静岡県東部異界の征伐に関するアレコレ2
冷麺を食べ終え、冷たい烏龍茶を一口飲む。そうやって喉を湿らせてから、剛は静岡県東部異界征伐のための最後の戦いについて話し始めた。
「異界はコアタイプで、コアの周りには多数の中鬼と大鬼がいる。そしてさらにその外側には柵がめぐらされていた。櫓もあったし、普通に攻め掛かるのはどう考えても悪手だ。そこでまずは櫓と柵を破壊することにした」
「破壊って、どうやったんですか?」
「どうしたと思う?」
「……火矢を射かけて燃やした、とか?」
「おしい。グレネードランチャーで吹っ飛ばしたんだ」
豪快なその方法に、颯谷は唖然とした。頭の片隅で「全然おしくないな」と思ったのは、現実逃避だったのかもしれない。
核を擁する敵の本陣は見晴らしの良い場所にあったが、さらにその外側は雑木林などに囲まれていて、人間たちが身を隠せる場所はたくさんあった。そういうところに身を潜めつつ、国防軍の部隊が持ち込んだリボルバータイプのグレネードランチャーを用い、敵陣の柵や櫓を吹き飛ばしたのである。なお、弾着観測にもドローンを用いたという。
一般に、異界の内側では怪異に対して銃火器は効果が薄い。よってこのグレネードランチャーによる攻撃でも、モンスターを倒して数を減らすことはできなかった。しかしモンスター以外の構造物が相手なら、銃火器は異界の外と同じように威力を発揮する。合計で60発以上発射された擲弾は櫓と柵をほぼ壊滅状態にしたのだった。
「それから攻め込んだんですか?」
「いいや。次は釣り野伏せだ」
剛はニヤリと笑ってそう答えた。つまり敵を挑発して誘い出し、コアを守る戦力を減らしたのである。また当然ながら誘い出した先には罠が仕掛けてあったり、戦力が伏せてあったりして、のこのこ誘い出されたモンスターたちは次々に討ち倒された。
この時にも、実は国防軍の部隊が活躍した。対物ライフルで主に中鬼を排除したのだ。防具のために頭や心臓を狙えないとしても、片足を撃って機動力を奪えれば、その後の討伐は容易になる。
問題は大鬼だったが、こちらには古典的な罠が効果的だった。くくり罠やトラバサミなどである。ちなみに落とし穴は人間が落ちるかもしれないということで採用されなかった。またロープを使って足を引っかけるなどのこともされ、大半の大鬼が全力を発揮することなく討伐された。ただしそれでも人間側には骨折などの重傷者が多数出ており、大鬼が「化け物」であるとの評価は微塵も揺らいでいない。
さて、敵モンスターを挑発して誘い出したことで、コアの守りは手薄になった。だが空になったわけではない。五体の大鬼と守護者と目された大鬼が残っている。剛は精鋭24名を率いて突撃。戦闘になった。ただしこの時、迎え撃つべく動いたのは大鬼だけで、ガーディアンは静観を決め込んでいる。剛にとっては好ましからざる展開だった。
実はこの時、剛らとは反対の方向から、スリーマンセルの小隊が隠密状態を維持しながら匍匐前進で敵陣に接近していた。彼らの目的は言うまでもなくコアの破壊で、剛らはそのための囮だったのだ。
よって剛としては、ガーディアンも戦闘に参加してくれたほうが思惑通りだった。しかしガーディアンは動かなかった。匍匐前進していた三人もそれは承知していたが、それでも彼らは隠密を解いて駆けだした。
「タケさんがそう指示したんですか?」
「いや、彼らの判断だ。独自に判断して良いと言ってあったからな。散開して動いて、誰かがガーディアンを引きつければコアは破壊できると踏んだらしい」
だがここでもまだガーディアンは動かなかった。コアから離れることを拒んだのである。三人は意を決し、同時に駆け出して間合いを詰めた。ガーディアンが動いたのはその時だ。
ガーディアンは爆発的な瞬発力を発揮して、まずは左側から接近していた一人を得物で横殴りに吹き飛ばす。そしてすぐさま次に中央の一人を襲撃。脇腹を蹴り飛ばした。そして最後の一人に視線を向けたその時、自爆ドローンが体当たりしてガーディアンの動きを止めたのである。
その千載一遇の好機を、右側から接近していた彼はきっちりとモノにした。自爆ドローンの攻撃を受けてもガーディアンは無傷だったが、足を止めたその隙を見逃さず、彼は見事にコアを破壊したのである。
