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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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颯谷に金棒


 ――――蒸し暑い。


 青森県東部異界に突入し、颯谷が最初に思ったのはそれだった。空気が肌にまとわりつくように感じる。一番槍は「キリ フカイ」と伝えていたが、確かに周りを見渡すと景色が白いモヤの中に沈んでいる。視界は1kmないように思われた。


「…………っ!!」


 その分厚い霧の向こうを、巨大な影がゆっくりと横切っていく。一番槍が「デカイ カゲ」「カメ」と伝えていたその存在だ。どれくらいデカいのはよく分からない。だが二階建て戸建て住宅と比べてもかなり大きい。


 間違いなくコイツが征伐で最大の障害になる。颯谷はそう直感した。いや彼だけではない。青い顔、険しい顔をした者が多い。突入した者すべてが、非能力者も含めて、一目でそれを理解させられたのだ。


「ったく、たまんねぇな……」


 颯谷の隣に来て、雅が呟いた。ただその悪態にも力がない。とはいえ言葉を失っている者も多い中で、こうして憎まれ口を叩けるのだ。彼のメンタルの強さの証明としては十分だろう。そして彼はただ愚痴りに来たわけではなかった。


「颯谷君。悪いが仕事だ。ひとまず突入が完了するまで、周囲の警戒を頼む」


「分かりました」


「あまり遠くまでは行かなくていい。いや、すぐに戻れる距離を保ってくれ。ヤバいと思ったら声を上げて即撤退だ。いいな」


「了解です」


 そう答えると、颯谷は背嚢を地面に下ろしてから阿修羅武者の金棒を肩に担ぎ、小走りになって駆けだした。その背中を見送り、雅は一つ頷く。あのデカい影、あれは間違いなく怪異モンスターだ。ヌシかどうかはまだ分からないが、そうであってもおかしくはない。だとすれば、アレを倒さなければ征伐は成らないわけだ。


 ではどうやって倒すのか。雅には皆目見当もつかない。というより、倒せるビジョンが思い浮かばない。そしてそれは突入した者たち全員の共通認識だろう。ちょっと見渡しただけで、誰もかれもが絶望的な顔をしている。


 このままでは戦えない。雅はそう思った。だからこそ颯谷に声をかけた。本来後方支援隊の彼に頼むのは筋違いなのだが、しかし彼でなければダメなのだ。およそ一年に及ぶ異界内でのサバイバルを生き残り、たった一人で征伐を成し遂げた奇跡の人。桐島颯谷が戦う姿を見せることで、征伐隊の士気を回復する。それが雅の目論見だった。


(頼んだぞ)


 濃い霧の中へ溶けていく颯谷の背中へ雅はそう念じる。それから彼は踵を返した。自失呆然としている連中のケツを叩いてやらねばならない。霧の向こうから鈍い打撃音が聞こえてきて、雅はニヤリと口の端を吊り上げた。


 一方、周囲の警戒を頼まれた颯谷は早速、土塊人形ゴーレムと接敵していた。身長は150cmほどか。小柄だが、いかつい身体つきのため貧弱には見えない。むしろゴーレムが一歩歩くごとに「ズンッ、ズンッ」と音がした。


(まずは小手調べ……!)


 金棒を肩に担ぎ、颯谷は内氣功を滾らせる。国防軍の資料によれば、氾濫スタンピードで現れたゴーレムたちは、石を投げる以外の遠距離攻撃手段を持っていない。武器を持っていることも稀で、たいていは腕を振り回して攻撃してくるという。その情報を思い出しながら、彼は一直線にゴーレムへ突撃した。


 鋭く呼気を吐き出しながら、颯谷は金棒を斜めに振り下ろす。狙うのはゴーレムの身体の真ん中、ではなくゴーレムが振り回す腕そのもの。金棒と石の腕がぶつかって、「ギィィィン!」と甲高い金属音が響いた。


(やっぱり……)


 やはりちょっと振り回される。金棒を全力で振るってみて、颯谷はそう感じた。彼が千賀道場で剣術を習うようになってから最初に教えられたのは言うまでもなく素振り。その中で彼が学んだのは、「武器は振るうよりも止める方が難しい」ということだ。


 武器を思うように止められない。これが要するに「武器に振り回される」ということだと、颯谷は思っている。そして武器に振り回されるとそれだけ隙が大きくなるし、自分で自分を傷つけることにもなりかねない。


 一般に、物質の質量が大きければ大きいほど、その物質がぶつかったときの衝撃は増す。これは武器にも同じことが言えて、つまり重い武器の方がぶつけたときの破壊力は大きい。だが武器を含めた物質というのは、重くなればなるほど、止めるのが難しくなる。大きな慣性が働くからだ。


