二級仙具作刀依頼
例年、桐島家の正月は静かである。来客はなく、どこかへ出かけることも稀。三が日は二人、家で過ごすというのが大抵だった。
ここ数年はマシロら三匹が加わったが、彼女たちも家のなかで騒ぎまわるわけではない。農村らしく隣と家は距離があり、雪でも降ればまるで世界に取り残されたかのようになる。なお、世界と再び繋がるためには雪かきが必要だ。
そんな一月三日、この日珍しく桐島家の固定電話が鳴った。こたつでぬくぬくしているマシロたちに視線を向け、内心で「コイツら太ったな」と思いながら腰を上げる。そして電話の子機へ手を伸ばした。
電話をかけてきたのは、仁科刀剣の清嗣。これまでは俊を介しての連絡だったのだが、彼が直接電話をかけてきたことに颯谷は少し驚く。そしてこう尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「新年早々すまない。少し時間、いいかな?」
「はい、大丈夫ですけど」
「実はな、つい先ほど仕事の依頼を受けた。二級仙具の作刀だ」
「二級、ですか……」
颯谷はまた少なからず驚いた。二級仙具と言えば、異界由来の素材を人の手で加工した仙具のこと。素材となるのは主に破損した一級仙具などで、武器ではない金属製の一級仙具(例えば茶釜など)を鋳潰して使う場合もある。
異界由来の素材を使う関係上、二級仙具も数が少ない。それはつまり製作機会が少ないということでもある。であれば腕の良い刀鍛冶に頼みたいと思うのは当然の事。そういう意味では仁科刀剣にこの話が来たのは不思議ではない。
だがその話を颯谷にするのは一体どういうわけか。何となく察するところはあるものの、ひとまず彼は清嗣にこう尋ねた。
「それで、どうしてその話をオレに?」
「例のあのやり方で二級仙具を打ったらどうなるのか、ぜひ試してみたいと思ってな」
やっぱりか、と颯谷は思った。確かにそのことについては、彼としても興味はある。ただ即答は避けて、彼はさらにこう尋ねた。
「かなりまだ実験的な段階だと思うんですけど、依頼主の方はそれでもいいって言っているんですか?」
「いや、まだ話していない。まず颯谷に話して協力してもらえるとなったら、次に駿河さんに話をして了解を貰うつもりだ。依頼主に話をするのはそれからだな。だから駿河さんや依頼主の反応次第では、この話はなかったことになるかも知れん」
つまりまだ根回しの最中というわけだ。颯谷が少し考え込んでいると、清嗣はさらにこう説明を続けた。
「もちろん先方にはリスクがあることを説明する。初めての試みだからどうなるか分からん、ということはな。それを飲み込めないというのならこの話はナシだ。だから仮に二級仙具がダメになったとして、そのことで君がとやかく言われるようなことにはならない」
「分かりました。そういうことなら、やってみたいです。あのハンマーを持っていけば良いんですよね?」
「ああ、頼む。できるだけ条件は揃えたいのでな」
「了解です。……それにしても、どこからの仕事なんです? コレって」
「悪いがそれは言えん。守秘義務があるわけではないが、口が軽いと信用問題になるのでな」
清嗣は苦笑気味にそう答えた。高価な商品を扱っている以上、腕だけでなく信用も必要なのだ。一般論としても、顧客情報をペラペラ喋る事業主に大切な仕事を任せたいとは思わないだろう。そして彼は「話が決まったらまた連絡する」と言って電話を切った。
清嗣から再び電話が来たのはその二日後。彼は「話がまとまって、例の方法で二級仙具を作製することになった」と言った。
颯谷は一つ頷き、それから仕事内容の説明を聞き、また実際に作業を行う日取りを決める。具体的な話が決まってから、颯谷はふと疑問に思ったことをこう尋ねた。
「依頼主さんにも、例の方法のことを説明したんですか?」
「いや、していない。そこに関しては駿河さんの許可が出なかった」
「え、じゃあ、どうやって依頼主さんに説明したんですか?」
