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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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別案件の話


 仁科刀剣からの帰路、剛と颯谷を乗せた車は真っ直ぐ桐島家へ向かったわけではなかった。途中でスーパーに寄り、アレコレと総菜を買ったのだ。寿司より地酒目当てだったような気がしてならないが、ともかくそのおかげで颯谷は夕飯を作らなくて良くなった。なんなら明日の朝も残り物で済ませられそうである。予定していた鍋はまた今度だ。


「お、こいつらが例の犬っころか!」


 暖房のきいた部屋の中、剛が白い三匹の犬を見つけて声を上げた。話には聞いていたのだが、前回泊まった時には姿を見せず、彼女らとの対面はこれが初めてである。レアアニマルを見つけたような達成感を覚え、剛は大きく頷いた。


 一方のマシロたちは、身を寄せ合って固まっている。人見知り、いや警戒心が強いので彼女たちは普段颯谷と玄道以外には全くと言っていいほど姿を見せない。近所の人でさえ、桐島家が犬を飼っていることを未だに半信半疑なほどだ。


 それなのに剛に見つかってしまった。いや見つかったというより隠れなかったと言った方が正しいか。どちらにしてもマシロたちにとっては不本意なことで、彼女たちはオロオロと視線を彷徨わせた。


 しかしそれでも、彼女たちはこの部屋から出ていかない。この部屋が暖かいからだ。桐島家は古い木造住宅で、今現在この部屋だけが暖かい。それが分かっているので、彼女たちは動くに動けないのだ。進退窮まった三匹に呆れた視線を向けつつ、颯谷は内心でこう呟いた。


(野性はどうした、野性は)


 ビクビクしている三匹を、剛は無理やり撫でたりはしなかった。彼は自然に視線を外し、彼女たちから離れて買ってきた総菜をテーブルの上に載せる。彼の注意が自分たちから逸れたことを感じ取り、三匹はホッとした様子を見せた。


 とはいえそれでも、同じ空間に見知らぬ人間がいるのはイヤらしい。マシロたちの警戒心は高いまま。その一方で寒い室外に出るのもイヤ。葛藤の末、何を思ったのか三匹は並んでこたつに頭を突っ込んだ。これで隠れたつもりなのかもしれない。しかし三本の尻尾はこたつの外に出たままである。


(おおう、「頭隠して尻隠さず」……)


 あまりにもそのまんまな光景に、颯谷はいっそ感動した。そして一拍後には「それでいいのか、元野犬」と心配になる。だがここでこたつから引きずり出すのもかわいそうだろう。せめて熱中症にならないようにと、颯谷はこたつのスイッチを切る。それからスマホで激写した。


 さてお尻を隠し忘れた三匹のことは良いとして。買ってきた総菜をテーブルの上に並べて、三人が夕食を食べることにした。剛と玄道は早速一升瓶を空けて熱燗をつけている。それを傍目に見ながら、颯谷は自分用のお茶を淹れた。そしてそれぞれが寿司を二貫ほどつまんだところで、剛がおもむろにこう話し始めた。


「ところで前に話していた仙樹鋼の銃弾だが……」


「仙樹鋼って何ですか? いやまあ、なんとなく分かりますけど」


「ああ、まずそっちだな。颯谷の想像通り、仙樹鋼というのは、仙樹由来のセルロースナノファイバーで作ったプレートなどのことだな。糸などの繊維は仙樹糸と呼んでいる」


「名前付けたんですね」


 颯谷がそう言うと、剛は「まあな」と答えた。仙甲はあくまでも駿河仙具が展開する防具シリーズのブランド名。素材に関して「仙甲」という名称を使うのは適当ではない。だがいちいち「仙樹由来のセルロースナノファイバー」と説明するのも面倒だ。


 そこで「仙樹鋼」や「仙樹糸」という単語を作ってそれを使うことにしたらしい。例えば仙甲シリーズのことを説明する場合には、「主に仙樹鋼を用いた防具シリーズ」という具合になる。そしてこの度、駿河仙具ではその仙樹鋼の銃弾を作ったらしい。


「正確には弾頭だな。指定された寸法で弾頭を作り、それを国防軍に納品した。国防軍はそれをまた銃器のメーカーに渡して、薬莢の部分と組み合わせて銃弾として完成させた、という流れになる」


「なんにしても、いよいよですか……」


 やや緊張感の滲む声で、颯谷はそう答えた。異界の中でも使える、つまり怪異モンスターに対して有効な銃器(銃弾)の開発は、国防軍の悲願と言ってよい。国防軍は組織を上げて前のめりだっただろう。ただ剛の話によると、試射実験の結果は思わしくなかったという。