 余談になるが、初期のころ、颯谷があえて仙樹の杖を使い続けていた理由の一つは、それが他の武器と比べて非常に軽かったからである。つまり慣性が小さく、振り回されないで済むのだ。武器の耐久力の強化も、氣を通せば何とかなるので、彼にとっては相性の良い武器だったのだ。


 さて颯谷は今、金棒を持っている。同じサイズの刀や仙樹刀と比べてはるかに重い武器だ。重いだけあって振り回したときの破壊力はすさまじく、ゴーレムの腕は一撃で半ば崩れかかっている。刀や仙樹刀ではこうはいかなかっただろう。


 しかし重いため、やはり武器に振り回されるような感覚がある。身体を持っていかれるというか、止めようとしているのに止められないというか、そんな感じだ。内氣功は全力に近い出力で使っているはずなのだが、それでも慣性を御しきれない。


(早まったかなぁ……)


 ゴーレムと睨み合いながら、颯谷は内心で顔をしかめた。金棒が重いことは最初から分かっていた。千賀道場には仙具ではないものの、片手用のメイスなどもあり、それを借りることもできた。


 それでもこの金棒を使うことを決めたのは、ゴーレム相手には一撃の破壊力こそ重要だと思ったからだ。その判断が間違っていたとは思わない。なら武器に振り回されてしまう自分の未熟さは飲み込むべきだろう。むしろそれを前提にした戦い方をするべきだ。


 金棒を両手で握り、颯谷は前に出た。思ったほどの速度はでない。それも飲み込む。幸い、ゴーレムは素早いモンスターではない。速度不足が致命傷に繋がることはないだろう。それに、逆にいつもよりゆっくりと敵を観察できると思えば悪い事ばかりではない。


 颯谷が動いたのを見て、ゴーレムも動き出した。「ズンッズンッ!」と音を立てながら間合いを詰める。そして無事な方の腕で拳を握り彼目掛けて繰り出した。


 颯谷が狙うのはまたその拳。拳の甲を金棒で上から斜めに叩く。拳にはヒビが入り、さらに大きく弾かれた。その衝撃でゴーレムの上体が泳ぎ、颯谷も金棒に引っ張られるようにして体勢を崩す。そしてその後の対応で差が出た。


 ゴーレムは足を一歩踏み出し、ズンッと大地を踏みしめて転倒を避ける。一方颯谷は金棒に引っ張られるその勢いを利用して身体を回転させた。そしてさらに勢いをつけ、今度は金棒を下から斜めに振り上げる。


 狙いは伸びきったゴーレムの腕の真ん中、ちょうど肘の辺り。可動部はやはり他と比べて脆いのだろう。スピードの乗ったその一撃は、ゴーレムの肘を粉砕した。


 ゴーレムの片腕が地面に転がる。しかしゴーレムは逃げなかった。いやモンスターが逃げるところを颯谷は見たことがない。ゴーレムは残った片腕を振り上げる。そしてほぼ垂直に振り下ろした。


 岩石でできた拳が地面を叩く。そこに颯谷はいない。サイドステップで飛びのいて回避したのだが、重い金棒がその動きについてこなくてバランスを崩す。不格好な動きになり、盛大に顔をしかめながらも、彼は両手で金棒を振り上げた。


 颯谷にとって有利に働いたのは、ゴーレムの動きはあくまで緩慢であること。つまりゴーレムはまだ腕を振り下ろした姿勢のままだった。その腕を彼はさらに上から金棒で叩く。二本目の腕も半ばから粉砕された。


「ゴッ……!?」


 それは果たしてゴーレムの声だったのか。ともかくゴーレムが焦ったのは間違いない。支えを失って前につんのめりそうになるのを、ゴーレムはまた一歩足を踏み出して堪えた。しかしその時にはもう、颯谷は次の行動に移っている。


「らぁ!!」


 叫び声を上げながら、颯谷は再び金棒を振り下ろす。叩きつけるのはゴーレムが前に出したその足。ゴーレムの体重を支えるために大きな負荷がかかっているであろうその脚に、さらに強烈な一撃が加えられた。


 颯谷の攻撃は、一撃でゴーレムの脚を粉砕することはできなかった。しかしヒビが入る。その後は単純な連鎖反応だ。ヒビが入って耐久力が下がったゴーレムの脚は体重を支えきれなくなり、そのまま砕けてしまったのだった。


「ゴォォォ!?」


 ゴーレムが崩れ落ちるようにその場に倒れる。颯谷は急いでそこから離れた。いつもなら飛びのくのだが、それだとまた金棒が錨みたいになってしまうので、地に足を付けたままなるべく素早く動く。思い通りに動けないのがちょっともどかしい。


