情報収集1
最初の土塊人形を倒してから、颯谷はさらに二体のゴーレムを討伐した。二体とも最初のゴーレムより大きかった(推定身長170cmと200cm)が、彼はむしろやりやすく感じた。
意識の変化があったから、というのはもちろんある。ただ大きい分、重心の位置が高かったのが主な理由だろう。足元を狙うと簡単に転ばせることができ、一度転ばせるとその後は楽だった。
さて、最初に一番槍が突入してから一時間後、征伐隊の突入が完了して異界のフィールドも群青色と化した。いよいよ本格的な征伐の始まりである。だが今回の征伐は最初から壁にぶち当たった。拠点の設置に手間取ったのである。
当初の計画では、既存の建物を利用するはずだった。しかし第一候補だった漁港の施設は跡形もなく消えており、第二候補も八割方が消失している有様。とてもではないが拠点として使える状態ではなかった。
バイクを使って簡単な偵察を行った結果、拠点にできそうな建物はほぼ全て破損しているとか。それを聞き、十三は当初の計画を変更し、テントをメインにした拠点の設置に切り替えた。だがこれもそう簡単ではなかった。
一番槍は「サラチ」と言っていたが、しかしだからと言って綺麗に整地されているわけでは決してない。あの巨大な怪異が歩き回ったのか、あちこち穴がボコボコ開いている。また大きな岩石が幾つも転がっていたりして、テントを張れる場所を探すのも一苦労だった。
幸い、今回は重機を持ってきていたので、ひとまず穴の多い場所だけは避けて岩石などを取り除き、場所の確保が行われた。そして次にテントの設営が始まる。設営は主に後方支援隊と国防軍の護衛部隊で行われ、攻略隊や遊撃隊のメンバーは周囲に散ってモンスターを近づけないようにした。
颯谷は今回後方支援隊なので、テントの設営の方を手伝った。ただいざやろうとしても、何をやれば良いのか分からない。周囲が動き始める中、彼はオロオロしながら周囲に視線を送った。ただ幸い、司令部のメンバーでもある後方支援隊のリーダーがすぐに声をかけてくれ、颯谷は彼の指示に従ってアレコレと動いた。
そして夕方。テントの設営が終わり夕食の準備が始まったころ、颯谷は本部テントに呼ばれた。テントの中に入ると、まず十三がいて、雅と仁がいて、さらに国防軍の軍人らしき男が一人いた。槇原と名乗った軍人は、国防軍の地上組の隊長だという。そして十三が颯谷にこう言った。
「よく来てくれた。早速だが、ゴーレムと戦った感想を聞かせて欲しい」
「感想……。ええっと、まず動きはそんなに素早くないです。ただやっぱりパワーはあるんだろうなと感じました」
「今回の得物は金棒と言っていたけど、それはどうだった?」
そう尋ねたのは雅。颯谷は彼の方に視線を向けながらこう答えた。
「武器の相性という意味なら、やっぱり鈍器で正解だったと思います」
「戦い方としては、どういう戦術がいいと思う?」
「戦ってみて思ったのは、当たり前ですけどゴーレムは硬いですね。関節は比較的脆い感じでしたけど、それ以外は何回か殴らないと破壊できませんでした。だからまずは関節を狙うか、転ばせてから攻撃するのが良いと思います。特にデカいヤツは転ばせた方が楽です」
「なるほど……。お前たちの報告とだいたい同じだな」
そう言って雅と仁のほうを見ると、十三は小さく笑った。そしてすぐに真剣な表情に戻り、さらに颯谷にこう尋ねる。
「何か、特殊な行動はしてこなかったか?」
「特殊な……。いや、特になかったと思います。あ、いやでもこう、腕を広げて腰の辺りで360度回転するみたいな攻撃はありました」
「ふむ……。人形ではあっても人間ではない、か」
仁がそう呟いたので、颯谷は小さく頷いた。十三も「なるほど」と呟き、それから今度は軍人のほうへ視線を向ける。そしてこう尋ねた。
「槇原三佐。銃器のほうはどうでしたかな?」
「はっ。率直に言って、結果は芳しくありません。少なくとも対物ライフルでゴーレムを討伐することは不可能と考えたほうが良いでしょう」
「仙樹弾を使用しても?」
「仙樹弾を使用しても、です」
