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約束の土曜日。天気が良かったので、颯谷はバイクで仁科刀剣へ向かった。工房と自宅は同じ敷地内にあり、彼はまず自宅のほうへ向かう。チャイムを鳴らすとすぐに俊が出て来て、彼を家の中に入れた。応接室には二人の男性が待っていた。
「仁科清嗣です」
「仁科宏由と言います」
「あ、ご丁寧に。桐島颯谷です」
まずは簡単に自己紹介を済ませる。清嗣のほうが年上なので、彼が俊の祖父なのだろう。であれば宏由が父親だ。そしてその宏由は俊にお茶の用意を言いつけてから、颯谷に向かって深々と頭を下げた。
「桐島君。今回はウチの息子が無理を言ってしまい、本当に申し訳なかった」
「ああ、いえ。気にしないでください。そもそもお役に立てるかも分からないですし」
颯谷はそう言ったが、宏由も清嗣もまだ申し訳なさそうな表情をしている。このままだと話が進まないと思い、颯谷は持ってきた細長いケースを手に取った。
「これは参考になるか分からないんですけど……」
そう言って彼が取り出したのは一本の仙樹刀。刃がついているのを持ってきたので、布がまかれている。彼が布を取ると、現れたその木刀のようなシロモノに宏由と清嗣は興味をひかれた様子だ。
「桐島君。それは一体……?」
「駿河仙具が売り出した、仙甲シリーズはご存じなんですよね? コレはそれと同じ仙樹由来のセルロースナノファイバーを使った木刀です。オレは仙樹刀って呼んでます。あ、一応刃が付いているので、気を付けてください」
そう言って颯谷は宏由に仙樹刀を手渡した。宏由は受け取ったそれを両手で持ち、その刀身をマジマジ眺める。清嗣も真剣な眼差しでじっと見つめている。
「意外と軽い……」
「木刀なのに刃が付いているのか……。桐島君。これはどの程度切れるんだい?」
「ペーパーナイフよりはマシ、って聞いてます」
「それは……」
「試作品というか、まだ実験的なモノですから」
颯谷がそう答えると、「なるほど」と呟いて頷いた。俊がお茶を運んできたのだが、二人ともそれをそっちのけで仙樹刀に夢中だ。それを見て俊はやや呆れた様子を見せながら颯谷にこう尋ねる。
「先輩。アレも仙甲シリーズの一つなんですか?」
「いや。仙甲シリーズはあくまで防具のブランドだから。武器をやる時には、別のブランド名にするんじゃないかな」
颯谷はそう答えた。二人がそんな話をしている間に、仙樹刀は宏由から清嗣の手に渡る。そして彼がそこへ氣を込めているらしいことに颯谷は気が付いた。
「清嗣さんは、氣功能力者なんですか?」
「ん? ああ、一応そうなるか。若いころ、異界に巻き込まれてな。征伐にはまったく貢献できなかったが、仙果は食べたんだ。だから覚醒はしている」
異界から生還したのち、道場に通って多少鍛えはしたが、結局征伐隊に入ることはなかったという。ただそのおかげで簡単な氣功能力は使うことができ、そういう事情もあって仙具に関わるようになったのだった。
「刀鍛冶の仕事は力仕事も多いのでな。若いころならともかく、この年になると筋力も落ちる。内氣功を使えばそれもカバーできるから、まあ覚醒できたこと自体は幸運だったと思っているよ」
「じゃあ、宏由さんも?」
「いや、私は未覚醒だよ。この年になると、幸か不幸か分からないけどね」
そう言って宏由は小さく笑った。氣功能力が未覚醒であるということは、これまでに異界顕現災害に巻き込まれた経験がないということ。それは幸運であると言っていいだろう。
ただその一方、今後歳を重ねれば力仕事はきつくなる。清嗣と自分を比べたときに、彼を羨ましく思うことは多々あるのだろう。
さて、そうしている間にも清嗣は仙樹刀の氣の通り具合を確かめている。じっくりとそれを確かめると、彼は感嘆したようにため息を吐きながらこう言った。
「なるほど……。これは確かに、二級相当だ……」
「本当ですか、お義父さん」
そう尋ねた宏由に、清嗣は無言のまま大きく頷いた。そして視線を鋭くして仙樹刀を見つめ、それから視線を颯谷に移してこう尋ねる。
