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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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136/205

再評価2


「桐島君。それは……」


「仙具です。これで氣の流れ方を確認します」


 颯谷がそう答えると、宏由は真剣な顔をして唾を飲んだ。そしてすぐに立ち上がる。彼は俊を連れて過去の試作品を取りに行った。その背中を見送ってから、清嗣は颯谷にこう尋ねる。


「その仙具は、私も使えるだろうか……?」


「使えると思いますよ。ただ普通に氣を通すだけじゃなくて……」


 颯谷は清嗣に妖狐の眼帯の使い方を伝える。そうしている間に宏由と俊が三振りの刀を持って戻って来た。一振りは普通のサイズだが、二振りは短刀のサイズ。その三振りを颯谷の前に並べて宏由はこう言った。


「まずこの長いのがいわゆる普通の天鋼製の刀だ。そしてこっちの二本の短刀が氣を込めたヤツと虹石を使ったヤツ。……天鋼も安くはないからね。試作品は短刀にしているんだ」


「それに、特に氣を込める場合は、小さい方が込める量は少なくて済む。応援を頼みやすいという事情もある」


「なるほど……」


 理由を聞き、颯谷は納得して一つ頷いた。試作品は氣の通り具合を確かめるためのモノだから、実戦で使うことは想定しなくてもよい。また短刀のほうが作刀が容易という理由もあるに違いない。


 まあそれはそれとして。妖狐の眼帯を装着すると、颯谷はまず普通の天鋼製の刀を手に取った。ちなみに紐もないのに落ちる様子もない妖狐の眼帯を見て仁科家の一同は無言のまま驚いているのだが、颯谷はそのことに気付いていない。


 仁科家の三人から少し距離を取ってから、颯谷はその刀を鞘から抜く。そしてその刀の氣の通り具合を確かめながら、内心でこう呟いた。


(前に視た天鋼製の刀とはちょっと違うか……。まあでも誤差、個体差の範囲だな)


 手応えとして感じる氣の通り具合も三級相当。つまりなんの変哲もない、ただの天鋼製の刀だ。そのことを確認すると、颯谷は一つ頷いてその刀を鞘に戻した。


 次に彼が手に取ったのは、天鋼を熱する際に虹石を使ったという短刀。鞘から引き抜いてみると、刃は鋭く刃文は美しい。


 先ほど見た長刀もそうだったが、やはり仁科刀剣の作刀能力は高い。ただ、だからと言って氣の通り具合まで良くなるわけではないのが、彼らを悩ませる問題の根幹だ。


 早速、颯谷はその短刀へ氣を通してみる。手応えは先ほどと大差ない。やはり三級相当だ。清嗣が「成果無し」と判断したのは妥当だろう。だが妖狐の眼帯を介して観察している氣の流れには、先ほどと比べて確かな差異があった。


「……氣の通り具合は、確かにさっきとほとんど変わらないです。ただ渦状の氣の流れ淀みが、さっきと比べて小さいですね。その代わり数が多いです」


「なに……!?」


 清嗣が驚いた様子で身を乗り出す。彼は自分でも確認したそうにしていたが、颯谷は先に三振り目の短刀へ手を伸ばした。打つ際に氣を込めたという短刀で、個人的には一番気になっている試作品だ。


 鞘から引き抜き、氣を流し込む。手応えとしてはやはり三級相当。だがいま重要なのはどんな具合に氣が流れているのかということ。妖狐の眼帯で観察したその様子を、彼はこんなふうに言葉にした。


「やっぱり普通のとは感じが違いますね……。なんだろ、ハンマーを叩きつけたときの衝撃痕? みたいなのが何重にも重なっている感じです」


 そう言ってから颯谷は短刀を鞘に戻し、妖狐の眼帯を目元から外した。視線を上げると、彼はようやく仁科家の三人の視線が自分に集中していることに気付く。ちょっとのけぞった彼に、清嗣は身を乗り出してこう頼んだ。


「桐島君。その仙具を貸してはもらえないか?」


「あ、はい。どうぞ」


 あまりに真剣な清嗣の様子に内心で気圧されつつ、颯谷は彼に妖狐の眼帯を差し出した。彼はそれを両手で受け取ると、颯谷と同じように目元に装着する。「凝視法を使いつつ眼帯にも氣を流す」という使用法に多少手間取ったようだが、十数秒してから「おお」と声を上げた。そして三振りの刀を順番に確認していく。


