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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐

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19/205

特訓


 九州や四国地方などと比べ、東北の冬は長くて厳しい。そのことは颯谷も良く分かっている。異界内部は必ずしも外の天候を反映するわけではないが、これまでのところはだいたい東北地方の四季に準じていると思っていい。ということはやはりこの冬は長くて厳しいものになるだろう。颯谷はそう覚悟していた。


 その長くて厳しい冬を乗り切るだけでも大変だ。毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際、と言っても過言ではない。ただ颯谷はもう一歩踏み込みたいと思っていた。つまりただ耐えるだけではなく、この冬の期間を異界征伐のための足掛かりにしたいと思ったのだ。


「ていうか、もう一回冬を経験するとか、絶対ヤダ!」


 まあ要するにそういうことなのだが。とはいえ「やるぞ!」と決意するだけで可能なほど、異界征伐は甘くない。今回に限ってみても、征伐のためにはあの身長が8~10mはあろうかという巨大な大鬼を倒す必要があるのだ。ということはアレを倒せるよう、冬の間にレベル上げをしなければならない。


 冬という季節は、レベル上げに向いていないわけではない。颯谷はそう思っている。降り積もった雪が怪異モンスターの動きを阻害してくれるからだ。しかしその一方で天気は変わりやすく、また荒れやすい。それですっきりと晴れたこの日は、彼にとってまたとないボーナスタイムだった。


 月歩を駆使して雪の山中を走り回りながら、颯谷は目についたモンスターを片っ端から倒していく。時々、仙果を食べてエネルギー補給することも忘れない。ともかく時間を無駄にしてなるものかと思い、彼はひたすら動き続けた。


「よしっ、だんだんさまになってきたな……!」


 中鬼を倒したあと、颯谷は仙樹の長棒を握りながら嬉しそうにそう呟いた。彼がやっているのは氣の量を増やすという意味でのレベル上げだけではない。同時に主と思しき例の大鬼との戦に向けて、彼は使えそうな技を特訓中だった。


『何か、切り札になるようなモノがいるよな……』


 夜、颯谷が洞窟の中でマシロを抱きながらそう呟いたのは、ホワイトアウトに遭遇した日から数日後のことだった。例の大鬼と戦うにあたり、今のままでは不安が大きい。何か切り札になるようなモノが欲しい。


 ただ切り札と言っても、強力な武器というわけにはいかない。国防軍の戦闘機が空爆してくれたら簡単に倒せそうなものだが、そんな展開は望むべくもないのだ。どこからも助けが来ない以上、少なくとも武器は手持ちの物で何とかするしかない。


 となると、切り札となりえるのは、やはり「氣功能力を駆使した何か」ということになる。つまり必殺技だ。「必殺技」という言葉の響きに颯谷がワクワクしていたことは彼とマシロだけの秘密である。


 ただこの必殺技というのも、そう簡単な話ではない。アイディアだけならいくらでも出てくる。ゲームにマンガにアニメ。サブカルチャーにどっぷりつかった彼の脳内フォルダにはネタが溢れているのだ。


 ただアイディアがあってもそれが実現不可能であれば、それはまさに「絵に描いた餅」、ただの妄想である。役に立たないアイディアに用はなく、颯谷が求めているのは最低限実現可能なアイディアなのだ。


 さらに言うなら、習得は容易なものが望ましい。例の大鬼と戦うまでに習得するだけでなく、習熟する必要があるからだ。そして可能ならこの冬の期間に、ある程度習熟してしまいたい。彼はそう思っていた。


 そうであるならば。まったく新しい技を考えて習得するのではなく、今使える技をベースにして発展させるほうが良いのではないか。そう考えるのも自然なことだろう。そして颯谷が候補に挙げたのは、氣を刃状にして放つあの技だった。


『今は結構溜めが必要だからな。コレをもっと素早く使えるようにする』


 颯谷はそう方針を定めた。ただ正直に言って、コレは必殺技とは言えないだろう。むしろ方向性としては普段使いの技になりそうだ。とはいえそれも悪くはない。気楽に使えて有用性の高い技なら、確実な戦力アップに繋がるだろう。


 まあそんなわけで、颯谷は翌日からこの技の習熟に取り掛かった。最初はしっかりと氣を練らないとダメージを与えられなかったが、何度も繰り返すうちにその時間は徐々に短くなっていった。


『やっぱり、雪があると戦闘はやりやすいな』


 その日、何体目かの中鬼を倒したとき、颯谷はやや苦笑気味にそう呟いた。正直に言って、溜めの時間短縮は実戦レベルまではまだ仕上がっていない。無理に縮めようとすると、扱う氣の量もそうだが、何より制御が雑になってしまうのだ。


