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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
仙具考察録

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121/205

「やめとけ」


「へえ、コイツがねぇ……」


 千賀道場の門下生の一人がしげしげと見ているのは、颯谷が持ち込んだ仙樹由来のセルロースナノファイバーで作った木刀、仙樹刀である。コレに興味を持ったのは一人だけではなく、仙樹刀は次から次へと門下生たちの手を渡っていく。皆それぞれ、素振りをしたり氣を通したりしていた。


「確かに、氣の通りは結構いいな……」


 ある門下生がそう呟くと、周りにいた者たちも揃って頷く。この中には仙樹の枝を試したことのある者も何人かいる。基本的に仙樹刀と仙樹の枝は同じなのだが、それを知っていてもなお、この氣の通りの良さは軽くカルチャーショックだった。


 それは、仙樹の枝が天然モノなのに対し、仙樹刀は人工物だからだ。仙具の世界では人の手を加えれば加えるほど、氣の通りは悪くなっていくというのが普通だった。しかしこれは違う。素材は異界由来とはいえ、このレベルの仙具を人工的に作れるというのはかなり画期的だ。


「二級仙具も人工的といえば人工的だけど、素材が少ないからなぁ」


「その点、仙樹なら比べ物にならないくらい大量に手に入る」


「このレベルの仙具が量産できるなら、征伐のやり方も変わるんじゃないのか?」


「そんなにすごいですか、これ」


「すごいというか、画期的というか、革命的って言ってもいいと思う」


「いやでも、言うてこれって木刀だろ? 突き詰めて言えば鈍器だからなぁ」


「あ、刃が付いてるものありますよ、一応。それは付いてないですけど」


「なに!?」


 颯谷の言葉に門下生たちが一気に食いついた。颯谷のように得物に対して二重に氣を通し、さらに刃まで形成するような使い方をするのは言うまでもなく少数だ。通常はただ通すだけで、だからこそ刃の付いていない仙樹刀はどれだけ氣の通りが良くても刀の代わりにはならない。だが刃が付いているタイプがあるなら話は別だ。


 先輩門下生たちは詳しい話を聞きたがり、颯谷は午前中にやった検証の結果を話した。「純粋な刃物としての性能はまだよく分からない」とはっきり言ったのだが、興味が薄れた様子はない。結局、今度持ってくることになった。


「ところで、どこで買えるんだ? コレ」


「あ~、頼むとすれば静岡県の駿河家なんですけど……」


 颯谷は「武器より防具の商品化を優先する」という駿河家の方針を説明。それを聞いて幾人かは残念そうな顔をした。もしかしたら、本気で購入を検討していたのかもしれない。中にはこんなことを言う者もいた。


「なあ、コレって形はべつに木刀じゃなくてもいいんだよな?」


「たぶん。形は結構自由がきくと思いますけど」


「だったら刃物に拘らないで、棍とか六角棒とかでもいいよな」


「鈍器にするなら、これはちょっと軽すぎないか?」


「いや、重さなら、中に鉄心を仕込むなりすれば何とでもなるだろ」


 それは結構いいアイディアかも、と颯谷は思った。家に帰ったらまた正之にメッセージを送っておこう。まずは防具優先という話だったが、武器をやらないとは言っていなかったし、前倒しするきっかけの一つくらいにはなるかもしれない。


(需要もありそうだし)


 先輩門下生たちの反応を見ながら、颯谷は内心でそう呟いた。その後、いろいろ試してみたいというので持ってきた仙樹刀は貸し出し、彼はいつも通りの鍛錬を行った。ちなみに三級仙具の氣の流れ方の確認はまだやっていない。妖狐の眼帯を家に忘れてきてしまったのだ。それで天鋼製の刀を借りて、家に帰ってから確認するつもりだった。


 空調の効いた部屋で鍛錬を続けていると、そこへ司が顔を出した。今年の春、彼女は晴れて高校生になった。スポーツ推薦で進学したのは剣道が強い私立高校で、夏休み中もびっちり部活動の予定が入っているのだとか。「汗臭い高校生活だな」と颯谷は思ったが、もちろん口にはしなかった。


「来週からは合宿もあるんだよね。もう本当に忙しくって、宿題やってる時間もないよ」


 司はそう愚痴ったが、表情は楽しげである。きっと充実しているのだろう、と颯谷は思った。


「合宿って、どこに行くんだ?」


「関東の方の道場。顧問の先生の伝手だって」


「へえ。千賀道場でやればいいのに」


「それ、中学の時にやったからもういい」


 司がうんざりした顔でそういうので、颯谷は思わず笑ってしまった。まあ確かに、合宿先が自分の家というのはいろいろ微妙だろう。心情的にはゲストではなくホスト寄りになるのではないだろうか。実際、当時のことを思い出しながら司はこう話す。


