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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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岩手県南部異界征伐に関して2


「ところで今回はコアだったんですか、それともヌシだったんですか?」


「ヌシだな」


 颯谷の質問に茂信は短くそう答えた。それを聞いて「ヌシか……」という呟きが門下生たちの間から漏れる。仮に異界がコアタイプの場合、コアさえ破壊してしまえば守護者ガーディアンの討伐は容易になる。しかしヌシの場合、ヌシを倒さなければ異界は消滅しない。つまりヌシとガチンコの殴り合いをしなければならないのだ。


「ヌシはどんなモンスターだったんだ? やっぱり超巨大な四眼狼か?」


「いや、狼男だった。身長は二メートルくらいだな」


 狼男というのはちょっと予想外で、颯谷は目を丸くして驚いた。そして彼が驚いたのと同じように、ヌシの姿が判明したときには、征伐隊の隊員たちも一様に驚いた。なにしろ彼らは「ヌシにしろガーディアンにしろ、それは巨大な四眼狼であるはず」と考え、「フェンリル」という仮称まで使っていたのだ。


 それなのにドローンの望遠カメラがとらえた画像に映っていたのは、どう見ても二足歩行の狼ヘッド、つまり狼男。十三も「異界の考えてることは分からん」と頭を抱えたとか。何にしてもこれで当初考えていた戦術は見直さざるを得なくなった。


 とはいえこの情報が重要であることは言うまでもない。今回の異界で狼男というモンスターは明らかに異質だ。であればコイツがヌシでまず間違いないだろう。つまりコイツさえ倒してしまえば良いのだ。


 ただ厄介なことに、狼男にはお供がいた。超大型の四眼狼である。画像から推測するに、その体重はおよそ200kg。ライオンとほぼ同じサイズである。この超大型四眼狼を二体、狼男は引き連れていたのだ。


『当初想定していたフェンリルはもっと巨大だった。それよりはやりやすかろう』


 十三はそう言って隊員らの動揺を鎮めた。とはいえこれらのモンスターが難敵であることは間違いない。戦術の練り直しのためにもさらなる情報が求められたが、しかし情報の収集はあまりうまくいかなかった。接近したドローンはしかし狼男に叩き落されたのである。


『十三さん! 今度こそ威力偵察が必要なはずです!』


 ドローンによる情報収集がうまくいかなかったことで、若手の能力者たちは再び十三にそう提案した。しかし十三はそれを却下。その理由を彼はこう説明した。


『確実に相手の方が足が速い。ひとたび戦闘になれば、そこから撤退するには殿がいる。それではもう偵察ではない』


 殿を必要としない方法で偵察しようとすれば、双眼鏡などを使い距離を取って観察するしかない。だがそれならドローンで良い。そう言って十三は狼男と二体のお供に対しての強行偵察は行わなかった。


 とはいえ異界征伐のためには、ヌシとの戦闘を避けることはできない。だが今回は情報が少ない中での戦闘になる。そこで十三は最終兵器の投入を決断した。それは四眼狼というモンスターだからこそ用意したシロモノ。アンモニアである。


「ひどい、ひどすぎるっ!」


「人の心とかないんか!?」


「動物愛護法違反だろ、そりゃ」


「やかましい、勝てば官軍だ」


 ワイワイ囃し立てる門下生たちに、茂信もニヤニヤ笑いながらそう答える。一応説明しておくと、アンモニアは十三が国防軍に頼んで用意してもらったモノ。「仮に四眼狼が普通のオオカミと同じく優れた嗅覚を持っているなら役に立つかもしれない」と考えたのだ。


 ただこれまでは基本的に防戦。つまり密集して戦うことが多く、また拠点も近かったために、アンモニアなどという強烈な刺激臭のするモノを使うことはなかった。だが最後の最後で出番が回ってきたわけである。


『よし、やれ』


 無線で十三がそう指示を出す。「了解」という返事があり、その直後にアンモニアの入った缶がドローンから投下された。狼男が跳躍しても届かないほどの高さからであり、そのため風の影響などで狙った通りの場所には落ちなかった。だがそれも誤差の範囲内である。


『『『ギョワァァアアアアア!!?』』』


 缶が地面に落ちると、直ちにアンモニアが周囲に散布される。ソイツを思いっきり嗅いでしまい、三体のモンスターはのたうち回った。それぞれがバラバラの方向へ転がり、アンモニアの刺激臭から逃れようとする。そして三体のモンスターが分散したところで、十三は号令を下した。


