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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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出資


 剛と木蓮が桐島家に宿泊した次の日。朝食を食べ終えると、剛と木蓮と颯谷の三人は車に乗って出発した。ちなみにこの車は剛が借りたレンタカー。さすがに静岡県から車で来たわけではないらしい。


 木蓮をマンションに送ってから、剛と颯谷の二人は仁科刀剣へ向かう。前回の実験の成果物を剛に見せ、それからまた新たな実験を行うのだ。実験に使う一級品のハンマーも車に積んである。その道すがら、颯谷はふと口を開いてこう言った。


「道場で仙甲シリーズのカタログを見せたときに先輩たちが言っていたんですけど……」


「ん? どうした」


「仙甲シリーズ、ああつまり仙樹由来のセルロースナノファイバーで何を作るかの本命は、たぶん銃弾なんだろうって。実際、そう言う話ってもう来てるんですか?」


 颯谷がそう尋ねると、剛はハンドルを握ったまま「ふむ」と呟いた。そしてさらにこう続ける。


「まあ、あるな。国防軍としてみれば当然の発想だろう。すでに作るべき弾頭の3Dデータももらっている。まだモノはできていないが、来月中には最初の納品ができるだろう」


「……大丈夫ですかね?」


「何がだ?」


「えっと、使い物になるのか、とか。使い物になったとして、コッチにはどんな影響があるのかな、とか」


「さあ、どうだろうな。氣を込めることができれば、それなりに使い道はあると思うが」


「なんか複雑ですよ。使い物にならないのは困るけど、こっちが用済みになるのはなんか癪だし」


「ははは。まあ気持ちは分かるな。だが能力者が完全に用済みになるなんてことは、ないと思うぞ」


「そうですか?」


「ああ。なぜならな、銃器が効かないモンスターが現れたらどうする?」


 剛にそう問われ、颯谷は咄嗟に答えられなかった。前提として、怪異モンスターというのは多種多様。新弾頭が画期的な力を発揮したとして、しかしすべてのモンスターに通用するとはだれも断言できない。


「ガーディアンやヌシの場合は、銃がきかない率は上がるだろう。またそもそも銃が効果的ではないモンスターが主体の異界、なんてのもあるかもしれない」


「まあ、そうですね……」


「曲がりなりにもこれまで銃器に頼らない征伐ってのをやってきて、それで結果を出しているんだ。その部分を不要だからと切り捨てるような真似は普通しない。むしろそこをベースにして、銃器という選択肢を増やすっていう方向に進むんだと思うぞ」


 剛の話を聞いていると、颯谷も「なるほど、確かにそうかも」と思えてくる。実際、実績のある手法をすぐに変えるなんてことはしないだろう。確実性が求められるオペレーションだからこそ、それなりにうまくいっている現在の手法を大きく転換することは容易ではないはずだ。


(それに……)


 それに能力者の育成というのは、一度途切れてしまったら取り返しがつかない。「銃器では倒せないモンスター」や「銃器が効果的ではない異界」が否定できない以上、柔軟性や即応力を維持するためにも現在のような能力者たちはやはり必要だ。


 そう思い、颯谷は後部座席で肩の力を抜いた。そんな彼の様子をバックミラーで見て、剛は小さく笑う。そして彼にこう尋ねた。


「しかしなんだ、颯谷は征伐オペレーションを軍が担うことには反対なのか?」


「う~ん、どうなんだろ……。特権が惜しいってわけじゃないですけど……。いきなり『用済みだ』って言われると思うとムカつくっていうか……」


「分からないわけじゃないな、そういう気持ちは。だとすれば、これは自尊心の問題なのかもしれん」


「自尊心、ですか?」


「ああ。颯谷も颯谷なりに、この仕事というか、征伐に貢献することに誇りを持っている、ということなんじゃないのか」


「そう、なん、です、かねぇ……」


 剛の言葉に颯谷は苦笑を浮かべながら首をかしげる。そんな彼の様子をバックミラー越しに見て、剛は口元に楽しげな笑みを浮かべるのだった。さてそうこうしている内に二人は仁科刀剣に到着。母屋の応接室に通され、颯谷はそこで仁科家の三人に剛を紹介した。


「えっと、駿河家の当主で、駿河仙具の会長でもある、駿河剛さんです」


「はじめまして。駿河剛です」


 剛がそう自己紹介すると、清嗣と宏由もそれぞれ名乗った。そして握手を交わす。挨拶を終えると、彼らはすぐに本題に入った。あらかじめローテーブルの上に並べられていた短刀を、剛は持参したモノクルの仙具を使って矯めつ眇めつ視る。一通り確認を終えると、剛は颯谷にこう言った。


