成果
「……っていう感じですね」
千賀道場で茂信らの話を聞いた、その日の夜。颯谷はスマホで剛に電話をかけていた。用件は主に二つ。彼はまずそのうちの一つである、仙甲シリーズについての改善案やら提案やらをかいつまんで剛に話した。
「そういう意見は大変ありがたい。ありがたい、んだが……」
「ああ、やっぱり忙しい感じですか?」
「うむ。忙しいな」
剛ははっきりとそう答えた。彼が言うように駿河仙具は現在非常に忙しい。現在すでに注文ロットが生産能力に対して十年分、と言えばその忙しさが伝わるだろうか。こうなってしまった要因は、一言で言えば需要を読み違えたからである。
仙甲シリーズとは防具としての仙具だ。加えて非常に高額である。つまり買うのはほぼ能力者に限られると言ってよい。よって需要はそれほど多くないと見込んでいたのだ。その一方で買い替えのサイクルは早いだろうから、そちらに対応することでコンスタントに稼ぐ、というのが大まかな方針だったわけである。
しかしながら実際には想定を大きく超える注文が入った。なぜか。異界は日本だけに現れるわけではない。要するに、海外からの注文が多かったのである。別の言い方をするなら、分母の想定を間違えたわけだ。
「待たせとく、ってわけにはいかないんですか?」
「十年も、か? さすがにそれじゃあ相手がキレるだろ」
「そりゃまあ、確かに」
「それに色々としがらみはあるからなぁ。フランス軍とか国防軍とか、どうしても配慮せざるを得ない相手ってのはいる」
「なるほど」
「そのうち模倣品は出るだろうと思っているんだが、何にしても今のままでは生産能力が足らんからな。新たに工場を建てるか、もしくは買うかという話になっている。あとは仙樹の調達だな。原材料がなければどうにもならん」
その他にも例えば特許関係の話であったり銃弾のプロジェクトであったりと、駿河仙具は非常に多忙だった。とはいえそれはそれ、これはこれ。いずれ登場するであろう模倣品や類似商品に対抗するためにも、現場からのフィードバックは非常に重要である。それで剛はさらにこう言った。
「まあ、そういうアレコレはコッチで何とかする。レポートはぜひ送ってくれ」
「大丈夫なんですか?」
「うむ、数馬君は優秀だ。問題ない」
「なら大丈夫ですね」
やや芝居がかった口調で剛と颯谷はそう語り合い、そしてわざとらしく笑った。ひとしきり笑ってから、颯谷は思ったことをこう口にする。
「それにしても、仙具の防具って数が少ないんですねぇ。いえ、三級なら結構あるんでしょうけど」
「まあ三級ならな。だが正直な話、三級を使いたいか?」
「使いたくないです。かえってストレスが溜まってパフォーマンスが落ちそうです」
「だろう? そういうふうに考えるヤツは結構多いんだよ」
苦笑の滲む声で剛はそう答えた。そんなわけで三級の防具は需要が少ない。むしろ仙具ではないプロテクターを使用している者の方が多いくらいだ。
「一級や二級は数が少なくて、あったとしても不揃いってパターンが多いんでしたっけ?」
「そうだな。それにどうしても武器優先なんだ。一級品であっても、防具は鋳潰して武器に仕立て直すってことが結構ある」
「それは……、仕方がないのかもしれませんね……」
少し考えながら、颯谷はそう答えた。「異界征伐のために武器と防具、どちらがより必要か?」と問われたら、それはきっと武器だろう。颯谷自身、一人で征伐したあの異界で、棒切れとはいえ武器を使っていた。そして武器がなければあの巨大な大鬼は倒せなかっただろう。それを思えば、武器を優先するのは納得できる。
とはいえ誰も「防具など不要」と考えているわけではない。そしてそんな中で登場したのが、二級相当の人工仙具「仙甲シリーズ」というわけだ。「そりゃ注文が殺到するわけだ」と颯谷は内心で呟いた。
「じゃあ、レポートは明日にでも郵送しときますね」
「ああ、頼んだ」
「それからタケさん。先週やった実験の話なんですけど、オレはまた週末に仁科刀剣に結果を見に行くんですけど、どうします?」
「できれば一緒に行きたいところだが、前日入りは難しそうだな……」
