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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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追試依頼


 依頼の一部ということで自分のモノになった、天鋼の地金を狐火で炙ってから打った短刀。その短刀を鞘から引き抜き、颯谷は改めてその刃を矯めつ眇めつ眺めた。


 見た目は一般的な天鋼製の短刀である。ちなみに氣の通り具合も一般的な天鋼製短刀の範疇に収まる。つまり普通の天鋼製の短刀だ。


 いや、一級仙具のハンマーを使って打ったので、もしかしたら氣の許容量が上がっているかもしれない。ただ実際に使う分には、やはり普通の天鋼製の短刀だろう。


 だが颯谷はこの短刀に引っかかるモノを感じている。何かあるのではないか。そう思えるのだ。仁科刀剣では次が控えていたので深く考えずに流したが、やることをやった休日の今日、彼は短刀の刀身を改めて眺めた。そしてこう呟く。


「ってか、引っかかるも何も、そりゃ狐火だよな」


 どれだけ見た目と氣の通り具合が普通の天鋼製の短刀と変わらなくても、作刀前に狐火で炙ったのは揺るがない事実。そうであるのなら、起こった変化として可能性があるのはあと一つ。つまり狐火との親和性の向上だ。


 颯谷は短刀を鞘に戻した。さすがに部屋のなかで狐火を出すのは憚られる。最悪、暴走する可能性すらあるのだから。それで彼は少し考えてから、妖狐の鉄扇も手に取った。万が一狐火が暴走してしまっても、この鉄扇があれば収拾は可能、と思いたい。


 そんなことを考えながら、颯谷はアウターを羽織り、そのポケットに妖狐の眼帯を突っ込んだ。そして長靴を履いてから家の外に出て、納屋兼車庫の裏へ向かう。降り積もった雪の上に深い足跡を残しつつ、彼は建物から十メートルほど離れた。これくらい離れればまあ大丈夫だろう。それから彼は眼帯を装着し、改めて短刀を鞘から引き抜いた。


「ふう」


 一つ息を吐いて、颯谷は集中力を高める。そして慎重に短刀へ氣を流し始めた。氣の通り具合は相変わらず三級相当。つまり悪い。それを我慢しつつ、彼は短刀の切っ先までしっかりと氣を通した。


 イメージは燃料を充填したタンク。燃料とは氣であり、今からその燃料を使って狐火を着火する。颯谷はもう一度「ふう」と息を吐いた。そして短刀を妖狐の鉄扇に見立てて狐火を発動する。


「ぬ、うぅ、ぬぅ……!」


 あまり上手くいかない。狐火の、あの流水に似た“回路”が上手く短刀の方へ伸びてくれないのだ。しかし全く伸びないわけではない。手応えは悪いが、伸びてはいるのだ。それはつまり、この短刀は狐火との親和性が高いことを意味している。彼の予想通りだ。


(よしよしよしよし……!)「来いっ」


 颯谷の掛け声と同時に、短刀の峰の真ん中あたりに小さな狐火が灯った。彼としては刀身が狐火に包まれるイメージだったのだが、それと比べると規模は数段小さい。だが「かえってこれで良かったかもしれない」と彼は思い直す。最初はこれくらいのほうが安全だろう。


 それから色々とこねくり回してみた結果、しかし分かったことはあまり多くない。妖狐の鉄扇を使った場合、狐火の操作性は明らかに向上した。しかしこの短刀にそういう効果はない。むしろ操作性で言えば低下している。さらに短刀を介して着火した狐火は、短刀から離れなかった。使える範囲がかなり限定されるわけで、どう考えても実用的ではない。


 ただ、火力を上げることには成功した。もっとも燃料(氣)をドバドバと注ぎ込んだだけだから、あまり褒められた話ではない。とはいえそうやって火力を上げた結果、当初イメージした「狐火を纏う短刀」には成功した。颯谷的にはこれで結構満足だ。


「で、まあ総括すると、劣化鉄扇だな。現状、実戦で使う理由がない」


 狐火を消し、短刀の刀身を眺めながら、颯谷はそう呟いた。現状思いつく使い道としては、狐火の操作性の低下を逆手に取った、狐火操作の習熟訓練用か。まあ無理をして使う必要などない。この短刀を作った第一目的は実験であり、その目的はすでに達成されているのだから。よって考えるべきは使い道ではない。次の段階について、である。


「となると、やってみたいよなぁ、練氣法との組み合わせ」


 ニヤリと口角を上げながら、颯谷はそう呟いた。ただ狐火を絡ませる以上、その情報は外へ出したくない。そうなるとコレは颯谷の依頼の一部としてやることになるわけだが、そう何度も仁科刀剣に実質的なタダ働きをさせるのも悪いだろう。


「長刀を一本打って、それで依頼は一区切りかな」


 そんなことを呟きながら、颯谷は短刀を鞘に戻した。狐火を用い、練氣法を応用して作る長刀。考えただけでワクワクする。ただしその前に、明日は虹石と練氣法を組み合わせた実験である。


