作刀
練習として短刀を三本作ると、ちょうどいい時間だということでお昼になった。玄道の分も用意してくれるということで、彼はしきりに恐縮していた。ちなみにメニューはおにぎりと豚汁。宏由の奥さんが用意しておいてくれたモノだ。
「え、宏由さんって婿養子だったんですか?」
「そうだよ。妻がもともとここの人間で、結婚して私も仁科になったんだ。お義父さんは私の苗字でもいいと言ってくれたんだけど、まあ私なりにいろいろ考えて、ね」
「最初から刀鍛冶になりたかったんですか?」
「刀鍛冶というか、物作りに興味があったかな。手に職をつければ何とか食っていけるだろうと思っていたから」
そんなわけで宏由が最初に就職したのは、包丁などを作る小さな町工場。この町工場では刀鍛冶の技術を用いて包丁を作っていた。そしてその縁で仁科刀剣の清嗣とも縁があったのである。
宏由が最初に担当していたのは研ぎの工程。ただ彼はもっと直接的に、一から十まで自分の腕で何かを作ってみたいと思い始めており、そのことを知った町工場の社長が彼を清嗣に紹介したのだ。
最初はほんの手伝いという感じだったが、宏由は徐々に作刀の魅力に取りつかれていく。そして紹介されてからおよそ一年後に彼は働いていた町工場を退職。仁科刀剣へ再就職したのだった。なおこの転職の決断に、彼の現在の妻がどれほどの影響を与えたのかは定かではない。
「ほぉぉ、なかなか数奇と言いますか、人に歴史あり、ですなぁ」
玄道が感心した様子でそう言うと、宏由は「いえいえ、そんな」と言って少し恥ずかしそうに謙遜した。ただこの話からすると、宏由が仙具に対してこだわりがあったようには聞こえない。そうすると仙具にこだわりがあるのは清嗣のほうなのだろうか。颯谷がそう尋ねると、彼は小さく頷いてこう答えた。
「まあ、そうだな」
宏由が仁科刀剣で働き始める以前から、清嗣はすでに刀鍛冶の世界で腕前を評価されていた。すると自然な流れとして、彼のもとには仙具の作成依頼が舞い込むようになる。彼自身が氣功能力者ということもあり、三級仙具の氣の通りの悪さには眉をひそめずにはいられなかったのだ。
「それでも三級だけを作っていたころはこんなものかと思っていた。だが初めて二級を依頼されて、その出来栄えを確認したときに、さすがに唖然とした。こんなにも違うのか、とな。一級を触らせてもらった時には、もう全くの別物に思えたものだ」
カルチャーショックだった、と清嗣は語る。颯谷は深く頷いた。同じ仙具というくくりでも、一級と三級には確かにそれくらいの差がある。そのことを実感として理解できているのは、この場で清嗣と颯谷だけだった。
さて二級仙具を知った清嗣だが、次の瞬間に彼が考えたのは今まで自分が打ってきた三級仙具のこと。アレを装備して異界に突入しなければならない征伐隊の人々がかわいそうというか、彼らに申し訳なく思ったのだ。
「もちろん作刀に手を抜いていたわけではない。公平に判断して、私の作る天鋼製の刀が他所のそれに劣っていたということもない。だがなぁ、自分の手で作れるのがあの程度かと思うと、無性に悔しかったんだ」
苦笑を浮かべてやや恥ずかしそうにしながら、清嗣はそう話した。そしてそれが、三級仙具の改良を志すきっかけになった、というわけである。ただし情熱はあれども、これまではそれが結果に結びついてはこなかった。
「正直に言えば、もう半分以上は諦めていた」
清嗣がそう言うと、宏由に驚いた様子はなかったが、俊は「えっ」と驚きの声を上げた。そんな孫の様子に小さく苦笑を浮かべながら、清嗣はさらにこう続ける。
「ただ全くの無意味でもなかった。それが分かったからな。何かきっかけくらいは掴めるんじゃないかと、今はそう思っている」
それを聞いて俊は大きく頷いている。おにぎりを頬張りながら颯谷も頷いたが、「『きっかけを掴む』ってのはずいぶんハードルを下げたな」と思った。もっとも逆に言えば、それくらい難しいと認識しているということなのだろう。
さて、昼食を終えて少し休憩してから、五人は再び工房へ向かった。午後からはいよいよ、天鋼を用いた仙具の作成を行う。颯谷は動きやすい格好になると頭にタオルを巻いた。こうしておかないと、汗が垂れて来て鬱陶しいのだ。
「改めて説明しておきますが、今回の実験の趣旨はより多くの氣を天鋼に馴染ませることです。より強く氣を天鋼に混ぜ込むと言っても良いかもしれません。なので桐島君、いえ颯谷君。そのつもりでお願いします」
「分かりました。やってみます」
颯谷がそう答えると、清嗣が炉から真っ赤に熱せられた天鋼を取り出す。そして火ばさみで掴んだソレを、清嗣が金床の上に置いた。颯谷はそれを見て内氣功を滾らせ、さらに手に持ったハンマーにも氣を通す。彼はハンマーを高々と振り上げ、赤く熱せられた天鋼の上に振り下ろした。
(ふっ!)
