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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
仙具考察録

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幕間 世界史3


 ドイツの無条件降伏をもって第二次世界大戦は終結した。しかしながら、戦争はヨーロッパだけで起こっていたわけではない。日本の隣、中国でも戦争が起こっていた。中国共産党と中国国民党による内戦である。


 中国の内戦は1927年に始まり、ヨーロッパで第二次世界大戦が終結してもいまだに終わっていなかった。中国共産党のバックにソ連がいることは明白で、大戦が終結したことでソ連が本腰を入れて国共内戦に関与してくることは十分に考えられる。そして仮に中国が赤化すれば、それは日本にとっては望ましからざる結果だった。


 もともと日本はアメリカと共に国民党を支援していた。もちろん兵士は派遣せず、武器貸与や物資提供の形だったが、ともかくこうして共産勢力の南下を防いでいたわけだ。だが大戦終結により、ソ連軍には国共内戦に介入する余力が生まれた。


 仮にソ連軍が本気で派兵を起こした場合、いかに支援を受けているとはいえ、国民党がこれを防ぐことは不可能であろうと思われた。それでも共産勢力の南下を防ぎたいのであれば、日本の参戦は避けられない。あの広大な中国大陸へ軍を派遣するのだ。そして相手はあのソ連。泥沼化は避けられないように思われた。


 またこの時点で、どうもソ連は核兵器を完成させたらしいという情報が飛び交っていた。真偽のほどは定かではなかったが、これがアメリカを及び腰にさせた。アメリカも核兵器を持ってはいたが、だからこそその威力については熟知している。戦場で互いに核兵器を使用し合う地獄絵図を想像するのは容易だった。


 とはいえ日本が参戦すればアメリカも無関係ではいられない。なによりソ連が無関係とは見ないだろう。また朝鮮半島を植民地としているのだ。共産勢力の南下はアメリカも望んではいない。


 となればとるべき道はただ一つ。早期の停戦と講和である。ソ連軍が本格介入してくる前にこの内戦を終わらせるのだ。そのためにはまず共産党と国民党を交渉のテーブルにつかせる必要がある。ただそれ自体がそもそも難しい。交渉で決着がつくのなら、ダラダラと内戦を続けてはいないのだ。


 エサが必要である。日本はそう思い、身を切る覚悟でこの交渉をまとめる決意を固めた。アメリカから原子爆弾の威力について詳しく聞いたこともそれを後押しした。共産党に対する盾としての国民党を、日本は必要としたのだ。


 まず国民党に対しては台湾の返還を打診した。もちろん無条件で返還するわけではなく、講和が実現したらの話である。当然ながら現地在住の日本人の生命と財産は厳重に保証させ、またすでに日本が征伐した異界の利権についてもこれを認めさせた。


 国民党はこれに食いついた。日本に奪われた台湾の奪還は中華民族の悲願と言ってよい。それをかなえることができれば、国民党は国を治める正当性を示すことができるのだ。またここで対日関係を良くしておけば、今後何かと支援が期待できるという打算もあった。


 それにソ連が後ろ盾になって支援している以上、中国共産党を武力で完全に制圧することは不可能だ。また日本やアメリカが実際の派兵に消極的なことは中国国民党も察しており、大戦が終わった今、ソ連の動向いかんで戦況は加速度的に悪化しかねない。戦略的予防策として停戦は有効、という判断もあった。


 次は中国共産党だ。ただ日本には共産党を直接動かせるようなカードはない。そこで日本は後ろ盾であるソ連に目を付けた。ソ連に対し、日本が日露戦争で手に入れた樺太の南半分の返還を打診したのである。ただしこちらも講和が成った場合の話で、地下資源の利権も認めさせた。


 ソ連はこれに食いついた。帝政ロシアが失った領土の回復は、ソ連と共産主義の正当性を証明することに繋がるからだ。またソ連軍も実のところ損害が大きい。樺太が返ってくるのであれば、手打ちにするのはやぶさかではなかった。


 中国共産党としては、突然梯子を外されたように感じただろう。だがソ連の支援がなくては戦えない。仮に戦って一定の勢力を保ったとしても、ソ連に頼れなければやはり早晩立ち行かなくなるだろう。ブルジョアの親玉たるアメリカと、その手先である日本に対抗するには、やはりソ連の支援がどうしても必要だった。