「じゃあ、午後からにしてもらいますか?」
「そうだな。そうしてもらえると助かる」
「了解です。連絡しときます。どこかで合流しますか?」
「いや、現地集合でいいだろう」
「分かりました。じゃあまた週末に」
そう言って颯谷は電話を終えた。次に開いたのはメッセージアプリで、俊に週末の予定に関してメッセージを送る。返信はすぐに来て、土曜日の午後に仁科刀剣で実験の結果を検証することになった。颯谷はそのメッセージに一つ頷いてから、今度は剛にメッセージを送るのだった。
そして約束の土曜日。午後の一時過ぎに颯谷は仁科刀剣へやってきた。彼に遅れることおよそ十分、剛も合流。メンバーが揃ったところで早速検証会が始まった。ローテーブルの上に並べられた短刀は全部で六本。虹石と一級仙具のハンマーを使って作った試作短刀が三本と、比較用に普通の天鋼製短刀が三本だ。清嗣に促され、颯谷と剛はそれぞれ手を伸ばした。
颯谷がまず手に持ったのは試作短刀。鯉口を切れば、刃は鋭く刃文は豪壮。颯谷は大きく頷いた。もっとも試作短刀の出来栄えが良いのは、ひとえに清嗣の腕前のおかげである。なにより、より重要なのは仙具としての性能だ。
颯谷はさっそく試作短刀に氣を流す。そして「おっ」という顔をした。少しだが氣の流れ具合が良い、気がする。彼がそれを口に出すと剛も同意し、またすでに確認済みの清嗣も大きく頷いた。
「三人が全員そう感じるってことは、多少なりとも改善されたのは確か、ってことですかね?」
「まあ待て、颯谷。結論は急ぐもんじゃない。まずは三本すべて確認してみよう」
剛にそう諫められ、颯谷は一つ頷いた。そして剛の言う通り、試作短刀をすべて確認してみる。そしてこう結論を出した。
「ほんの少しだけど、確かに氣の通りは改善されていますね」
「ああ。まだ三級の域を出るほどじゃない。だが確かに氣の通りは良くなっている」
「私もそのように感じました」
颯谷と剛が達した結論に、清嗣も大きく頷いて同意する。もちろんこの評価は三人の体感であり、言ってしまえば主観である。しかし三本の試作短刀について、三人全員が同じ評価を下したのだ。これはもうある程度の客観性を持っていると考えて良いだろう。
「虹石を使って天鋼を加熱し、一級品のハンマーで氣を叩き込みながら鍛えれば、三級仙具であっても質を上げることができる、か。これは大発見だな……!」
剛は興奮気味にそう話した。彼が評価しているのは、「この先、質の良い三級仙具が出回るようになる」ことではない。「質の良い三級仙具を作る方法が発見された」ことだ。この二つは似ているようで全く異なる。
(つまり同じ方法でやれば、質の良い二級仙具を作ることができるかもしれない、ということだろう……?)
そんなの、試してみたいに決まっている。剛の頭の中では急速にプランが組み上がっていく。だが彼は小さく頭を振ってクールダウン。現状、駿河仙具関連でやることが多すぎる。それに今やっているのは試作短刀の検証だ。まずはそちらに集中しようと思い、彼は懐からモノクルの仙具を取り出した。
それを見て颯谷も妖狐の眼帯を取り出す。試作短刀について、どうやら氣の流れが改善されているらしいということは分かった。では「氣の流れが改善された」とは具体的にどういう状態の事なのか。またどういう状態にすれば氣の流れは改善されるのか。そこの知見を積み上げる必要がある。そうでなければ、結局は経験則と勘だけが頼りになってしまうからだ。
(それはそれで良いのかもしれないけど)
しかしそれだけでは、結局のところ一部の刀鍛冶による職人芸になってしまう。仁科刀剣としてはそれでも良いのかもしれない。またどういう形であれ三級仙具の質が上がるなら、それが能力者社会の利益に繋がることは間違いないだろう。
しかし剛は駿河仙具の人間だし、颯谷もその大株主である。駿河仙具が本格的に動き始めたからには、この実験で得た知見をそちらへフィードバックできることが望ましい。そしてそのためにはロジックが明快であるほうが良い。そのほうが応用がきくからだ。数馬の仕事がまた増えるかもしれないが、それはそれである。
