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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
高校三年生

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163/205

瀬戸内異界4


 鉄甲船の出現と大鬼の襲撃から一夜明けると、重傷者が強襲揚陸艦へ搬送された。医師による処置がすぐに行われたこともあり、全員命に別状はない。ただやはり、五名のうちの二名は損耗扱いになるであろうと言われた。


 重傷者を運ぶボートに同乗して、征伐隊指揮官も強襲揚陸艦へ向かう。昨晩の襲撃を受けて、今後の征伐方針について艦隊司令官と相談するためだ。司令官室で向かい合って座ると、二人はまずコーヒーを一口ずつ飲んだ。


「……被害は、いかほどでしたかな」


「幸いにも、大きくはありません。ただ、大鬼はともかく、大砲による攻撃が今後も続くようであれば、うかうかとはしていられません」


 征伐隊指揮官の言葉に、艦隊司令官も頷く。鉄甲船の出現が今回限りと考えるのは、楽観的過ぎるだろう。一度出現した以上は、またいつ出現してもおかしくはない。そして再び鉄甲船が出現すれば、やはり大砲を放つだろう。


「弾薬の方はどうですか?」


「半分弱がまだ残っています。加えて、艦砲射撃用の弾薬を使い尽くしても、それで直ちに攻撃手段が失われるわけではありません」


「なるほど。ですが、そろそろ頃合いかと考えています」


 征伐隊指揮官のその言葉に、艦隊司令官は真剣な表情で頷いた。「そろそろ敵本拠地の攻略作戦を行いたい」。つまり征伐のために本腰を入れたいというその意図は十分に通じていた。


 艦砲射撃用の弾薬は、持ち込んだ量に対して半分弱がまだ残っているという。敵の襲撃の規模や頻度が変わらないことが前提になるが、あと十日程度はこれまで通り育成レベリングを行えると考えてよい。


 氣の量を増やしたくない能力者などいない。条件が良いこの異界で限界までレベリングをしたいと考えている者は多いだろう。また、行っているのはレベリングだけではない。軸になっているのはレベリングだが、他にも幾つかのことが並行して行われている。


 例えば仙具の回収。鬼族水軍は武器を装備しているから、討伐したときに消滅せずに残ればその武器を回収できる。それらは言うまでもなく一級仙具であり、この機会を逃したくないと思う者は多かった。ちなみに、せっかく手にいれた一級仙具が錆びないよう、血眼になって手入れが行われている。


 特に海軍やフランス人部隊はもともとの所有数がほぼゼロな上に入手の機会も少ない。これまで戦闘による負傷者は少なく、つまりこの瀬戸内異界は比較的安全と言える。安全にレベリングができ、さらに一級仙具も手に入る機会はまたとないだろう。当然ながら熱が入っていた。


 また別の例で言えば、仙樹の伐採と収集も行われている。これは国防軍上層部からの指示で、仙樹弾の素材を確保することが目的だった。ただ今回、異界は広いが征伐隊の行動範囲はあまり広くない。その範囲内にある仙樹の数も少なくなり、伐採した本数はあまり多くはなかった。


 それで、さらなるレベリングと、さらなる一級仙具の回収と、さらなる仙樹確保のためにもう少し時間が欲しいというのは、征伐隊のほぼ全員が思っている。征伐隊指揮官個人としてもその気持ちは同じだ。


 だがそのために損耗率が上がることは容認できない。西日本、特に九州地方の能力者不足は依然として深刻なのだ。それに、やはりどうしても弾薬のことが頭をよぎる。


「お願いしていた進攻ルートの確保ですが、進捗はどうでしょうか?」


「八割、といったところです。多少の無茶を容認していただけるなら、上陸計画の大筋はすでに完成しています」


「聞かせてください」


 征伐隊指揮官がそう言ったので、艦隊司令官はこれまでに分かっていることと、そのうえで立案された上陸計画について説明する。現状のままだとどこで「多少の無茶」をすることになるのかも聞き、征伐隊指揮官は考え込んだ。そしてややあってからこう答えた。


