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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
高校三年生

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173/205

武門の付き合い方


 十月末、房総半島異界が征伐された。そしてそのおよそ半月後、総括報告書が国防省のホームページで公開された。颯谷も斜め読みしたのだが、その中には表情を険しくせざるを得ないような報告もあった。


 今回も征伐隊には医療チームが同行していた。そして今回の征伐ではこの医療チームに被害が出たのである。その時の状況については詳しく読んだのだが、要するに異界の小ささが仇になったようだった。


 通常、医療チームは拠点で活動し、拠点は後方に置かれる。だが異界が小さければ、当然ながら中心部から後方までの距離も短くなる。今回はそれが災いした。つまり怪異モンスターが拠点の近くに現れたために対処が間に合わず、拠点施設に被害を出してしまったのだ。そこにちょうど、医療チームがいたのである。


 さらに拙かったのがこの時の対応である。医療チームと負傷者を何としても守らなければならない。その想いが先行してしまったのだろう。まず応戦したのは国防軍の選抜チームだったのだが、モンスターに押し込まれて乱戦になってしまったのだ。


 もちろん選抜チームは精鋭揃いである。しかし氣功能力者として見れば、未熟と言わざるを得ない。乱戦になったことで火器の使用も躊躇われ、結局一番拙い接近戦で対処しなければならなくなった。そのため選抜チームにはもちろん大きな被害が出たし、防衛線を抜けられて医療チームにも被害が出たのである。


 房総半島異界に突入したのは、民間の能力者、国防軍の選抜チーム、そして医療チーム合わせて186名。損耗率は39%で、うち死亡率は11%。これまでのデータと比べると決して大きな損害というわけではない。だが医療チームの同行が始まってからで考えると、突出して損耗率が高くなってしまった。


 総括報告書を読んでいくと、まず医療チームへの強襲とその対応で大きく被害を出し、その後、医療チームが十分に機能しなかったことでじりじりと損耗率が上がっていく様子が見て取れる。


「今後は医療チームが活動する施設周辺に防護柵を設置するなど、物理的な防御策の検討も必要と考えられる」


 総括報告書ではそう指摘されていた。言われてみれば当然の事柄ではある。こうやって徐々に洗練されていくのかもしれない。颯谷はそんなふうに思った。


 さて、房総半島異界が征伐されたそのわずか四日後、つまり総括ミーティングが開かれるより早く、今度は滋賀県の北部に異界が顕現した。これだけ短期間の間に異界が立て続けに顕現した例はないわけではないが、やはり珍しい。ちなみに滋賀県北部異界と名付けられた。


 滋賀県北部異界の直径は6.6km。中規模の異界だ。ネットなどでは「正確には6.66km」などという情報が出回り、「縁起が悪い」とささやかれた。後日、国防軍が「正確には6.628km」と詳細なスケールを出したことで鎮静化したが。


 異界に取り込まれた地域を地図上で確認すると、大半は山間部だが一部琵琶湖も含まれている。幸いにも人口密集地はなかったものの、当初異界のフィールドは群青色で、二十名ほどが内部に取り残されたものと考えられた。


 さて今回は滋賀県ということで、征伐隊は近畿地方の能力者が中心になると見込まれた。また瀬戸内異界からあまり間がないということで、中国・四国地方の能力者には赤紙を出さないことが国防省内部で決定。近畿地方を中心に北陸・中部・東海地方から戦力を抽出して征伐隊を編成することになった。


 さて滋賀県といえば、木蓮の姉である桜華が嫁入りした武門藤崎家がある。藤崎家の地盤は滋賀県の南部なので、今回は直接異界顕現災害に巻き込まれたわけではない。とはいえ同じ県内に現れた以上、座視するわけにはいかないのが武門だ。一門を上げて征伐に乗り出すという話を、颯谷は木蓮から聞いた。そして征伐隊には桜華の夫も入るという。


「そっか……。大変だね」


「はい……。お姉様も表には出しませんでしたけど、やっぱり内心では心配していると思います」


 きっとそうだろうな、と颯谷も思う。身内が征伐隊に入るという経験を、桜華は小さい頃から何度も繰り返してきたはず。そしてその中には、帰ってこなかった人もいるのだ。そういう経験を重ねてきた彼女が、心配しないはずがない。ただ颯谷にできることはない。それで彼は話題を少し変え、木蓮にこう尋ねた。


「駿河家としては、何かあるの?」


「あ、はい。援軍というか遠征というか、お兄様が何人か引き連れて志願するそうです」


「え、でも正之さんって、このまえ結婚したばっかりだよね?」


 颯谷が驚いたようにそう聞き返す。彼の言うように、木蓮の兄である正之は今年の六月に結婚式を挙げていた。お相手は婚約者でもあった関東の武門東堂家のご令嬢。ご令嬢というと「花よ蝶よ」と育てられたイメージだが、実際には名門大学の経済学部卒で駿河不動産の次期社長がほぼ内定している才女である。