「試作した銃弾に氣を込めることはできた。銃弾としての精度や性能も、従来品と比べて遜色ない」


「じゃあ、何が問題だったんですか?」


「銃器に装填した状態だと、うまく氣を込められなかったらしいぞ」


「はぁ?」


 剛の話に、颯谷は思わず怪訝な声を出してしまった。しかし冷静になって考えてみると、おかしな話ではない。


 彼は銃器の構造など詳しくは知らないが、装填された銃弾というのは当然ながら銃器の内部にある。対モンスターを想定するならそこへ氣を込めなければならないわけだが、使用者は銃弾へ直接氣を込められるわけではない。銃器の外側から氣を込めることになる。


 だが、銃弾(弾頭)は仙樹鋼製だとしても、銃器は普通の鉄製だ。つまり銃弾を込める銃器は仙具ではない。だからうまく氣を通せないのだろう。


(確か……)


 確か鉄板の場合、厚さ10cmで氣を完全に遮断すると聞いた覚えがある。銃器に厚さ10㎝のパーツがあるとは思わないが、基本的に鉄は氣の通りが悪い。かといって綿の衣服のように透過するわけでもないので、銃器の内部へ氣を流し込むのは非常にやりづらかったに違いない。


「それで、どうなったんですか?」


「仕方がないから、銃器も仙樹鋼で作ろうという話になった」


「まあ、それしかないでしょうね」


「一部パーツの交換で済ませるか、それとも丸ごと仙樹鋼製にするかはまだ検討中だがな。今、国防軍と銃器メーカーで強度計算からやり直しているらしい」


 そんなわけでプロジェクトは一旦保留の状態で、社長の数馬も「ちょっと一息」という感じらしい。忙しさが和らぐのは良いことだと思いつつ、颯谷は疑問に思ったことをこう尋ねた。


「その、銃器のコストはどうなんです?」


「まだ実験段階だし、コストは度外視だろう。それに銃弾と違って、銃器そのものは消耗品ではない。多少高くなっても、異界征伐用と割り切れば、許容範囲内ということだろう」


 購入費用が多少高くても、繰り返し使えれば元は取れるという考え方なのだろう。それに異界の中で銃器が有効に使えるようになるなら、それは革命的と言ってよい。そのためなら国防軍としては戦闘機一機分の予算くらい喜んで組むに違いなかった。


「ただ、パーツの交換で対応するのか、丸ごと新調するのかはともかくとしても、最終的なコストは下がっていくとは思う」


「それは何でですか?」


「需要があまりにも巨大だからだ」


 その言葉に颯谷は首を傾げ、それから「ああ」と呟いて得心した。仙甲シリーズは海外からの引き合いも多かった。異界内で有効な銃器と銃弾ともなれば、まず間違いなく世界中から注文が殺到するだろう。生産数は膨大になり、それに伴って個々のコストは下がる、というわけだ。


「いや、でも供給が追い付かなくて、逆に価格は上がりません?」


「短期的には上がるかもな。だが長期的に見れば間違いなく下がる」


 剛はそう断言した。それは駿河仙具以外にも製造販売が広がっていくことを彼が見越しているからに他ならない。もっとも日本酒を飲みながら話しているせいで、どうにも酔っぱらいの与太話感がにじみ出てしまうのだが。とはいえ本人にそれを気にした様子はなく、手酌でお猪口にお代わりを注ぎながら、彼はさらにこう続けた。


「なんにしても、だ。潜在的な需要はワールドワイドで、しかも想定される顧客は各国の軍隊の名前がまず上がる。どう考えてもウチだけでは対処できない。それに……」


「それに?」


「国防軍のことだけ考えるとしても、ゲームチェンジャーになりえる戦略物資の供給を、民間の一社に任せきりにはしたくないだろうよ」


「ええっと、つまり?」


「すでに銃器メーカーも交えてライセンス契約を提案されている」


 剛はさらりとそう答えた。ライセンス契約というのは、要するに「お金を支払うから権利を使わせて」ということだ。この場合だと「ライセンス料を支払う代わりに、他社が仙樹鋼製の銃器や銃弾を製造販売できるようになる」と思っておけば良い。


「受けるんですか?」


「受けざるを得んだろう、と数馬君と話している。そもそもさっきも言ったが潜在的な需要はワールドワイドだ。しかも銃弾は消耗品。仙甲シリーズだけでてんてこ舞いだというのに、ウチでは手に余る」


 剛は肩をすくめてそう答えた。それから彼はお猪口を空にして、また新たな日本酒をそこへ注いだ。サーモンの握りを食べてから、彼はさらにこう話を続ける。


「まあライセンス契約も悪い話じゃない。設備投資の費用はすべて向こう持ちで、お金だけ入ってくるわけだからな。それに今後、銃弾の種類なんかも増えるだろう。そういう巨大プロジェクトを丸投げできるというのもいい。ウチはウチでやることが山積みだ」