「桐島君。この仙樹刀と言ったか、これを実戦で使ったことは?」
「オレはまだ。ああでも、この前の静岡県の異界征伐の時にタケさんが、ええっと駿河仙具の会長なんですけど、その人が持ち込んだって言ってました。すぐに刃こぼれしたからあんまり使い物にならなかった、って言ってましたけど」
「なるほど……」
そう言って、清嗣はまた仙樹刀に視線を戻した。確かにちょっと見ただけでも、この仙樹刀が刀として優れているようには思えない。ただこれは試作品という話だし、これから試行錯誤を繰り返せばブラッシュアップされて完成度は高まっていくだろう。
(もし……)
もし実戦に耐えうるレベルの仙樹刀が完成したら、その時には天鋼製の三級仙具など誰も見向きもしなくなるだろう。そのくらい氣の通り具合には差があるし、また画期的な発明であるように思えた。
ただ三級仙具の需要がなくなったとして、仁科刀剣として困るかという実のところそうでもない。現在の品質さえ維持できれば、普通の刀剣類であっても需要はあるからだ。ただそれでも。そうなったときのことを想像すると、清嗣は一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
「ありがとう、桐島君。良いものを見せてもらった」
そう言って清嗣は仙樹刀を颯谷に返した。颯谷はそれを受け取ると、布を巻き直してからケースの中に戻す。それを待ってから、清嗣は宏由を促して今日の本題を始めさせた。
宏由が最初に取り出したのは二通の書類。颯谷が俊に転送した文書をプリントしたモノだ。剛が送って来たこの文書は契約書の形式になっていて、宏由と颯谷は簡単に内容を確認してからそれぞれ署名と捺印をする。そして一通ずつ受け取ってから、いよいよ本題に入った。
「これで良し、と。それじゃあ桐島君、始めようと思うんだけど、まず何から話そうか。俊は何かアイディアが欲しいと言ったみたいだけど……」
「まあそうなんですけど……。まずは今までにどんなことを試してきたのか、教えてもらえませんか?」
颯谷がそう言うと、宏由はちらりと横目で清嗣を窺った。そして彼が小さく頷くと、宏由は颯谷の方を向いてこう話し始める。
「いろいろやったけど、一番力を入れたのは合金かな」
「合金、ですか?」
「そう。つまり天鋼に別の金属を混ぜるんだ」
「どんな金属を混ぜたんですか?」
「いろいろ試したよ。手に入るモノはだいたいやったと思う」
そう言って宏由は指折り数え始めた。混ぜた金属としては、鉄やアルミ、銅、ニッケル、クロム、チタン、コバルト、鉛、マグネシウムなどなど。銀、金、プラチナなどの貴金属も試したと聞き、颯谷はちょっと驚いた。
「結構費用がかかったんじゃないですか?」
「大学との共同研究だったから、向こうで合金のインゴットを作ってもらって、それをウチで加工したんだ」
「なるほど……」
「もっとも、混ぜる比率はかなり細かく変えたから、その全部をウチでも試せたわけじゃないよ。数が多かったから、向こうである程度絞り込んでもらって、それを使ってやってみる、という形だ」
「それで結果は?」
「いくつか良さげな合金はできたと聞いたし、研究は今も続いているという話だ。ただウチとしては成果無し。結局、氣の通りは純天鋼製のモノが一番良かった。刀を打つという視点なら、素材として面白そうなのはあったんだけどね」
「でも純天鋼製が一番良いと分かったのは成果だと思いますけど……。ほら、純度を高めてみるとか」
「まあ、そう考えるよね。……ところで一般に出回っている天鋼のインゴットの純度ってどのくらいか知っているかい?」
「分かりませんけど、90%くらいですか?」
「最低でも99.90%だよ。だから純度はこれ以上大きく上げられないんだ」
「そうなんですね……」
「でも一応やってはみたんだ。純度99.99%の天鋼を用意してね。ただしこれも成果無し。差は全くと言っていいほどなかった」
肩をすくめながら、宏由はそう話した。その隣で清嗣も渋い顔をしながら頷いている。彼としても結構期待していた実験だったのかもしれない。