『突撃!』


 その号令を受けてヌシ討伐のための決死隊は勢いよく飛び出す。十三はあらかじめ隊を三つに分けていた。三体のモンスターそれぞれを分断して討伐するためである。十三が率いるのは当然ながら狼男を叩くための分隊。彼は内氣功を滾らせながらその先頭を征く。


 自分がこの場にいることに、十三は何も思わないわけではない。彼は隻腕である。本来なら損耗扱いで引退していたはずの人間だ。現役を続けているのは指揮能力を当てにされてのことで、決して戦闘能力をかわれてのことではない。


 そんな自分が、よりにもよって対ヌシ戦に加わって良いものなのか。十三自身、そのことで悩んだ。そもそも彼自身、前線に出るつもりなどなかったのだ。だがそれでも彼はこうして先頭に立つことを決めた。その理由はヌシの情報があまりにも少なかったからである。


 言うまでもなくヌシは強い。そしてヌシを討伐しなければ征伐は成らない。つまり強いヌシとの戦いは避けられないわけだ。よってしっかりと準備してから臨むのがセオリーなのだが、今回はその準備が整っていない。要するに狼男の戦闘能力があまりにも未知数なのだ。


 いつもならヌシに対して威力偵察をする。だが今回、十三は威力偵察を許可しなかった。その判断が間違っていたとは思わない。しかしそのために、情報不足のまま狼男と戦わなければならなくなった。


(ならばその責任は取らねばなるまい……!)


 胸の中でそう呟きながら、十三は狼男へ一直線に駆ける。どのような結果になるにせよ、一当たりすれば情報は得られる。その結果彼が戦闘不能になったとしても、もともと戦力外だった男がくたばるだけだ。征伐には何の影響もない。


 さて、のたうち回っていた狼男も、突っ込んでくる人間たちにすぐに気付いた。彼らを睨みつけ、大きな咆哮を上げる。怒り狂っているのは、何割かはアンモニアのせいかもしれない。


『怯むなっ!』


 咆哮を真正面から浴びせられても、十三は速度を緩めなかった。アレはただの威嚇だ。恐れる理由など何もない。


 彼がまったく怯まなかったので、狼男は不機嫌そうに口元を歪めた。唾液で濡れた鋭い牙をのぞかせながら、狼男は膝を曲げて力を溜める。そして弾かれたように飛び出した。


 狼男は一歩ごとに加速した。十三と狼男の距離はぐんぐん縮まっていく。狼男の照準はすっかり彼に固定されている。そして十三自身、それをしっかりと分かっていた。


(チャンスは一度……!)


 得物を握る手に力がこもる。十三が持っているのは仙樹の枝。前回の征伐で一門の新人が持ち帰ったのを、ちょうど良いので譲ってもらったのだ。普段は杖として使っていて、今回の征伐中も杖として使っていた。


 その仙樹の杖に、十三は走りながらありったけの氣を込めている。そして狼男が嗜虐的な笑みを浮かべ、鋭い爪を揃えて突き出すべく最後の一歩を踏み込もうとしたまさにその瞬間、彼は仙樹の杖を大上段に振り上げ稲妻の如くに振り下ろした。


『獣風情がっ、臭いわっ!』


 放たれるのは伸閃、いや伸閃のような技。ともかく膨大な氣のかたまりが仙樹の杖から伸ばされて狼男へ叩きつけられた。間合いを見誤った狼男は咄嗟に頭の上で両腕を交差させてその攻撃を防御。十三はそのまま押しつぶさんとありったけの氣を叩きつけた。


『ギィ、ィィィ……!』


 頭上からの強烈な圧力に、狼男の膝が徐々に屈んでいく。やがて先に地面が抉れた。だが狼男はこの異界のヌシである。すなわちこの異界で最強のモンスターだ。狼男は雄叫びを上げて攻撃を押し返した。


 だがその力負けも十三は織り込み済み。彼の目的は最初から狼男の足を止める事だ。そしてそれは達成された。足を止めた狼男へさらに二人の能力者が仕掛け、それぞれが太ももに手傷を負わせた。そのうちの一方はかなり深い。


『グギャァアアア!?』


『逸るなっ、囲め!』


 先ほどの一撃で氣をほとんどすべて使い果たして片膝をついた十三は、仙樹の杖を支えにしながらそう指示を出す。分隊の能力者たちはそれに従って狼男を包囲する。狼男は牙をむいて唸り声を上げるが、囲まれる前に動いて仕掛けることはしなかった。


