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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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152/205

新たな展開


 冬休みが終わっても季節は真冬の真っただ中である。この日はあいにくの吹雪で、とてもバイクで出かけられるような天気ではない。玄道から軽トラを出してもらい、颯谷は仁科刀剣へ向かった。


(免許、取るかなぁ……)


 軽トラの助手席に座ってぼんやりと窓の外を眺めながら、颯谷はそんなことを考える。この辺りは田舎だ。電車もバスも本数が少なく、しかもカバーされている範囲も狭い。要するに日常の足としては不十分で、季節と天候のことも考えれば車がなければ自由に動けない。


 それにいつまでもこうして玄道に乗せてもらうわけにはいかない。バイクの免許を取ったことで行動の幅はかなり広がったが、やはり自動車の免許は必要だ。大学受験に区切りがついたら、本格的に免許を取ろう。颯谷はそんなふうにタイムスケジュールを組んだ。


 さて、そんなことを考えている間に、玄道が運転する軽トラは仁科刀剣に到着する。母屋のチャイムを鳴らし、玄関を開けた俊の案内で颯谷と玄道は客間へ通された。そこには清嗣と宏由が待っていて、さらに五振りの短刀が並べられている。上着を脱いで二人に挨拶すると、颯谷はまずこう尋ねた。


「例の二級、もう完成したんですよね?」


「ああ」


「それで、どうでしたか?」


「上々だ。依頼主も喜んでいた」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、清嗣はそう答えた。虹石を用いて素材を加熱し、さらに一級仙具のハンマーを用いて氣を込めながら打った二級仙具の太刀は、期待通りの出来栄えだったのだ。


 一級には届かないものの、二級の中では上位に食い込む氣の通り具合で、これは依頼主の想定を超えていた。そうなったのは試すと言っていた新しい技法のおかげと考えるのは自然で、依頼品を引き渡す際にはそのことをかなりしつこく聞かれたという。


「ということは、二級品にも効果ありってことですね」


「うむ。そう考えて良いだろう」


 清嗣が大きく頷きながらそう答える。この新しい技法が天鋼以外にも有効であるというのは、情報としてかなり有意義だ。方々に根回しして実験をやった甲斐があった、と言ってよい。実際、清嗣や宏由は満足そうだ。ただ颯谷にとっての本命はそちらではない。彼は話題を切り替え、本題に入った。


「それで、オレの実験の話なんですけど。結果は良くなかったって聞いたんですが」


「そうなんだ。確認してみて欲しい」


 宏由にそう言われ、颯谷は改めて五振りの短刀に視線を向けた。狐火で炙った地金を使った短刀が一振り、練氣法を用いて打った短刀が三振り、比較用の短刀が一振りだ。彼はまず狐火の短刀を手に取った。


(ふぅむ、まあ確かに、あんま変わりなし?)


 氣の通り具合を確かめ、颯谷は内心でそう呟いた。比較用の短刀と比べてみても、やはり大きな差は感じられない。妖狐の眼帯で視てみても同様だ。不純物どうのこうのと色々考えてはみたが、地金を狐火で炙って見てもあまり意味はなかったのだろう。


(でも、なぁ……)


 妖狐の眼帯の下、颯谷は眉間に小さくシワを寄せた。氣の通り具合に有意な変化は見られない。それは本当だ。しかし「無意味だった」と結論するのはなぜか躊躇われた。脳裏に引っかかるモノがあるのだ。


 それが一体何なのか。すぐに答えは出てこない。それでその疑問は一旦棚上げし、颯谷は次に練氣法を応用して打った三振りに取り掛かった。最初の短刀を手に取って氣を流し、彼は怪訝な顔をする。二振り目も確認して、彼は盛大に首を傾げた。三振り目を確認すると、彼は雷に打たれたかのように背筋を伸ばした。そして顎先に手を当てて考え込む。


「颯谷君、どうかしたのか?」


「ああ、いえ、何て言うか……」


 妖狐の眼帯を外し、颯谷はそう曖昧に答えた。何かを誤魔化しているわけではない。言葉を探しているのだ。ややあってから、彼は口を開いてこう言った。


「まず狐火で地金を炙ったヤツですけど、確かにコレは普通のヤツと変わりませんでした。それで問題はあとの三本なんですけど……」


「それがどうかしたのか?」


「この三本、氣の通り具合は普通のより悪かったんですよね?」


「そうだ」


「オレは良く感じるんです。眼帯で視てみてもやっぱり良い感じですし……」


「なに……?」


 颯谷の話を聞いて、清嗣は訝しげに唸った。颯谷がウソをついているとは思わない。だがそれならばなぜ、清嗣と颯谷でまったく別の結果が出るのか。清嗣は少し考え込み、それからこう尋ねた。