「おお!」
「その後は、まあいつも通りだな」
コアを破壊して異界のフィールドを解除しても、それでガーディアンが消滅するわけではない。だが異界のフィールドが消えれば銃火器が効くようになる。すぐさま対物ライフルによる援護射撃が行われた。結局、対物ライフルでガーディアンを倒すことはできなかったが、動きを大きく鈍らせることには成功。討伐に大きく寄与したのだった。
「こういうのは失礼かもしれないですけど、国防軍が思った以上に活躍しましたね……」
剛の話を聞き終えると、颯谷はそう率直な感想を口にした。木蓮などは苦笑しているが、剛や正之は真面目な顔をして頷いている。氣功能力者としては未熟な軍人たちがこれだけ活躍するというのは、彼らにとっても新鮮な驚きだった。足手まといになるどころか、少なくとも後方支援要員としては、彼らは間違いなく優秀だった。
もちろん、今回の異界と国防軍の相性が比較的良かった、というのはあるだろう。ただ今回得られた知見を参考に、特に銃火器の運用は見直されるのではないか。剛はそう思っている。特にグレネードランチャーは良かった。構造物を外から破壊できれば、攻略が容易になる場合は多いだろう。
「ところで、医療チームはどうでした?」
「非常に良かった。これは総括ミーティングでも言ったことだが、今後はぜひともこのスタイルをスタンダードにしていくべきだと思う」
剛ははっきりとそう答えた。食い気味というか、その力の入れ具合が、颯谷には少し意外に思える。そんな彼に剛は具体的な数字を上げながらこう話した。
「今回の征伐隊は全部で209名。このうち医療チームが7名で、その護衛としての選抜チームが70名。能力者が132名だ。損耗率は14%だが、死亡はわずか3名だった」
「少ないですね……。死者はもちろんですけど、損耗率も」
「そうだ。救えた命は多いし、失われずに済んだ戦力はさらに多い」
医療チームのおかげで死亡が損耗になり、損耗が重傷で済んだ、ということだ。先ほど剛は「このスタイルをスタンダードに」と言ったが、その想いは実際に恩恵を受けた者ほど強いだろう。
「それから意識改革もあったな。特に衛生管理の面で」
医療従事者から見て、征伐隊の衛生管理はまったくなっていないものだったらしい。「気を付けていたつもりだったんだが、厳しく指導された」と剛は苦笑しながら語る。とはいえその効果はしっかりと出ていて、怪我以外の体調不良は大きく減ったという。
「これもレポートにまとめてあるから、今後の征伐では参考にされるだろう」
「風邪ひくと、大変ですからねぇ」
自分の経験を思い出しながら、颯谷はしみじみとそう答えた。あの時は風邪薬が欲しかったが、言うまでもなく風邪をひかないのが一番良い。征伐が長丁場になればなるほど、体調管理とそのための衛生管理は重要だ。これまで征伐が速攻になりがちだったのは、それが疎かだったからじゃないだろうか、と颯谷は一瞬考えた。
「ただ初めての取り組みだったからな。十分な準備はしたつもりだったが、不備はいろいろあった」
一番はやはり医療物資だろう。事前に打ち合わせをして、必要と思える物資を十分以上に持ち込んだはずだった。だが実際には不足したり、想定以上に余ったりする物資があった。三か月分の食料を持ち込んだのにおよそ一か月半でレベリングを打ち切ったのも、医療物資の不足が大きな要因だ。
「次からはまたもうちょっと考えないとだな。あとは、女性問題だな」
剛は苦笑しながらそう言った。医療チームの七名の内、四名は女性だった。また国防軍の選抜チームの中にも、数人の女性軍人が含まれていた。これまでの征伐隊は完全な男所帯だったので、全部で十人程度とはいえ女性が加わるのは画期的というか、初めてかつ不慣れな経験だった。
「幸い、大きな問題は起こらなかったんだが、まあ色々と気を使ったよ」
剛は具体的なことは語ろうとしなかったが、彼の表情からは苦労が察せられて、颯谷も思わず笑みをひきつらせた。なお征伐中は剛も目を光らせていたが、総括ミーティング後の懇親会では「もう勝手にやってくれ」というスタンスで、女性陣とお近づきになりたい男どもが大はしゃぎだったとか。