午前中に練習したとおり、振り下ろす際には精度を優先して力は控えめにする。ただし、インパクトの瞬間に氣を放つ。颯谷は熱せられた天鋼に氣を混ぜ込むようなイメージでハンマーを振るい、そして氣を叩き込んでいった。
(より多く、より強く!)
宏由に言われたことを繰り返しながら、颯谷はハンマーを振るい続けた。時おり清嗣が小槌で修正しながら、作刀は進む。インパクトの瞬間に氣を叩き込んでいることを除けば、午前中にやっていた作業と何ら変わらない。やがて一本目の天鋼製の短刀が打ちあがり、清嗣はそれを宏由に手渡した。そして颯谷にこう尋ねる。
「二本目、すぐにいけるか?」
「大丈夫です」
「氣の残量は?」
「問題なしです」
「前に頼んだヤツは、一本目で結構息が上がっていたんだが……」
その時の様子と目の前の颯谷を比べ、清嗣は思わず苦笑を浮かべた。しかも今回はより強く氣を込めることを意識しているから、氣の消費量もより多いはずなのだ。しかし当の颯谷はケロリとしている。
清嗣も颯谷の大まかな経歴は知っている。異界の中、たった一人で一年以上サバイバルをして、最終的に征伐を達成したのは有名な話だ。その後の征伐でも活躍しているという話だしそれ相応に、つまり膨大な氣を保有しているのだろう。
(頼もしい限りだな)
声には出さず、清嗣は胸の中でそう呟いた。もし彼がもっと若くて現役の征伐隊員だったなら、颯谷に嫉妬していたかもしれない。だが彼はもうジジイだし、征伐隊に入ったことすらない。何より実験を滞りなく続けられるという意味では間違いなくプラスだ。だから特に嫉妬を覚えることもなく、彼は二本目の準備に取り掛かった。
一本目でコツを掴んだのか、二本目はより多く、そしてより強く氣を込められたように颯谷は思う。二本目が終わると、清嗣はまた颯谷に「いけるか?」と尋ねる。彼が「大丈夫です」と答えると、そのまま三本目の作刀に入った。
「よし、ひとまずはこれで良いだろう」
三本目の短刀を打ち終えると、清嗣はそう言って作業の終了を颯谷に告げた。颯谷は一つ頷くと、「ふう」と大きく息を吐く。短刀とはいえ立て続けに三本も打つと、さすがに彼も汗まみれだ。彼は頭に巻いていたタオルで雑にその汗をぬぐった。
颯谷が担当する作刀はこれで終わりだが、しかし本日の作刀はまだ終わっていない。もう一本短刀を打つ予定で、ただし颯谷は関わらない。清嗣が颯谷のハンマーを借りて打つことになっていて、要するに道具を変えた場合にどんな変化が起こるのかの検証だった。
「その、氣の量は大丈夫なんですか?」
「そこは間に合うようにして、だな」
清嗣は苦笑しながらそう答えた。彼は確かに仙果を食べて氣功能力者として覚醒してはいるが、怪異の討伐実績はゼロである。自分の氣の量が少ないことは彼自身も自覚していた。ただ、三級のハンマーで彼が打った短刀は保管してあるので、道具を変えた場合の比較は十分にできる。
四本目の短刀の作刀が始まった。清嗣が大槌を、宏由が小槌を振る。その度にカンッカンッカンッという、甲高い金属音が小気味よく響いた。そんな二人の様子を、颯谷は俊と並んで少し離れたところから見学している。
(すごいな……)
颯谷は感嘆して心の中でそう呟いた。何がどう凄いのかはうまく言語化できないが、二人の動きが洗練されていることは良く分かる。二人の職人が一心不乱に槌を振るうその様子は、まるで武道の演武や殺陣を見ているかのよう。颯谷は思わず惹きこまれた。
同時に、颯谷は俊が刀鍛冶を志す理由を何となく理解した。コレを小さい頃からずっと見てきたのなら、確かに憧れてしまうだろう。実際、横目で俊を窺えば、彼は食い入るように祖父と父親の仕事ぶりを見守っている。颯谷は少しだけ彼が羨ましかった。
