静岡県東部異界の征伐に関するアレコレ1
お盆が過ぎた、その翌週。颯谷は静岡県の駿河家へ向かった。剛がリーダーとなって行った、静岡県東部異界征伐の様子について話を聞くためである。ちなみに数日の滞在を予定しているのだが、バーベキューも計画されているとかで、颯谷はそちらも楽しみにしていた。
「良く来たな、颯谷」
「無事でなによりです、タケさん」
最寄り駅まで迎えに来てくれた剛の車に乗り込み、颯谷は駿河邸へ向かう。玄関で彼を出迎えたのは、髪を後ろでまとめたエプロン姿の木蓮だった。
「ようこそ、颯谷さん」
「おじゃまします」
「もうちょっと待ってくださいね。もう少しでできますから」
「うん。……何を作ってるの?」
「冷麺です」
そう答えると、木蓮はスリッパをパタパタ言わせながら奥へ下がった。そんな妹の様子を微笑まし気に見送ったのは、彼女の兄である正之。彼は颯谷に「いらっしゃい」と声をかけてから、悪戯っぽくさらにこう続けた。
「今朝から、いや昨日からあんな調子なんだよ」
「それは……、はははは……」
なんと答えてもからかわれそうで、結局颯谷は笑って誤魔化した。車を車庫に入れてきた剛が家の中に入ると、いつまでも玄関で話しているのもアレなので、颯谷は応接間に通された。彼が座布団に座ると、剛の妻である美咲が冷たい緑茶を持ってくる。それを一口飲んで、彼は「ふう」と息を吐いた。そして剛にこう尋ねる。
「征伐はどうでしたか?」
「そうだなぁ。今回は色々いつもと違うところがあったが、全体としては上々の首尾だったと思うぞ」
「レベリングも?」
「ああ、もちろんだ」
そう言って剛はニヤリと笑った。その彼から感じられる氣功の気配は、確かに数か月前に会った時より大きくて強い。彼はリーダーとして忙しかったはずだが、それでも自身のレベリングに手を抜かなかったようだ。
「そうそう、仙甲シリーズだが、ウチの武門から何人かモニターを募ってな。今回の征伐で使ってもらったんだ」
「タケさんも使ったんですか?」
「ああ。それで、結構具合が良いってことでな。都合よく興味を持ってくれた連中もいるし、そろそろ本格的に商品化しようと思っている」
「いよいよですか。あ、でも素材の方は大丈夫なんですか?」
少しだけ険しい顔をして、颯谷はそう尋ねた。仙甲シリーズは仙樹由来のセルロースナノファイバーを用いた防具。これを作るためには当然ながら仙樹が必要になる。これまでの試作品には、主に颯谷が一級仙具と交換で集めさせた仙樹が使われた。在庫はまだあるという話だが、本格的に商品化して売り出すとなれば足りないだろう。その不足分はどうするつもりなのか。剛はこう答えた。
「今回の征伐中にある程度は確保した。それに今回の異界は静岡県内だったからな。地元の業者に依頼して、集めてもらうことにした。一キロ一万円と言ったら、前のめりになっていたよ」
剛がそう言うのを聞いて、颯谷も苦笑する。ただ、氣功能力者ではない一般人に仙樹の見分けがつくのかは疑問だったが、異界が顕現した位置は分かっているのだ。そしてこの時期であれば、通常木々は青々とした葉を茂らせている。
つまり異界が出現した場所で、不自然に枯れている木があれば、それが仙樹である可能性は高い。また剛が言うには、武門から何人か人を出し、覚えている限りの仙樹の場所へ案内させているのだとか。それなら確かに量を確保できるだろう、と颯谷も納得した。
「ただどうにも話が大きくなってしまっているようでなぁ……」
少し困り顔になって剛はそうぼやいた。つまり彼が直接依頼した業者以外にも、駿河家が仙樹を高額買取してくれることを知って、確保に動いている者たちがいるということだ。その中には下請けや孫請けもいるのだとか。
そうなったのはやはり、一キロ一万円という高額設定のためだろう。また一本丸ごとの状態でなくとも良いので、軽トラとチェーンソーがあれば仕事ができる。その手軽さも参入のハードルを下げたに違いない。
ただこういう状況は、決して剛が望んだものではない。金に目がくらんだ詐欺師紛いの連中が群がってくるのは困る。とはいえ彼は静観の構えだった。
