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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
高校三年生

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161/205

瀬戸内異界2


 四月中旬、征伐隊が瀬戸内異界へ突入した。医療チームが同行したことで、征伐隊の指揮系統は本隊に一本化された。今後、医療チームの帯同はスタンダードになっていくだろうから、それに伴って指揮系統の一本化もまた常態化していくのかもしれない。


 さて、指揮系統は一本化されたが、突入は二ヵ所から行われた。海側と陸側である。これには一番槍が関係していて、要するに船上では一番槍の仕事をするのが難しいと判断されたのだ。かといって一番槍を一人だけ陸側から突入させるわけにもいかない。そこで二方向からの突入になったのである。


 一番槍の仕事は異界内部の情報をなるべく詳細に外部へ伝え、征伐隊突入の可否を判断すること。今回は二方向からの突入であるため、一番槍が顔を突っ込む地点も厳選された。特に海側の突入地点を確認できる場所でなければならなかったのだ。


 もちろん、海側の突入地点もミーティングの時点で厳選されている。敵船舶が現れた地点が有力候補となったのは当然で、つまりこれらの地点なら異界内部にも海が続いているだろうと考えられたのだ。また瀬戸内異界は大規模異界。そもそも内部の変異は少ないはずで、未確認の浅瀬が出現している可能性は低いとされた。


 とはいえそれでも実際に確認してみることは重要である。また今回は艦船が派遣されており、一番槍が伝える情報もいつもとは違ってくる。そこで今回はトリガー型のデバイスが初めて本格的に導入された。このデバイスを使ってモールス信号を送るのだ。


「ヒル ジョウオン」


「ヘンイ ナシ」


「ウミ イジョウ ナシ」


「テキ カン ミズ」


 一番槍がデバイスを操作するたび、有線でつながったデバイスへ次々に情報が表示されていく。スマホを持った隊員がそれを読み上げ、それが海上で待機している艦船にも伝えられた。


 新しい方式での一番槍はひとまず問題なく機能しているように思われた。事前の特訓の成果か、モールス信号のミスも少ない。またあらかじめ欲しい情報を伝えてあったこともあり、情報量は多くまた的を射ている。今後はこの方式が主流になっていくかもしれない。そう思わせるだけの成果だった。


 そして最後に突入が承認される。それが艦隊側へ伝えられると、海軍側の艦隊司令官は征伐隊の指揮官である能力者の男性へ視線を向ける。彼が険しい表情で大きく頷くと、艦隊司令官はこう命じた。


「全艦、微速前進。単縦陣にて瀬戸内異界へ突入せよ」


 単縦陣というのは、船が縦一列に並んで進む陣形の事を言う。それで三隻の軍艦は縦に並んで瀬戸内異界へ突入した。並び順は先頭から順に護衛艦、護衛艦、強襲揚陸艦である。ちなみに民間の能力者やフランス人部隊はすべて強襲揚陸艦に乗り込んでいる。


 本来なら旗艦である強襲揚陸艦を真ん中にするべきなのだろう。だが今回、後方を警戒するべき理由はない。それで突入後すぐに戦闘になる可能性を考慮し、二隻の護衛艦を先に突入させることにしたのである。


 一隻目の護衛艦が瀬戸内異界の内側へと消える。それを見て強襲揚陸艦のブリッジでは小さく安堵の声が漏れた。目視では確認できなかった浅瀬などのために船が座礁せずに済んだからだ。


 二隻目の護衛艦も座礁せずに異界への突入を果たし、いよいよ強襲揚陸艦も突入する。間近に迫ってくる白い壁を目の前にして、艦隊司令官は思わず拳を硬く握った。しかし艦は何事もなく異界のフィールドを通過。こうして征伐隊は瀬戸内異界へ突入したのだった。


 突入後にまず行われたのは周囲の確認である。ともかく周囲に敵の姿がないことが確認されると、次に陸側から突入した部隊と通信が行われる。彼らの無事が確認されると、海側と陸側で事前の計画に則って行動が開始された。


 陸側から突入した部隊は艦隊には合流せず、そのまま陸側に陣地を築くことになっている。これは万が一強襲揚陸艦が沈んだ場合のことを考え、陸側に拠点を設けておくためだった。そのため連絡や移動、合流のしやすさを考慮して候補地が選定されており、彼らはまずそこへ向かって移動することになる。


 一方、海側から突入した部隊が行うのは情報収集だ。一番槍が多少の情報を伝えてくれたとはいえ、それは人間が目視で確認できる範囲のモノ。つまり少なすぎる。ドローンが飛ばされ、詳細な情報の収集が行われた。