 眼帯のせいで清嗣の目元は見えないが、きっと真剣な目をしているに違いない。そう思わせるほどに、彼の全身から気迫が滲んでいる。やがて彼は三振りの刀をそれぞれ鞘に戻し、それらをテーブルの上に並べた。妖狐の眼帯を外すと、彼はやや疲れた様子で目頭を押さえる。そんな彼に宏由がこう尋ねる。


「お義父さん、どうかしましたか?」


「ああ、いや。なかなか氣の消費量が多くてな。もう大丈夫だ。……桐島君、貸してくれてありがとう」 


 そう言って清嗣は妖狐の眼帯を颯谷に返した。それを受け受け取ってから、颯谷は清嗣にこう尋ねた。


「それで、どうでしたか?」


「うむ。君の言う通りだった。まさかこんな形で差が出ていたとは……」


「本当ですか!?」


 驚きの声を上げた宏由に、清嗣は「うむ」と答える。二人の声音には喜色が混じっていた。それも当然だろう。今まで何をやっても「変化無し」だと思っていたのに、実はこうして変化が起こっていたのだ。氣の通り具合に変化がなかったとしても、これは大きな成果と言ってよい。少なくとも影響を与えることはできると分かったのだから。すると俄然やる気も出てくる。宏由は身を乗り出して颯谷にこう頼んだ。


「桐島君。他の試作品も見てもらっていいかな?」


「良いですよ」


 颯谷がそう答えるとすぐ、宏由は立ち上がった。そしてまた俊を連れて部屋から出ていく。数分すると、二人はそれぞれ両腕にいっぱいの短刀を抱えて戻って来た。その全てを颯谷は妖狐の眼帯で片っ端から視ていく。


 ただそのどれもが普通の天鋼製の刀と大差ない。むしろ氣の流れ具合がより悪いものさえあった。颯谷は残念な結果に思えたが、しかし清嗣と宏由に気落ちした様子はない。二人は真剣な様子でこう話し合った。


「合金系は全部変化無しですね。やっぱり素材は天鋼が一番良い、と」


「うむ。だが純度99.99%でも変化無しだ。ということは素材の工夫はあまり意味がないということだな」


 これは分かっていたことの再確認だが、しかし妖狐の眼帯で確かめたことには意味がある。そして二人はさらにこう続けた。


「一方で差があったのは虹石を使ったモノと氣を込めたモノです」


「共通しているのは氣功、いや異界由来ということかな……」


「たぶんそうなんでしょう。いえ、そうだと仮定して、次はじゃあこの変化をどうすればより大きくできるのか、ですが……」


「虹石をもっと大量に使う、というのはあまり意味がなかろうな。より高純度の虹石があるなら、可能性はあるが……」


「そんな虹石は聞いたことがありませんね……。となると試せるのはもう一方、氣を込める方法ですか」


「うむ。より強く、より多くの氣を込める、ということだな」


 清嗣と宏由は頷き合った。そして二人揃って颯谷へ視線を向ける。それを受けて彼は苦笑を浮かべた。二人が何を求めているのかは明白だが、彼はまずこう尋ねた。


「二つの方法を組み合わせてみる、ってことはしないんですか?」


「その手もあるな。だがまずは一つずつ検証したい」


 大きく頷きながら、清嗣はそう答えた。それを聞いて颯谷は小さく肩をすくめる。そしてこう答えた。


「まあ、良いですよ。興味もありますし、協力します」


「よろしく頼む」


「よろしくお願いします」


 協力を約束した颯谷に、清嗣と宏由はそう言って頭を下げた。ただ颯谷は作刀に関しては全くの素人。求められているのは大槌を振るって氣を込めることだけだが、それでもぶっつけ本番は無謀だろうということで、まずは練習ということになった。


「では明日、また来てください。準備しておきます」


「分かりました。あ、道具を見せてもらっていいですか?」


「分かった。こっちだ」


 そう言って清嗣は颯谷を工房へ案内した。そして設備や道具を一つずつ説明していく。そして彼が使うことになる道具を手渡してこう言った。


「桐島君にはそのハンマーを使ってもらうことになる」


「天鋼製ですね……」


 手渡された大槌ハンマーをまじまじと見ながら、颯谷そう呟いた。深い青色は天鋼製の証。つまりコレも三級の仙具だ。氣を込めるための道具は仙具でなければならないのだろう。その理屈は分かるし、予想していたからこそ「道具を見せて欲しい」と言ったのだが、しかし予想通りだったからこそ彼はちょっと不満げな顔だった。