そう答えてから、槇原はさらに説明を続けた。今回のゴーレムは、見るからに防御力の高そうなモンスターである。しかしその一方で、コンクリート片などすでに存在している物質を利用して、その身体の一部を形成している。そういう部分なら銃器が通用するのではないか。突入前、そういう仮説が立てられたのだ。
しかし結論から言えば、仙樹弾を使用したとしても、対物ライフルは有効とは言い難かった。全く通用しないわけではない。衝撃自体は伝わっているような素振りを見せるし、なんならヒビが入るパターンもあった。ただ対物ライフルだけでゴーレムを討伐できた例はなく、「牽制以上の役割は果たせない」というのが槇原の結論だった。
「ふむ……。衝撃自体は伝わっているというのであれば、より大口径の、それこそ護衛艦の砲ならどうなんでしょう?」
「残念ながら、周囲に人がいたことも考慮し、護衛艦からの砲撃は実施していません。狙おうと思えば狙えるようですが、向こうもあまりやりたくなさそうな口ぶりでした」
質問した仁に槇原がそう答える。仁は苦笑しつつも頷き、理解を示した。確かに周囲に味方がいる状態での艦砲射撃など、したいモノではないだろう。ただ仁はさらにこう尋ねた。
「では、あの巨大モンスターなら?」
「……あれだけの巨体です。狙って当てるだけなら、いくらでも。しかしそれこそ、有効かどうかは別問題です」
槇原のその返答に、他の者たちは揃って頷いた。アレは主か、少なくとも守護者クラス。そのレベルになると通常兵器はまず効かない。それこそミサイルを撃ち込んだって、何ら痛痒を感じないだろう。
しかしではどうやってアレを倒すのか。テントの中にいる全員が頭の中でそれを考えた。そして等しく答えは出てこない。重苦しくなりかけたその空気を断ち切るように、十三が毅然とした声でこう言った。
「影に怯えても仕方があるまい。まずは情報収集だ」
その言葉に颯谷らは揃って頷いた。ちなみに情報収集というのであれば、颯谷は独自の手段を持っている。妖狐の眼帯だ。和歌山県東部異界で手に入れたこの仙具は、少なくとも手に入れた異界の中では、すさまじい探査能力を持っていた。
妖狐の眼帯がこの青森県東部異界でも同じようにその力を発揮してくれるのか、それは分からない。分からないので、颯谷は今回この眼帯を持ち込み、そして一人で歩哨をしていた時にこっそり使って視ていた。
ただ結果は思わしくない。目視よりはるかにマシなのは間違いないが、和歌山県東部異界で見せたようなすさまじい探査能力は発揮されなかった。コア(ヌシ)の位置は分からなかったし、あの巨大モンスターの姿もぼんやりとしか探知できなかったのだ。
原因は何となく分かっている。この深い霧だ。この霧がいわば分厚いカーテンになって、妖狐の眼帯を装着した颯谷の視界を遮っているのである。もしかしたらこの霧はただの霧ではないのかもしれない。もっとも何の確証もないので、彼はこれらの情報をまだ誰にも話していなかった。
まあそれはそれとして。異界内の情報収集は明日から本格的に行うことになった。具体的な方法として、まずは多数のドローンを飛ばすことになっている。場合によっては、強襲揚陸艦に載せている国防軍のヘリを飛ばすことも考えているそうだ。
(コアが見つかればいいけど……)
テントの外に出ると、ゆっくりと歩きながら心の中でそう呟いた。この異界がコアタイプなら、コアさえ砕いてしまえば征伐は成る。つまりあの規格外の巨大モンスターと戦わずに済むのだ。
また異界のフィールドさえ解除されれば、あの巨大モンスターであろうとも通常兵器が効くようになる。あとはミサイルでも何でも撃ち込んでやれば、討伐はそう難しくはないだろう。
(問題は……)
問題は、コアが見つからなかった場合だ。もちろん一通り探してコアが見つからなかったからと言って、それでこの異界がコアタイプではない、ということにはならない。だが征伐隊の軸足は巨大モンスター討伐へ移るだろう。