「例の眼帯を貸してくれないか」


「良いですけど、どうしたんですか?」


「仙具の性能確認だな。同じように見えているのかを確認したい」


 そういうことなら颯谷も興味があるので、彼は妖狐の眼帯を剛に貸し出した。交換でモノクルを貸してもらう。そして颯谷も短刀の確認、いやこの場合はモノクルの確認を行った。その様子を清嗣がやや羨ましそうに見ていて、颯谷が確認を終えるとモノクルは彼の手に渡った。


「見え方に大差はない、いや同じだな」


 剛のその言葉に、颯谷と清嗣も頷いて同意する。氣の精密な可視化については、妖狐の眼帯とモノクルで大きな差はない。ほぼ同じように見える。それが三人の結論だ。これで少なくとも「使用する仙具が違うと話が食い違う」なんてことは起こらないと思って良さそうだ。


 さてそれから彼らは工房へ場所を移した。本日のメインイベントは実験であり、今回は「燃料に虹石を用いて加熱し、一級品のハンマーを使って加工する」という実験を行う。宏由は俊に手伝わせて炉の温度を上げていき、そこへ虹石を放り込んだ。


(コレが虹石か……)


 移し替えたモノなのか、はたまたそこへ入れてもらったのか、30kg用の米袋に入れられた虹石を颯谷は覗き込む。虹石はくすんだ白い色をしていた。一つ摘まみ上げ、目の前で左右に傾けてみると、その表面が虹色に輝く。この虹色こそが「虹石こうせき」の名前の由来である。


「タケさん。虹石って普通に買えるんですか?」


「ん? ああ、買えるぞ。石炭よりちょっと高いくらいだな」


「石炭も買えるモンなんですか……、知りませんでした」


「まあ、普段は滅多に使わんわな」


 そう言って剛は小さく肩をすくめた。ちなみに虹石は粉砕した上で水に溶かせば灯油の代わりに、アルコール系の溶剤に溶かせばガソリンや軽油の代わりになる。よって虹石が普通に買えるということは、一般人が灯油やガソリンの代替品を作れてしまうということになる。ただ細かく粉砕する技術的なハードルが高いということで実際に行われることはほぼない。そのための機材を揃えるくらいなら、本物の灯油やガソリンを買った方が簡単だし安上がりなのだ。


 まあそれはそれとして。以前、清嗣らが燃料に虹石を用いる実験を行った時、完成した短刀の氣の通り具合は普通の三級仙具と大差なかった。だが妖狐の眼帯を使って氣の流れる様子を確認したところ、通り具合の悪さの原因であると思われる渦のような淀みが小さくなり、その代わり数が増えるという変化が起こっていたのだ。


 その変化には一体どういう意味があるのか。それを考察するための今日の実験なわけだが、準備を見守る颯谷は少し別のことを考えていた。燃料に虹石を使うことで変化が起こったということは、「虹石を使ったことで何か氣功的な干渉が起こった」と言える。つまり虹石は氣功的なエネルギーを内包している、のではないか。


 その仮説を確かめるため、颯谷は目元に妖狐の眼帯を装着した。そして虹石を目の高さに持ち上げて注意深く観察する。するとその内部に氣功的なエネルギーが確かに存在している様子が確認できた。


 さらに彼は今まさに虹石が燃えている炉のほうへ視線を向ける。すると炉の中にはその氣功的なエネルギーが荒れ狂いながら充満していた。その様子を見て颯谷は思わず感嘆の声を漏らした。


「おお……」


「颯谷? どうした」


 そう尋ねた剛に、颯谷はモノクルを使って炉を視てみるように勧める。剛は少し首を傾げつつも言われた通りにモノクルを装着し、そして颯谷と同じように感嘆の声を上げた。清嗣にもモノクルを渡すと、彼も驚いたように声を出す。それを半ば聞き流しながら、颯谷は内心でこう考える。


(やっぱり……)


 やはり氣功的な干渉や影響が、仙具にも何らかの影響を与えるのだろう。であれば前回の実験も含めて、大きな方向性は間違っていないように思える。ただ同時に、まだ何か足りないような気もする。それが何なのかは分からない。今回の実験を通じてそれが見えてくればいい、と彼は思った。


 さて準備が整った。清嗣が火ばさみで炉から熱せられた天鋼を取り出す。颯谷は頭にタオルを巻き、一級品のハンマーを手に取って金床に近づく。それからふと思い出したように剛の方を振り向き、彼にこう頼んだ。


