仙具考察2
静岡県東部異界の征伐は、レベリングを主な目的の一つとしたことでおよそ一か月半に及んだ。その間にはさまざまな仙具の検証も行われ、画期的と言ってよい成果を出している。そして検証された仙具というのは、何も一級品だけではなかった。
駿河家が新たな事業にすることを目指して開発を続けてきた、仙樹由来のセルロースナノファイバーを用いた防具、通称「仙甲シリーズ」の検証もまた今回の征伐では行われていたのだ。もっとも仙甲シリーズの防具に特級仙具のような特殊能力はない。だから検証というよりは実地試験を行ったと言った方が正確かもしれない。
ともかく剛は今回の征伐に仙甲シリーズの防具を多数持ち込み、自身もそれを装備して戦った。また駿河家の関係者の中からも幾人かモニターを募って実際に使ってもらい、その使用感などを確かめてもらった。
結果は良好。特に今回は武装した怪異が多かったこともあり、仙甲シリーズの防具は負傷を避けるのに役立った。実際、仙甲シリーズの防具を装備していた者たちは医療チームのお世話になった率が低い。
もっともこれは「仙甲シリーズの防具を装備していたから」というよりは「防具を装備していたから」というべきだろう。ただしそうだとしてもこの人工仙具の有意性は揺るがない。むしろそれを証明したと言ってよいだろう。
剛はモニターの数以上の仙甲シリーズを持ち込んでいたので、征伐隊の中には途中からそれを装備して戦った者たちもいる。彼らの評価も上々と言ってよい。そういう者たちは当然ながら「売ってくれ」と剛に頼んだし、また仙甲シリーズを装備した者たちの活躍を見た者たちの中にも興味を持って購入を検討している者が多い。
実地試験と一緒にセールスもやったようなもので、正式に販売を始める前から需要の掘り起こしをしたわけだ。事業として考えれば幸先は大変に良い。何より大きいのは、国防軍がすでに興味を持っていること。予算規模が桁違いなここに食い込むことができれば、事業としての成功は約束されたようなものと言ってよい。
製品としての品質も、十分実戦に耐えうるものであることが確認された。すでに顧客からの要望も高まっている。仙樹の仕入れも、短期的にはなんとかなるだろう。それらの状況を総合的に判断し、剛は仙甲シリーズの商品化を決めたのだった。
「意図していたわけではないが、国防軍にセールスできたのは大きかったな。ただ、だからこその問題も出てきた」
「問題、ですか?」
「うむ。やはり武器が欲しいそうだ」
「ああ、なるほど」
颯谷は大きく頷いて納得した。手ごろな武器の仙具といえば、天鋼製の三級仙具がまずある。だがコイツは氣の通りが非常に悪い。「使うとむしろストレスがたまる」というのが颯谷の個人的な感想だ。
それでもこれまでは天鋼製の仙具を使うしかなかった。一級はもちろん、二級の仙具もそうそう数があるわけではないからだ。だがここへきて仙甲シリーズという別の選択肢が現れた。氣の通りも二級品に比肩するほどで、これに期待するのは当然だろう。国防軍のような巨大な組織となればなおさらだ。
「やるんですか、武器」
「やらんわけにはいくまいよ。試作品とはいえ、見せてしまったからなぁ」
そう言って剛は苦笑する。試作品と聞いて颯谷はピンッときた。つまり彼は仙樹刀を今回の征伐に持って行ったのだ。それを言うと、彼は苦笑を浮かべたまま首肯した。
「刃を付けたヤツを一本、な。まあ実験のつもりだったんだ」
「どうでしたか?」
「氣を通せばそれなり、と言ったところか。ただすぐに刃こぼれしてしまってな。今のところは耐久性に難あり、という評価だ。颯谷のように実戦でも氣で刃を重ねられれば、また違うのだろうが……」
そう答える剛は少し不満げな様子だった。彼としてはもう少しできると思っていたのかもしれない。
ただ逆に言えば、最初の実験でそれなりの結果を出したということ。改良の余地は大きいはずで、期待値込みでの評価は高い。それが国防軍の要望に繋がっているのだ。
「まあ武器と言っても種類は様々だ。やるならまずは鈍器からと思っているが、鈍器の場合は重さがなぁ……」