 余談になるが、六月の結婚式には当然ながら木蓮も出席している。一方で颯谷は招待されなかった。桜華の場合と同じく、招待客は新郎と新婦でそれぞれ50人ずつとしていたのだが、その中に入らなかったのだ。駿河仙具の大株主ということで、招待者リストの第三稿までは名前が残っていたらしいのだが、最終稿までは残らなかったのだという。


『決して、颯谷さんを軽く見ているわけではないんですよ? ただこういうのはどうしても付き合いの長さが重視されますから……』


 木蓮は言いにくそうにしながらそう説明したものである。そんな彼女に颯谷は小さく苦笑しながら「大丈夫、分かってる」と答えた。桜華の時も招待客の選別に苦労したと聞いていたし、正之もきっとそうだったのだろう。そもそも彼としては第三稿まで自分の名前が残っていたことが驚きだったのだが、まあそれはそれとして。


 このように正之が結婚してから、まだ半年も時間が経っていない。もとより異界は自然災害であるから、いつ何時現れるか分からず、また現れたならば対処しなければならない。だから否応なく出張らなければならない場合はあるだろう。だが地元に現れたわけでもないのに、新婚の正之をわざわざ駆り出すのはなぜなのか。


「それってやっぱり親戚だから?」


「そういうのが無いわけではないと思います。でも一番はやっぱり、そろそろ赤紙が来るタイミングだから、っていうことだと思います」


 今回、本当に正之に赤紙が来るのか、それは分からない。むしろ厄介なのは来なかった場合だ。その場合、次の異界で剛と正之の両方へ赤紙が来かねない。駿河家としてはどうしても避けたい事態で、それならば先んじて今回志願するという判断らしい。


 ただもちろん、藤崎家が今回本腰を入れて戦力を出すというのは大きい。親戚が関わっていて最近現れた異界というなら、房総半島異界の方が先なのだ。だがこちらへの志願は見送っている。それはひとえに東堂家が武門としての征伐隊参加を見送ったからだ。仮に正之が志願したとしても、それが「駿河家から東堂家への援護」とはならないと判断されたのだ。


 一方で藤崎家は今回の征伐隊の中核となる。そこへ正之が駿河家の戦力を率いて加わることは、立派な援護となるわけだ。そして一緒に戦ったという経験は、両家の絆を一層強めるだろう。また正之としても遠征先に身内がいるというのは、やはり安心感がある。


「剛と正之へ同時に赤紙が来るのを避ける」というのが志願の最大の理由であるとしても、これらの事柄がその決定を下すにあたりプラス要素だったことは間違いない。そういう話を、木蓮は「あくまで憶測ですけど」と前置きして話してくれた。


「ふ~ん、なるほどねぇ……。っていうか、正之さんはまだ五回終わってなかったんだ」


「確か、今回が四回目のはずです」


「え、これで四回目……? オレ、もう四回目は終わってるんだけど……」


「そ、颯谷さんは、その色々特殊なので……!」


 思わず遠い目をしてしまった颯谷を、木蓮が慌てた様子で宥める。彼の場合、政治介入が二度もあったので平均的なペースとは言い難い。彼自身それは分かっているのだが、こうして一般例を知ってしまうと「本当に便利に使われてたんだなぁ」と実感してしまう。とりあえず彼は「ハゲろっ」と呪詛を送っておいた。


 滋賀県北部異界征伐のために名乗りを上げたのは、日本人だけではなかった。トリスタン少佐率いるフランス人部隊も征伐隊に加わることになったのだ。ただこれはトリスタンの意志というよりは本国フランスの意向であったという。


 現在、異界関連でフランスが最も注目しているのは仙樹弾とそれを扱うための銃器である。瀬戸内異界が征伐され、トリスタンから速報が入ると、フランス政府はすぐさま日本政府と交渉を開始。他国に先んじてそれらを手に入れることに成功していた。ただしこの時点ではまだモノがなく、口約束だけだったが。


 さらにフランス軍ではトリスタンの進言を容れて、仙樹弾用の対物ライフルを運用する試験部隊を創設。大使館経由で例のブツが用意されたことを知ると、この部隊を新たに日本へ送ってトリスタンの指揮下に置いた。ただし、この部隊には一つ問題があった。氣功能力者がただの一人もいなかったのである。