 しっかりと刃を放つには動きを止めて氣を練る必要があり、それが可能なのはモンスターの動きが雪で阻害されているから。雪がなかったらこういう特訓はずっとやりにくかったに違いない。


 だからこうしてしっかりと特訓できているのは雪のおかげで、冬だからこそなのだ。それは確かにありがたい。だが冬だからこそ苦労させられている面もあり、颯谷としてはなかなか素直に感謝する気になれない。


『ま、差し引きマイナスだな。せめてゼロにしないと』


 そう言って颯谷は肩をすくめた。そして技の特訓を続ける。そして特訓を続けているうちに、彼はあることに気が付いた。


 当初、彼はこの技について、氣の刃を「飛ばしている」のだと思っていた。だが特訓を続けているうちに、どうやらそうではないらしいことに気付いたのだ。では飛ばしているのではないのだとしたら、どうなっているのか。


『伸ばしている、って言った方が近いかな……?』


 技を使った時の感覚を頭の中で整理しながら、颯谷は自分の中の理解をそう言語化する。つまり氣の刃は仙樹の長棒から分離しておらず繋がっているのだ。


 それが何だというんだ、と思われるかもしれない。だが実際に自分が何をやっているのかをしっかり理解することは大切である。正しい理解は正しいイメージにつながるからだ。


 そしてイメージが補正されたその効果は劇的だった。まるでずれていた歯車がしっかりとはまったかのように、技の発動がスムーズになった。無理に飛ばそうとしていたその力みがなくなり、肩に力を入れなくても技を繰り出せるようになったのだ。


 さらにもう一つ。颯谷はこの技に名前を付けた。その名も「伸閃」。「斬」ではなく「閃」としたのは、斬るのは当然としてそれをもっと素早く、という意味、のつもりだ。名前を付けたことで方向性も定まり、伸閃は技として完成されたのである。


 ただ技として完成しても、それが例の大鬼に通じるレベルであるかは別問題。加えてこの伸閃という技は、シンプルなので使うだけなら割とすぐに使えてしまうが、同時にシンプルだからこそ技としての上限がない。そしてどこまでやれば十分なのか、その線引きが颯谷には分からない。


 安易に「もう十分!」と慢心し、それで例の大鬼に通じなかったら、悲惨などという言葉では足りない。それで一層の習熟のために、いやもういっそ極めてしまうくらいの意気込みで、伸閃の特訓に励んでいた。


「やっぱり、長い棒のほうが威力が出るな」


 仙果を食べながらこれまでの戦闘を振り返り、颯谷はそう呟いた。彼が使っている仙樹の棒は二本。長い棒と短い棒だ。このうちより強靭な刃を放ったり、伸閃の刃渡りをより伸ばしたりしやすいのは長い棒のほう。体積、つまり器が大きい方がより多くの氣を扱える、もしくは扱いやすいのかもしれない。


 一方で短い棒にもメリットはある。一番はやはり取り回しの良さ。素手で殴りあうような距離になってしまうと、長棒では振り回すのに苦労する。そういうとき、短棒は使い勝手が良かった。


 それ以外にも、例えば木の枝を落とすような日常使いには、長棒より短棒のほうが向いている。また伸閃ではなく、棒に氣を纏わせて刃化するような場合、短棒は刃渡りは短い代わりにいわば厚みを出しやすい。言ってみれば刃の分厚い鉈のように使うことができ、それで助かる場面は多々あった。


 そんなわけで颯谷にとっては、長棒も短棒も、どちらもなくてはならない武器になっていた。戦闘で言えば長棒がメインだが、短棒を使う場面もあり、使い分けることでより有利に戦えている。だからこそその切り替えというか、判断は素早くしていかなければならない。特訓にはそういう側面もあった。


「よしっ、エネルギー補給完了」


 苦しくならない程度に仙果を食べ、颯谷は再びモンスターを探して雪原を月歩で走り始めた。雪原にはいろいろな動物のモノと思しき足跡が残されている。彼がその中から探すのは当然モンスターのモノ。


 ちなみに見分けは簡単につく。特に中鬼は体が雪の中に沈むので、雪をかき分けるようにしなければ前に進めないのだ。それで中鬼が通った後というのは、他の動物と比べて雪が乱雑にとっ散らかったような感じになる。なお、小鬼の足跡は中鬼の足跡に紛れてしまうので分からないことが多い。


 中鬼の足跡に似ているのは、しいて言うなら熊だろうか。熊も身体が大きいので、似たような感じになるのだろう。ちなみに颯谷は一度間違えた。今日ではないが、中鬼だと思って後を追ったら、見つけたのは熊だったのだ。


 びっくりしたのと、あとは倒しても意味がないので、颯谷はすぐに逃げた。だが背中を見せたのが良くなかったのかもしれない。追いかけられて怖い思いをした。まあ、何とか逃げ切ったが。


