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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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151/205

颯谷の実験


 きっかけは宏由の話だった。二級仙具の刀について、彼は「誰が使うのか調整が必要」と話していた。仙具は道具なのだから、「どう作るのか」だけではなく「誰が使うのか」もまた重要なファクター。だというのにその視点が自分の頭から抜け落ちていたことに、颯谷は気が付いたのである。


 颯谷は三級仙具の改良をやろうとしている。便宜上「超三級」と呼んでいるが、ではその超三級仙具は一体誰が使うのか。誰でも同じように使える、というのが理想ではある。だがもともとは颯谷の個人的な興味から始まった話なのだから、極端なことを言ってしまえば彼自身がそれを使えればそれで良いのである。


(まあ実際問題使うのかは分かんないけど)


 それはともかくとして。つまりある天鋼製の仙具を颯谷が使った時に、彼が「これは超三級」と思うことができれば、それで良いのだ。それらなら個人に特化した改良策というのもアリでないか。彼はそう考えたのである。


 そしてそういう視点に立った時、颯谷の頭に二つのアイディアが浮かんだ。練氣法と狐火である。まず練氣法だが、これは要するに「流れ方をイメージしながら氣を操る技法」と言える。ではこれをどう作刀に応用するのかというと、かつて二度目の実験で作った試作短刀の考察を行った時に剛が言及した「ライン」が関わってくる。


 この「ライン」というのは、要するに氣の通り道だと颯谷は理解している。このラインが刀身の下から上まで真っ直ぐに繋がっていると、氣が通りやすいわけだ。太くなればなお通りやすくなるだろう。


 一方で練氣法を使い、理想的な氣の流れをイメージしてやると、氣の通り具合が改善することも分かっている。では作刀する時に、この「理想的な氣の流れ」をイメージして氣を叩き込んでやれば、より真っ直ぐで太い「ライン」を形成できるのではないか。これが颯谷の考えた一つ目のアイディアである。


 二つ目のアイディアは前述したとおり狐火である。狐火は三尾の妖狐が使っていた技で、紛れもなく異界由来と言ってよいだろう。そうであれば狐火を使うことで、異界由来の要素を増やせるのではないか。颯谷はそう考えたのだ。


 また彼が考えていることはもう一つある。そもそも狐火は「氣功的なモノ」を燃やす効果がある。それは外氣功のような、エネルギー形態だけのモノに留まらない。怪異モンスターでさえ燃やしていたのだから、いわば「氣功的な由来を持つ物質」もまた狐火にとっては燃料となるのだ。


 ということは、天鋼の中に含まれる「氣功的な由来を持つ不純物」を狐火で取り除くことが出来るのではないか。そういう仮説である。もちろん「氣功的な由来を持つ不純物」が本当に含まれているかは分からないし、含まれていてそれを狐火で取り除けるかも分からない。仮定を二つ重ねているわけで、上手くいくのかは颯谷も実は自信がない。


(それに……)


 それに別の問題もある。「本当に狐火が使えるのか」という問題と、「使えたとして天鋼まで燃やし尽くしてしまうのではないか」という問題だ。この二点について問題ないことを確認してからでなければ実際の作刀作業には入れない。


 そんなわけで。仁科刀剣から帰ってきて昼食を食べると、颯谷は上記の二点について確認するべく実験を行うことにした。彼が頼んだ仕事の話自体は快諾してもらえ、この実験の結果が出たら改めてスケジュールを組むことになっている。ただこの仕事について、颯谷は一つだけ条件を付けた。


『これはオレが個人的に頼む“仕事”ですから。他所に話は漏らさないでくださいね。駿河仙具にも情報共有は無しでお願いします』


『ウチとしては構わないが……。良いのか?』


『はい。伝えるならオレの方から伝えるので』


 颯谷が駿河仙具にも内緒にすることにしたのは、この作刀があまりにも個人の能力に依存しすぎているからだ。練氣法はともかく、狐火は颯谷しか使えない。個人に依存するその能力を駿河仙具がアテにし始めたらどうなるか。颯谷としてはとても面倒なことになるだろう。それを避けたかったのだ。


(まあ一通り終わって、伝えても良さげなモノは伝えるさ)


 そんなことを考えながら、颯谷はバケツに水を汲んでから納屋兼車庫の裏へ向かう。ちなみにマシロたち三匹は頑として外に出ようとしなかった。アイツら本当に野生が死んでいるんじゃないかと心配になるのだが、まあそれはそれとして。


「さて、と」


 そう呟いてから、颯谷は長靴で積もった雪を踏み固めて小さな窪地を作った。そしてそこに虹石を十数個、円形に並べて敷き詰める。さらに敷き詰めた虹石の上に、今度は天鋼の地金を置いた。ちなみに地金は短刀が一振り作れる量だ。


 虹石と天鋼の地金は、仁科刀剣から提供してもらった。天鋼を狐火で加熱するとして、しかし颯谷がずっと付きっきりやるわけにはいかないだろう。そこで彼が目を付けたのが虹石。虹石が氣功的エネルギーを含むことはすでに確認している。ならばモンスターと同じく、虹石は狐火を燃やすための燃料になるはずだ。