「その三本の中で、氣の通り具合に差はあったか?」


「あ、はい。三番目のヤツが一番良くて、二番目が二番、一番目が三番でした」


「真逆だな……。どの程度良くなっている?」


「えっと、信じられないかも知れないですけど、下から虹石を併用したヤツ、超三級、二級よりちょっと下、準二級って言うんですかね、そんな感じでした」


「なにぃ……!?」


 清嗣は思わず身を乗り出した。宏由と俊も驚いている。つまり颯谷の言っていることがすべて本当であれば、練氣法を応用することで天鋼製仙具の劇的な改良が可能になるのだ。だが清嗣は小さく首を振りながらそう呟いた。


「にわかには信じられん……」


「ですよねぇ……」


 腕を組んで難しい顔をした清嗣に、颯谷も苦笑しながらそう答える。彼自身、自分で確認したのでなければ、とても信じられなかっただろう。しかしどうにかして信じてもらわなければならない。彼はそのための方法を考え、そしてこう提案した。


「清嗣さん。オレが短刀に氣を流すので、その様子を眼帯を使って確認してください」


「そうか、その手があったか……!」


 大きく頷くと、清嗣はすぐに颯谷から妖狐の眼帯を受け取った。彼が眼帯を装着するのを待って、颯谷は準二級と判断した短刀へ氣を流す。その様子を見て清嗣は感嘆の声を上げた。


「おお……!」


「視えましたか?」


「あ、ああ。他の二本も見せてくれないか」


 颯谷は一つ頷き、他の二振りも同じように氣を流す。妖狐の眼帯を使いその様子を確認して、清嗣は何度も頷いた。三振りを全て確認し終えると、清嗣は大きく息を吐きながら眼帯を外して颯谷に返す。そしてこう言った。


「確かに、颯谷君の言う通りだった」


「お義父さん、ということは……!?」


「うむ、これは画期的だ……!」


 清嗣は喜色を浮かべながらそう言った。二級に準じるモノが作れるなら、その意味は大きい。しかもさらにもう一段階、つまり虹石の併用というカードが温存されているのだ。


 すべての手管を尽くしたら一体どれほどのモノが出来上がるのか。仮に一級に準じる仙具を人の手で作り出すことができたなら、そのインパクトは極めて大きい。


「ですが、ではなぜお義父さんが試したときはダメだったんでしょうか?」


 宏由がそう呟くのを聞いて、清嗣はスッと冷静さを取り戻した。そして少し考え込んでから、練氣法を応用して打った短刀に今度は自分で氣を通してみる。その結果は依然と同じ。つまり普通の三級より悪い。


 妖狐の眼帯を使って颯谷も確認したが、確かに清嗣が氣を流すと通り具合が悪くなっている。清嗣は颯谷がやると良くなるのが信じられないようだが、彼としては清嗣がやると悪くなることの方が信じられない。


 とはいえ、事実は事実として受け入れなければならない。現状、颯谷と清嗣で全く逆の結果が出ている。その原因は一体何なのか。颯谷は改めて作刀の時のことを思い出しながら考え込んだ。


 三本組の程度の差は、恐らく練氣法の応用がどれくらい効いているかの差だろう。一振り目よりは二振り目、二振り目よりは三振り目のほうが練氣法は強く効いているはずだ。ということはやはり、鍵は練氣法のはずだ。


(練氣法……、練氣法……)


 練氣法というのは、要するに氣の操作を通じて技の精度を上げる方法だ。ちなみに名前は颯谷が勝手につけたもので、各流派では同じような技法が別の名前で呼ばれているだろう。そして今回、彼は練氣法を応用して短刀を打つ段階でそこに理想的な氣の流れを作れないかと試みた。


 言ってみれば、刀身にラインをひいたようなモノである。そしてそれは上手くいったはずなのだ。少なくとも颯谷が試したときには氣の通り具合が改善されていたのだから。しかし清嗣が試すと、改善どころか悪化しているという。


(ライン……、ラインが原因……?)


