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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
高校三年生

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176/205

冬季向けセミナー


(どうしてこうなった……)


 北海道のとある国防軍基地。昨晩雪が降り、あえて除雪されていない運動場の片隅で、颯谷はチベットスナギツネみたいな顔になりながら内心でそう呟いた。


 彼の視線の先では、薄着の能力者たちが跳ねまわったり転げまわったり、スノーモービルに追いかけられたりしている。彼らは決して雪遊びに興じているわけではない。これも立派な訓練であり、北海道西部異界征伐のための準備の一環だった。


 要請に応じてやって来た北海道の国防軍基地。そこで颯谷を待っていたのは多数の能力者たちだった。要するに彼らが今回颯谷から冬季対策を教えてもらう、その希望者たちだ。颯谷がここへ来たのは確かに要請があったからだが、この臨時セミナーの受講は義務ではないので、受けるか受けないかは各自の判断に任されていた。


 だから受講希望者の数は決して多くない、なんてわけがない。東北地方において薄着で越冬するなんて離れ業をやってのけた桐島颯谷。もちろん総括報告書は読んだが、それでもそのノウハウを直接教えてもらえるというのだ。その機会を、特に北海道の能力者が逃すはずがない。


 そんなわけで受講希望者の数は、予定されている征伐隊の隊員数を大きく上回っていた。しかも来ているのは北海道の能力者だけではない。国防軍の軍人も数百人単位で参加している。これまでに氣功能力を覚醒させた者たちで、将来的な冬季の作戦行動に備えての訓練らしい。正直、「教えるのは数名にして、あとは身内でやってくれ」と思ってしまう。


 それだけではない。どこで聞きつけたのか(あとで聞いた話だが、国防省がホームページで告知していたらしい)、トリスタン率いるフランス人部隊まで参加している。ここまで来ると、颯谷も「仕事熱心だなぁ」としか思えなくなっていた。


 あとさらに付け加えるなら、受講希望者はこのあと増え続けることになる。東北の能力者など、初日には間に合わなかった者もいるからだ。ただその一方で、ある程度形になったら個人鍛錬に移行してセミナーに来なくなった者もいるので、最大数を相手にすることはせずに済んだ。それでも受講者の延べ数は二千人を超えたが。


 ともかくそんなこんなでセミナーは始まった。最初は座学。とはいっても長々と講義をするわけではなく、温身法と外纏法と月歩について、颯谷が使う時のイメージを改めて説明しただけだ。総括報告書に書いてある内容とほぼ同じなので、受講者らにとってはその後の質疑応答の方がメインだったと思われる。


 ただ、泰樹も言っていたが百聞は一見に如かず。質疑応答を繰り返すより、実際に見た方が話は早い。特に月歩は。そう考える受講者は多かったらしく、幾つかの質問に颯谷が答えると、彼らはいそいそと外の運動場へ移動した。ちなみにこのセミナーはそもそも北海道西部異界征伐隊のためのモノなので、颯谷もそのつもりで実演を始めた。


「じゃあまずは温身法、は似たようなのができる人が多いってことなので、外纏法からで」


 そう言って颯谷は氣を身体に纏った。その様子はいわゆる凝視法を使えば視認することができる。もちろん専用の仙具を使った場合の様に詳細に観察することはできないが、外纏法はそもそも複雑なわけでも繊細な使い方をしているわけでもない。普通に凝視法を使うだけで十分で、征伐隊に入る能力者ならその程度のことは容易だった。


「意外と層が薄いな……。厚いほど断熱効果が高いと言っていたはずだが」


「今はちゃんと防寒具も着ていますから」


「ああ、なるほど。つまり防寒具と併用することで氣の消費を抑えられるわけだ」


 そんなことを言いながら、受講者らはそれぞれ自分で外纏法を試し始めた。もともと単純な技法ということもあり、大半の者がすぐに使えるようになる。ただ、纏う氣の層にムラがあるなど、やはり練度には個人差がある。そのあたりは個人で反復練習をしてもらうしかないだろう。


「次は月歩なんですけど、総括報告書にも書いてあるんですけど、月歩はそもそも異界内の雪に含まれる氣功エネルギーと自分の氣を反発させることで成立している技です。なので異界の中じゃないと使えません。ただ一応練習法みたいなのと、代わりになるような技は考えてきたので、それをやってみます。参考にしてみてください」


 そう言って、颯谷はまず練習法のほうから実演を始めた。まず両手に氣を纏わせ、それから手のひら向かい合わせてゆっくりと近づけていく。この時なにもしなければ、両手のひらは簡単にくっついてしまうだろう。


 そこで重要なのがイメージ。磁石の同極同士を近づけたときに起こるような反発をイメージする。反発が生じたら、次にやることはその維持。その状態をほぼ無意識でも維持できるようになったら、あとはそれを手ではなく足でやればそれが月歩である。


