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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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司令部入り2


 楢木十三が桐島颯谷を征伐隊のいわゆる司令部に誘ったのは、彼が将来的に東北の能力者を率いる立場になるのを見越してのこと、というわけではない。それを求められる可能性が十分にあることは十三も認めているが、しかし立場とは本来能力のある者に与えられるモノだ。


 立場のために能力を身に付けさせるというのは、少々本末転倒だろう。いや、有力な武門や流門ではそうせざるを得ないことが多々あるのだが、それは例外というか、ある種のひずみと言うべきなのだ。


 ではなぜ十三は颯谷を誘ったのか。一言で言えば危機感があったからだ。桐島颯谷に赤紙が来た二つの事例、つまり大分県西部異界と和歌山県東部異界については、十三も国防軍のホームページから資料をダウンロードして熟読している。その結果、彼は桐島颯谷について以下のような感想を抱いた。


 曰く「単独行動に躊躇いがなく、作戦指揮のプロセスを理解していない」


 繰り返すが、これは十三の「感想」であって「評価」ではない。特に和歌山県東部異界はあまりにもイレギュラーすぎて、普通に評価することはできないと彼も思っている。ただ特筆するべき点として、彼はどちらの場合も突入前から単独行動を取ることになっていた。普通であればその時点でもうあり得ない。


 もちろん、桐島颯谷の立場になって考えてみれば、ある程度筋の通った行動ではある。そもそも彼には単独で異界の中を彷徨い、そして征伐を達成したという経験と実績があるのだ。知り合いが誰もいないのならいっそ動きやすさを優先する、というのは分からない話ではない。


 ただ、だからこそ十三は思うのだ。「コイツは指揮官の気苦労が分かっていない」と。


 大分県西部異界にせよ、和歌山県東部異界にせよ、「桐島颯谷が招聘された」と知った指揮官は、彼をどう受け入れるかで頭を悩ませただろう。並の能力者ではないのだ。それまでに考えていた征伐プランも、見直しを余儀なくされたに違いない。


 それなのに蓋を開けてみれば「単独行動」。しかも和歌山県東部異界の場合にいたっては突入まで単独である。「一人でやる」と言われて指揮官はどんな気持ちだっただろうか。十三としては同情を禁じ得ない。当然、受け入れのためのアレコレは全部「パァ」だ。征伐プランもまた見直さなければならなくなっただろう。


 もっとも同情の度合いで言えば、大分県西部異界の指揮官へのほうが大きい。単独行動の裁量をもぎ取った桐島颯谷はまさにやりたい放題。十三なら早急に首輪をつけていたことだろう。指揮官はよくぞ全体を破綻させず、むしろ彼のやらかしを突破口として征伐を成し遂げたものである。


 さて、他所の総括報告書を読んでいる分には苦笑を浮かべるだけで済む。だが桐島颯谷の地元はここ東北。つまり十三の指揮下に入る可能性が高い。もし自分の指揮下でも同じように好き勝手されたら。そう考えると今から胃が痛い。さっさと引退してしまわなかったのはやはり失敗だったか、と彼は内心で愚痴った。


(まあ実際問題、あり得るだろうな)


「好き勝手」と表現するべきかはともかく、桐島颯谷が今後も単独行動を望む可能性はあると十三は思っている。その方が効率が良いと、彼はたぶん学習してしまっているからだ。それにパーティーを組ませるとしても、実力的に釣り合う能力者がいない。また本人が望まなくとも、周囲がそれを求めるかもしれない。「征伐達成が最優先」と言われれば、十三も強いて反対はしづらい。


 十三自身、桐島颯谷の単独行動は否定するものではないと思っている。彼にはそれだけの実力があり、また結果を出しているのだ。なにより征伐隊は成果主義。戦略にせよ戦術にせよ、結果を出しているモノこそ正しい。よって十三としては、桐島颯谷が単独行動の裁量を求めるなら、それは認めざるを得ないと思っている。


(問題は……)


 問題は、そうやって単独行動する桐島颯谷が、指揮する側の事情を何一つ理解していないということ。だからこそ指揮する側からしたらあり得ないことを次々にやらかしてくれるわけだ。そして振り回され、てんやわんやになり、最悪組織としての機能が停止することになりかねない。


「だったら全くノータッチで良いじゃないか」という考え方もあるだろう。だが十三は、それは悪手だと思っている。放置した挙句に死んでしまったらどうするのか。あれだけの戦力と才能を、そんな簡単に失って良いはずがない。