 短刀の刀身にラインは確かに形成された。だがそのライン、颯谷の氣はスルスル流すが、清嗣の氣はギクシャクとしか流さないらしい。


(つまりラインには相性がある……? いや、相性というよりこれは……)


「氣は、それぞれ波長が違う……?」


「颯谷君、それは?」


「ああ、ええっと、今思いついたんですけど……。氣はそれぞれ個人で波長っていうか、型みたいなのがあるんじゃないか、と」


 今回、颯谷は練氣法を応用して短刀の刀身にラインを形成した。そのラインが個人の、今回で言えば颯谷の氣の型に固定されているのではないか。だから颯谷の氣は良く通すが、清嗣の氣に対しては抵抗を増すのではないか。それが颯谷の立てた仮説だ。思い返してみれば、使い込んだあの仙樹の杖にも同じようなことが起こっていた。


「つまりその練氣法? を応用したことで仙具が颯谷君用に最適化された、と……」


「あくまで仮説ですけど」


「いや、あり得るかもしれない……。だがその仮説を検証するためには、サンプル数が必要だな」


 清嗣がやや渋い顔をしてそう言った。多数の能力者に依頼して三本組の短刀を試してもらい、その大多数が清嗣と同じ反応なのだとしたら、それらの短刀が「颯谷用に最適化された」という仮説には信憑性があると言える。


 ただここで問題になるのが契約だ。実験を頼むとなれば、当然その背景を説明する必要がある。だが駿河仙具との契約で仁科刀剣は今回の実験の情報を外に漏らすことができない。一切情報を隠して実験だけ頼むという手もあるが、それでも「何かある」という情報は洩れる。となれば方法はただ一つ。


「颯谷君。三本組のほうは、駿河仙具に情報開示しても良いのだろう?」


「はい。オッケーです」


「では駿河さんに伝えて向こうでやってもらうしかないな」


 清嗣のその言葉に颯谷も大きく頷いた。ただそうなると、結果が出るのは少し先になるだろう。だがその時間をただ待って過ごすつもりは、清嗣にはない。彼はズイっと身を乗り出して颯谷にこう言った。


「それで颯谷君。次の実験の話だが」


「やっぱりやりますか」


「当然だ。燃料に虹石を加えたらどうなるのか。君だって興味はあるだろう?」


 清嗣がそう尋ねると、颯谷に苦笑気味に一つ頷いた。確かにそれは凄く気になる。それに颯谷が依頼した刀も、どうせ作るなら良いものを作りたい。そのためにも追加の実験は必要だろう。


 そしてやるなら早い方が良いということで、次の実験は翌日曜日にやることになった。颯谷が玄道の了解を貰って本決まり。ただし午前ではなく午後からになった。


 これは「剛が見学を希望するかもしれない」ということを考えての予定だ。今日これから伝えたとして明日だし、颯谷が少し懐疑的だったが、清嗣は半ば以上の確信があるようだった。


 そしてどうやら清嗣の予想の方が正しかったようである。翌日の実験を決めたその日、颯谷は家に帰ってから剛に電話をかけて練氣法を応用した実験について話した。彼の話を一通り聞き終えると、剛はすぐさま翌日の実験の見学を希望したのである。


「実験を午後からにしてくれて助かった。明日の朝一で新幹線だな。モノクルも持って行かないと……」


「急な話ですし、結果が出てからでも良いんじゃ……」


「いや、今回の実験で重要なのは素材ではなく技術だ。ならそれを生で見ないでどうする」


 剛は真剣な声でそう言った。颯谷は内心で「そんな大げさな」と思ったが、剛が見たいというならそれを拒否する理由もない。「じゃあ明日の午後、仁科刀剣で」と言って電話を終えた。


 スマホを机の上に置き、「さて」と呟いて颯谷が次に手に取ったのは一振りの短刀。現在話題をかっさらっている三本組の一本ではなく、地金を狐火で炙ったあの短刀である。


 氣の通り具合としては普通の天鋼製の短刀と変わらなかったのだが、なんだか引っかかるところがあって、こうして持ち帰ってきたのだ。いや、持ち帰ったというか、貰って来た。


『どうせ駿河仙具との提携の適用外だし、君の依頼の一部ということにしてしまっていいぞ』


 清嗣がそう言ってくれ、宏由も頷いていたので、ありがたく頂戴してきたのである。晴れて自分のモノになった短刀を、颯谷は改めて鞘から引き抜いた。



剛「放っておくと成果を上げてくれる。楽でいいなぁ」

数馬「放っておくと仕事が増えるってことなんですけど……」

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― 新着の感想 ―
最適化を極限まで行ったら実質専用武器みたいなの作れるんかな 作れるならロマンありすぎ
やっぱり主人公に最適化されてたかε-(´∀`;)ホッ 意味がありそうだから、狐火で炙った天鋼+虹石+練氣法の全部載せで作刀してほしいなぁ
確実に教科書に偉人として長く残るのが確定した瞬間であるw 杖での最適化もあったしなぁあとは打ち付ける氣の力が一定以上ないとダメとかも案外あるかもしれないしなぁ あとは氣がたまる壺に颯谷ががっつり氣を流…
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