「…………」


 受講者たちは颯谷の説明を真剣に聞いていたのだが、しかし説明が終わっても反応がない。手ごたえを図りかねて、颯谷は内心で困惑した。これはちゃんと伝わったのだろうか、それとも伝わっていなのだろうか。ちゃんと分かりやすく伝えたはずなんだけど、と彼は内心で呟いた。


 とはいえ、彼が説明した磁石や反発のイメージは、凝視法だけでは詳細なところまで観察できない。眼鏡やモノクルなどの一級仙具を使わないと、ただ氣を集めているだけにしか見えないのだ。その辺の分かりにくさが反応の悪さの原因かなぁ、と思い彼は内心でちょっと困った。困ったので、彼は強引に話を進めることにした。


「じゃ、じゃあ、次に代わりの技の方をやりますね」


 そう言って微妙な空気の受講者たちから逃げるように背を向け、颯谷は雪の積もった運動場へ向かった。除雪機を使ったのだろう、除雪した場所としていない場所がはっきりと段になっている。その二歩手前で立ち止まると、彼は一度大きく深呼吸をした。


 北海道の冷たい空気が肺の中に入ってくる。その冷気が頭を冷やして集中力を高めた。息を吐き出し、膝を半分ほど曲げる。颯谷は大きく跳躍して除雪されていない運動場へ飛び出した。そして勢いよく駆け回る。彼が駆ける度に足元の雪が爆ぜた。


「「「お、おおぉ~!」」」


 その様子を見ていた受講者たちの間から感嘆と驚愕の声が上がる。もっとも颯谷には聞こえていない。彼は二十秒ほど運動場を駆け回ると実演を切り上げて受講者らのところへ戻ってきた。そしてこうのたまう。


「こんな感じです! じゃ、やってみましょう!」


「先に説明してくれ」


 真顔でそう言われ、颯谷も我に返る。ちょっとランナーズハイになっていたみたいだ。彼は何度か深呼吸して体を冷ますと、先ほどの技法、「月歩改」について説明を始めた。


 月歩改は、一言で言えば足の裏から氣を放出して跳ねる技法だ。ただ、漫然と放出するのではなく、一瞬でそれなりの推力を得る必要がある。だからイメージとしては、「ロケットエンジンで打ち上げる」というより、「爆発で吹き飛ばす」というほうが近い。


「だから、放出というよりは破裂させていると言ったほうが近いかもしれません」


 颯谷はそう説明した。ちなみに彼が使う「氣を破裂させる技」というと、かつて土偶が使っていた衝撃波がある。月歩改も衝撃波コレを参考にした技法だ。どう違うかというと、衝撃波のほうが低コストで広範囲だ。だから月歩改とは、「衝撃波をコアの欠片無しでも使えるようにダウングレードして、機動補助用に転用したモノ」と言えるかもしれない。


 月歩改の肝となるのは、言うまでもなく氣を適度な威力で破裂させるその技術。受講者らはまずそこで四苦八苦した。颯谷はだいたい半日ほどでモノにしたのだが、彼の場合はそもそも衝撃波という下地がある。イメージするうえでコレが大きかったのは言うまでもない。


 一方で受講者たちの場合その下地がない。とはいえ目の前で実演を見ることができたので、完成形のイメージ自体はしやすかった。ただ練習を始めると、今度は氣の量が足を引っ張る。月歩改は燃費が悪くてすぐに息切れしてしまい、練習量をなかなか増やせないのだ。


 ちなみに颯谷の場合は、その問題を膨大な氣を駆使して強引に突破している。好きなだけ練習できるリソースがあったわけで、彼が月歩改を短期間でモノにできた最大の理由はむしろこちらかも知れない。


 さて一通りの説明を終えると、征伐隊に参加するメンバーは一旦散らばってそれぞれに練習を始めた。他の受講者たちもそれぞれに動き始めて、颯谷に追加の説明を求めに来る者、仲間同士で教え合う者、ひとまず個人で練習を始める者などに分かれる。中にはスノーモービルの練習を始める者もいたのだが、良く視たらちゃんと外纏法を使っていた。


(う~ん、やっぱり差があるなぁ……)


 個人での練習が始まると、習得にはやはり個人差があるように見えた。颯谷が見た限りだが、氣の流れがスムーズな人は何をやらせても習得が早い。氣をイメージ通りに動かせているのだろう。思いがけず、練氣法の重要性を再認識した。


 お昼の休憩を挟んで、訓練は続く。正確には、今日のセミナーはすでに終わっていて、これはすべて自主練習だ。希望者が勝手にやっていることなので颯谷が付き合う必要ないのだが、特に征伐隊に入る人たちのことを考えると、とてもではないが部屋でスマホをいじっている気にはなれない。可能な限りは颯谷も付き合った。


 夕食は基地の食堂で食べる。セミナーの受講者でも家から通っている人はもう帰ったので、人数は幾分減っている。ただそれでも多い。颯谷が席に着くと、すぐに近くにいた人たちが彼に声をかけた。