 転倒したゴーレムは、それでも何とか起き上がろうとしてもがく。颯谷は止めをさすべく、頭部に金棒を叩き込んだ。一度目でヒビが入り、二度目で砕け散った。しかしそれでもゴーレムは動き続けている。颯谷は顔を引きつらせると、さらに金棒を振るった。


 ゴーレムの身体を構成していた岩石やコンクリート片が零れ落ち、ゴーレムの身体に穴が開く。それでようやく、ゴーレムは動きを止めた。ゴーレムの身体から黒い灰のようなモノが立ち昇り、拡散して消えた。後には通常では考えられない量のドロップが残っている。


「ただしほとんど石くれ……」


 ゴーレムのドロップを金棒でつつきながら、颯谷は苦笑気味にそう呟いた。これらの石くれに価値があるとは思えない。ただ金属の塊が出てくることもあるというので、彼はそういうのがないか見て回る。そしてある破片のところで目が留まった。


 金棒を使って破片をさらに砕く。中から出てきたのは、一本のテーブルナイフだった。ほこりにまみれていて、さすがにこれで肉を切って食べようという気にはならない。そして重要なのもそこではない。颯谷はごくりと唾を飲み込んでからそのテーブルナイフに氣を通した。


「本当に……!」


 驚きの滲んだ声がでる。モンスタードロップが氣を良く通す、つまり一級仙具に分類されることは今更言うまでもない。だからゴーレムがドロップしたこのテーブルナイフが一級仙具であることは、その点から言えば不思議でも何でもない。実際、スプーンもそうだったという話であるし。


 だがこのテーブルナイフやスプーンは本来既製品、つまり人の手が作った物だ。その人類由来の製品がゴーレムに取り込まれたことで、こうして一級仙具と化している。話には聞いていたが、実際目の当たりにすると驚きが勝った。本当に、異界もモンスターも不思議なことばかりだ。


「ふぅむ……」


 小さく唸りながら、颯谷はテーブルナイフを使って伸閃を放ってみる。ちょっと慣れない感じはするが、伸閃自体は問題なく放てた。ただゴーレム相手に有効とは言えないだろう。そんなことを考えながら、颯谷は手に入れたテーブルナイフを迷彩服の胸ポケットにしまい、それから周囲の警戒に戻った。


 歩きながら反芻するのは先ほどの戦闘のこと。結果だけ見れば無傷の完勝だが、颯谷としては思い通りに戦えなかったという思いが強い。原因は明らかである。重い得物になれていないのだ。もちろん一通り振り回して「使える」と思ったからこそ、今回は金棒を使うと決めた。だが実戦で使うのはまったくの別だったと理解せざるを得ない。


(とはいえ……)


 とはいえ、今更太刀を持ってくることはできない。それにやはり、ゴーレムと相性が良いのは金棒(鈍器)だ。一戦してその確信はより深まった。仙樹刀を持ってきているが、恐らく今回出番はないだろう。


 ならば戦い方を工夫するしかないだろう。颯谷は先ほどの戦闘で上手くいったところを思い出す。まず金棒は無理に止めようとするより、その勢いを利用して次の攻撃に繋げる方が動きとしてはスムーズだった。ただこの場合、状況によっては隙が大きくなるので注意が必要だ。


 そしてもう一つ。地に足を付けていた方が動きやすい。逆に言うと、いつもの感覚で跳躍しようとすると、どうしても金棒の重さに引きずられてしまう。それを避けるためには、飛び跳ねないで地に足を付けたまま動いた方が、まだイメージ通りに動ける。


 場合によっては、敵の攻撃を弾くことで避ける方が良いかもしれない。特にゴーレムの場合、攻撃は四肢を使った打撃が多い。それを金棒で弾いてやれば、自分がダメージを避けるのと同時に、相手にダメージを負わせることができるだろう。


「ひとまずはこんな感じか……」


 濃い霧の中で、颯谷はそう呟いた。もちろん細かい点はもっといろいろあるだろう。だが一度にその全てを修正できるほど自分は器用じゃない、と彼は思っている。だからまず大きいテーマを二つか三つ。「そこからだ」と思いながら、彼は歩哨を続けた。


仙樹刀さん「フラグ立ちましたぁ!」

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― 新着の感想 ―
引越と育児に追われてたら、二回の更新に気づきませんでした…一気に読めたので役得か…? 更新ありがとうございます。今回は地元だけどマシロたちはいないのですね。もうマシロ親子は異界に来そうにないですね(…
二階建てって十メートル位なら最初の異界の大鬼ぐらいのサイズではなかろうか わりと戦ってそうな気がしたけど普通の大鬼って何メートルぐらいだっけ… ブロッケン現象で実は1mぐらいのカメの可能性
>颯谷に金棒 つまり颯谷は鬼ってこと!? 怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ おまえが深淵を覗く時、深淵もまたおまえを覗いているのだ
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