「そんなに美人だったんですか?」
「女性の容姿をあれこれ評するのは差し控えるとしても、苦楽を共にした戦友だからな。吊り橋効果的なモノはあるだろう。それに怪我をして辛いときに励ましてもらえれば、それがきっかけになるヤツは結構いるんじゃないのか」
剛は一般論のようにそう言ったが、たぶん実際にそういう連中が多かったのだろう。もっとも、彼らもしくは彼女らがその後うまくやるのかは当人たちの問題だ。そう思い、颯谷は話題を変えた。決してにっこりと微笑む木蓮の圧に負けたわけではない。
「……それで、選抜チームの氣功能力の覚醒はどうでしたか?」
「ああ、そっちはすぐに終わった。仙果を食べさせるだけだからな。あとは簡単な指導をした。軍人の中にはモンスターを倒していたヤツもいたから、レベリングという意味でも一定の成果はあったと思うぞ」
「倒したって言うのは、銃で?」
「銃もだが、小鬼なんかは石器でも十分だからな」
「石器って……、ああ、仙具ですか。戦利品の」
「うむ」
剛は大きく頷いた。現代の軍人が石器を振り回してモンスターと戦う様はなかなかシュールではなかろうか。颯谷はそう思ったのだが、実際にその場面を見た剛からすれば、それはただの現実である。
ちなみに選抜チームの軍人だけでなく、医療チームの七名も全員氣功能力を覚醒させている。彼らの場合、モンスターと戦うことは想定していないが、例えば人体を持ち上げるなど、腕力が必要になる場面は多い。そういう時に内氣功を使えると便利だと考えたらしい。また自衛の意味があったことは言うまでもない。
余談を続けると、女性陣にはさらに別の目的もあった。ずばり、ダイエットである。彼女らは全員国防軍の関係者であるから、颯谷が単独で異界征伐を成し遂げた一件については強い関心を持っていたし、その総括報告書も読んでいた。そしてその中のあるモノが、彼女たちの目を惹き付けたのである。
それは「温身法」である。内氣功の応用で、簡単に言えば身体を温める氣功技術だ。とはいえ熱を生み出すには相応にエネルギーが必要で、氣が足りなければその分だけカロリーを消費する。ちなみにカロリーを優先的に消費することも可能だ。そもそも氣だって、どこからきているのかと言えば摂取した食べ物であり、要するにカロリーだ。
つまり温身法を使えば、それだけでダイエットになるのだ。さらに言えば、冷えは女性の大敵。冷え対策をしながらダイエットもできるとなれば、それはもう女性のためにあるような氣功技術と言ってよいだろう。なお颯谷が男であることはこの際関係ないらしい。
「女性軍人はもちろん、医療チームの女性たちも氣功能力の鍛錬に意欲的だったな。温身法を教えてくれと詰め寄られたのには参ったが」
そう言って剛は苦笑を浮かべた。彼が修めている流派に「温身法」という技法はないが、同じようなものとして「暖気法」という技法がある。彼は女性陣にそれを教えたのだという。
ちなみに暖気法みたいな技法はどの流派にもあるが、しかしどの流派でもマイナーな技法とされている。そのためわざわざ覚えている者は少なく、そのことが剛が女性陣に詰め寄られる一因ともなったのだった。
「……さっきもちょっと言ってましたけど、レベリングのほうはどうでしたか?」
なんだかすごい顔をしている木蓮からは視線を逸らしつつ、颯谷は次にレベリングのことを尋ねた。今回の征伐では、剛らはレベリングを主な目標の一つとしていた。その成果はいかほどだったのか。剛はニヤリと笑みを浮かべてこう答えた。
「医療物資の関係で早めに切り上げることにはなったが、納得のいく成果を上げられたと思っているぞ」
そしてその成果の裏には、なんと颯谷が貸し出した例の巻物が絡んでいるという。思いがけないところで話が巻物に繋がり、颯谷は驚いた。そんな彼に剛は例の巻物について、征伐中に行った検証結果を端的にこう告げた。
「あの巻物に浮かび上がってくる紋様。アレはどうやら、使用者の保有する氣の量を現しているらしい」
颯谷はもう一度驚いた。
木蓮「医療関係に進むべきでしょうか……!?」