「……今日明日中に可能な限り詰めてください。その間に、我々もどう動くかを詰めます。そして明後日に最終的な攻略作戦を立てましょう。決行の日時もその時に」


「了解しました」


 艦隊司令官は大きく頷いてそう答えた。その後、征伐隊指揮官は受け取った資料一式を持って強襲揚陸艦を後にする。「少しタイトなスケジュールになったかもしれない」。ボートに乗りながら、征伐隊指揮官は内心でそう呟く。ただこれには理由があった。


 一つは、言うまでもなく鉄甲船と敵の大砲。損耗率の上昇は受け入れがたい。いや、死傷者が出ることを前提にレベリングはできないというべきか。要するに鉄甲船の出現によってレベリングの前提が変わったのだ。


 もう一つは、軍艦の弾薬の残量。これまで征伐隊が敵船団に対して圧倒的優位を保ってこられたのは、精密な遠距離からの砲撃があったからだ。それがなくなったら、征伐隊の優位はあっという間に崩れるだろう。そうなる前に、決着を付けなければならない。


 さらにもう一つ。征伐隊指揮官は攻略作戦が失敗したときのことを考えたのだ。その場合、もちろん第二次作戦を行うことになるが、直ちにというわけにはいかないだろう。だが第二次作戦決行までの間にも敵船団の出現と襲撃はあると考えるべき。弾薬はそれに対処する分も残しておく必要がある。加えて言うなら、第二次作戦で使用する分も。


 そう言ったことを併せて考えると、弾薬の残量は結構ギリギリではないか。艦隊司令官は「艦砲射撃用の弾薬を使い尽くしても、それで直ちに攻撃手段が失われるわけではない」と言っていた。だが局面は間違いなく変わる。今まで通りにはいかないだろう。となれば、あまり悠長にしてはいられない。征伐隊指揮官はそう思ったのだ。


 強襲揚陸艦から陸上拠点に戻ってくると、征伐隊指揮官はすぐに主だった面子を集めた。そして艦隊司令官から受け取ってきた資料を見せ、敵本拠地攻略作戦の立案を始めた。上陸までの段取りは艦隊の方でやってくれる。彼らが考えるのは上陸してからのことだ。


「コアかヌシか、まだはっきりせんのですか?」


「現状不明だ。空からの偵察では、まだ確認されていない」


「空から確認できないということは、構造物の内部にいるか……」


「もしくは、そもそも別の場所にいるか、ですか……」


 検討会議に呼ばれたメンバーの一人がそう言うと、やや重苦しい沈黙がテントの中を支配した。これまでの経験則として、コアにしろヌシにしろ、所在地は異界の中心部であることが多い。そして例の小島はこの瀬戸内異界のほぼ中心に位置している。いかにもな構造物群もあり、そこが征伐の要である可能性は高いと思われていた。


 しかし数は少ないものの、コアやヌシが異界の中心部から離れた場所にいた例もある。空振りの可能性は決して無視できない。またあれだけ露骨なのだから、相応の戦力が置かれているとみてよい。空振りだけならまだしも、戦力を損耗してしまっては、本命の決戦に差し支える。


「コアにしろヌシにしろ、上陸するならばそこにいるのだとはっきりさせる必要があります。艦隊に構造物群の排除を依頼しましょう。それではっきりするはずです」


 軍人の一人がそう発言する。トリスタンも同じことを考えていたので頷いたが、民間の能力者組の反応は芳しくない。「はて」と思い、内心で首をかしげていると、征伐隊指揮官は発言した軍人にこう尋ねた。


「もし確認できなかったら、どうしますか?」


「上陸作戦は中止せざるを得ないでしょう。探索範囲を広げる必要があります」


「……確認できなくても上陸作戦は決行します。決行せざるを得ません。ヌシなら構造物を破壊すれば出てくると思いますが、コアの場合、構造物群の中にはない可能性があります」