ではどう討伐するのか。さっきと同じで、それを考えても答えは出てこない。そもそも件の巨大モンスターの姿さえ判然としないのだ。一番槍は「カメ」と言っていたが、それも霧の中に浮かぶ漠然とした姿を見て、亀が一番近いと思ったからそう伝えたに過ぎない。つまりまだどんなモンスターなのかさえ、はっきりとしていないのだ。
「『影に怯えても仕方がない』、か……」
先ほどの十三の言葉を思い出す。征伐はまだ始まったばかり。焦りは禁物だ。粘りつくような空気の中、颯谷は自分にそう言い聞かせた。
そして翌日。多数のドローンを飛ばし、異界内の探査が行われた。プロペラを回転させながら深い霧の向こうへ消えていくドローン。幸い、霧に電波を遮る特性はないらしく、ドローンに装備されたカメラの映像は鮮明に届いた。
「こいつは……、酷いな……」
映像を見た司令部のメンバーが顔をしかめながらそう呟く。その気持ちは颯谷もよく分かった。ドローンが送ってきた映像には民家と思しき建物が映っている。ただし大きく損壊した状態で。そしてその損壊の仕方が問題だった。
(まるで……)
まるで何かにかじられたみたいだ、と颯谷は思った。お菓子の家をガブリとやったかのような形で、木造二階建ての民家が損壊しているのだ。
さらに不自然なのは、損壊して出たはずの瓦礫が周囲に散乱していないということ。いや散乱はしているのだが、その量は明らかに少ない。
「これって要するに、家の一部がゴーレム化したことで損壊したように見えるってことじゃないのか?」
「どうかな……。その可能性はもちろんあるが……。仮にそうやってゴーレムが生まれ、周囲に移動していくのなら、その痕跡がもっとあっても良いように思える」
その意見を聞いて颯谷は「なるほど」と思った。そういう視点で映像を見ていくと、確かに少々綺麗すぎるような気がしないでもない。
「あ、ここ! ここ見てくれ」
映像を見ていた一人がそう叫んでパソコンの画面を指さす。そこには潰れた家の一角が映っている。そこを指さしながら、彼はこう言った。
「これ、足跡じゃないのか?」
「……あぁ、確かに。デカすぎてよく分からなかったが、確かに足跡っぽいな」
「となると、さっきのは本当にかじられた跡かもしれんなぁ」
メンバーの一人がそう呟くと、同じ映像を見ていた者たちの間に重苦しい沈黙が広がった。ドローンが撮影している映像を見るかぎり、同じようにかじられたとみられる建物はあちこちにある。半ばから食いちぎられたと思しき電柱を見て、颯谷も深刻になるよりなんだか呆れてしまった。本当におやつ感覚というか、手当たり次第といった感じだ。
もしこれらの跡がかじられた跡だとするのなら、やったのは間違いなくあの巨大モンスターだろう。しかしではなぜ、そんなことをしているのか。モンスターにとって捕食行為とは、こういう言い方が適切なのかは分からないが、娯楽に近い。つまり存在を維持するうえで必須というわけではない。
だが今回はどうだろう。一機のドローンが捉えただけでも、かなりアレコレと喰っているように見える。恐らくは他でもそうなのだろう。モンスターにとって捕食が必須でないのなら、あれだけの巨体であることを差し引いても、あちこちかじりすぎであるように颯谷には思えた。
(ってことは……)
ということは、何か意味があるのではないか。あの巨大モンスターにとって、娯楽以上の意味が。颯谷にはそう思えてならない。ただ彼はそれを口に出すのを躊躇った。単なる個人的な意見でしかないと思ったのだ。そして彼が沈黙を選択している間にも、ドローンによる探索は続いている。
「おい! ちょっとこっち来てみろ!」
別のドローンを操作していたグループの一人が、興奮した様子で声を上げ颯谷らを手招きする。彼らはそっちに移ってドローンからの映像が映るパソコンを覗き込み、そして怪訝そうに眉間にシワを寄せる。そこに映っていたのは、一見するとただの岩山。だがその岩山はゆっくりと動いている。そのことに気付いた瞬間、誰かが声を上げた。
「あっ!」
この異界の中を悠然と闊歩する巨大モンスター。その姿をついに捉えたのだ。
巨大モンスターさん「木造より鉄筋コンクリートの方が好き」