仮に業者が別の木を持ってきたとしても、氣を流して確認すればすぐにそれと分かる。仙樹以外の木材を買い取るつもりはない。それに今後のことも考えれば、この仕事を請け負ってくれる業者が複数あったほうが良いのは確かなのだ。
「まあ、初めてのことだからな。しっかりと形が出来上がるまでは色々あるだろうと、覚悟している」
「なるほど……。あ、そう言えば仙樹刀なんですけど、ありがとうございました」
「仙樹刀……?」
「ああ~、セルロースナノファイバーの木刀のことです。オレが勝手にそう呼んでるんですけど……」
「ああ、なるほど。で、どうだった?」
「良かったです。道場の先輩たちにも見せたんですけど、結構好感でした。あと、個人的にもいろいろ試してみて……」
そう切り出して、颯谷は自分が検証した事柄を話そうとした。しかしそれより一瞬早く、木蓮が応接室に現れてこう告げた。
「お昼の支度ができましたよ」
「……ということらしいから、まずはお昼にしようか」
そう言って剛は一旦話を切り上げ、昼食の用意が整った部屋へ移動した。メニューは先ほど木蓮が言っていたように冷麺。冷やし中華の親戚みたいなものだと颯谷は思っている。チャーシューと半熟卵、千切りのキュウリにキムチがトッピングされていた。
「うん、おいしい。もしかしてチャーシューも手作り?」
「はい。圧力鍋で、昨日のうちに」
木蓮が少し恥ずかしそうにはにかみながらそう答える。そんな彼女にもう一度「おいしい」と告げてから、颯谷は視線を剛に移して彼にこう尋ねた。
「今回の征伐はどんな感じでしたか?」
「そうだな、何から話したものか……」
「じゃあ、異界の様子から」
「ふむ。今回の異界の直径は12.2km。大規模寄りの中規模異界だな。そのおかげか、内部に超自然的な変異はほとんどなかった。出現したモンスターは大中小の鬼で、そういう意味ではオーソドックスな異界だな」
「コアでしたか、それともヌシでしたか?」
「コアだな。ガーディアンと思しき大鬼は一体だけだったんだが……」
「何かあったんですか?」
「実はな、連中は柵で囲って、ある種の陣地を作っていたのだ。その陣地の中には中鬼もいたんだが、そういう連中も含めてガーディアンだったんじゃないかと、個人的には感じている」
「なるほど……」
「まあ中鬼は所詮中鬼だったし、私の勘違いかもしれんがな。それで異界のことだが、まず前提として、今回の異界の鬼どもは、武器を持っているヤツが多かった」
剛はまずそう答えた。武器と言ってもピンキリで、ただの棒切れやそこらで拾っただけの石ころも武器としてカウントされている。もちろん金属製の武器を持つ鬼もいたが、全体からみれば少数だった。もっともそれは敵の戦力が低く抑えられていることの裏返しでもあるから、一概に「悪い」とは言えない。とはいえ戦果に響くのは間違いない。
「じゃあ、回収できた仙具は少ないんですか?」
「いや、一か月以上粘ったからな。数だけは多い。もっとも八割方は石器と青銅製だが」
「……役に立つんですか、それは」
「一応は一級だし、使い捨てと割り切れば、まあないよりはマシかな。国防軍の連中は、それでも大事そうに回収していたぞ」
確かに国防軍には需要があるかもしれない。颯谷はそう思った。国防軍は現在、氣功能力者からなる選抜チームを立ち上げようとしている。となれば仙具も欲しいはずだが、国防軍はその手の備品を全く取り揃えていない。今はどんな物でも欲しい、という段階なのだろう。
「国防軍の人たちは、その、役に立ったんですか?」
「立ったぞ。正直、期待はしてなかったんだがな。特に拠点の防衛に関しては、流石プロだと思わされた。いわゆる銃火器も、意外と役に立った」
「銃が役に立ったんですか?」
「今回はそうだな。そもそも中鬼までなら対物ライフルが通用するし、今回はロケットランチャーなんかも持ち込んでいた。コイツが大鬼にも効いてな。ちょっと驚いた」
それを聞いて颯谷も驚いた。強力な怪異の代表格みたいなモンスターである。そしてモンスター相手に銃火器は効果が薄いというのが征伐隊の常識。過去にはロケットランチャーより強力な兵器も使用されたはずで、こう言ってはなんだがロケットランチャー程度が役に立つとは思えなかったのだ。
