理解した。そもそも巨大モンスターが発生させている霧なのだ。ただの霧ではないというのはむしろ当然かもしれない。


 実際、この霧はすでに攻略に影響を与えている。霧のため、巨大モンスターの全貌を遠距離から捉えられなかったのはついさっきのことだ。


 また巨大モンスターの甲羅近くでは、霧の中で何やら動く影のようなモノが確認されている。墜落した一機目のドローンのことを併せて考えれば、これがゴーレム以外のモンスターである可能性は高い。


「……一度、休憩しよう。15分後に再開する」


「あ、十三さん。ちょっと待ってください」


 休憩に入ろうとした十三を、仁がそう言って留める。視線を向けられた彼はさらにこう続けた。


「あの亀、何か名前を付けませんか。いつまでも巨大モンスターじゃ、格好がつかないでしょう」


「それは構わんが。何か案があるのか?」


「デカい亀ですし、【玄武】でどうですか?」


「おいおい、玄武は瑞獣だぞ。縁起が良いヤツだ」


「では【オウガメ】というのはどうだ?」


 そう言って十三はメモ帳に【皇亀】と書いて見せた。「王」ではなく「皇」にしたのは、彼なりのこだわりなのかもしれない。


 反対意見はでない。【玄武】を推していた仁も大きく頷いている。こうして件の巨大モンスターは【皇亀】と呼ばれることになった。この名称が正式に総括報告書に記載されることになるのか、それは征伐隊の双肩にかかっている。


颯谷「ゴーレム=老廃物……? というより……」

仁「やめろ」

雅「それ以上はいけない」

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― 新着の感想 ―
なんつー大きさだ。そしてボスは食うだけで雑魚を増やすし…なんなら食って自己強化もしてるんじゃないか? まだまだ情報収集の段階だろうけど、この異界難易度高すぎる
50mオーバーとなるともう立派な怪獣だな。ウルトラマンとか初期ゴジラとかの寸法だし。スーパーロボットでも持ち出さないとアカンサイズ。まともに倒そうと思うと異界外でミサイルバカスカ撃ち込まないと…。流石…
実はコアも既に腹の中とかありそう お腹の中は溶鉱炉みたいな感じだが倒したらコア探しとかなったら大変やなw
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