 とはいえ実際に確認は必要だ。同時に天鋼の地金もくべてやれば、狐火が天鋼を燃やし尽くしてしまわないかどうかも確認できる。これからやるのはそのための実験だ。そして準備が終わると、颯谷は「ふう」と息を一つ吐いてから右手の人差し指の先に狐火を灯した。そしてその青白い炎を並べた虹石に触れさせる。狐火は数秒で虹石に着火した。


 一度着火してしまうと、たちまち全ての虹石に狐火の炎が回った。颯谷はもう指の先の狐火は消しているし、目の前で燃え盛る青白い炎へ氣を供給しているわけでもない。つまりこの炎は間違いなく虹石を燃料にして燃えているのだ。その様子を見て、彼は「よしっ」と呟きながら大きく頷いた。


「……っと、一応確認……」


 そう呟き、颯谷は妖狐の眼帯を取り出して目元に装着した。そして目の前で燃える青白い炎が間違いなく狐火であることを確認する。一緒に天鋼の様子も確認しようと思ったが、狐火の中に隠れてしまっていて、燃えているのかいないのかよく分からない。仕方がないので虹石が燃え尽きるまで待つことにした。


 青白い狐火を眺めながら待つことおよそ二十分。すべての虹石が燃え尽き、後にはいまだに熱を持つ天鋼の地金が残った。目測だが、体積が大きく減ったようには見えない。ということは、狐火で天鋼が燃え尽きるということはないのだろう。颯谷は安堵しつつ、周囲の雪やバケツの水を使って天鋼の地金を冷ました。


 冷めた地金は青ではなく黒に近い色をしている。颯谷は焼け焦げたのだろうと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。煤もついているがそれは比較的少しで、地金の表面自体が光沢のあるネイビーブラックに変色している感じだった。


(これは……)


 颯谷は内心で首を傾げた。この変化が虹石を使って天鋼を加熱したことで起こる一般的な反応なのか、それとも狐火を用いたことで起こった変化なのか、今の段階では判断がつかない。また一つ検証項目が増えてしまったような気がして、彼は若干頬をひきつらせた。


「ま、いいや。保留~」


 そう呟いて、颯谷は天鋼の地金を回収した。そして実験結果を、俊を介して清嗣へ伝える。返信があったのはその三十分後で、そこには「本番の前にもう少し検証実験をしてはどうか」という提案が書かれていた。


 清嗣が提案した検証実験は二つ。一つは表面がネイビーブラックに変色した天鋼を用いた作刀。これにより狐火の効果効用がある程度分かることが期待される。


 もう一つは練氣法を用いた作刀。こちらは普通の天鋼を用いる。練氣法の応用が可能なのかを確認するための実験だ。虹石を使わないのは、純粋に練氣法の効果を調べるためである。


 練氣法は颯谷以外でも使えるので、こちらは駿河仙具との提携の範囲内でやることになる。つまり情報を外に出すということだ。


 颯谷は少し考えてから二つの検証実験に同意した。変色した天鋼にどんな変化が起こっているのかは彼も気になる。そして練氣法の練習という意味でも、事前の追加実験には意味があると思ったのだ。


 冬休み中にやってしまいたいということもあり、追加の検証実験は翌日に行うことになった。二日連続で仁科刀剣へ赴くと、工房ではすでに準備が行われている。まず行うのは変色した天鋼を使った実験。颯谷が件の地金を見せると、仁科家の三人は興味深そうにそれを覗き込んだ。


「へえ……」


「確かに変色していますね……。まあ、焼いたんだから何も変化がない方がおかしいとも言えますが……」


「颯谷君。例の眼帯で確認してみただろう。どうだったんだ?」


「色以外の変化は分かりませんでした。アレだって、何でも分かるってわけじゃありませんし」


 颯谷がそう答えると、清嗣は「まあ、そうか」と呟いて納得した。そしてすぐに頭を切り替え、地金を受け取って炉に放り込んだ。


 天鋼を熱している間に颯谷も準備を行う。動きやすい格好になり、頭にタオルを巻いてハンマーの握りを確かめる。やがて清嗣が炉から真っ赤に焼けた天鋼を取り出し、それを金床の上に置いた。


 この実験では、まだ練氣法は使わない。それで颯谷はこれまで通りにハンマーを振るい、天鋼に氣を叩き込んだ。もう慣れたもので、彼はテンポよくハンマーを振るった。


 一本目の作刀が終わると、続いて練氣法を用いた実験に移る。清嗣に言われて宏由が新しい天鋼の地金を用意する。そしてそれを炉の中へ放り込んだ。この実験では三本の短刀を打つ予定である。


 練氣法を応用した作刀で重要なのは、言うまでもなく送り込むイメージ。そしてイメージ通りに氣を操る事。そのための補助具として、颯谷は妖狐の眼帯を装着した。氣が見えていれば、イメージはしやすいだろう。