 そう聞くと、颯谷もなんだかお得な話のような気がしてきた。ちなみに彼は知らない話だが、国防軍も銃器メーカーも駿河仙具との契約にはかなり気を使っている。それは武門駿河家にそれだけのネームバリューがあるから、というのとは少し違う。大株主が他でもない駿河剛と桐島颯谷であるからだ。


 この二人はどちらも特権持ちであり、さらに少し前にあった「赤紙騒動」の中心人物であることは、国防軍と銃器メーカーもすでに把握している。条件が整った結果とはいえ、国防大臣を辞任に追い込んだのだ。その影響力は決して無視できない。


 しかもよりにもよって国防大臣がターゲットになったのだ。国防軍にとっては、自分たちのトップのさらに上である。衝突した末、頭越しに話をされてはかなわない。また銃器メーカー、つまり軍需産業業界にとっても、国防大臣というのは政界の巨人。それをどうこうできる相手と、すき好んで喧嘩したいとは思わないのである。


 そんなわけで、国防軍や銃器メーカーからすれば吹けば飛ぶような新興非上場企業でしかない駿河仙具だが、ライセンス契約はごく真っ当なものを結べている。それで剛も数馬も、他にほとんど選択肢がないとはいえ、ライセンス契約には前向きだった。


 そしてその二人に異論がないのなら、颯谷もあえて反対する理由はない。彼は一つ頷いて「分かりました」と答えた。それはつまり大株主がライセンス契約に同意したという意味なのだが、当然ながら彼はよく分かっていない。それで彼は話題を変え、気になった別のことを尋ねた。


「それはそうと、仙甲シリーズはどうなんですか? 注文ロットが溜まっているって話でしたけど」


「中長期的には自社工場を建てて対応する形になるが、短期的には外注を増やすしかないな。まあ、そちらはどうにか目途が立ちそうだ」


 日本酒を飲みながら、剛はそう答えた。生産能力で換算して十年分と言われた注文ロットも、どうにか三年以内には解消できるだろう。さらにこの先、外注先は増やす予定なので、半年以内には新規受注を再開できる見込みだった。


「外注って、完成品を作ってもらうんですか?」


「いや、基本的には仙樹鋼や仙樹糸の生産をお願いしている。それさえ作ってしまえば、あとはそれほど難しい話ではないからな」


 そう言って剛はイカの握りに箸を伸ばした。普通の製品ならば、これで問題解決として良かっただろう。だが仙甲シリーズは仙具だ。つまり原材料(仙樹)の調達という問題が残っている。


「仙樹については、十三さんに東北での調達をお願いした。だから当面の必要量は満たせる見込みだ。ただ……」


「ただ?」


「仙樹は異界に生える樹木だ。そして異界はいつどこに現れるのか分からない。安定供給という視点で考えると、前提からして成立しないわけだ」


「それでも何とかして調達しないと、なんですよね?」


「まあ、そうだ。それで国防軍や銃器メーカーの方から、ライセンス契約とは別件でもう一つ提案があった。仙樹調達のための新会社を設立しないか、という話だ」


 当然ながら、これは例の銃弾で大量の仙樹が必要になることを見越しての提案だ。その話を駿河仙具にもしたというのは、単純に気を使ったというだけの話ではない。仙樹を仙樹と確定させるためには、氣功能力者の協力がいる。そして氣功能力者に話を通しやすいのはどう考えても駿河仙具、というわけだ。


「タケさん的には、それどうなんですか?」


「いい話だと思っている。というか、長く商売を続けようと思うなら、そういう部門なり会社なりはどうしても必要だろう」


「なら、良いんじゃないんですか」


「うむ。で、颯谷。モノは相談なんだが、社債を買う気はないか?」


「いきなり話が変わりましたね……。えっと、社債って会社が出す国債みたいな物、ですよね。え、駿河仙具ってお金ヤバいんですか?」


「ヤバくはないが、新会社に一枚噛もうと思えば資本提供が必要だし、自社工場の建設にも資金はいる。素直に銀行から借りても良いんだが……」


 剛はその続きを述べなかったが、何か懸念があるのだろうと颯谷は勝手に解釈した。ネギトロ軍艦を口に放り込んでから、彼はこう答えた。


「まあ、別に良いですけど」


「よし! 金額については素面の時に話そう」


「お金の話をしてから飲むべきじゃなかったんですかね」


「地酒が私を呼んでいたんだ。仕方ない」


 呆れた顔をする颯谷の目の前で、剛はお猪口の日本酒を飲み干した。


玄道「なら仕方ない」

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― 新着の感想 ―
別にライフルじゃなくてもマグナムみたいなタイプでよくないか? シリンダーずらしたら直接弾に触れるだろうに
外骨格を虹石製で中身をセルロースナノファイバーで作れば問題ないと思われる
この章戦いとかもないのに今までのどの章よりも長いな…
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