 またノータッチというのは、互いに意思の疎通を図らないということ。現場でかち合い、互いが互いの邪魔をしてしまうというのは十分にあり得る。そもそも対立しているわけでもないのに、同じ異界に突入していて連絡チャンネルがないというのはあまりにも不健全だ。組織の敗北、いや組織がその役割を放棄したと言わざるを得ないだろう。


 加えて言うなら、どれだけ単独での征伐ソレが可能であろうとも、個人に征伐を任せきりにしてはならない。十三はそう確信している。結果的にそうなってしまうことはあるかもしれない。しかし計画段階からそれを前提にすることは間違っている。なぜなら、ではその個人が引退した後、どうやって征伐を続けていくというのか。


(人は入れ替わる。だが組織を劣化させるわけにはいかんのだ)


 ではどうするのか。前提として、今後の征伐隊は本隊に一本化して臨むのがスタンダードになっていくだろう。医療チームをそこに受け入れるからだ。そしていかに桐島颯谷といえども、この医療チームは無視できまい。であれば、彼もまた一応は本隊の所属ということになる。言い換えれば、突入時点で単独行動というのは、ほぼほぼ考えなくて良い。


 よって考えられるのは、本隊所属で単独行動というパターン。この場合、指揮官として十三がまず考えてしまうのは、「どの程度の裁量を許可、もしくは想定するのか」ということ。簡単に言うと、縛れば縛るほどコントロールはしやすくなる。一方で自由にやらせれば、司令部の胃は痛くなるかもしれないが、征伐の突破口は開きやすくなるだろう。


(理想は……)


 桐島颯谷が自由に動いて状況を打開し、主力がそれをサポートしたりフォローしたりしながら征伐の達成を目指す。これが理想だろう。そのためにはしっかりとしたコミュニケーションが重要だ。ただそれを前提としても、やはり司令部は彼のやらかしに振り回されることになるだろう。征伐は前情報なしで、つまり「計画通り」はあり得ないからだ。


(現場の裁量が大きいからな、征伐隊は)


 いや、「そうならざるを得ない」と言うべきか。いずれにしても桐島颯谷が単独で動こうとする限り、彼は勝手に判断して諸々進めていくだろう。それを司令部の側からコントロールするのには限界がある。


 そうであるならば、あとは桐島颯谷の側である程度気を付けてもらうしかない。「自重しろ」と言いたいわけではない。ただ何かするにしても、司令部が対応可能な範囲内に収まるよう、軌道修正して欲しいのだ。


 そしてそのためには、司令部の実情をある程度知っておいてもらうのが一番だろう。十三はそう考えたのだ。司令部がどんなプロセスで動き、どんな情報を重要視し、どんな事柄に振り回され、何に神経を尖らせているのか。それを理解した上で単独行動なりして欲しいのだ。そうすれば司令部もどうにかついていくことができるだろう。


「単独で動くのを自分のスタイルにしていくと言うのであれば、それはそれで良い。だがそれでも征伐隊という組織に加わっている以上は、自分の行動が全体に及ぼす影響について無自覚であってはならない。特に彼の場合は」


 結局のところそう考えて、十三は桐島颯谷を司令部に誘ったのである。仮に桐島颯谷が今のまま好き勝手やり続けていたら、彼はそのうち孤立してしまうだろう。彼自身はそれでも困らないかもしれないが、しかしどう考えても良い事とは思えない。それで、引退前に余計なお節介の一つくらいしておくかと思ったのだ。


 さて、十三が颯谷に電話した次の日、彼から返事の電話があった。彼は「司令部入り、よろしくお願いします」と答え、十三も「分かった。こちらこそよろしく」と答えた。もしかしたら今回、彼が単独行動していれば出なかった被害が出るかもしれない。だがそれでも。これは必要なことだという十三の確信は揺るがなかった。


「えっと、それで、具体的には何をすれば……?」


「ふむ。志願はしてもらうとして、颯谷君は確か大学生だったか」


「はい」


「では学業を優先してくれ」


「良いんですか?」


「ああ。その代わり、全体ミーティングの時には早めに来て、私のところに顔を出してくれ。たぶん、色々説明することがあると思う」


「分かりました」


「まあ、こんな話を進めておいてアレだが、先走りで終わるということもある。あまり構えずにいてくれ」


「……そうなればいい、とは思います」


 十三の冗談に颯谷は苦笑の滲む声でそう答えた。青森県東部異界はまだ群青色。つまり内部にまだ生存者がいる。一方で十三たちがやっているのは彼らが全滅した時の準備。因果なことだとは思いつつ、「無駄にはならないのだろう」と二人ともそう思っているのだった。