「準備から手伝わないとだし、合宿の初日はここに来るだけだし、合宿が終わってみんながマイクロバスに乗って帰るのを、わたしだけ見送るんだよ? 後片付けもやらされたし」


「遠足の行き先が自分ちの畑だった某漫画家みたいだな」


「ホントにそんな感じ」


 ややウンザリした様子で司はそう答えた。だからこそ今回の合宿は楽しみなのだろう。彼女はどこかウキウキしているように見える。そして思い出話を切り上げると、彼女は颯谷を稽古に誘った。


「いいのか? 部活帰りで疲れているんじゃ……」


「大丈夫、大丈夫。それに合宿に行ってる間は、教えてあげられないから。その分もやっておかないと」


「そう? じゃあよろしく」


 そう言って颯谷は司と立ち合い稽古をした。相変わらずの全戦全敗だが、内容は少しずつ良くなっている。もっとも「少しずつ」というのはあくまで颯谷の主観で、司視点から見れば彼の成長速度は急激を通り越して異常だ。それで、「一本取られるのもそう遠くないだろう」と覚悟している。もっとも、そう簡単に取らせてやる気はないが。


「だから突きはヤバいって!」


「大丈夫、大丈夫。イケる、イケる!」


 こうしてまた全敗記録を更新し、それから細かい指導をしてもらってから、司と颯谷は稽古を終えた。いくら空調が効いているとはいえ、これだけ動けば汗だくだ。タオルで汗を拭きながら、颯谷は司にこう尋ねた。


「……司、なんかあった?」


「……なんで?」


「ん~、なんとなく?」


「あははは、そっかぁ」


 そう言って司は苦笑を浮かべた。そして少し困ったような表情のまま、さらにこう言葉を続ける。


「ちょっと進路でね。なんか考えちゃって……」


「このまえ高校に入ったばっかりじゃん……」


「うん。まあだからまずは部活で全国制覇っていうのが目標だし、それが一番なんだけど、たまにふと考えちゃって……。ここに来ると、特にね」


「……それは、何を?」


「……わたしも、征伐隊に入れるかなって……」


「ああぁ、国防軍の選抜チームのことか」


「そうそう、それそれ」


 颯谷が司にそのことを話したのは、和歌山県東部異界を征伐した後のことである。征伐隊の中に国防軍やフランス軍の部隊が混じっていたこと、特に国防軍の部隊は女性だけだったことなどを話したのだ。


 実力や実際の活躍はともかくとしても、女性だけの部隊が異界に突入するつもりだったというのは、司にとって衝撃的だった。これまで女性が征伐隊に入ったことはほとんどない。だがこれからは違ってくるかもしれない。


 特に霧崎優子軍曹は、単独で二十体近いスケルトンを倒している。スケルトンが弱いモンスターで、またほぼ全てが一体ずつ現れたとはいえ、最初の異界征伐で二十体近いキルスコアはなかなかの活躍と言ってよい。


 スコアを稼いだ彼女は、当然その分だけ氣の量を増やした。今は軍務の一環として基地近くの道場に通い、氣功能力の鍛錬について指導を受けているという。将来的には彼女がいわゆる鬼軍曹のポジションになるのかもしれない。


 そういう話を、颯谷は総括ミーティングやその後の慰労会で聞き、それを司にも話したのだ。その瞬間、彼女の中に新たな進路が生まれたのである。つまり国防軍に入り、選抜チームに志願するという進路だ。


「もともとはずっと剣道を続けていけたらな、って思ってたんだけど……」


 司はそう呟いて言葉を濁した。それを見て颯谷は何となく分かってしまう。つまり剣道は彼女にとって代替行為だったのだ。


 流門千賀道場の娘として、司は小さいころから何人もの能力者と知り合ってきた。彼らの背中を見て育った彼女は、早い段階でこう思うようになった。「自分も大きくなったら能力者になって征伐隊に入りたい」と。


 そこからはだいたい木蓮と同じだ。父親の茂信は頭ごなしに「ダメだ」と言いはしなかったものの、幼い娘相手に超えるべきハードルを容赦なく突きつけた。そのハードルのあまりの高さに幼い司の心は折れ、そして一度は征伐隊入りを諦めたのである。