 そして日曜日。颯谷が玄道に車で送ってもらうと、仁科刀剣の駐車場には見慣れない車が一台。どうやら剛はすでに到着しているらしい。


 俊に案内されて母屋に上がり、いつもの客間に通されると、そこには思った通り剛がいた。彼は仙具のモノクルを使い、例の三本組の短刀を熱心に調べている。そして颯谷が来たことに気が付くと、玄道に挨拶してからこう言った。


「颯谷、来たか。早速だがコイツに氣を流してみてくれないか」


「ホントに早速ですね。まあ良いですけど」


 言われた通り颯谷が短刀に氣を流すと、その様子をつぶさに観察して剛は「おお」と感嘆の声を上げた。三振りすべてを同じようにしてから、剛はモノクルを外してこう話す。


「本当に颯谷がやると氣の通りが良くなるんだな」


「ってことは、タケさんも悪くなっているように感じたんですか?」


「そうだ。正直、話だけでは眉唾だったが……」


 自分の目で見たのだ、信じるしかない。そしてそうなると、虹石と練氣法を併用する今日の実験への期待も否応なく高まる。一同はそのまま工房へ移動した。


 工房ではすでに宏由が準備を進めていた。炉にはすでに火が入っている。ぞろぞろと入ってきた一同に気付くと、彼は小さく微笑んで挨拶をした。


 余計な雑談はしない。職人らしく、清嗣はすぐ作業に取り掛かった。それを見て颯谷も準備を始める。無言のままそれぞれが動き、そして準備が完了する。


 無言のまま視線を向けてくる清嗣に颯谷が一つ頷きを返すと、彼は炉から熱した天鋼を火ばさみで取り出し金床の上に置いた。そこへハンマーが振り下ろされる。


(なるほど……。ただ氣を叩きつけるのではなく、最初からラインを作ってしまおうというわけか……)


 作刀作業の様子をモノクルを使って観察しながら、剛は内心でそう呟いた。その辺のことはすでに昨日電話で聞いていたが、聞くのと実際に見るのとでは大違い。「百聞は一見に如かず」とはよく言ったものである。ちなみに、剛は「視てきた人が手本を見せてよ」と言われることになるのだが、それはまた別のお話。


 さてそうこうしている間にも作刀作業は進む。打った短刀は今回も三振り。ハンマーを振るう作業がすべて終わったところで、一同は母屋へ引き上げた。お茶を飲んで一息つくと、自然と実験の話になった。


「颯谷君。手応えとしてはどうだった?」


「手応えは、いつもとそんなに変わらなかったですよ。練氣法という意味なら、回数を重ねた分、練度は上がっていると思いますけど」


「叩き込んだ氣の通り具合は?」


「あ~、どうだろ……。やっぱりそんなに変化はなかったと思います」


 作業中のことを思い出しながら、颯谷はそう答えた。それを聞いて清嗣は「ふむ」と呟いて考え込む。そんな彼から視線を外し、颯谷は剛にこう尋ねた。


「モノクルで視てたんですよね、どうでしたか?」


「颯谷だって眼帯をしていたじゃないか」


「それはそうですけど。タケさんにはどんなふうに見えたのかと思いまして」


「そうだな……。やはり見に来て良かったと思う。『練氣法を応用』と颯谷は言っていたが、実際のところどうやるのかは、やはり実際に見てみるのが一番だな」


「はあ、なるほど。それは何となく分かります」


 剛の言葉に颯谷も頷く。彼も練氣法を応用する時には今のところ妖狐の眼帯を装着している。氣の流れの様子を目視で確認できた方が、作業精度が上がるからだ。もっとも「視える」というのは良い事ばかりではない。


「ただ正直、見づらい部分もあったな。ロス分というか、霧散した氣がモヤのように見えてね。肝心の部分がちょっとぼやけてしまっていた」


「あ~、確かにロスが多くて効率は良くないんですよねぇ。今後の課題と言えば課題なんですけど、力業で解決できるならなんかもうそれでいいかな、とも思い始めてます」


「ふぅむ……、まあ重要なのは過程ではなく結果だからなぁ」


 なんとなしにそう呟き、それから剛は顔をしかめた。そう重要なのは過程ではなく結果。過程が重要な場合もあるが、天鋼製仙具に関わる一連の実験においては、その時々に出てくる結果こそが重要である。だからこそその結果は検証されなければならない。


「清嗣さん、駿河仙具として一つお願いがあります。ああ、それから颯谷もちょっと聞いて欲しい」


「どうされましたかな?」


 清嗣がそう聞き返し、颯谷も若干居住まいを正して聞く姿勢になる。一拍置いてから、剛はこう話し始めた。


「これまでの一連の実験、非常に興味深いものと考えています。ただだからこそ追試、再現性の確認は欠かせません。とはいえお恥ずかしながら、当方ではまだ手が出せていないのが現状です」


