表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/205

会談1


 仁科刀剣で清嗣や剛らと検討会を開いたその日の夜。颯谷は早速一級品の太刀と二級相当の仙樹刀を持ち出し、それぞれの氣の流れ具合を確認した。その際に意識するのは「ライン」。それは氣が通る動線であり、清嗣の言葉を借りるなら「回路」である。そういうモノを意識しながら、颯谷はそれらの仙具をじっくりと観察した。そしてこう呟く。


「なるほど……。確かにラインが太いな……。色合いも濃い……」


 よりラインが太くて淀みなく、視認できる色合いが濃いのは、言うまでもなく一級仙具たる阿修羅武者がドロップした太刀。これはもう本当に最上級の仙具と言ってよい。サイズが合わなくて使い勝手が良くないのが心底惜しまれた。


 他方、仙樹刀だが、こちらは一級仙具の太刀に一歩か二歩劣る。だが三級仙具と比べればはるかに良い。ラインの淀みは少なく、色合いもそこそこ。これが人工的に量産できて、かつ実戦でも役に立つなら、そりゃ売れるだろうな、と颯谷は納得した。


 確認したことを簡潔にまとめ、それをメッセージアプリで剛と清嗣(俊)に送る。メッセージの送信を終えると、しかし颯谷は達成感よりも物足りなさを感じた。


 今検証したことと言えば、ただ当たり前のことを確認しただけ。もちろん別視点からの確認には意味がある。だが新鮮な驚きはない。


(そもそも……)


 そもそも一連の実験と検証からして、颯谷は物足りなさを感じている。一連の実験と検証は「三級仙具の氣の通り具合を改善する」という目的で始まった。そしてその目的はある程度達成されたと言ってよい。


 燃料に虹石を使い、一級仙具のハンマーを使って氣を込めながら鍛える事で、三級仙具の氣の通り具合は確かに改善された。目視でもそれは確認されている。これは今までになかった成果だ。剛も清嗣も喜んでいた。


 また清嗣が最後に行った実験、「玉鋼を虹石で加熱し、一級仙具のハンマーを使って打った短刀」だが、こちらはなんと仙具であることが確認された。ただしその性能は端的に言ってお粗末だ。三級にも及ばない、いわば四級仙具と言うべきモノだったのである。


『ふぅむ……、実に興味深い……』


 しかし剛の受け止めは思いのほか好意的だった。玉鋼という、天鋼と比べていわばランクの劣る素材を使ってもこういう結果が出たのである。つまり「虹石で加熱し、一級仙具のハンマーを使って鍛える」という手法は、天鋼にだけ有効というわけではないのだ。そのことを証明しただけでも、この実験結果のインパクトは大きいと言ってよい。


 そしてそうであるならば。「二級仙具をこの手法で作ったらどうなるのか?」という命題への期待は否応なく高まる。実際、剛の興味はすでにそちらへ移っているようだった。一級仙具のハンマーも「探してみるがなかったら貸してくれ」と言われている。清嗣も同様で、二級仙具の作成を請け負えないかと考えているようだった。


 颯谷としても興味はある。いや、関われるならぜひ関わりたいと思っている。ただそれはそれとして、彼としてはやはり物足りない。何となく不完全燃焼な感じだ。そもそも一連の実験と検証は、三級仙具の性能向上を目的としていたのではなかったのか。それがいつの間にか二級仙具の作成へと比重が移ってしまっている。


(まあ確かに一定の成果は出たし、「じゃあ次の段階へ」っていうのは分からなくもないけど……)


 しかしその「一定の成果」というのが、ちょっとしょぼ過ぎやしないかと颯谷は思うのだ。確かに氣の通り具合は改善したが、それでも依然として三級の範囲内。いわば超三級とでも言うべきレベルには至っていない。もともとはそこを目指していたのではなかったのか。


 もちろん剛や清嗣の方針というか考え方に文句をつけるつもりはない。「超三級」なんて単語を作ってはみたが、それだってどうせ二級には及ばないのだ。だったらより質の高い武器を作る方へシフトしていくのは当然のことだろう。


 だがあえて言おう。颯谷は個人的な興味でこの実験に加わった。そして彼の個人的な興味というのは、まだ超三級に向いている。いやこれまでの実験を経て目標がはっきりしたというべきか。颯谷は超三級の仙具を作ってみたいのだ。


「ただ、まあ……」


 ただまあ、そのために何をどうすれば良いのかなんてさっぱり分からないのだが。颯谷は苦笑しながら「困った、困った」と呟き、天井を見上げるのだった。



 § § §



「……、失礼しました」


 颯谷からのメッセージに短く返信すると、剛は向かいに座る隻腕の男に小さく頭を下げてスマホをローテーブルの隅に置いた。ここはとある料亭の一室。そこで剛はさらに二人の能力者と盃を交わしていた。


