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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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139/205

前入り


 俊からメッセージが来た、その翌日の放課後。颯谷は一度家に帰ってから、バイクで仁科刀剣へと向かった。母屋のチャイムを鳴らすと、俊が玄関の扉を開けて現れる。その彼に颯谷は思わずこう尋ねた。


「お前、部活は?」


「休みました。家庭の事情で。上がってください」


 俊に案内され通されたのはいつもの応接室。清嗣と宏由もすでに揃っていて、ローテーブルの上には短刀が五振り、並べられている。三振りは颯谷がハンマーを振るったもので、一振りは清嗣がハンマーを振るったものだろう。では五振り目の短刀は何なのだろうかと、颯谷は内心で首をかしげる。だが彼がその疑問を口にする前に、宏由がこう言った。


「颯谷君、よく来てくれた。座ってくれ。今、お茶を淹れるよ」


「あ、どうも。ありがとうございます」


 宏由が出してくれたのは冷たい烏龍茶。それを一口飲み、用意されていたお菓子を一つ摘まむ。そのあと少し雑談をしてから、颯谷は本題に入った。


「えっと、短刀が完成して、氣の流れ具合は今までとほとんど変わらないって聞いたんですけど……」


「うむ。まあ、そうだ。ただ何かしらの変化は起こっているかもしれない。例の仙具でそれを確認してもらいたい」


 清嗣はそう答え、テーブルの上に置かれた五振りの短刀に視線を移した。このうち四振りは颯谷の想像した通りで、五振り目は比較用の従来品だという。颯谷は一つ頷いてから、まずは従来品に手を伸ばした。まずそれの氣の流れ具合を確かめてから、彼は次に自分で大槌を振るった短刀を一振り手に取る。


 まずは普通に氣を通す。なるほど確かに従来品と比べて大きな差はない。つまりごく普通の三級仙具だ。聞いていた通りである。颯谷は一つ頷いてから、いよいよ妖狐の眼帯を使って氣の流れ具合を確かめた。


「……前に見せてもらったのと同じように、ハンマーで叩いて鍛えた痕跡が残ってますね。前のヤツよりはっきり残っています」


「はっきり、というと?」


「何て言うか……、色が濃い? って感じです」


 颯谷がそう言うのを聞いて、清嗣は視線を鋭くした。やはり何かしらの変化は起こっていたのだ。彼はすぐにでも妖狐の眼帯を借りて自分の目で確認したかったが、その言葉はぐっと飲み込む。そしてまずは颯谷がすべての短刀を確認するのを待った。


 個体差はあれども、颯谷が大槌を振るった短刀にはすべて同様の特徴が確認された。そして四振り目、つまり清嗣が大槌を振るった短刀だが、この場合は颯谷が関わった場合よりも変化の度合いが小さかった。三級品の大槌を使った場合よりは色合いが濃かったが、颯谷のそれには及ばなかった、ということだ。


「なるほど……、確かに颯谷君の言うとおりだ……」


 妖狐の眼帯を借りて短刀の確認を行いながら、清嗣はそう呟いた。まず颯谷が打った場合と清嗣が打った場合で差が出たのは、これは込めた氣の量の差がそのまま反映されたのだろう。つまりより多くの氣を込めた方が、“色合いが濃くなる”ということだ。三級品と一級品で差が出たことも、氣の込めやすさが道具によって異なることで説明がつく。


 では「色合いが濃くなる」とは何を意味しているのだろう。前提として、氣の流れ具合そのものは従来品と大きな差がない。つまり「色合いが濃くなった」ことで氣の流れ具合が改善されたわけではないのだ。では一体どの部分で差が出たのだろうか。


 そもそも、「氣の流れ具合」を見ているということは、本質的には「氣を見ている」ということ。つまり「色合いが濃くなった」というのは、「可視化された氣の色合いが濃くなった」ということ。しかもその変化はより多くの氣を込めたことで起こったと考えられる。それが意味していることは……。


「より多くの氣を込められるようになった……?」


「颯谷君、それは一体どういう……?」


「ええっと、当然ですけど、どんな仙具も氣を無限にため込めるわけじゃありません。つまり上限があります。『色が濃くなった』っていうのはたぶん『氣の密度が上がった』ってことで、それはつまり『込められる氣の量が増えた』ってことじゃないかな、と」