 実際その三日後、青森県東部異界のフィールドは群青色から黒色へ変わった。内部に取り残されていた人たちが全員亡くなられたのだ。そのことに内心で黙祷を捧げてから、十三は征伐隊への志願の手続きを行った。同日、颯谷からも「手続きをした」との連絡が来て、彼はもう一度「よろしく頼む」と返事をした。


 突入前に行われる征伐隊の全体ミーティングの日程はまだ決まっていない。だが征伐隊編成のための事前準備はすでに始まっている。そして十三はむしろそれを主導する立場の人間だ。それで自身の志願の手続きを終えると、彼はさっそくそちらの仕事に取り掛かった。


 まずは一門から戦力を集める。それだけでなく懇意にしている流門や武門にも声をかける。そうやって集めた戦力が、言ってみれば十三の子飼いの戦力だ。征伐隊内における権力基盤とでも言うべきモノで、これがしっかりしていないと結局のところ全体の掌握が上手くいかない。どれだけ指揮能力が高くても、だ。


(どうかと思わんでもない、が……)


 こういう派閥争いみたいな側面に、十三とて何も思わないわけではない。ただ人が群れる以上、そういう内情が生まれてしまうのは仕方がないと考えている。桐島颯谷であれば派閥を無視してトップに君臨できるかもしれないが、十三にはとても無理な話だ。


 それに、仮にできたとして、それは恐怖政治の亜種だろう。先のことも含めて考えれば、やはり望ましいとは言い難い。そうであるなら必要悪として割り切るしかないだろう。改革がなされるかもしれないが、いずれにしてもそれは十三が引退した後の話だ。


 まあそれはそれとして。子飼いの戦力に目途が立つと、次は外へ目を向けなければならない。征伐隊の隊長という立場を手に入れるための根回しだ。もっとも東北において十三は頭一つか二つ抜けた能力者。彼が名乗りを上げれば、あえて対抗馬になろうという者はいるまい。とはいえ根回しに手は抜かない。本気であると周囲に知らしめる意味合いもあるからだ。


 根回しが終わり、隊長がほぼ内定したら、次は司令部の人員集めだ。この司令部とはつまり征伐隊の首脳陣のことで、現地で作戦の指示を出したり隊を率いて戦ったりする主要なメンバーということになる。そして重要なことだが、ここを身内で固めるわけにはいかない。


 医療チームが同行するようになる前までは、身内で固めても良かった。というより、身内で固めるしかなかった。突入する部隊が複数に分かれていたからだ。しかし最近のトレンドは本隊への一本化。それなのに司令部を身内で固めてしまっては、非主流派になった者たちが不満をため込むことになる。


 よって普段はつながりの薄い武門や流門にも声をかけ、司令部に人を出してもらう。ただし、これはと見込む人物は一本釣りだ。場合によっては、口説き落として志願させることもある。実質的に征伐隊の能力はここで決まると言っていい。妥協はできない。


 隊長として内定したからには、司令部の人選を進めるのと並行して、国防軍との打ち合わせもやらなければならない。医療チームの派遣を要請し、その護衛となる選抜チームの受け入れを確認。非能力者を全員覚醒させることまでは請け負った。


 同時に、異界についてこの時点まで集めた資料を提供してもらう。今回はまだ氾濫スタンピードが起こっていないので、怪異モンスターに関する情報はない。主に異界に呑まれた場所の地図情報がメインだ。ただし一般に出回っているモノとは比較にならない、かなり詳細な情報だ。そしてこの情報をもとに、司令部に招集したメンバーで検討会が開かれた。


「場所は小さな漁港。報道の通りだな」


「民家は……、意外と少ない……。運が良かったというべきでしょうかね、これは」


「港の施設はそのまま拠点として使えそうだな」


「海の範囲が結構広いな……」


「地図上の中心点は海だからな。陸地は……、四割強といったところか」


「見たところ水深も結構ありそうですし、国防軍の船を突入させる、という選択肢もアリでは?」


「敵方が船を使う可能性、モンスターが魚人タイプの可能性、新たに島みたいなのが現れている可能性……。考えればキリがないが……」


「今は思いつく限りの可能性を挙げておいて欲しい。モンスターの情報が入れば、多少は絞り込むことができるだろう」


 十三はそう言って、最初の検討会では何も決めなかった。そしてこの翌日、最初のスタンピードが起こった。



十三「胃薬を頼む。良く効くヤツだ」

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