剛は肩をすくめてそうぼやいた。鈍器にとって重さは重要な要素だ。しかしセルロースナノファイバーは基本的に軽い。そう言う意味では鈍器には向かないのだ。困った様子の剛に、颯谷は道場の先輩が口にしていたアイディアをこう伝えた。
「鉄心を仕込めば重さはどうとでもなるはずだって、道場の先輩が言ってましたよ」
「詳しく聞かせてもらおうか」
「いやこれ以上はないですよ。っていうか、なんでそんな食い気味なんですか」
「困っているからだ」
剛は臆面もなくそう答えた。同席している正之も、苦笑を浮かべてはいるが叔父の言葉を否定しない。実際「困っている」という言葉は本音だった。ようやく大きな案件が片付き次のステップへ進もうという時に、同じくらい大きくて厄介な案件が持ち込まれてしまったのだ。頭を抱えたくなるのも仕方がないだろう。
「まあ、鉄心のほかにもう一つアイディアというか、一応形になったモノはありますけど」
「ほう?」
剛は好奇心で目を輝かせ、視線だけで「早く見せろ」と催促する。そんな彼に応えて、颯谷は狐火で加工した仙樹刀を取り出してテーブルの上に置いた。それを見て、いや表面の焦げた跡を見て、剛と正之と木蓮は首を傾げた。
「これは?」
「説明するより、ちょっと氣を流して、それからまずは氣で覆ってみてください。あ、少し強い感じで」
颯谷にそう促され、剛は面白そうに笑いながら仙樹刀を手に取った。そして座ったまま両手で柄を握り、目の高さに掲げて氣を流し込み、ついで氣で覆う。次の瞬間、彼の顔に浮かんでいた笑みは消え、代わりに驚愕の表情が現れた。
「これは……!?」
「叔父さん、どうかしましたか?」
不思議そうに尋ねる正之に、しかし剛は真剣な表情をしたまま答えない。そんな彼に颯谷はさらにこう言った。
「じゃあ、刃を形成してみてください。……できますよね?」
「ああ。とはいえまだ実戦レベルではないが」
そう言いながら、剛は目を薄く閉じて集中力を高めた。そして仙樹刀を覆う氣を研ぎ澄まして刃を形成する。その時の手応えに彼は驚いた。いつもより容易に刃の形成ができたのだ。油をさしたギアがスムーズに回るかのような感覚だった。
「これは……、いや、すごいな……!」
「叔父さん。本当にどうしたんですか?」
そう尋ねる正之に、剛は無言で仙樹刀を渡した。正之は怪訝な顔をしながらそれを受け取り、剛と同じように氣を通し、そして同じように驚く。四人の中で木蓮だけ事情が分かっていなかったが、氣功能力者ではない彼女に仙樹刀を渡しても意味がない。正之は仙樹刀をテーブルの上に戻し、木蓮はそれを少し悔しげに見送った。
「それで颯谷、これは一体どうなっているんだ?」
剛は身を乗り出してそう尋ねた。正之も真剣な顔をしている。そんな二人の様子に少し気圧されながら、颯谷は自分が行った検証について説明した。それを聞き終えると、剛はあご先に手を当てながらこう呟いた。
「形状によって氣の流れ方には差がある、か。そういうふうに考えたことはなかったな……」
「これはさしずめ、氣の整流とでも言えるかもしれませんね」
剛と正之はしきりに感心した。彼らの感覚からすると、武器ごとに氣の通りに差があるのは個体差だし、完成された武器をさらに加工しようとは思わない。使いやすいように多少手を加えることはあるが、それも加工というより工夫の範疇だ。
(おそらく……)
剛は颯谷がそういう発想に至った理由を考察する。恐らく見てきた仙具の数そのものが少ないことが一因だろう。そして阿修羅武者。あの主がドロップした八つの仙具が、颯谷の基準になっているのではないか。剛はそう感じている。
その上で、八つの仙具を颯谷は同格だと思っている。同じモンスターからドロップしたのだから、そう考えるのは的外れではないだろう。そして太刀と棍棒では氣の通り具合に差があった。そこから「氣の流れ方は仙具の形状に影響を受ける」という発想が出てきたのだ。
(擦れていなかった、というのかな。これは)
そんなふうに思えて、剛は苦笑する。それから気を取り直して、彼は改めて颯谷に向き直る。そしてこう尋ねた。
「それで颯谷はコレをどうするつもりなんだ?」
「コレって言うのは、この加工した仙樹刀の事ですか?」