 一人は楢木十三。この東北地方の能力者の代表格と言ってよい人物である。もう一人は千賀茂信。颯谷が通う千賀道場の師範で、剛は彼に頼んでこの席をセッティングしてもらったのだ。


「……せっかくこうして直接お会いしたのですから、お伺いしたいことは色々とあるのですが、ともかく酔いが回る前に本題を。例の件、ご協力いただけるということでよろしいでしょうか?」


「そのつもりです」


 十三は剛にそう答えた。とはいえ彼の視線はまだ鋭い。そして彼はこう続けた。


「その代わり……」


「ええ、承知しています。一トンにつき二十セット、いえ五十キロにつき一式を一セットで優先枠を設けます。それでいかがでしょうか?」


「結構です。では、よろしくお願いいたす、駿河殿」


「こちらこそよろしくお願いいたします、楢木殿」


 剛と十三は笑顔で握手を交わした。こじれるとは思っていなかったが、それでも話が上手くまとまって茂信も表情が緩む。ともかく肩の荷が下りた思いだった。


 事の発端はやはり仙甲シリーズである。駿河仙具が売り出したこの防具シリーズは、岩手県南部異界の征伐を経て、東北の能力者たちの間でいま大きな話題になっていた。特に征伐隊に加わった者たちはひときわ強い興味を持っている。


 ただ手に入れようにも、現在駿河仙具では新規の受付を停止している。すでに注文が殺到しているからだ。しかしながら優れた防具は生存率アップに直結する。能力者たちからすれば、簡単に諦められるモノではない。


 仙甲シリーズが欲しい、という声は十三のもとにも多く集まった。彼は顔が広いし、剛とも面識がある。よって彼のもとに要望が集まったのは、ある意味必然と言ってよい。


 だが面識があるとはいえ十三と剛は、そして楢木家と駿河家も、決して付き合いが深いわけではない。それで彼は間に幾人か挟むことにした。


『何とかならないか?』


『そう言われましても……。颯谷に話してみることはできますが、それで融通が利くかはなんとも……』


 十三がまず話をしたのは茂信だった。とはいえ彼も茂信がこの話をどうこうできるとは思っていない。十三の本命は桐島颯谷。彼が駿河仙具の大株主であることは、すでに十三も聞き及んでいる。大株主の口利きがあれば、ある種の優先枠を設けてもらうことも可能だろう。そう考えたのだ。


 十三のそういう思惑は茂信も分かる。ただ本当にそれで現物モノが回って来るのか、茂信は実のところ少々懐疑的だった。確かに大株主の口利きは有効だろう。だが東北地方は異界征伐を終えたばかり。必要性は逼迫していない、と判断されるのではないか。何より他の地域の能力者たちはどう思うだろう。


 それこそ次に異界が現れ、しかし仙甲シリーズの供給が間に合わなかった地域の能力者たちは。負傷して引退を余儀なくされた能力者は。何より死亡してしまった能力者の家族は。どう思うだろうか。


『十三さん。下手をすると東北は日本中の能力者から恨まれかねませんよ』


『うぅむ……、そういう懸念もある、か……』


 茂信の指摘を受け、十三も難しい顔をした。氣功能力者というのは元来、地元に根付いている。だから他の地域の能力者からどう思われようとも、それは大したことではない。そう本来なら。


 だが前任の国防大臣を辞任させた例の一件で、十三は旗振り役の一人として全国の能力者に協力をお願いした側である。それなのに今回は自分たちの利益を優先するというのは、少々筋が通らない。


 そんなことをすれば他の地域の能力者たちは面白くないだろうし、せっかく例の件で強まった横の連携が断絶しかねない。そうなった場合、将来的に困るのは東北地方の能力者たちだ。


『今回は諦めるのもやむなし、か』


 十三と茂信がそう考えた矢先、当の剛から茂信へ連絡があった。その内容は思ってもみなかったもので、しかし言われてみれば納得できるものだった。


『仙樹の回収に、ぜひご協力いただきたいのです』


 その話を聞いた時、茂信は驚くと同時に納得した。新規の受付を停止したのは想定以上の申し込みがあったから。それは間違いないだろう。ただその注文に応えるためには、その分の原材料が必要になる。つまり仙樹だ。


(受付停止の裏には、原材料の不足もあるのかも知れんな……)