 その結果、一つの重大な情報が入手される。異界のほぼ中心に、地図上にはない未確認の小島が確認されたのだ。直径はおよそ500m。木造の構造物が確認され、要するにここが鬼族水軍の根城であろうと思われた。


「つまりここにコアなりヌシなりがいる、というわけですな」


「確定ではありませんが、その可能性が高いでしょう」


 艦隊司令官と征伐隊指揮官はそう言葉を交わした。異界征伐のためにはコアを破壊するか、ヌシを討伐する必要がある。よってまずはそれらを探し出さなければならないわけだが、突入してすぐにこうして有力な情報が手に入るとは幸先が良い。二人の口元には自然と笑みが浮かんだ。だがその笑みもすぐに引っ込むことになる。


 ドローンの一機が海上に不自然な霧を発見したのだ。その霧は急速に広がり、ドローンのカメラから内部の様子を遮ってしまう。そしてドローンが霧を監視すること数分、今度は霧が徐々に拡散し始めた。同時に霧の中から木造船の船団が現れる。乗っているのは醜悪な形相の鬼たちだった。


「突然船団が!? モ、モンスターです!」


「慌てるなっ。ドローンには敵船団の監視を続行させろ。護衛艦と情報共有、陸上の部隊にも知らせてやれ。総員、戦闘用意!」


 艦隊司令官が矢継ぎ早に指示を出す。艦隊はにわかに慌ただしくなった。ドローンからの情報によれば、敵船舶は全部で27隻。内、安宅船3隻、関船9隻、小早舟15隻である。飛び道具は弓矢のみで、鉄砲は確認されていない。それを聞いて艦隊司令官は大きく頷いた。そして征伐隊指揮官へこう確認する。


「少し引き付けてから攻撃を開始しようと思いますが、いかがでしょうか」


「お任せします」


 征伐隊指揮官は短くそう答えた。強襲揚陸艦に乗っている能力者たちには待機が命じられる。今から外に出すのはかえって危険という判断だ。そうこうしている間にも敵船団は艦隊へ接近してくる。十分に引き付けたところで、艦隊司令官は命令を下した。


「撃ちぃ方ぁ、始め!」


 直ちに、二隻の護衛艦が攻撃を開始した。無数の弾丸が尾を引くように飛んでいく。唯一の懸念は船が構造物扱いなのか、それとも怪異モンスター扱いなのか、ということ。仮に後者なら砲撃は弾かれかねない。


 もしそうなら、征伐の基本戦略を根本から見直さなければならなくなる。果たしてどうなるのか。征伐隊隊員らの緊張をはらんだ視線が見守る先で、モンスターたちが乗った木造船に弾丸が命中した。


 結果から言えば、一方的な蹂躙になった。二隻の護衛艦が放つ砲撃は、敵木造船舶を容易く粉砕したのである。安宅船も関船も小早舟も、次々に沈んでいく。それを見て艦内からは歓声が上がった。


「撃ちぃ方ぁ、止め!」


 敵船団全27隻を沈めるのに要した時間は五分に満たない。まさに圧倒的だった。この結果に、特に海軍の軍人ほど興奮した様子を見せている。一方で艦隊司令官と征伐隊指揮官は、喜ぶというよりは安堵した様子だった。ともかくこれで、軍艦は戦力になると証明されたのだ。


 さて敵船団はすべて沈めたが、しかしそれで全てのモンスターを倒したわけではなかった。海に放り出されながらも生き残ったモンスターは多数いた。そしてモンスターはたとえ味方の船団が壊滅しても降伏したりはしない。


 無数に浮かぶ木片にしがみつくなどして、しぶとく生き残ったモンスターたちは泳ぎ始めていた。彼らが向かうのは灰色の軍艦、ではなくより近い砂浜。その近くには陸側から突入した部隊がいる。そしてその様子をドローンが克明に捉えていた。


「攻撃しますか?」


「……いや、止めておこう。それより地上部隊にこのことを知らせてやれ」


 艦隊司令官は海上のモンスターに攻撃を行わなかった。異界の中では補給を受けられない。弾薬は持ち込んだ分がすべてだ。必要な場合に惜しむつもりはないが、かといって遠慮なく使うわけにはいかないのだ。


 さて、海上の一方的な戦いは陸側からも見えていた。水飛沫を上げながら敵船舶が沈んでいく光景を見て、陸側から突入した者たちも揃って歓声を上げる。ものの数分で敵船舶はすべて沈んだが、しかし彼らの出番はそれからだった。


