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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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一区切り


「また面白そうなことをやったなぁ!」


「じゃあ、検討会も来ます?」


「もちろんだ」


 颯谷から新たな実験について聞くと、剛は二つ返事で検討会への参加を希望した。彼が参加するということで検討会は土曜日の午後からになり、颯谷はそのことを俊経由で清嗣と宏由に伝えた。


 そして土曜日。検討会は午後からなので、颯谷は午前中に長刀の検証を行った。裏山に面した納屋の軒先で、颯谷はすらりとその刀を鞘から引き抜く。刃文は豪壮な涛乱刃。ごくりと唾を飲み込んでから、颯谷はその長刀へ氣を流し込んだ。


 その手応えとしては、やはり一級相当。準一級を超える品質で、これまでの最高傑作と言ってよい。反面、これまで以上に使い手が限定されてしまっているが、颯谷に関して言えば何も問題はない。ともかく最高水準の装備を安定的に手に入れる術を、彼は見出したのだ。


(今まで以上にオレ専用になったのは、やっぱり狐火を使ったからだよな。いや、練氣法と狐火の相性が良かったのか……?)


 もしかしたら狐火を使ったことで、ラインが颯谷の氣の波長的なモノに完全に固定化してしまったのかもしれない。だとすると重要なのは焼き入れだろうか。焼き入れで個人に依存する狐火を使ったことで、よりパーソナライズが進んだ。そう考えれば筋は通る、ような気がする。


(まあ細けぇことはもう良いんだよ、レポートを書くわけでもないし)


 内心でそう嘯いてから、颯谷は妖狐の眼帯を取り出して目元に装着した。これからいよいよ、狐火を使った検証をするのだ。


 以前に作った、地金を狐火で炙ってから打った短刀。あの短刀は狐火との親和性が高かった。ただ短刀自体は三級相当なので、決して使いやすいとは言えなかった。


 だがこの長刀は違う。一級相当の仙具であり、さらに焼き入れでも狐火を使った。仙具としても使いやすいだろうし、また狐火との親和性もさらに高まっていると期待できる。


 ごくり、と唾を飲み込んでから颯谷は再び長刀へ氣を通し始めた。氣はストレスなくスルスルと流れていく。切っ先まで氣を通すと、彼は「ふう」と息を吐いた。そして集中力を高め、首から下げたコアの欠片に意識を向ける。


 流水の和柄に似た、狐火の回路。それが長刀のほうへ伸びていく。短刀の時は錆びついた歯車みたいにぎこちなかったが、今回はそんなことはない。そして回路が切っ先まで到達すると、颯谷はいよいよ狐火を着火した。


(よしっ)


 まず灯したのは小さな狐火。切っ先で輝くその青白い炎を視て、颯谷は無言のまま大きく頷いた。そして彼は狐火の規模は大きくせず、まずはそのままの状態で色々と検証を行った。


 短刀と比べ、狐火の操作性は向上している。また短刀の場合、狐火の青白い炎を刀身から離すことはできなかったが、長刀はそれが可能になった。ただしほんの数センチで、例えば狐火を投げ飛ばすようなことはできない。


(操作性だと、鉄扇には勝てない、か)


 いろいろと試してみてから、颯谷は内心でそう呟いた。その評価に意外性はない。むしろ天鋼製の人工仙具でここまで狐火と親和性が高いことを評価するべきだろう。そう思いながら、彼は最後の検証として狐火の火力を一気に上げた。


 ボウッ、と音を立てて長刀の刀身が狐火に包まれる。短刀と比べ刀身が長いので、迫力もなかなかである。軽く振ってみたが、振りにくさは感じない。ただ狐火を纏っているので、身体に近づけすぎるのには躊躇を覚える。


(完全に制御できれば、自分を焼いちゃうことはないんだろうけど……)


 鉄扇を使えばそれも可能かもしれない。だがこの長刀でそこまでの技量は、まだ自分にはないだろう。颯谷はそう思っている。となればやはり、実戦での使用には注意が必要だろう。


(まあ……)


 まあ、無理をして狐火を併用する必要ない。この長刀だけでも一級相当の仙具なのだ。普通に使うだけでも十分に有用だろう。そう考え、颯谷はひとまず自分を納得させた。


(それにしても……)


 刀身に狐火を纏った長刀を眺めながら、颯谷は内心でふと考える。「この状態だと、ちょっと狐の尻尾っぽいな」と。そこからは連想ゲームだ。彼はこの長刀に「蒼尾」と名付けた。その瞬間、狐火がちょっと震えたように見えたが、きっと風が吹いたりしたのだろう。