「ほかにも試してみたことと言えば、例えば虹石を使ったこともある」
虹石というのは、異界由来の資源の一つだ。淡く輝く鉱石で、燃料になる。そのまま燃やせば石炭の代わりに、水に溶かせば灯油の代わりに、アルコール系の溶剤に溶かせば軽油やガソリンの代わりになる。颯谷も良く知っているエネルギー資源だ。ただこの流れで虹石が出たことに彼はちょっと驚いた。
「え、虹石を混ぜたんですか?」
「まさか。燃えちゃうよ。……天鋼を加熱する時の燃料として使ったんだ」
そういう試行をしてみたのは、「氣の通りが悪いのは異界の要素が少ないからではないか」と思ったからだ。それで天鋼と同じく異界由来の資源である虹石に目を付けたのである。また同じく異界由来ということで、単純に相性が良いのではないかという予想もあった。
とはいえ結果は変化なし。つまり虹石を使おうが使うまいが、氣の通り具合に有意な差はなかったのだ。いろいろと手を変え品を変えやってみたが、その全てで成果無し。徒労だけが募った。
こうなると虹石を使っても異界の要素というか因子のようなモノを天鋼へ移すことはできないのではないか。清嗣と宏由はそう考えるようになった。とはいえ虹石の代わりになるようなモノはすぐには思いつかない。そこで二人は次の策としてより氣功との親和性を高めることを考えた。
「親和性を高めるというと、具体的にはどうやったんですか?」
「氣を込めながら刀を打ったんだ」
「それはつまり、清嗣さんが作った、ってことですか?」
「そうだけど、そうじゃなくて……。どう説明したものかな……。桐島君は日本刀をどうやって作るのか知っているかい?」
「ネットで一通り調べては来たんですけど……。ハンマーで何度も叩きながら作るんですよね?」
「うん、まあそうだね。正直、作刀の工程中ずっと氣を込め続けるのはお義父さんの氣が足りない。そこで素延べと火造りの段階で氣を込めた」
まず簡単に説明すると、「素延べ」は金属を細長い棒状に伸ばす工程で、「火造り」は日本刀の形状に整える工程だ。どちらの作業でもハンマーで叩いていくのだが、その際に氣を放って天鋼へ氣を馴染ませるようにしたのだという。
「へえ……。それって全部清嗣さんがやったんですか?」
「いや。ワシ一人では氣が足らんのでな。何人か知り合いの能力者に応援を頼んだ」
「え、でもその人たちって、鍛冶に関しては素人ですよね?」
「桐島君もテレビか何かで見たことがないかい? 刀を打つときに大槌の人と小槌の人が交互にやる様子」
「あ、はい。あります」
「あの二人のうち、大槌のほうは素人でもいいんだ。熟練者であるに越したことはないんだけど、小槌を持っている人の側で調整ができるから」
「ああ、じゃあ、応援の人が大槌を使って氣を叩き込んでいった、ってことですか」
「そうなる。まあ、さすがに事前に多少の練習はしてもらったが」
「……でも結果は成果無し、ですか」
「残念ながら、ね」
宏由は苦笑を浮かべながらそう答えた。このほかにも仁科刀剣では思いつく限りの試行錯誤を繰り返している。だがそのどれも成果には結びついていない。仙甲シリーズに多少かかわったとはいえ、ほぼ全くの素人である颯谷にもアドバイスを求めるくらいなのだから、アイディアはほぼ出尽くしているのだろう。
「……それで桐島君。何か気になるところはあったかな?」
一通り試行錯誤の歴史を語り終えると、二杯目のお茶を飲み干してから、宏由は颯谷にそう尋ねた。彼は「そうですね……」と呟いて考え込み、それからゆっくりと口を開いてこう言った。
「虹石を使ったヤツと氣を込めたヤツって、試作品は残っていますか? 残っているなら見せてもらいたいんですが。あ、あと比較用に普通のヤツもお願いします」
「それは構わないけど……。本当に何も変わらないよ?」
「それは、普通に見る分には、ってことですよね。なのでコレを使います」
そう言って颯谷が取り出したのは妖狐の眼帯だった。
颯谷「純度100%の天鋼ってないんですか?」
宏由「あったとしてもコストが馬鹿高くなるから使えないよ、ウチみたいな小さい工房じゃね」