「それもあるが、もっと興味があるのは技術そのものの方だな」
ややもったいぶる颯谷に、剛は苦笑しながらそう答える。すると颯谷も苦笑を浮かべながらこう続けた。
「思いついたアイディアは他にもあるんですけどねぇ。オレ一人じゃ、できる事も限られますし。だから駿河家でやってくれるなら、オレとしてはありがたいですけど」
「分かった。ではそうさせてもらおう」
剛は即座にそう答えた。颯谷もホッとした表情をしているが、この時点での二人の認識は大きく異なる。颯谷の方は「面倒事を駿河家に丸投げできた」という程度にしか考えていない。だが剛のほうはこれを巨大なビジネスの取っ掛かりと捉えていた。
剛は先ほど「技術」という言葉を使った。つまり特許が絡む可能性を考えているのだ。特許を取得する場合、その権利を持っているのはやはり颯谷ということになる。つまり彼がこのアイディアを持って別のところへ行けば、駿河家としてはもう手が出せないのだ。
だがこの技術、駿河家としては喉から手が出るほど欲しい。この技術を用い、仙甲シリーズとして武器を売り出したら、その売り上げはいかほどか。もちろんこの技術をどの程度実用的なレベルで仕上げられるのか、それはまだ分からない。だが大きな可能性を秘めていることは確かだ。
つまり駿河家としてはこの技術、何がなんでも確保しなければならない。だからこそ颯谷の口から「駿河家でやって欲しい」と言われたとき、剛は即座に頷いたのである。ただ事が事だけに、口約束で済ませるわけにはいかない。契約書を交わす必要があるだろう。そしてそれならばと、剛は後で話すつもりだった話題を出した。
「ところで仙甲シリーズの商品化のことだが、それに伴って事業を立ち上げることになった。要するに会社を設立するって話なんだが、前にその時には株式をいくらか渡すって話していただろ?」
「ああ、そうでしたね」
「その割合だが、四割でどうだ?」
「…………」
颯谷はすぐには答えず、曖昧な表情を浮かべた。とはいえこれは駆け引きではない。単純に四割という数字が適当なのかよく分からなかったのである。ただ彼の沈黙をどう受け取ったのか、剛は若干身を乗り出しながらさらにこう言った。
「その代わり、この技術に関連する権利は会社のモノということにさせてもらいたい。どうだ?」
「……会社のモノになると、どうなるんですか?」
「例えば特許を取得した場合、颯谷の一存で別の企業に売ることはできなくなる。だが会社のモノなら、会社のお金を使って研究して発展させていくことができる。当然、そのさきの商品化もな」
「なるほど」
「正直に言ってしまうと、そういう権利をしっかり押さえておかないと、後々が面倒なんだ。主に法律関係でな。だからこの際、権利関係のアレコレは会社に一本化してしまいたいんだ」
剛はそう説明した。そして笑いながらこう付け加える。
「颯谷は株主だから、利益が出れば配当がもらえる。武器だけじゃなくて、防具のほうでもな。あ、あと株主優待も付けるぞ。ウチの商品を買う時には、割引してやろう」
「はは、分かりました。じゃあ、四割で」
颯谷は軽く笑いながらそう答えた。株主優待に惹かれたわけではない。ぶっちゃけ、法律関係の話まで出てくるとなると、彼としては面倒臭くて関わりたくないのだ。だが権利を駿河家に、いや新設される会社に渡しておけば、そういう面倒事も一緒に丸投げできる。
(それに……)
それに株式を持っているということは、颯谷も会社の関係者ということ。またこの先、何か思いついたとして、検証が面倒くさそうなら会社に丸投げしてしまえば良い。あるいは自分でやるとしても、会社の設備を使わせてもらうという手もある。そういうことも合わせて考えれば、悪い話ではないと思ったのだ。
颯谷が了解したことで話はまとまった。ただ急な話だったので契約書はまだない。実際の署名と捺印は後日になった。
「じゃあ颯谷。ほかのアイディアってやつを聞きたいんだが?」
「あ~、はいはい。ええっとですね……」
颯谷は荷物からアイディアを清書したルーズリーフを取り出す。彼の話を駿河家の三人は興味深そうに聞くのだった。
剛「話の規模が倍になってしまった。いや、倍で済むかどうか……」