 ほんの数秒で包囲陣は完成した。四方のそれぞれで大盾を中心にした陣形を取り、狼男を逃がさないように囲んでいる。十三はその包囲陣には加わらず、少し離れたところから指揮を執った。


 十三は勝負を焦らなかった。腰を据え少しずつ、しかし着実に狼男へダメージを蓄積していく。狼男が攻撃しようとしても、大盾できっちり防ぐか、もしくは機先を制してそれを潰し、味方には損害を出さない。


 それができるのは、狼男の機動力を殺いであるからだ。そもそも囲んだとはいえそれは二次元的な包囲にすぎない。狼男の本来の脚力なら、跳躍して包囲陣から抜け出すことは簡単だっただろう。しかし最初の一手で、十三はそれを潰した。


 狼男の身体能力は人間の比ではないだろう。しかしその身体能力は人間と同じく二本の脚によって支えられている。土台が崩れてしまっては、能力を十全に発揮することはできない。狼男は思うように動けず、十三の指揮に翻弄され続けた。


 その戦いぶりはまるで詰将棋のようだった。ただ、今のところは十三らが有利だが、しかし一手でも間違えればたちまち盤面をひっくり返されかねない。十三は全神経を集中して指示を出し続けた。


『ギィィィ……! ガァルァアアア!!』


 狼男も指示を出しているのが十三で、まず彼を倒さないことにはこの戦況を打開できないと気付いたのだろう。強引に包囲陣を突破した。脚のダメージを無視して大きく跳躍したのだ。着地に失敗して転倒し、さらに起き上がろうとしたところへ攻撃を受け背中に深い傷を負ったが、それでも狼男は止まらない。十三目掛けて一直線に駆けた。


 十三もそれを迎え撃つ。氣は幾分回復している。彼は内氣功を滾らせた。大振りの一撃を回避し、続くもう一撃は仙樹の杖で受け流す。いや、受け流し切れない。なにより氣を通していたはずの杖がもたない。


『っち』


 十三の判断は早かった。彼はすぐに杖を手放す。そして杖が砕けるのを視界の端で捉えながら、彼は踏み込んで狼男の懐に入った。狙うのは伸びきった脇腹。地響きがするほどに強く踏み込み、彼はそこへ裂帛の気合と共に崩拳を叩き込んだ。


『破ぁっ!』


『ガァ!?』


 空気を吐き出しながら、狼男は踏ん張ることもできずに弾き飛ばされた。これがもし200kgクラスの四眼狼だったら、こうはならなかっただろう。狼男の最大の弱点はこの体重の軽さだったと言えるかもしれない。


 狼男は何とか受け身を取ったものの、そこで待ち構えていたのは無数の刃だった。多数の槍で突き刺され、狼男は戦闘が始まって以来最大のダメージを受ける。それでも狼男は立ち上がったが、すでに趨勢は決していた。その後まもなく、狼男は討伐されたのだった。


「十三さん、全然現役で通用するじゃん……」


 茂信からヌシ討伐戦の話を聞き終えると、颯谷は思わずそう呟いた。呆れるやら慄くやら。十三は今後指揮に専念すると聞いていたはずなのだが、それは聞き間違いだったのだろうか。まさか隻腕でヌシと殴り合いをするとは。颯谷は両腕があってもやりたくない。


 ただ十三がこれを聞いたら、彼は苦笑を浮かべるだろう。今回のヌシ戦、彼の戦い方はかなりピーキーだった。一撃で全ての氣を使い果たすような戦いをしている。「ほんの数秒拮抗できれば良い」という考え方で、そもそも一人で倒す気など始めから無いのだ。


 別の言い方をすれば、これは仲間の援護が前提の戦術。仲間のフォローが期待できないのなら、十三もこういう戦い方はしなかっただろう。まさに征伐隊という、戦闘集団だからこそできる戦術と言ってよい。


 しかしまあそうだとしても、十三がやったことは誰でもできるわけではない。全国を見渡しても、同じことができるのはほんの数名だろう。隻腕であっても相変わらず一流であることを、彼は疑いなく証明したのである。


 もっともそれは彼の引退がさらに遠のいたという意味でもあるのだが、それは言わぬが花だろう。


狼男「アンモニアは卑怯……!」

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アンモニアの他は胡椒爆弾、ブートジョロキア爆弾、人にも効くシュールストレミング
十三「崩拳からの連撃、そして双方向からのフルボッコ。これが『ホウ・レン・ソウ』だ。颯谷、見ているか?」 颯谷「えぇっ…」
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