 別の表現をすれば、「仙具としての器が大きくなった」とでも言えるかもしれない。だが清嗣は納得しかねる様子でこう言った。


「それなら氣の通り具合も良くなりそうなものだが……」


「う~ん、器としての容量は増えても、注ぎ口の大きさは小さかったり、形が歪だったりするのかも……」


「筋は通っているように思えるが、今のところはまだ仮定だな。まあ目視で確認できる変化が現れたというだけで今は十分だ。結論は急がなくてもいいだろう」


 まるで自分に言い聞かせるように、清嗣はそう言った。作刀段階でより多くの氣を叩きこむことで、何かしらの変化が起こることは分かったのだ。今のところその意味はするところは分からないが、ともかく「変化が起こる」と確認できたことには意味がある。


 加えてその変化を起こすために一級仙具が有効であることも分かった。これも収穫と言ってよいだろう。ただ「三級仙具の改良」という視点で見れば、まだ何の成果も出ていない。さらなる検証が必要だ。そこで清嗣は颯谷にこう言った。


「ついては颯谷君。次の実験を行いたい。また手伝ってほしい」


「構いませんけど、今度は何をやるんですか?」


「燃料に虹石を使う。颯谷君には今回と同じように大槌を振るって氣を込めて欲しい」


 天鋼を熱する際に虹石を使うという実験は、過去に仁科刀剣でも行われている。そしてその結果、「氣の淀みのような渦が小さくなり、その代わり数が多くなる」という変化が確認されている。今回はさらに作刀段階で氣を叩きこむことで、どんな変化が起こるのかを検証するのだ。それは確かに颯谷も気になるところ。彼は大きく頷いてこう答えた。


「分かりました。じゃあ、次の土曜日で良いですか?」


 颯谷がそう尋ねると、清嗣は「分かった」と答えて大きく頷いた。これで週末の予定が一つ決まった。颯谷は残っていた烏龍茶をまた一口飲むと、話題を変えてこう切り出した。


「そう言えばタケさん、駿河仙具の会長さんも、今回の実験に結構興味がある感じでしたよ」


「ほう、そうか」


「実験の結果を教えるって言ってあるんですけど、良いですよね?」


「ああ、構わないよ。もともとそういう約束だからね」


 宏由が一つ頷いてそう答える。契約書を交わしてあるから問題ないことは分かっているのだが、ともかくこれで仁科刀剣側の了解も得られた。それでその日の夜、颯谷は早速剛に電話をかける。彼の話を聞き終えると、剛は大きく息を吐いてからこう言った。


「……なるほど。そういう結果になったのか」


「はい。それで次は燃料に虹石を使って、あとは今回みたいに氣を込める感じでやってみようって話になってます」


「それも興味深そうだな」


「何とかいい結果が出ると良いんですけどねぇ。タケさんの方は、アレから何かやったんですか?」


「まだ何も、だな。一応工房には声をかけて、試作品のリストを作ってもらっている。ただ肝心の仙具のほうが、なかなか都合がつかなくてなぁ」


 スマホ越しに剛はそうぼやいた。仙具というと、氣の流れ具合を確認するための眼鏡やモノクルの仙具の事かと颯谷は思ったが、どうやらそれだけではないらしい。そのあたりのことを、剛はこう話す。


「眼鏡やモノクルはもちろん順番待ちになっているが、目途すらつかんのがハンマーだ。颯谷がやった実験をこちらでも追試しようと思ったんだが、そもそも使えそうな一級品のハンマーが見つからん。正直、難儀している」


「別に一級品のハンマーでなくても良いと思いますけど……」


「まあ最悪の場合は三級品だな。颯谷が貸してくれるならありがたいんだが……」


「あ~、こっちも使う予定があるので……」


「ああ、分かっている。無理にとは言わん。……ところで話は変わるんだが」


「はい、何です?」


「仁科刀剣の次の実験は今週の土曜だったな。私も見学に行って良いかな?」


「え、コッチ来るんですか?」


「可能なら行きたいと思っている。颯谷がさっき話してくれた試作品も、できれば自分の目で確認したい。どうだろう?」


「えっと、じゃあ、仁科さんにちょっと聞いてみて、それからまた連絡します」


「分かった。そうしてくれ」


 そういう話になったので、剛との電話を終えると、颯谷はすぐに俊と連絡を取った。彼を経由して清嗣と宏由の意向を確かめ、二人とも「いいよ」と言ってくれたので、そのことを剛に伝える。こうして週末の実験を剛も見学することになった。