 よくよく見れば、熊の足跡と中鬼の足跡は全く違う。特に、中鬼は二本足だが熊は四本脚。その違いは足跡にも如実にあらわれる。熊に追いかけられて以来、彼はその違いをよくよく確認するようにしていた。


 そしてまた、彼は中鬼の足跡を見つけた。熊ではないことを確かめ、足跡の向きから向かった方向を割り出す。それから彼は中鬼らの後を追った。


 逆方向、つまり中鬼らが来た方向へ向かってみたことはない。ただ興味はある。中鬼が、というよりモンスターがどこから来るのか。その謎は颯谷の好奇心を刺激する。


 モンスターは倒すと黒い灰のようになって消える。この時点でそもそもモンスターはまともな生物ではない。異界の中でしか現れないことも含め、普通の動植物のように生まれてくるわけではないだろう。


 ではモンスターはどうやって生まれてくるのだろうか。いや、もしかしたら「発生」とか「出現」と表現した方が近いのかもしれない。サブカルチャーに浸かった颯谷にはイメージしやすい。なんにしてもまともな方法ではないだろうと思う。


 ともかくこの足跡を遡っていけば、そういうモンスター誕生の秘密に近づけるかもしれない。そっちが気にならないと言えばウソになる。


 だがその秘密や謎が少し解明されたとして、その成果は異界征伐には直結しないだろう。その二つを直接結びつけるには、もっと深い研究が必要なはず。颯谷はそれが自分にできるとは思わなかったし、仮にできたとしても長い時間が必要になる。


(たった一人で、何十年も研究する? ここで? 御冗談を)


 彼は異界やモンスターの謎を解明したいのではない。この異界を征伐して外へ出たいのだ。そのためにはモンスターがどう現れるのかを調べるより、伸閃を極めるべく特訓に励むことのほうが優先順位が高い。だから颯谷はモンスターの足跡を遡るのではなく、後を追うのだ。


 中鬼の足跡を月歩で辿っていくと、颯谷はすぐにモンスターたちの後姿を見つけた。中鬼が一体、小鬼が三体である。べつに忍び寄ったわけではないので、モンスターたちもすぐに彼に気付いて振り向く。そして彼の姿を認めると揃って威嚇の声を上げた。


「ギィィィィ!」


「ギィギィ!」


「ギギギィィ!」


「グゥォォオオオオ!」


「聞きあきたよっ」


 吐き捨てるようにそう答え、颯谷はひるむことなく突っ込む。モンスターたちも動いているが、相変わらず雪に足を取られて動きが悪い。雪に埋まりかけている小鬼たちを押しのけて中鬼が前に出てくる。颯谷はまずその中鬼に狙いを定めた。


 氣を練り、仙樹の長棒に流し込む。颯谷は大きく跳躍して伸閃を放った。その一撃は中鬼の身体を大きく切り裂いたが、倒すには至らない。着地した颯谷は弧を描くようにして動き、中鬼との距離を保つ。そしてまた伸閃を放つ。


「……っ」


 狙いがそれる。伸閃は小鬼を切り裂いた。やっぱり動きながらだと精度が悪い。かといって立ち止まってしまうと、今度は雪に足を取られる。それに主と思しき例の大鬼との戦いでは、きっと機動力が一つの鍵になる。こうやって動きながら戦う特訓は、きっと役に立つはずだ。


(数は減らした。それでいいっ)


 心の中でそう呟き、颯谷は自分を納得させる。そして戦闘を継続した。戦闘が長引くと、雪が踏み固められてモンスターの動きが徐々に良くなっていく。だから手早く片付ける必要がある。そのためには伸閃を素早く使えるようにならなければならない。


(前と比べればずいぶん素早くなったけど……)


 まだ足りない。颯谷は仙樹の長棒を握りしめる。そしてまた伸閃を放った。今度はちゃんと中鬼にあたる。それで中鬼を倒せた。残りは小鬼が二体。ただ小鬼は中鬼より的が小さい。颯谷はしっかりと狙ってその二体も倒した。


「ふう……」


 颯谷は一つ息を吐いた。伸閃をもっと素早く使えるようにならなければならない。だが少しずつ特訓の成果は出ている、と思う。そう信じて彼は次の獲物を探し始めた。


マシロ「中二病……。あ、中二だった」

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― 新着の感想 ―
旋空弧月!!!
伸閃、それはまさしくどこかのイスメルさんの……( ゜д゜ ) ここでこの技名が出てくるとは嬉しい誤算。 世界観は違っても技の発想や命名は近くなるっていうのはありそうですね! この技の練度が上がればソウ…
[一言] サブカルチャーに浸かった文化人が、どんどん野生にかえっているの図。進化とは···笑
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