 だが構造物群の中にはなくとも、あの小島にはあるかもしれない。「無い」ことを確定させるためには探索が必要であり、そのためには上陸せざるを得ない、ということだ。


 とはいえ、上陸が前提であるなら構造物群の破壊はなおさら必要だ。それで艦隊への依頼は行うことになった。その後、さらに作戦案が練られていく。ただ敵戦力の詳細が分からない。どうしても現場での臨機応変な対応に頼らなければならない部分が多くなった。


 そして二日が過ぎ、艦隊司令官と約束していた日になった。強襲揚陸艦には征伐隊の主だったメンバーが全員揃っている。そして海上組と陸上組でそれぞれの作戦案のすり合わせが行われた。


 あの小島の周囲は潮の流れが速く、また複雑になっている。それが上陸の大きな障害になっているわけだが、海上組のこれまでの調査により、その潮の流れは32時間ごとに10分間、勢いがかなり弱まることが判明した。次にそのタイミングが来るのは明日の14時頃で、それに合わせて攻略作戦は決行されることになった。


 そして翌日。作戦決行に合わせて、陸上拠点から人員の引き上げが行われた。攻略作戦には三隻の軍艦すべてが投入される。作戦中に陸上拠点が敵船団に襲われ、人的に大きな被害を出さないようにするための措置だ。また予備戦力を確保するという意味合いもあった。


 作戦が始まったのは13:00。配置についた護衛艦から、敵本拠地と思しき構造物群へ艦砲射撃が開始された。無数の砲撃が木造の構造物を次々に貫き土埃が立ち込める。その様子を見て艦隊からは歓声が上がった。しかし当然ながら、このままでは終わらない。


 艦隊と小島の間の海上で、濃い霧が急速に立ち込める。それを見て護衛艦は一旦砲撃を止めた。艦隊が身構える中、霧の中からまず出てきたのは「ドンッドンッドンッ、ドンッドンッドンッ」という腹の底に響く低い破裂音だった。


 大砲の砲撃音だ。ほとんどの海軍軍人がすぐにそのことを察した。だが回避行動はとらない。否、とれない。船とはそんなに簡単に進路を変えることはできないのだ。それで艦隊は何事も起こっていないかのように進み続けた。そこへ砲弾が降り注ぐ。


 上がった水柱は四つ。そして二発の砲弾が命中した。一発は護衛艦に、もう一発は強襲揚陸艦に当たった。とはいえそのどちらも、この程度で戦闘不能になりはしない。艦隊は陣形を乱さずに動き続けた。


 反撃はしない。敵船団がまだ霧の中から出てこないからだ。弾薬には限りがある。艦隊司令官もそのことは承知していて無駄撃ちを嫌った。ただ艦隊は進路を変更していて、海上に立ち込める霧に対して斜めに距離を取っていく。そこへ二度目の砲撃が再び霧の中から放たれる。一発の砲弾が無傷だった護衛艦の船尾に当たって死者が出た。


 そしてようやく、霧の中から敵船団が現れた。鉄甲船がいるのは確定的だったが、何と二隻。異界由来と分かってはいるが、鉄甲船がこうして海に浮かび航行している姿を見るのは、海軍軍人にとって感動的ですらある。だがそのためにやることが変わりはしない。二隻の鉄甲船を含め、三十隻以上の敵船団を確認すると、艦隊司令官は短くこう命じた。


「撃滅せよ」


 直ちに攻撃が開始された。まず狙うのは二隻の鉄甲船。二隻の護衛艦はこれまで使用を控えてきたミサイルの類を解禁した。現代の軍艦を想定した対艦ミサイルが撃ち込まれ、鉄甲船は木っ端微塵に吹き飛んだ。


 さらに二隻の護衛艦は全力を挙げて残りの敵船団を沈めた。敵船団を全滅させると、護衛艦は小島の木造構造物の破壊任務を再開する。やがて構造物群は完全に破壊しつくされた。しかし異界のフィールドは解除されない。