 仁科刀剣と颯谷が行っている実験について聞き、駿河仙具も動いてはいる。知り合いの工房に話を持ち掛け、これまでの試作品をモノクルや眼鏡の仙具でチェックし直しているのだ。ただその一方で、実験の追試は行えていない。その理由はいくつかあるが、最大の理由はあまりにも明白である。道具がないのだ。つまり一級仙具の大槌ハンマーが。


「そこでお願いなのですが、仁科刀剣で追試を行って欲しいのです。そして颯谷、あのハンマーを貸して欲しい」


「オレは別に良いですよ」


 颯谷は簡単にそう答えた。一方で清嗣は少し考え込んでから、返答する前にこう尋ねる。


「……具体的にはどれをやりますかな?」


「一級品のハンマーの使用を前提として、まず虹石を使った実験、次に練氣法を応用した実験、最後に虹石と練氣法を併用した実験の三つを考えています」


「設備的には問題ありませんが、私では氣の量が足りないかと……」


「ハンマーは私がやります。私がやれば、他所に情報を開示する必要もありませんので」


 剛がそう答えるのを聞いて、清嗣は大きく頷いた。そうであれば彼としても、いや仁科刀剣としても何も問題はない。追試実験を了解し、それからスケジュール調整の話に移った。


 追試を行うのは次の週末。それまでに今日打った短刀を仕上げ、その確認も同日に行うことになった。実験の日程としては二日間を予定。これは他でもない剛の希望だ。


「氣の量が足りるか分からんのでな」


 剛は苦笑しながらそう言った。颯谷としては少々異論があるのだが。とはいえ余裕を持ったスケジュールに否やはないので、彼は賢く沈黙を選択する。そしてスケジュールの調整が終わると、次はお金の話になった。剛は単刀直入にこう言う。


「追加でもう500万、出資しようと考えています」


「ありがたいことです。よろしくお願いします」


「お願いします」


 剛が提案した追加出資を、清嗣と宏由はほとんど間髪入れずに承諾した。俊も慌てて頭を下げるが、間違いなくよく分かっていない。そんなやり取りを眺めながら、颯谷は内心でこう呟いた。


(そうなると、コッチの用事は後回しだな……)


 颯谷の用事とは、つまり例の依頼のことである。この件については剛にもまだ秘密にしておきたいので、少なくとも彼が出張ってくる次の週末にどうこうというのは止めた方が良いだろう。


 ただその先の予定も現状では見通せない。剛が練氣法を応用して打った短刀の検証もやることになるだろうから、その次の週末もできるかはあやしい。さらにまた別の実験をやることになるかもしれない。


(ま、別に急いでいるわけではないし、のんびり待ちますかね……)


「できれば受験勉強が忙しくなる前にやりたいもんだ」と内心で呟きながら、颯谷は自分の依頼を一旦保留することを受け入れた。そしてそうしている間にも話は進んでいる。


 持って帰って検証するため、颯谷が打った例の三振りを剛が受け取った。ただ、彼は新幹線で来たという話だが、武器を持ち込んで大丈夫なのだろうか。颯谷がそれを心配すると、彼はニヤリと笑ってこう嘯いた。


「大丈夫だ。言わなきゃバレない」


「ええぇ……」


「というのはさすがに冗談だが。一応、こういうモノを用意してある」


 そう言って剛が見せたのは、取っ手のついた鍵付きのケース。彼はそのケースに三振りの短刀を入れて鍵をかけた。さらにこのケースごとキャリーバッグに入れてしまえば、駅員に見とがめられることはないだろう、ということらしい。


「本当に大丈夫なんですかぁ、それ……?」


「ゲートに金属探知機が設置されているわけでもない。それに言ってしまえば、包丁を三本ばかり買ってケースに入れてあるのと大して変わらん」


「それはまあ、そうですけど」


「剛がそう言うなら別に良いか」と思い、颯谷はそれ以上あれこれ言うのは止めた。そして話が一段落したと思ったのだろう。ここまでずっと見守るだけだった玄道が口を開き、剛にこう提案した。


「では剛さん。来週はウチに泊まりませんかな?」


「よろしいのですか? ではぜひ」


 驚愕に目を見開く颯谷の目の前で、いとも滑らかに剛の来週の宿泊場所が決まった。これはまた木蓮に伝えないとだな、と彼は思うのだった。


剛「練習しておかないと」

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― 新着の感想 ―
木蓮「来週はお泊まりっと」カキカキ
劣化とはいえ狐火対応金属を造れたわけで、鉄扇の修理に一歩進んだのかな?
タケさんが東北を訪れる機会が増えてきましたねw 追加で更に出資してるし、自ら作刀に臨むようだし、それだけ注目&期待してるって事ですね(`・ω・´) そして「視てきた人が手本を見せてよ」と言われる未来が…
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