「三級は氣の通りが悪いんですよねぇ……」


「それは分かるが、そこは飲み込んでもらいたい。そもそも三級以外は用意できない。道具を変えたらどうなるかも、検証してみたくはあるんだがな」


「一級はもちろんですが、二級であっても借りる事さえ難しいですから。それにハンマーの仙具自体、数が少なくて……」


「じゃあ、自前で持ってきて良いですか?」


「構わないが……、もしや駿河仙具の……?」


「いえ、別口です」


 颯谷はそう答えてはっきり明言はしなかったが、だいたいのところは察したのだろう。清嗣は「仙具なら好きにしてくれ」と答えた。それで具合が悪いようなら、この天鋼製のハンマーを使えば良いのだ。


 そして翌日の日曜日。颯谷は玄道に軽トラで送ってもらって、再び仁科刀剣を訪れた。持参したのは一本のハンマー。大分県西部異界のヌシ、阿修羅武者がドロップした一級仙具のハンマーである。


 颯谷がチャイムを鳴らすと、少ししてから工房のほうから俊が現れる。そしてそのまま彼を工房へ連れて行った。工房の中にはすでに清嗣と宏由が作業を始めていて、昨日見せてもらった炉にもすでに火が入っていた。


「おはようございます」


「ああ、よく来てくれた」


「今日はよろしくお願いします」


 颯谷が挨拶の声をかけると、清嗣と宏由は振り返って彼にそう答えた。玄道とも挨拶をかわし、彼は今日の作業を見学していくことになった。そして前置きはそこそこにして、彼らはさっそくこの日の本題に入る。


「金床の真ん中にハンマーを振り下ろすんだ」


 宏由は工房で使っている金床を示しながら、颯谷にそう説明する。金床にはマジックかなにかで色が塗ってあり、要するにその範囲にハンマーを振り下ろせということらしい。


「それから、桐島君は内氣功を使うんでしょ?」


「はい。じゃないとすぐにへばるので」


「なら、あまり力は込めなくていいから。その大槌は十分に重いから、重さに任せて振り下ろしてくれればいい。むしろ、正確に打つことを意識して」


「分かりました」


 宏由が教えてくれる注意点を、颯谷は一つ一つ真剣に聞く。清嗣はその間にも作業を始めていて、宏由の説明が終わるとすぐに彼は颯谷にこう言った。


「よし、打て」


「……うす」


 颯谷は短くそう答え、ハンマーを握り直してから内氣功を活性化させた。そしてハンマーを高々と振り上げ、真っ赤に熱せられた鉄の上に振り下ろす。カンッと甲高い、しかし小気味の良い音が響いた。


 清嗣に言われるまま、颯谷は黙々とハンマーを振り下ろす。言われた通り、狙うのは常に金床の真ん中。時々、清嗣が小槌で手直しをする。ただ作業が進むにつれて、颯谷は内心で不満を覚えるようになっていた。作刀の作業について、ではない。自分の技量についてである。


 なかなか自分の狙ったところにハンマーを振り下ろせないのだ。内氣功を使っているにも関わらず、ブレるというか、振り回される感覚がある。そのせいでどうにも精度が悪いような気がした。


 一振り目の「火造り」の工程が終わり、短刀の形になったそれを清嗣が宏由に渡す。そして清嗣は二振り目の準備を始めた。その作業を眺めながら、颯谷は内心でこうぼやく。


(軽い得物ばっかり使ってたからかなぁ……)


 仙樹の杖や竹刀はもちろんとして、木刀や仙樹刀もこのハンマーと比べればかなり軽い。颯谷が今まで使ってきたのはそういう軽い武器ばかりで、たぶんその感覚でやっているからブレたり振り回されたりするように感じるのだ。


(もっと踏ん張って、あとハンマーは重心が先端にあるからそれも意識して……)


 颯谷は頭の中で思いつく限りの改善点を上げていく。そうしている間に清嗣が二振り目の準備を終え、彼にこう声をかけた。


「いけるか?」


「……いけます」


 そう答え、颯谷は再び内氣功を滾らせる。彼は背中に鋼の支柱を意識してハンマーを振り上げた。


宏由「氣功能力が欲しいと思うことは、多々あるよ」

颯谷「仙具をやっている以上は、そうかもしれませんねぇ」

宏由「大槌を使う時は、腰がね……」

颯谷「そっちですか……」

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― 新着の感想 ―
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