「タケさん。作刀の様子をそのモノクルで視ていてもらえませんか」


「分かった」


 剛がモノクルを装着するのを見てから、颯谷は金床に向き直った。彼は大きく深呼吸してから内氣功を滾らせる。そしてハンマーを大きく振り上げ、勢いよく振り下ろす。カンッと小気味よい金属音が響いた。


 前回の実験と比べ、今回の実験は趣旨は異なるものの颯谷がやることに変わりはない。彼は前回よりも手慣れた様子でハンマーを振るった。打った短刀は全部で四本。三本は天鋼製で、もう一本は玉鋼製である。四本目の玉鋼製は今朝清嗣が思いついたのだとかで、大した手間でもないのでやってみることになったのだ。


「虹石を使えば、普通の玉鋼製でも仙具になるのではないかと思ってな」


 作刀を始める前に、清嗣はそう意図を説明した。ただ一本しか打たなかったことからも分かるように、彼自身大きな期待はしていない。ただ実験としては興味深い。どんな結果になるのか、颯谷も楽しみだった。


 さて四本の短刀の作刀とその後始末を終えてから、五人は母屋へ戻る。昼食には早いのでお茶で一服することになった。俊が用意したほうじ茶を一口飲み、最初に口を開いたのは剛だった。


「颯谷。さっきの作業だが、モノクルを使ったら、氣を込めている様子がはっきりと視えたぞ。なんか気体っぽかったな。それからロスというのかな、外にこぼれる分はやはり玉鋼の方が多かった」


 それを聞いて颯谷は小さく頷いた。ロスうんぬんの話は予想できたことで、仁科家の面々も驚いた様子はない。それよりも颯谷は「気体っぽかった」という話の方が気になる。やはりそういう方向でイメージしていくのが正しいのだろう。


 それから少し雑談をし、会話が途切れたタイミングを見計らって剛が「さて」と呟きつつ居住まいを正す。それだけで空気がピリッと引き締まり、清嗣と宏由も背筋を伸ばした。そんな二人に剛はこう切り出した。


「ここからは駿河仙具の会長として話をさせてもらいます。最初に見せていただいた短刀、そして今回の実験ですが、大変興味深く、また意義深いものだと感じました。そこで最初の契約書にもあったとおり、駿河仙具として仁科刀剣さんに出資したいと考えています」


「大変ありがたいお話です。……それで、その幾らくらいになるでしょうか?」


「ひとまずは500万、と考えています」


 その数字を聞いて俊が「ごっ……!」と声を出しかけ、慌てて両手で口を塞いだ。俊はその数字に圧倒された様子だったが、清嗣と宏由は真剣な表情を崩さない。そんな二人に小さく頷いてから、剛は書類を取り出して二人に見せこう言った。


「そちらが出資の契約書になります。金額はまだ入れていません。内容をご確認ください」


 そう促され、清嗣と宏由はそれぞれ契約書の内容を確かめた。出資の代わりに求められているのは要するに機密保持。颯谷(駿河仙具)が関わった実験の内容や結果について、勝手に他所に漏らさないことなどが求められている。妥当な内容であり、二人は大きく頷いた。


 二人が納得したところで、剛は契約書に金額を記入する。そして署名と捺印が行われた。最後に握手を交わしたところで、ようやく三人の顔に笑みが浮かんだ。ちなみに500万円は手渡しではなく、後日指定の口座に振り込まれることになる。


「今回の実験の結果も楽しみにしています。一人の能力者としても、です。優れた仙具の開発は征伐の損耗率の低下に繋がります。一緒に頑張っていきましょう」


 剛がそう言うと、握手をする手に力がこもった。


剛「ちなみにモノクルの使用は当主権限でねじ込んだ」

正之「二日分ですからね、阿鼻叫喚ですよ。後始末は私がやったんですからね?」

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― 新着の感想 ―
やっと最新まで読めました。 楽しく拝読してます。 出資に関して伺わせてください。 株式会社の場合、金額よりも出資比率の方が重要と思います。500万円で、何パーセントの株式を得たのでしょうか?
これ、浸透圧みたいに氣が濃いところから薄いところに移動していると考えた颯谷が、 「もしかして氣の濃い異界の中で鍛冶仕事をすれば大気中に拡散する(逃げる)氣が少なくなって、天鋼に込められる氣が増えるんじ…
プロジェクトX好きには堪らんなwつまらん捏造でコケなきゃ良い番組だったのに
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