さて、清嗣と宏由は手早く四本目の短刀を打ち上げた。清嗣は氣を使い果たしてしまい、ふらついてしまったところを俊と颯谷に支えられてイスに座る。彼は「すまない」と言ってから、颯谷が持つハンマーに視線を向けてこう言った。
「それにしてもさすがは一級品だな。分かってはいたが、氣の通り具合が全く違う」
「じいちゃん、そんなに違うの?」
「違う。おかげで抑え気味にやるつもりが、かえってやりすぎてしまった」
清嗣は苦笑を浮かべながらそう言った。「それだと比較対象としてうまくないんじゃないかな」と颯谷は思ってしまったが、しかしそういうことも含めての検証なのだろう。差が生じれば何かしらの解釈は出てくるだろうし、改めて検証が必要ならその時にまたやればいい。そう思い、颯谷は何も言わなかった。
(っていうか、オレが三級品のハンマーを使えば良かったのでは……?)
颯谷はふとそう思ったが、それを清嗣や宏由が思いつかなかったとも思えない。必要ないと思ったか、もしくは清嗣がやった方が都合が良いと思ったか。あるいは売り物になるとかならないとか、そういうことも関係しているのかもしれない。
(ワンチャン、清嗣さんが一級品を使ってみたかっただけって可能性も……)
「いやさすがにそれはないか」と思い、颯谷は苦笑を浮かべた。さて清嗣にはイスに座って少し休んでもらい、残りの四人で手分けして工房の後片付けをしてから、彼らは母屋へひきあげる。この時には清嗣も、しっかり歩ける程度には回復していた。
応接間にはお茶の用意がしてあり、颯谷はガラスのコップに注いでもらった麦茶をゴクゴクと飲み干した。俊も既製品のお菓子に手を伸ばしている。宏由は颯谷のコップにお代わりを注ぎながら、彼にこう言った。
「颯谷君。今日はどうもありがとう」
「いえ、こちらこそ。良い体験ができました」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。それで今後だけど、今日打ってもらった短刀はもちろんあれで完成じゃない。……俊、これからどういう工程がある?」
「ええっと、大まかに言うと、土置きをして、それから焼き入れ、最後に仕上げ、です」
俊は颯谷の方を見ながらそう説明した。土置きとは刀身に粘土を塗る作業で、焼き入れとは土を塗った刀身を熱してから一気に冷やす工程。この時、土を厚く塗った場所はゆっくりと冷え、薄く塗った場所は素早く冷える。コレによって刀に必要な刃の鋭さと、いわゆる「ねばり」を両立させるのだ。そして仕上げには研ぎや名入れが含まれる。
「そんなわけで、颯谷君。今日の短刀が完成するまでもう少しかかる。完成したらまたこちらから連絡する、ということでいいかな?」
「あ、はい。分かりました。お願いします」
颯谷は宏由にそう答えた。それから三十分ほど雑談をしてから、颯谷と玄道はおいとますることにした。仁科家の三人に見送られて、二人は軽トラに乗り込む。窓を開けて最後の挨拶をしてから、玄道は軽トラを発進させた。少し車を走らせてから、彼は颯谷にこう尋ねた。
「ソウ。今日は楽しかったか?」
「え、ん~、うん。楽しかった、と思う」
「そうか。ならぁ良かった。……それはそうと、このままスーパーに寄っていいか?」
「うん、良いよ。あ、じゃあ、みりんと赤ワイン買ってよ。そろそろ無くなるから。あとは……」
颯谷は冷蔵庫の中身を思い出しながら、買うべき食材を頭の中でリストアップする。二人を乗せた軽トラは交差点を右折して、いつものスーパーへ向かうのだった。
清嗣「良い道具があれば使ってみたくなるものだ」