「よう、桐島君。今日はお疲れさん」


「いえ、なんか、上手くできなくて、すいません……」


「いやいや、実演してくれただけでも十分だよ」


「だと良いんですけど……。実際、どんな感じですか?」


「そうだな……。温身法は似たようなのが使えるし、外纏法ももう実用レベルだと思う。ただやっぱり月歩改がなぁ……」


「そうそう。今日だけで何度雪ン中にダイブしたことか」


「難しいよな、アレ。氣の消費も激しいし」


「でも覚えたらかなり使えそうなんだよ、アレ。雪の上を走るだけじゃなくて、一歩目にアレを使えば一気に間合いを潰せる」


「そういう意味だと、似たような技はないんですか?」


「探せばあると思う。ただ連続して使うこととか、雪の上を走ることは想定してないと思うぞ」


 颯谷のはす向かいに座る能力者がそう答えると、周囲から笑い声が起こった。颯谷は苦笑いしながら次にこう尋ねる。


「じゃあ、普通の月歩はどうですか?」


「桐島君には悪いが、正直、練習法からして意味不明だ。モノになるか分からんから、限られた時間の中では手を出しづらいよ」


「あ~、やっぱりですか。ん~、眼鏡とかモノクルの仙具があると、多少は分かりやすいんですけどねぇ」


 颯谷がそう答えると、周囲で聞いていた者たちは「ほう」と呟いて興味を示した。彼らの中にはそういう仙具にアテがある者もいるらしく、「連絡してみるか」と呟いているのが聞こえた。


 そしてセミナー二日目。この日もまずは座学からだ。もっともこれは一日目に出られなかった人が主な対象なので、数はかなり減った。ちなみに座学に出る必要のない者たちはすでに運動場で自主練習を始めている。出席者のなかに道場の後輩である笹原泰樹の姿を見つけ颯谷は小さく笑った。


 颯谷は一日目と同じく、総括報告書の該当部分をテキスト代わりにして講義を行った。昨日質問で聞かれたことなども先回りして伝える。このあたりは、一度やって慣れたその成果かもしれない。


 やはり一日目と同じく、座学はほどほどのところで終わらせて彼らは運動場へ移動した。昨日の夜また新たに雪が降ったらしく、広い運動場には新雪が追加されている。もっともすでに踏み荒らされてしまっていたが。


 運動場でも彼は昨日と同じく、まずは外纏法と月歩の練習法、月歩改、を実演して見せる。それから自主練習に移り、何か聞かれたら答えられるかぎり答え、それも一段落すると、数名の能力者が連れ立って彼のところへやって来てこう言った。


「桐島君。少し良いかな?」


「はい。何でしょうか?」


「昨日教えてくれた月歩の練習法を、もう一度実演して見せてもらえないかな。コレを使って視てみたいんだ」


 そう言って彼が取り出したのは古風なデザインの眼鏡だった。以前に異界内で手に入れた一級仙具であるという。颯谷はすぐに頷いた。


「じゃ、いきますね……」


 そう言ってから颯谷はゆっくりと両手の手のひらに氣を集めた。そして両手のひらを徐々に近づけていき、その間に反発力を生じさせる。声をかけてきた一団は、仙具の眼鏡を回しながらその様子を順番に確認した。


「なるほど……、こんな感じなのか……!」


「こんな氣の使い方ができるとはなぁ……」


「うぅむ……、奥が深い……」


 颯谷の手元を熱心に覗き込みながら、彼は口々にそう感想を述べた。眼鏡が一つしかないので、押し合いへし合いせっつかれ、それでもなかなか終わらない。颯谷はだんだんヒマになってきて、実演をしながらこんなことを尋ねてみた。


「ほかのヤツも、こうやって確認してみたんですか?」


「ん? まあそうだな」


「温身法はやっぱり各流派の似たような技と変わらなかったけど、外纏法と氣鎧の違いは面白かったな」


「へえ。どんな違いがあったんですか?」


「簡単に言うと、氣鎧は硬い感じで、外纏法は柔らかい感じだった」


「そうそう。でも仙具を使わないと同じように視えるんだよなぁ」


 そんな話をしている間にも、徐々に人数が増えていく。結局この日は終日、月歩の練習法を披露し続けることになった。運動場のほうへ視線を向けると、各自自主練習に励んでいる。決して雪遊びをしているわけではないと分かっているのだが、それでも颯谷は心の中で「なんだかな」と呟いてしまうのだった。


颯谷「あとは、モフモフを連れていくとなお良し」

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― 新着の感想 ―
二人一組でそれぞれキャスター付きの椅子に座って足裏で反発させ合うぐらいしか練習法思いつかないけどその光景想像したらだいぶシュールだった
爆発で飛ぶイメージ、てことは月歩改は矢を弾けそう 展開速度ではリアクティブアーマー兼体勢崩しみたいな利用法もできるかな
モフモフ「いやです」
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