「ヴィクトール。本国の意向をどう解釈する?」


「明白でしょう。つまり『使い物になるようにせよ』ということかと」


「それ以外は考えられんか。まったく、上司の無茶ぶりはアニメの中だけにして欲しいモノだ」


「マンガにせよアニメにせよ、上司の無茶ぶりというのはリアルの方が酷いかと」


「やれやれ、どうやら私も自戒しなければならないようだな。とはいえ本国の意向が明白である以上、軍人たる者それに応えるのも給料分の仕事だ」


 そう言って大袈裟に肩をすくめつつ、トリスタンは征伐隊への参加を決めたのである。彼の部隊は瀬戸内異界でそれぞれ氣の量を増やしており、現在はその扱いに習熟する訓練をやっていたから、本音を言えばもう少し時間が欲しい。だが異界とは突然現れるものだし、そうである以上彼の仕事も突然降って湧く。そういうモノだと彼は受け入れていた。


 さてそのようにして征伐隊の編成が進むなか、東北西南大学のAO入試が行われた。颯谷は予定通り理学部を受験。受験対策はしっかりとやってきたつもりだが、いざ本番となればやはり緊張する。伊田から授けられた「悪い知恵」を使ってしまおうかと一瞬誘惑にかられたが、結局そこまで大胆にもなれないまま彼は試験を終えた。


(まあ、落ちたら返してもらうけど)


 その言葉を内心に留めて口に出さなかったのは、さて誰にとっての幸か、もしくは不幸か。ともかくAO入試は無事に終わり、あとは結果発表を待つのみとなった。


 征伐隊のほうは、彼のAO入試の三日後に異界へ突入。そして約三週間後に征伐を完了した。彼の合否判定が出る、およそ一か月前のことである。


 木蓮から聞いた話によれば、駿河家から遠征した者たちは正之を含め全員が生還した。残念ながら全員無傷とはいかず、腕を骨折するなど重傷を負った者もいたが、ともかく損耗扱いとなった者はいない。全員がきちんと復帰できる見込みで、彼女も胸を撫で下ろしたという。


 征伐自体は、予想通りというか予定通りというか、藤崎家が中心となって行われた。正之率いる駿河家の遠征組はそのサポートに回ったらしく、お客さん扱いというわけではなかったものの、征伐のメインストーリーからは少し外れたところで戦っていたようだ。


「でも、お兄様は『かえって都合が良かったかも』って言っていましたよ」


 木蓮は少し笑いながら颯谷にそう教えてくれた。今回の征伐では、正之に仙樹林業からある依頼がされていたという。その内容は言うまでもなく仙樹の確保に関する事柄で、一つは実際に仙樹を確保しておいて欲しいという依頼。そしてもう一つは仙樹を探して目印をつけておいて欲しいという依頼だった。


「いや、でもそれって大丈夫だったの? その征伐隊的に」


「はい。国防軍を通じて征伐隊のほうにも話が通っていたみたいです。それに目印を付けるくらいなら、大した手間ではありませんから」


 実際に確保するにしても征伐の妨げにならないことが前提で、場合によっては放棄してしまうこともあったという。いずれにしても今後の征伐のことを考えれば、資源としての仙樹を確保することは重要であり、だからこそこの「余計な依頼」にも反発はほとんどなかったという話だ。


 ちなみにこの依頼にはちゃんと報酬も出ている。成果報酬で、征伐報奨金に上乗せされる形になった。額としては決して大きくはないが、それでも征伐隊の利益になったわけで、それも反発がなかった理由の一つかもしれない。


「なるほどねぇ……。じゃあ今後は、こういう感じで仙樹を集めていくことになるんだろうなぁ」


「そう思いますか?」


「うん。だって仙樹の判別って、結局異界の中でやるのが一番簡単だもん」


 仙果がたわわに実った仙樹の様子を脳裏に思い浮かべながら、颯谷はそう答えた。赤黒い仙果は目立つ。だからこそ「仙樹は探せば割と簡単に見つかる」と言われているのだ。そしてその通説は、颯谷の経験則からすれば間違っていない。


 その見つけやすい状態で目印を付けておき、征伐後に伐採して回収する。征伐中に回収するのを別にすれば、現状これが最も効率の良いやり方だろう。必要な量を確保できればいいけれど、と颯谷はどこか他人事のように考えるのだった。


正之「今回のモンスターはでっかいナナフシみたいなヤツ。樹木に擬態していることが多くて、最初は不意打ちされたヤツもいたけど、凝視法を使えば判別できることがか分かったから、それからは楽になった」

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― 新着の感想 ―
ハゲろの上位攻撃はモゲろかな?
この先十年位政治家のハゲ率が上がりそうですねぇ
禿げろはまだ優しい憎しみこもってる人だと盲腸なれ!だからなw
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