 ただ木蓮とは違い、司は武の世界から完全に遠ざかったわけではなかった。彼女は竹刀を振るい続けた。剣道はスポーツだと分かっている。どれだけ真剣になっても、試合は実戦ではないと理解している。それでも彼女は少しでも近くにいたかったのだ。


 幸運にも、いや流門の血筋の必然か、司には才能があった。剣道という枠組みでなら、彼女は能力者とも互角以上に戦えた。ただ真剣だったからこそ、彼女には分かってしまった。能力者たちの目は、剣道のその向こうにあるモノを視ているのだ、と。


 一度だけ、司は父親に頼んで本気で相手をしてもらったことがある。つまり氣功能力を使った状態で試合をしてもらったのだ。結果は惨敗。体力の限り、防御をかなぐり捨てて攻撃し続けたが、そのすべてを受け潰された。そして最後には立っていられなくなり、膝が崩れてしまったところへ軽く面を打ち込まれ、それで終わったのだ。


 格が違うとか、そういう話では済まない。住む世界が違うのだと、司は理解せざるを得なかった。それがあまりにも悔しくて、一度は竹刀を捨てようかとも思った。だが捨てられなかった。捨てられなかったのだ。


 司は竹刀を振るい続けた。努力し、結果を出した。いつしか「天才少女」と呼ばれ、もてはやされるようにもなった。だがその一方で、彼女は一抹のむなしさを胸に抱え続けてもいた。


 剣道は好きだ。それは間違いないと胸を張って言える。だが剣道を続けたその先に一体何があるのか。日本一になり世界一になり、しかしそれが一体なんだというのか。剣道など所詮はスポーツではないか。


「命を懸けてやっている」と、良く聞く。だが実際のところ、剣道で負けても死にはしない。もちろん負ければ悔しい。悔しくて泣いてしまったことが、司にもある。だが彼女は生きている。千賀道場に通っていた能力者の中には、異界で死んだ人もいるのに。


 剣道で身を立てていくことは可能だ。司もぼんやりとだが、そういう未来を思い描いていた。しかしそれでも、一抹のむなしさは消えない。自分は何のために腕を磨いているのか、その答えが出ないのだ。


『少なくとも、結婚のためじゃない』


 ベッドの上、枕に顔を押し付けて、そう吐き捨てたことがある。父親にそう言われたのではない。ただ別の流門の父親の知り合いが、そんなことを言っていたのだ。「あれだけの才能、ぜひウチの息子の嫁に来て欲しいものだ」と。


 二人とも酔っていた時の話だし、その後正式に婚約の話が出たわけでもない。だがそれでも、司は自分の努力が無駄だと言われたような気がした。自分が征伐隊の役に立つには、結局そういう方法しかないのだと、そう感じてしまったのだ。


 だが今回、軍人とはいえ女性が異界に突入し、多数の怪異モンスターを倒し、そして生還した。そういう道が、選択肢があることを、司は知ったのである。磨いてきた剣の腕を、そこで役立てられるのではないか。司はそう思ったのだ。


「颯谷さんは、どう思う?」


「やめとけ」


「…………」


 即答され、司はちょっとがっかりしたような顔をする。そんな彼女に苦笑してから、颯谷はさらにこう言った。


「司が男でも女でも、オレは『やめとけ』って言うよ」


「…………」


「でも司が『それでも』って言うなら、歓迎する。『地獄へようこそ』ってな」


「地獄かぁ」


 司は少し困ったようにはにかみながらそう呟いた。冷や水を浴びせられた気分だ。でも話してみて良かった、と司は思う。司にとってはまだまだ夢みたいな話だが、颯谷たちにとっては厳しい現実の話。それが分かっただけでも収穫だ、と彼女は思った。


颯谷「征伐隊入りを夢見るのはいいけど、征伐隊に夢を見るなよ」

司「言いたいことは分かるけど、今日はネタが多いなぁ」

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― 新着の感想 ―
ひとこと  リアルの世界では、保健師、看護師を養成するための防衛医科大学校看護師養成課程(倍率が高く結構難しい、学費無料)があります。もちろん剣道部も。  この世界の国防軍にも同様の学校があれば、国防…
良い司ちゃん内省回でした〜
まぁ年に2回も雑に死地に行ってこい!される事もあるからねぇ…TVのバラエティじゃねえんだぞ 相談されたら、やめとけ、としか言いようがない
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