「試作品の短刀を持って行ってな。『コレを作ったのと同じ方法だ』と説明した。……ああ、試作品を見せるのは許可をもらったぞ」
持って行った試作短刀は全部で四本。つまり天鋼製だけでなく、玉鋼製の試作短刀も持って行ったわけだ。これにより偶然ではなく再現性のある方法であり、また素材を選ばない可能性が高いことを示したのである。これが決め手となり、依頼主も「よし、やってみよう」と腹を決めたのだという。
「期待、してますよねぇ……」
「まあ、それはそうだろうな」
依頼主の側としては、当然ながらより氣の通りの良い二級仙具が出来上がることを期待しているに違いない。颯谷だって同じ立場なら同じように期待するだろう。だからその気持ちはよく理解できる。だが今回、彼は作る側。期待をひしひしと感じて、彼は緊張する。それを感じ取ったのか、清嗣は彼にこう声をかけた。
「なに、君の名前は出していないからな。気楽にとは言わないが、実験の時と同じようにやってくれれば大丈夫だ」
「はい、頑張ります」
「うむ。ではよろしく頼む」
清嗣は最後にそう言って電話を切った。実際に作業を行うことになったその日はまだ冬休みの最中で、颯谷は玄道の軽トラで送ってもらい朝から仁科仙具へ向かう。ちなみに剛はまだ何かと忙しいとかで、残念ながら今回は不参加である。二人が到着すると、俊に出迎えられ、そしてすぐに工房に入った。
工房ではすでに炉に火が入っていた。虹石はまだ入れていないようだが、炉の熱気で室内の温度が上がっている。清嗣はまだ何かの作業をしていて、その間に宏由が改めて今回の仕事について颯谷に説明した。
「今回作るのは刃渡りが二尺六寸の太刀になります。短刀と比べるとかなり大きくなりますが、颯谷君のやることは変わりません。金床の真ん中目掛けて大槌を振り下ろしてください」
「はい。分かりました」
「ただ大きい分、叩く回数も多くなる。その辺は……、まあ大丈夫か」
颯谷の膨大な氣の量を思い出し、宏由は苦笑しながらそう言った。ハンマーを振り上げ振り下ろすには内氣功を使うし、打ちながら込める分の氣もいる。だが颯谷なら氣が足りなくなることはない。
清嗣の作業はまだ続いている。颯谷は上着を脱いで動きやすい格好になり、汗除けのために頭にタオルを巻いた。炉で火が燃えているとはいえ、季節は真冬。薄着になるとさすがに寒かったが、そこは温身法と外纏法で何とかする。そうやって自分の出番が来るのを待ちながら、颯谷は宏由にふとこう尋ねた。
「こんなふうに新年早々に仕事が舞い込むことって、良くあるんですか?」
「毎年というわけじゃないけど、まあ何度かね。ほら、関係者がみんな集まってくれた方が、調整はしやすいから」
「調整……?」
なんだか似つかわしくない単語が出てきた気がして、颯谷は首をかしげた。そんな彼を見て宏由は「ああ」と呟き、二級仙具が作成されるまでの舞台裏をこんなふうに説明してくれた。
「二級仙具と言えば、重要なのは素材だろ? だけど、今回で言えば太刀一本分の素材を一人が持っているっていうパターンは少ないんだ。一人で一本分持っていれば、さっさと頼んでしまうしね。じゃあどうするのかというと、武門や流門のなかで一本分に足りるように素材を集めることになる」
この時、例えばAさんとBさんが合わせて太刀一振り分の素材を持っているとする。二人で素材を出し合えば二級仙具の太刀を一振り作れるが、ではその太刀をどちらの物にするのかは話し合わなければならない。場合によっては同じ武門のCさんが使う、なんてこともある。
ともかくそういう諸々を決めるために調整が必要なのだ。ただそういう調整は非常に面倒くさい。素材の所有権だけなら話は簡単なのだが、過去の貸し借りや前回の順番、現在現役かどうかなど、様々な要素が関係してくる。「複雑怪奇なパズルだよ」と宏由は例えた。そしてそのパズルを解くのも当主の役割だったりするのだが、まあそれはそれとして。