(まあ、そうすぐに全部を説明できるようになんてならないだろうけど……)
そうだとしても、分かっていることが多いに越したことはない。そんなことを考えながら、颯谷は妖狐の眼帯を装着した。そして試作短刀の氣の流れを可視化して確認する。
「……淀みの渦みたいなのは、やっぱり細かくなってますね。あとは、氣を流したときの色合いも濃くなっている感じに視えます」
「うむ。私もそう視えるな」
颯谷の言葉に剛も同意する。その後、清嗣もモノクルを借りて確認したが、やはり同じだという。
「なんていうか……、予想通りではありますね」
颯谷の言葉に剛と清嗣、それに宏由と俊も頷く。一級仙具のハンマーを用いて作刀した場合には、氣を流した際の色合いが濃くなった。燃料に虹石を使った場合は、淀みの渦が細かくなった。今回はその両方を一緒にやったのだから、両方の結果が出た。至極当然の結果と言ってよい。
だがどちらか一方だけでは、「氣の流れが良くなる」という結果は出なかった。両方やってはじめてその結果が出たのだ。ではその差は一体何であろうか。いや「淀みの渦が細かくなり、氣を流した際の色合いが濃くなる」と「氣の流れが良くなる」のは、一体どのような理屈によるものなのか。
颯谷と剛と清嗣、それに宏由と俊もあれこれと意見を出して幾つか仮説を立てる。ただどれもしっくりこない。今までに試作した短刀も持ち出し、改めて氣の流れ具合を確認するが、その先の閃きにはなかなかつながらない。颯谷が「こりゃ宿題かな」と思い始めたその時、一本の短刀をモノクルで視ていた剛がこう呟いた。
「こうして視てみると……」
「タケさん?」
「いや、こうして視てみると、ライン? は繋がっているんだな、と思ってな」
「ライン……? タケさん、それ見せてもらっていいですか?」
剛が「うむ」と答えて短刀を颯谷に手渡す。剛が視ていたのは、燃料に虹石を使った短刀である。氣の流れ具合に変化はなかったが、淀みのような渦は細かくなっていた。代わりに数が多くなっているので、それが流れ具合が改善されない原因なのだろうと思われている。
その短刀を、颯谷も妖狐の眼帯を使って改めて観察する。「ライン」というくらいだから、何か線的なモノが見えたのだろう。それを意識して見てみると、なるほど確かに下から上まで、氣の流れの動線的なモノを見分けられる。これがいわゆる「ライン」なのだろう。
颯谷が次に手に取ったのは普通の天鋼製の短刀。この場合、ラインは先ほどと比べて大きく蛇行している。一級仙具のハンマーを用いた場合、ラインは同様に蛇行しているが、ラインの色合いが濃い。そして最新の試作短刀のラインは、比較的真っ直ぐで色合いが濃くなっている。
(色合いがより濃い、っていうのは……)
「色合いがより濃い」というのは、「込められた氣の量がより多い」ということだと、今のところは考えられている。また「ラインが比較的真っ直ぐ」というのは、たぶん「それだけ動線上の淀みが少ない」ということなのだろう。ここから導き出される仮説は……。
「『より淀みの少ないラインにより多くの氣を流せる』ってことか……?」
呟くようにして口にしたその仮説を、颯谷はまとめながら他の四人に説明する。それを聞いていた剛と清嗣は真剣な顔で、宏由と俊はやや曖昧な顔で頷く。そして颯谷の説明が終わると、剛が彼の話をまとめてこう言った。
「なるほど……。つまり流しやすいラインにより多くの氣を流せるようになった、それによって氣の流れ具合が改善された、というわけだな」
「言ってみれば、回路だな。真っ直ぐで、より容量の大きい回路。それこそが良い仙具、ということか……」
「いや、仮説ですってば」
颯谷は一応そう予防線を張った。ただ十中八九そうなのだろうとは思っている。帰ったらそういう視点で仙樹刀(二級相当)と一級仙具の太刀を見比べてみよう。それで仮説の確度は上がるはずだ。なお、その結果については剛と清嗣(俊)にもメッセージで伝えることになった。
数馬「ひぇ……」