 午後からは仁科刀剣へ向かう。焼き入れに虹石を使った、三振りの短刀の検証のためだ。颯谷が到着したときには、まだ剛は来ていなかったが、その後すぐに彼も到着。関係者が揃ったところでいよいよ検討会が始まった。


「清嗣さんが試したときには、二級相当だったとか?」


「はい、そうです」


 大きく頷きながら、清嗣が剛にそう答える。剛と颯谷は一つ頷いてからそれぞれ短刀に手を伸ばした。颯谷としては「もしかしたらこちらも一級に届くのではないか」と期待していたのだが、手応えとしては清嗣が言っていたように二級相当だった。


 ラインも視てみたが、準一級相当と比べてやはり歪みや淀みが目立つ。剛のほうも同じ結果である。三振りの短刀を全て試してみたが、それぞれに大きな差はないように思える。これは三人とも同じで、三人の判断が一致したのだから、これらの短刀は二級相当と考えて問題ないだろう。


「しかし全員が二級と判断したか……。これまでとはずいぶん違う結果だな……」


「そうですね……。これまでは仙具としての品質が高い代わりに使い手が限定されていました。しかし今回は品質が下がった代わりに使い手が限定されていません」


 剛の言葉に全員が頷く。それでも清嗣は作刀に関わりはしたが、全く関与していない剛でも二級と判断できた。もっとサンプル数は必要だが、恐らく万人に対して二級と言って良い。つまり人工的に二級相当の天鋼製仙具を作る手法が確立されたのだ。


「画期的、ですよね?」


「間違いなく画期的だ」


「言うまでもなく画期的だ」


 確認する颯谷に、剛と清嗣が大きく頷いてそう答える。鍵と考えられるのは虹石。恐らく虹石には氣功的なエネルギーを、いわば“柔らかくする”効果があるのだろう。それが、ハンマーで鍛える時には叩き込まれる氣を受け入れやすくし、焼き入れの時には凝り固まったラインをほぐしてくれるのではないか。検討会ではそんなことが話し合われた。


「しかしこうなると、気になるな……」


「何がです?」


 真剣な顔をして顎髭をさわる剛に、颯谷がそう尋ねる。彼が気になるのは主に二つ。本来二級仙具のための素材をこの手法で鍛えたらどうなるのか。そして熟練の刀鍛冶が槌を振るったらどうなるのか、である。


「一つ目は分かりますけど、熟練の刀鍛冶って清嗣さんがそうじゃないんですか?」


「つまり、鍛冶の技術だけではなくて、氣功能力も含めて、という意味だ」


 清嗣は言うまでもなく熟練の鍛冶師だが、氣功能力に熟達しているとは言えない。一方で颯谷と剛は、氣功能力はそれなりのレベルだが、鍛冶師としては全くの素人だ。


 そもそも練氣法の応用からして、打った短刀は十五振りにも満たない。技術としては日が浅く、これからブラッシュアップされていくのだ。


 だから「優れた鍛冶師の技術と氣功能力を併せ持つ職人」はまだこの世に存在していない。そういう職人が誕生してハンマーを振るったら、一体どんな作品ができあがるのか。なるほど確かに、それは興味しかない。


「その点で言えば、理想の職人に一番近いのは颯谷だな」


 やや揶揄うような口調で、剛はそう言った。氣の量は申し分なく、練氣法はすでに実用レベル。作刀技術はこれから学ぶことになるが、彼はまだ若いのだ、習熟のための時間はたっぷりとある。条件だけみれば、なるほど確かに彼の言うとおりだ。ただし本人の意志が伴うかは別問題である。


「う~ん、実験は面白かったし、言ってくれれば協力もしますけど……。今のところそれで商売しようって気にはならないですねぇ」


 颯谷としては「蒼尾」が出来上がったことで、もう結構満足してしまっているのだ。「さらに上を目指してやろう」という情熱は湧いてこない。彼の頭にあるのは「良い仙具を手ごろな値段で買えるようになったらいいなぁ」という程度のこと。そう言うと、剛は小さく笑いながらこう答えた。


「ならそのためにも、まずは特許だな」


「取れますかね?」


「取れる、と思う」


 そこは弁理士の先生とも相談しながら、と剛は答えた。無事に特許を取得出来たら、一連の技術は世界に公表されることになる。それは世に出回る天鋼製仙具の品質を大きく向上させる第一歩となるに違いない。


 そのためにもまずはレポートだ。一連の実験の結果を詳細にまとめなければならない。検討会はそちらの話し合いへ移っていった。ちなみに二級相当の短刀三振りはまた剛が持ち帰ることになった。駿河仙具の関係者に試させてサンプル数を増やすためだ。その結果もレポートには反映されることになった。