 そう考えつつ、茂信は剛の要望を快諾。ただし自分が中心になって動くのではなく、そのまま十三に話を投げた。仙樹の伐採と回収それ自体は、東北地方の材木業者なり林業従事者なりが請け負うだろう。だが仙樹をそれと確定させるには能力者の協力がいる。そのあたりの調整は十三にやってもらった方がよいと思ったのだ。


(それに、ウチの連中はもう持っているからな……)


 千賀道場の門下生たちは、それこそ颯谷の伝手ですでに仙甲シリーズを入手している。今回この件に協力する能力者たちは、協力と引き換えに「購入権」を得るわけだから、すでに持っている者たちまでそこへ割り込めば顰蹙を買うに違いない。それで茂信としては話だけ通して、あとは剛と十三の間でやり取りしてもらうつもりだった。


(そもそも……)


 そもそも十三も剛も特権持ちで、さらに有力武門の当主でもある。一方で茂信は中小流門の師範に過ぎない。そんな自分があの二人の間に入るのは少々、いやだいぶ荷が重いのだ。身の丈に合わない話はさっさと適任者に投げてしまいたかった。


 幸い、十三もすぐに了解してくれたので、あとは二人の顔合わせだけをすればよい。一応颯谷にも話をしたのだが、彼は「はあ、分かりました」というだけで関わろうとはしなかった。まあ実際彼の出る幕はないわけだが、それでも茂信は何となく釈然としないものを感じてしまうのだった。


 剛から予定を聞き、近く東北へ来るというので、それに合わせて茂信は十三と彼の顔合わせの席をセッティングした。料亭自体はたまに使う店なのだが、やはりこの二人と一緒に座ると、茂信としては自分が場違いに思えてならない。


 颯谷が入門してきたときには、こんなことになるとは思いもしなかった。あの少年はまるで台風のよう。関わった者たちはすべからく振り回されるのだ。そういう視点で見れば剛も十三も振り回される側で、そう考えたとき茂信は二人に同情じみた感情を抱いてしまうのだった。


(桐島颯谷被害者の会でも設立するべきかな、これは……)


 茂信が内心でそんな冗談を呟いている間に、剛と十三は二人で話を詰めていく。そして話がまとまると、二人は満足げに頷いた。それを見て茂信はお銚子を手に取り、二人のお猪口に日本酒を注ぐ。彼らはそれを同時に飲み干した。


「良いお酒だ。これは地元の?」


「ええ。この店は地元の食材とお酒を売りにしていますから」


 お酒を褒めた剛に、茂信はそう答える。それを皮切りにして、三人はそれぞれ料理に箸を伸ばし始めた。ちなみにお酒は手酌だ。メインの案件がすでに片付いたとあって、三人の雰囲気は和やかだった。


「ところで駿河殿は今日どうしてこちらへ? 千賀殿からは別に用事があったようだと聞いていますが」


「駿河仙具の別件です。詳しいことは、まあ社外秘ということで」


「その件には桐島君も関わっているのですかな?」


 十三がそう問いかけても、剛は莞爾と微笑むだけで答えなかった。とはいえ茂信は彼の言う別件にも颯谷が関わっていることを直感する。十三もそうなのだろう。彼は「なるほど」と言ってそれ以上の追及はしなかった。


(カマをかけてみるか……?)


 そう考え、しかし茂信は内心で首を横に振った。颯谷はまだ子供だ。聞けばアレコレと答えてくれるだろう。だが剛が駿河仙具の会長として動いている以上、これはお金の絡むビジネスの話。あまり不義理な真似はしない方が良いだろう。


(気にはなるが……)


 ある程度形になれば、自然と表に出てくるだろう。ビジネスとはそういうものだ。その時を待てばよい。何より下手に触ればまた振り回されることになりかねない。「慎むべし、慎むべし」と茂信は内心で呟いた。


茂信「ちなみに会長は岩城浩司氏で。こんな面倒事まで背負いきれん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「氣の流れ方についてのあれこれ」でやってたのを、鍛造じゃなく鋳造しながらやれば良いようにも思えますね。 金属が既に固まってしまっているから矯正してもよどんだ状態に戻ってしまうと仮定して、固まる前に矯正…
仙樹の氣を通す回路は仙樹をファイバーにして予めファイバーが通る様に穴開けるか仙樹を板にし溝を掘って重ねて虹石を楔に打ち込めば一級とは言わずに2級くらいにはなりそうよね もしくは仙樹式カートリッジにし嵌…
異界化した地から採集した砂鉄でたたら製鉄したら仙具の材料になる玉鋼になったりしないだろうか? また仙樹刀の表面に入れた模様で気が流れ易くなったように、最後の焼き入れするときに塗る焼き刃土で付ける波紋に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