 剛とは当日現場で合流するのだろうと颯谷は思っていたのだが、彼が現地入りしたのは前日の金曜日。颯谷が学校から帰ってくると、家に見覚えのない乗用車があった。誰かお客さんでも来たのだろうかと思っていると、剛が庭の方からひょっこりと顔を出したのである。彼の顔を見て、颯谷は驚いて叫んだ。


「タケさん!? え、なんで!?」


「帰ってきたか、颯谷。今日は一泊させてもらうことになった。よろしくな」


「ええ、聞いてない!?」


「今朝、玄道さんに電話してな。お土産を持っていきたいから都合の良い時間を教えてくれと言ったら、そのときに『ウチに泊まっていけば良い』と言われたんだ。ご迷惑かとも思ったんだが、まだホテルの予約もしてなかったので、な」


「えぇ~」


 納得半分、呆れ半分という感じで颯谷は声を上げた。いくら何でも行動が早すぎやしないだろうか。突然の展開に頭がついていかない。だが彼が混乱している間にも時間は進む。庭の方から玄道の声がしてこう言った。


「お~い、剛さん。ちょっと手伝ってくれんかね~」


「はいはい、どうかしましたか~?」


 気さくにそう答えて、剛は庭の方へ戻っていく。颯谷は唖然としながらそれを見送った。数秒後にハッと我に返って庭の方を覗き込むと、どうやら二人は庭木の剪定をしているらしい。颯谷はチベットスナギツネみたいな顔になった。


(どうしてそうなった……?)


 本来なら単純なはずのその問いは、地球を二十周くらいした挙句に世紀の難問へ華麗なる転身を遂げたように感じられる。つまりなんだかもうどうでも良くなって、颯谷は何も言わずに自分の部屋へ向かった。


(そう言えば……)


 そう言えば木蓮はこのことを知っているのだろうか。いや、たぶん知らないはずだ。だとしたら伝えておいた方が良いのだろうか。スマホを手に持ったまま数分悩む。そして最終的に「一応伝えておこう」と思い、颯谷は木蓮に電話をかけた。


「…………えぇ!?」


 颯谷から話を聞き、木蓮もスマホ越しに叫んだ。そして「聞いてないです……」と呟く。そんな彼女に颯谷は「オレも」と答えた。


「と、とりあえず叔父様に連絡してみます」


 木蓮がそう言うので、颯谷は「分かった」と言って電話を切った。そのあとすぐ剛のスマホに木蓮から電話があったらしく、庭の方から彼の話す声が聞こえてくる。それから少しするとエンジン音がして、例の乗用車が家の敷地から出ていく。それを見送ってから、颯谷は庭仕事を終えたらしい玄道にこう尋ねた。


「じいちゃん、タケさんは?」


「木蓮ちゃんを迎えに行ったぞ」


「……迎えに行った?」


「おう、木蓮ちゃんも今日泊まることになったから」


「ええ!?」


 一体何がどうしてそんな話になったのか。颯谷は訳が分からなかった。もっとも今一番訳が分かっていないのは木蓮だろう。彼女の困惑している様子が容易に想像できて、颯谷としてはもう苦笑するしかない。そして冷静になった。


「とりあえず二人を泊める支度をせにゃならんな。ソウ、手伝ってくれ」


「食事の支度をした方が良いんじゃない? 残り物をだすわけにもいかないし……」


「ああ、それなら剛さんがついでに寿司を買ってくると言っていたぞ。あとはもう一品か二品、副菜を作れば良いじゃろう」


「そうなんだ。それならそんなに時間はかからないか……」


「うむ。……よし、ソウはまず風呂を洗ってくれ。ワシは二人が使う布団を出す」


 颯谷が「分かった」と答えて頷くと、二人はそれぞれに宿泊客を迎えるために動き始める。マシロたちもそろそろ帰ってくるはず。エサを出してやらないとだな、と颯谷はぼんやり頭の隅で考えた。


颯谷「どうしてこうなった……」

作者「どうしてこうなった……」

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― 新着の感想 ―
玄道さんからしたら孫の命の恩人を泊めてもてなしたい気持ちは滅茶苦茶理解出来るのだが木蓮が泊まりに来るのは何で!ってなる、どうして……。
タイトルの前入りが嫁入りだっけと最後まで見て思ってしまった
これは木蓮ちゃんと……お楽しみでしたねって言われるパターン 短剣で思い出したのだけどアイスピック型はあかんのかな?大抵の生物は鼓膜存在するよね?こうサクッと刺して捻ったら結構致命傷にならん?更に先端…
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