ただこれは颯谷が先走りすぎだ。剛は「ロケットランチャーが大鬼にも効いた」と言ったのであって、「倒した」とは言っていない。つまり多少なりともダメージを与えることに成功し、そのおかげで有利に戦えた、という意味なのだ。その辺りのことを、剛はこう説明する。
「ある時、拠点を大鬼に強襲されてな。国防軍の部隊がその大鬼にロケットランチャーを使ったんだ。両腕でガードされたが、片腕にダメージが入った。何より、それで足を止めることができてな。医療チームの避難と戦力の到着が間に合った」
その後、国防軍の部隊はさらに二発のロケット弾を発射。それぞれ命中させて、大鬼の右胸と左足にダメージを与えた。片腕の傷と合わせて大鬼の動きは目に見えて鈍り、あとは囲んだ能力者たちによって討伐されたという。
「大鬼が突っ込んできたと聞いた時には、さすがに犠牲を覚悟したんだがな。終わってみれば死傷者ゼロ。なんというか、うん、画期的だったな」
実際、これを機に征伐隊における銃火器の運用は見直されるのではないか、と剛は思っている。雄叫びを上げながら全速力で突撃してくる大鬼は脅威だ。恐怖で足がすくむ者も少なくない。だがロケットランチャーでその足を止めることができるなら、その後の討伐はかなりやりやすくなる。
今のところ、征伐隊とはいえ民間人が使える銃火器は対物ライフルまでに限られている。だが対物ライフルでは大鬼の足は止められない。その意味では、ロケットランチャーは確かに有用に思える。今後、基準が見直されるのか、あるいは国防軍の部隊の同行が一般的になるか、それは分からない。だが少しでも損耗率が下がる方向へ話が進めば良い、と剛は思っている。
そういう銃火器の運用以外にも、国防軍の働きは目覚ましいものだった。その一つがドローンを用いた情報収集だ。これまでも征伐隊ではドローンを使っていたが、その練度はやはり国防軍の方が高かった。
「敵の本陣を見つけてコアを確認したのも、国防軍のドローンだ。征伐隊の中にはドローンについてアレコレとレクチャーしてもらっているヤツもいたな」
「へえ……。でも確かに、そういうのは強そうですね、国防軍って」
「ああ。それもあって、国防軍でドローンに特化したセミナーをやってくれないかと要望を出した。ドローン自体も高性能化しているようだったから、得るモノは多いだろう」
剛は大きく頷きながらそう答えた。颯谷の場合は単なる個人の感想だが、剛は征伐で実際にドローンの恩恵を受けている。彼の言葉には説得力があった。さらに言うなら、ドローンは最後の決戦の際にも活躍した。その時の様子を、剛は次のように話し始めた。
「さっきも言ったが、コアの周囲にはぐるりと柵が築かれていた。柵の内側にはガーディアンを筆頭に大鬼と中鬼がいて、数は全部で60弱。この数を割り出せたのも、ドローンの偵察があればこそだな」
核を守るモンスターは、ガーディアンはもちろん大鬼や中鬼も武装していた。程度の差こそあれ、全てのモンスターが武器と防具を揃えていたのである。
ちなみに、一般的に「対物ライフルは中鬼までは通用する」と言われている。では防具を装備した中鬼にも対物ライフルは通用するのかというと、防具で守られている箇所でははじき返されるが、守られていない箇所なら通用する。
ただ一発で仕留めようとすると、狙うべきは頭か心臓で、その二か所は通常防具を装備するなら最優先で守る。それで中鬼であっても防具を装備されてしまうと、途端に対物ライフルは有用性が下がってしまうのが現実だった。
そういう中鬼が、柵の中には数十体いた。それに加えて武装した大鬼も十体以上。さらに周囲を柵で囲まれており、四方には簡易的とはいえ物見櫓まで立っている。櫓の上には弓を持った見張りがいて、攻め掛かれば矢を射ってくることは容易に想像できた。
このような敵の陣容の偵察はすべてドローンで行われた。得られた情報は詳細で貴重だったが、その一方で敵陣を攻め落とせなければ意味がない。では剛らはこの難敵をいかにして攻略したのか。颯谷はごくりと唾を飲み込んだ。
剛「国防軍の装備は石器と青銅器と機関銃とドローン」
颯谷「なんか時代がヘンなことになってますね……」