 颯谷がハンマーを構えたのを見て、清嗣が火ばさみで熱した天鋼を炉から取り出す。そして金床の上に置いた。間髪入れず、颯谷がそこへハンマーを振り下ろす。脳裏に描くのは理想的な氣の流れ。だがうまくいかない。眼帯の下で颯谷は顔をしかめた。


(難しい……)


 彼は無言でそう呟いた。今回はただ氣を叩きつければ良いというわけではない。理想的な氣の流れを作るように操作する必要がある。だがハンマーを叩きつけるその一瞬でそれをやるのは難しい。


 加えて、妖狐の眼帯を使って氣を可視化したため、ロスしている分の氣も見えるようになってしまった。それがどうにも気になってしまう。どうにかして効率を高めようとしたのだが、それも上手くいかない。いや、「氣の操作」と「効率の向上」を同時にやろうとしてどちらも中途半端になってしまった。そんな感じがする。


(重要なのは、氣の操作のほうだ)


 颯谷は優先順位を思い返す。理想的な氣の流れをイメージして短刀を打つことこそが重要なのであって、そのためには「効率の向上」など些事でしかない。そうであるなら、氣の操作の方に集中するべきだろう。


「ふう……」


 一つ息を吐き、颯谷は意識を切り替える。彼が集中しなおしたのを見て、清嗣は二振り目の短刀に取り掛かった。霧散していく氣のことは気にしない。完成した短刀の姿を思い描き、その刀身を走る太いラインをイメージする。そのことに集中しながら、颯谷は黙々とハンマーを振るった。


 二振り目の作刀が終わる。颯谷は手応えを感じていた。一振り目よりは上手くできた自信がある。そのおかげで悪い意味での緊張というか、「上手くやらないと」という焦りの気持ちも治まる。すると頭も働くようになったのか、彼はこんなことを思いついた。


(たぶん効率は良くない……。なら、叩き込む氣の量を増やせばいいんじゃね?)


 そんな脳筋的発想。だがすぐに効率を上げられないなら、出力を上げるのは決して間違ってはいない。それにどうせ次で最後なのだ。「せっかくだからガス欠になるくらい全力でやってやるか」と思い、颯谷は内氣功を滾らせた。


 その瞬間、颯谷の雰囲気が変わった。宏由と俊は顔を強張らせ、玄道も驚いたような顔をする。曲がりなりにも氣功能力者である清嗣は年甲斐もなく飛び上がりそうになり、どうにか自分を抑えた。急な運動は腰にくるのだ。


 清嗣はごくりと唾を飲み込んだ。眼帯をしているせいで颯谷の表情は読めない。ただ不貞腐れた態度を見せているわけではないから、何か不満があるわけではないのだろう。それどころかハンマーの握りを確かめているし、清嗣は彼の雰囲気の変化をやる気の表れと受け取った。そしてそうであるならやることは一つ。清嗣は熱した天鋼を金床の上に置いた。


 本日四本目の作刀が始まる。颯谷がハンマーを振り下ろすたびに、宏由や俊の背中が粟立つほどの氣がまき散らされた。その氣に最も強く曝されているのはすぐ近くで小槌を振るう清嗣なのだが、そこは彼も刀鍛冶としての意地がある。丹田に力を入れ、なけなしの内氣功を使いながら、彼はその暴力的とも言える作刀をどうにか完成まで導いた。


 作刀作業が終わると、颯谷は「ふう」と息を吐いて妖狐の眼帯を外し、頭に巻いていたタオルで汗をぬぐった。氣功能力も止めてから、彼は周囲を見渡す。そして宏由と俊が安堵の息を吐いているのを見て、不思議そうに首をかしげるのだった。


 さて、その後はいつも通り。仁科刀剣で仕上げをしてもらい、簡単に氣の通り具合も確認してもらって、俊経由でそれを教えてもらう。彼から送られてきたメッセージは次の通り。


【短刀四振り、仕上がりました】


【最初の一本は、普通のヤツと大差ない感じですけど】


【三本組は普通より悪いです】


【一振り目>二振り目>三振り目、って感じで通り具合が悪くなってます】


【ってじいちゃんが言ってます】


 そのメッセージを読んで、颯谷はさすがに顔をしかめた。最初の一振りはまあまあ良いとして、練氣法を応用したはずの三本組が普通より悪いとはどういうことか。とはいえ現物がないのに悩んでも仕方がない。颯谷はこう返信を送った。


【分かった。じゃあ次の土曜日に】


 昨日、冬休みは終わったのだ。


颯谷「狐火で肉を焼いたら美味しくなる……?」

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― 新着の感想 ―
颯谷専用装備爆誕、か……? ティラノサウルスがさらに進化してしまうのか……!? (もはや翼はやしてドラゴンになっても驚かないかもw)
つまり狐火で仙樹や仙果を焼くと不純物のない炭になる(?)
これで自分の武器のために使い手が練気打ちするのがトレンドになるとまた気の流れが見える仙具の需要が大変な事に
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