「時間だ。上陸部隊を出せ」


 腕時計で時間を確認してから、艦隊司令官はそう命じた。強襲揚陸艦の後部ハッチが開き、そこから上陸部隊を乗せたボートが海上へ次々に出撃していく。その中には征伐隊指揮官の姿もあった。


 ボートを駆り、波の上を跳ねるようにしながら、上陸部隊は海上を進む。ボートを操作しているのは海軍の軍人らで、突入ルートは彼らの頭の中に入っている。見込み通り潮の流れは弱まってきているが、しかしそうすんなりと上陸はできなかった。


「クソッ、結構残っていやがるなっ」


 誰かのその悪態に、征伐隊指揮官も内心で同意する。敵船団はすべて沈めた。しかし海上には木片につかまるなどして漂うモンスターが多数残っている。そしてそれらのモンスターはボートの方へ殺到した。


 モンスターは木片につかまって泳いでいるわけだから、速度はボートの方が圧倒的に早い。ただ相手は広範囲に散らばっていた。特に進行方向にいる場合、避けることは難しい。だがボートに触れられるのは避けたい。ではどうするのか。


 まず護衛艦に援護が要請された。護衛艦の砲門を使って海上のモンスターを排除するのだ。ただレーダーが役に立たず、そのため観測手による目視が頼みの綱だった。とはいえそれで全て対応できたわけではない。位置関係上、護衛艦からは手を出せないモンスターもいたからだ。


 そういうモンスターは上陸部隊で対処することが求められた。幸い、数は決して多くない。対物ライフルや仙樹弾使用のアサルトライフルでどうにか排除した。しかしホッとしたのも束の間。上陸部隊を青ざめさせる咆哮が海上に響いた。


「グゥォォォォオオオオ!!」


 大鬼である。大鬼が猛烈な勢いでボート目掛けて泳いでくる。ボートの上から銃撃してもまったく怯まない。護衛艦も気付いて鉛玉をばら撒いたが、しかしそれすら弾いた。ボートの方が速力は上だ。引き離そうと思えば引き離せる。だがそうすると突入ルートから逸れてしまう。いま大鬼を避けようとすると、半数が上陸できなくなる可能性があった。


(仕方ない、か……!)


 むざむざと大鬼に蹂躙されるわけにはいかない。征伐隊指揮官がそう考えたとき、一人の若い軍人が対物ライフルを構えた。そして「フーッ」と息を吐いてスコープを覗く。その姿には確信があった。それが征伐隊指揮官を納得させる。彼は散開の命令を出さなかった。そして若い軍人が引き金を引く。


 撃たれたのは対物ライフル用の仙樹弾。しっかりと氣の込められたそれが、大鬼の顔面に直撃する。そして頬を大きく抉った。倒せてはいない。だが大鬼は海中へ大きく沈んだ。その隙に上陸部隊は一気に距離を離した。


「しっかり掴まってください!」


 難所に突入する。弱まっているとはいえ、潮が渦を巻くその場所をボートは巧みに潜り抜けていく。そして上陸部隊はついに小島の砂浜に降り立った。


 その後は、拍子抜けするほど簡単に征伐は終わった。破壊しつくされた構造物群のほぼ真ん中に、ぽつんとコアが浮いていたのだ。モンスターもいたが数は少なく、守護者ガーディアンはおろか大鬼すらいなかった。これは後の考察になるが、鉄甲船がガーディアンに相当していたのではないかと考えられた。


 ともかく、こうして瀬戸内異界は征伐されたのだった。


大鬼さん「バァァタフラァァイ!!」

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― 新着の感想 ―
読み返してて思ったのですが、この鉄甲船は残骸が残ってたりするんでしょうか? サルベージしたら異界由来の鉄がそれなりに採れたりしたらみんな喜びそう
艦隊戦見れるのかと思ったが対クッパ戦だったな
弾薬よりも燃料のほうが重要な気がするけどそこはちゃんと把握してる? 暗闇の異界のヌシが黒い靄(おそらくスケルトンを倒したときのあれ)吸って強化されたの考えると遠距離攻撃でレベリングが出来るのかどうし…
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