「モンスターどもがこちらへ来るそうだ。迎え撃つぞ!」


「「「おお!」」」


 気炎を上げて、彼らは応えた。そしてすぐさま行動を開始する。士気は高い。彼らは舌なめずりする肉食獣のように、敵を待ち構えた。


 そしていよいよモンスターどもが上陸する。浅瀬で立ち上がると、彼らは雄叫びを上げながら待ち構える人間たちへ突撃していく。こうして瀬戸内異界での初めての本格的な戦闘が始まったのである。


 モンスターは総数で言えば五十を超えた。かなりの戦力と言っていい。ただ彼らは一塊になって動けたわけではない。むしろ戦力の逐次投入という格好になった。要するに順番に上陸し、突撃し、そして討ち取られていったのだ。


 そのため幾分時間がかかったものの、征伐隊は損害を出さずに全てのモンスターを倒すことができた。幾ばくか仙具(もちろんすべて一級だ)も手に入れることができ、初戦として上々以上の結果と言える。それを聞いて征伐隊指揮官は顔をほころばせた。そしてある決断を下す。


「民間の能力者組とフランス人部隊、それから海軍の選抜チームを地上に移します」


 敵船舶に対し、海軍の軍艦が圧倒的優位にあることは確認できた。弾薬が尽きない限り、艦内に攻め込まれることはまずないだろう。ならば、艦内に能力者組やフランス人部隊を待機させておいても意味がない。


 そうであるなら地上に移すべき。征伐隊指揮官はそう考えたのだ。またこれは育成レベリングのことも考えての措置だった。初戦では、五十体以上のモンスターと順番に戦うことができた。次以降も同じように戦えるなら、レベリングのためのまたとない環境と言える。


 フランス人部隊と海軍の選抜チームは言うまでもなく、民間の能力者組も今回は多数の異界童貞を連れてきている。またすでに覚醒していても、氣の量が少ない者も多い。要するに征伐隊の総意としてレベリングの優先順位は高かった。


「医療チームの一部も、同行させるべきと考えます」


「確かにその通りですね」


 艦隊司令官の意見具申を容れ、医療チームの一部も上陸組に加わることになった。ただし目的はあくまでも応急処置であり、本格的な治療は艦船に搬送して行うことが想定された。


「海上と陸上の緊密な連携はどうしても必要です。ご協力をお願いします」


「承知しています。どうぞご武運を」


 敬礼ではなく握手を交わし、艦隊司令官と征伐隊指揮官はそれぞれ海上と陸上に分かれた。今後は艦隊を艦隊司令官が、陸上部隊を征伐隊指揮官がそれぞれ指揮していくことになる。全体の最高指揮権を持つのは相変わらず征伐隊指揮官だが、実質的な二頭体制と言って良いだろう。


 さて、征伐隊指揮官が艦隊司令官に命じた任務は主に二つ。敵船舶への対応と敵本拠地への進攻ルートの確保だ。このうち、すぐに問題が発覚したのは後者。敵本拠地はすでに判明している。だが容易には近づけない事情が判明したのだ。


 前述したとおり、異界のほぼ中心にある小島こそが、敵の本拠地であると見込まれている。つまりここへ征伐隊の陸戦部隊を送り込むことが征伐の要になるわけだが、大きな軍艦でそのまま乗り込むことはできない。座礁してしまうからだ。


 よって上陸のためには小型船を用いることになる。小型船は準備してきたので問題はない。問題は潮流だった。例の小島の周囲の海は潮の流れが速く、またいくつもの渦潮が確認されたのだ。しかも潮の流れは複雑かつ不安定で、所々に岩礁がある。迂闊に突っ込めばそのまま海の藻屑になりかねなかった。そこに加えて敵の妨害も想定されるのだ。


「いざとなればヘリという選択肢もあるが……」


 しかしヘリでは輸送力が低すぎる。やはり小型船を突入させられるルートを探すしかないだろう。幸いというか、陸上組はしばらくレベリングに勤しむつもりのよう。時間はある、と艦隊司令官は自分を落ち着かせた。



艦隊司令官「提督ではないぞ」

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― 新着の感想 ―
タンカーは何隻来てるんだろ? 船って燃費悪いって聞くし、燃料代だけでも大変だよねー。 1キロメートル動かすのに燃料1リットルぐらいかな?
ん、 鬼ヶ島?
更地にするほど撃てばコアだったら巻き添えで壊れんかなwそれとも耐性高めなのか? 中にあるのも貴重品の可能性が高くなってきた今は安易にやれない手になってるでしょうけどね
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