 ともあれこうして一連の実験は、今度こそ一区切りとなった。「蒼尾」も手に入ったことだし、前述したとおり颯谷的には大満足の結果である。そしてまたこの実験は、一人の少年の心に決意の炎を灯していた。


 週明け。学校の昼休み。颯谷が教室で鉄平と昼食を食べていると、そこへ一人の下級生が現れた。俊である。彼はまず颯谷に対して深々と頭を下げてこう言った。


「先輩、実験に協力してもらって、ありがとうございました。なんか、思ってた以上の成果が出ちゃいましたけど、それも含めて先輩に頼んで良かったです」


「オレも楽しかったよ」


「はい。……で、先輩、オレ、決めました」


「何を?」


「オレ、征伐隊に入ります」


「んん? なんで? お前は刀鍛冶になるんじゃなかったの?」


「なりますけど、仙具と関わっていくなら、この先氣功能力は必須でしょう?」


 俊がそう答えるのを聞いて、颯谷は「ああ、なるほど」と納得した。この先、鍛冶師として仙具に関わっていくのなら、二級相当の天鋼製仙具を作れることが大前提になってくるだろう。そしてそのためには鍛冶師本人が氣功能力者であることが望ましい。


 今回の実験のように外部から助っ人を呼ぶこともできるが、商売としてやっていくなら一人で出来た方が良いに決まっている。ただし、ただ氣功能力に覚醒しただけでは不十分だ。ある程度の氣の量がどうしても必要になる。その条件を満たすためには、征伐隊に入り異界で怪異モンスターを倒すしかない、というわけだ。


「清嗣さんと宏由さんは、なんて?」


「全面的に賛成ってわけじゃないですけど、『気持ちは分かる』って言ってくれました」


「そっか……」


「それで先輩、その、征伐隊に入るためのアドバイスとかあったら教えて欲しいんですけど……」


「アドバイスねぇ……。いうて、オレも正規のルートで入ったわけじゃないからなぁ……。あ、そうだ鉄平。お前、道場の説明会に行ったことがあるって言ってなかったっけ?」


「あ~、うん、ある。確か、『六十キロの荷物を担いで一キロを五分以内に走り切る事』だったかな」


「えっと、それって何なんです?」


「征伐隊に入れてもらうための条件」


 鉄平がそう答えると、俊の表情が固まった。彼が思っていた以上にハードルは高かったようだ。二の句を継げられなくなっている彼にチラリと視線を向けてから、颯谷は鉄平にこう尋ねた。


「それって、まだ氣功能力が覚醒していない人の条件?」


「いや、覚醒していても同じ条件、だったはず。ただ覚醒しているなら氣功能力も使っていいって話だったと思う」


「なるほど、手段は問わないってことか……」


「えっと、それってどこの道場でも同じなんですか?」


 再起動した俊がそう尋ねる。鉄平は「分からない」と答えた。彼は一か所の説明会しか行っていないからだ。ただ征伐隊で一緒に戦う以上、横のつながりはそれなりにある。そうであるなら足切りの基準が大きく違うということはないだろう。


「まあ、一回どっかの説明会に行ってきたらどうだ? それが一番確実だろ」


「そうですね……。親父と相談してみます」


 最後にもう一度「ありがとうございました」と言って頭を下げてから、俊は二年生の教室を出ていった。それを見送ってから、颯谷はまた弁当を食べ始める。そんな颯谷に鉄平がこう声をかける。


「お前んトコロの道場に誘えば良かったんじゃないのか?」


「いや、オレが経営しているわけじゃないし。それに仙具と関わってるんだから、何かしらの伝手はあるだろ」


「それもそうか……。で、お前的にはどうなん?」


「どうって、何が?」


「ん~、いろいろ?」


「いろいろって……。まあ、腕のいい職人が増えるなら大歓迎、って感じかな」


 そう答えて、颯谷は弁当を食べ終えたのだった。


 

~ 第六章 完 ~


颯谷「専用武器ゲット!」

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― 新着の感想 ―
もしかして黒幕?世界の意思?からすれば「よしよし!ようやく第1ステージへの階段を登り始めた!」段階だったりして
仕上がった「蒼尾」に狐火の高温を纏わせると「焼きなまし」で柔らかくなりそう……
これで損耗扱いになった熟練の人達が鍛治士として現場に貢献できるかもしれない道ができた…もしかしたらクマに片足喰われた道場の原田さんも帰ってくるかもしれない…!
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