「新年の挨拶で関係者が顔を揃えれば、自然とそういう話になるからね。そういう意味では新年早々というのは、ない話じゃないかな」
「すんなり決まるもんなんですか?」
「はっはっは。すんなり決まるなら新年まで持ち越しになんてならないよ。今回の仕事だって、壮絶な百人一首対決でようやく決まったって話だし」
「百人一首……?」
「まあほら、決まらないからと言って殴り合いをするわけにもいかないし。ちょうど新年だしお正月らしくってことらしいよ」
「はあ、分かるような、分からないような……」
颯谷は困惑気味に首を傾げた。殴り合いをするわけにもいかないというのは確かにその通りだろう。能力者同士なのだ。下手をしたら怪我ではすまない。しかしだからと言って百人一首というのは、どうなのだろう。
(いやまあ、平和的であることに間違いはないけど……)
武門の風習というのは時としてちょっと理解しがたい。ただまあそれはそれとして、颯谷は率直な感想をこう呟いた。
「盛り上がったでしょうねぇ」
「盛り上がっただろうねぇ」
「もしかしてそれが目的だったのでは?」と颯谷は思ったが、「いや、さすがにまさかね」と思い直す。ただ、ちょっと見てみたかったのは秘密である。
さて颯谷と宏由がそんな話をしていると、ようやく清嗣の準備が終わった。彼に声をかけられ、颯谷は「うす」と返事をしてハンマーを握る。そして内氣功を滾らせた。
それを見て、清嗣が真っ赤に熱した地金を炉から火ばさみで取り出して金床の上に置く。颯谷はそこへ振り上げたハンマーを勢いよく振り下ろした。そしてインパクトの瞬間に氣を叩き込む。彼はそのまま、何度もハンマーを地金に打ち付け、その度に氣を叩き込んだ。
カンッ、カンッ、カンッ、と小気味良い金属音が軽快に響く。清嗣が時折調整しながら作業は進んだ。確かに短刀よりも時間がかかる。颯谷は集中力を切らさないようにしながらハンマーを振るい続けた。
足を踏ん張って下半身を安定させ、重心と背中の筋肉を意識しながらハンマーを真っ直ぐに振り下ろす。手応えとしては、天鋼よりも氣を多く吸っている、ような気がする。この辺りはやはり素材の差なのだろうか。余計なことを考えそうになるのを、颯谷は小さく顔をしかめてハンマーを振るうことに集中した。
だんだんと刀の形が出来上がってくる。反りは少し強めだろうか。事前に要望を受けているのだろう。どんな形に仕上げるのかはすべて清嗣の意のまま。颯谷にはなぜそうなるのかさっぱり分からない。ある種、魔法のようにさえ思えた。
「よし。これで良いだろう」
颯谷の背中がじっとりと汗に濡れてきたころ、清嗣はそう言って作業を終えた。颯谷は「ふう」と息を吐き、頭に巻いていたタオルで身体の汗をぬぐう。清嗣と宏由がさらなる作業と後始末をしている間に着替えを済ませた。
工房での作業がすべて終わると、五人は母屋で一服した。コーヒーを飲みながらブッセを食べる。肉体労働をしたあとのスイーツは格別だった。そしてコーヒーを飲み干したタイミングで、清嗣が真剣な顔をしながらこう切り出した。
「さて颯谷君。今回の報酬だが」
「報酬?」
「ああ。今回のは、実験的な側面があるとはいえ、歴とした仕事だからな。我々も報酬を貰うし、手伝わせておいて君だけ無報酬というわけにはいかん。100万でどうかと考えているのだが、どうだろうか?」
「100万……」
やや唖然とした声でそう呟いたのは、颯谷ではなく俊だった。一般的な高校生である彼にとって、100万円は目ん玉が飛び出るほどの大金なのだろう。一方、颯谷は少し難しげな顔をして何かを考え込んでいる。とはいえ金額に不満があるわけではない。彼はおもむろに口を開くとこう言った。
「……お金は、結構です。代わりに、オレの依頼を引き受けてくれませんか?」
「依頼、というと?」
「オレの、自分用の刀を打ちたいんです。手伝ってください」
某武門の百人一首大会、当主の挨拶
当主「氣功能力は使用禁止です」