 こうして中国国民党は意気揚々と、中国共産党はソ連に強く言われて渋々と、交渉のテーブルについた。現在の戦線を基準にして停戦ラインが設けられ、それをもとにして両党は講和。国共内戦は終結したのである。


 さて国共講和条約により、大雑把に言えば中国の北半分を中国共産党が、南半分を中国国民党が支配することになった。それで今後は便宜上、中国共産党の支配地域を北中国、中国国民党の支配地域を南中国と呼ぶ。


 北中国と南中国の面積(台湾を除く)を比べると、実は北中国の方が大きい。これはタクラマカン砂漠など、不毛の大地が含まれているからだ。またより広い国土を掌中に収めたことで、中国共産党の面子が保たれたという側面もある。ただ講和の経緯からして日本やアメリカへの悪感情が残った。


 ただ南中国は台湾を含めた海岸部をほぼ独占しており、貿易などによって経済力を高めていくことになる。また南中国はその成立の経緯上、日本やアメリカとのつながりが深く、そのため政治形態は徐々に民主化していくことになるのだが、それはまた別のお話。


 さて中国における異界の話をしよう。中国は世界でも有数の異界頻出地域だ。ただ中国全土に出現するわけではなく、顕現地域は偏っている。異界が顕現するのは主に四川省、ヒマラヤ山脈の近くだった。


 一方、政治の中心地は遠く離れた北京。そのせいもあってか中国政府は当初、異界問題を重大には考えなかった。そのため放置された異界が多く、そのための不満が国共内戦に繋がった要因の一つとも言われている。


 国共内戦終結後、四川省は主に北中国の一部となった。そして北中国指導部も異界へ目を向け始める。これを放置し続けてはまた政府への不満が高まるだろうし、何より征伐後の資源は魅力的だった。


 ただその一方で北中国指導部は、というより共産主義の理念そのものが、氣功能力を嫌った。共産主義の理念とはすなわち「人民平等」であり、不可逆的に人間を超人化させる氣功能力は、共産主義的に言えば「悪」だった。


 しかし異界は何とかしなければならない。そこで北中国は突入せずに異界を征伐しようとした。つまり白色化した異界への、砲撃などによる飽和攻撃である。共産主義の威信をかけて北中国軍はとある異界を包囲し、白色化した瞬間に激しい攻撃を開始した。


 その激しさたるや、「山を更地にするほど」と言われたが、しかしそれでも異界の征伐は叶わなかった。一時間後に異界は黒色化し、再びスタンピードが起こったのである。北中国軍はその後も幾度か同様の作戦を行ったが、結果はすべて失敗。「小国を更地にできる」ほどの砲弾と爆弾をつぎ込み、しかし異界一つ征伐できなかったのだ。


 ちなみに同様の試みはアメリカでも行われている。ただアメリカの場合は、最初の目論見がどうであったかはともかくとして、現在では実験的な試みとしての側面が強調されている。つまり突入せずに異界を征伐するための新兵器や新戦術の実験場とされているわけだ。ただし今のところ成果は上がっていない。


 まあそれはともかくとして。共産主義の威信をかけて行われた作戦の失敗は、共産党にとって受け入れられなかった。中国共産党のみならず、ソ連の共産党もまたそうである。それで彼らは切り札の投入を決断。すなわち原子爆弾の使用である。


 1945年9月3日。「革命の炎によって不逞なる侵略行為を滅せよ」と命令が下され、とある異界に原子爆弾が投下された。この原子爆弾は異界内で爆発、したとされている。実際に爆発したかは確認されておらず、つまり原子爆弾を使っても異界は征伐されなかった。


 ではなぜ「原子爆弾の不発による征伐の失敗」ではなく、「原子爆弾を使用したにも関わらず征伐には失敗」と判断されたのか。それは原子爆弾を投下した直後、異界に異変が起こったからだ。


 なんと異界の領域が拡大したのである。つまり異界が大きくなったのだ。このような変異もしくは変化はこれまでに確認されておらず、原理が不明であるため確証はないものの、十中八九、原子爆弾の爆発がきっかけであろうと思われた。


 共産党は、つまり北中国もソ連も、この作戦の失敗を秘匿し隠蔽した。これは単なる軍事作戦の失敗ではない。史上初めて核兵器が実戦投入された作戦の失敗なのだ。この失敗が公になれば「核兵器は実は大したことないんじゃないか」と疑念に繋がりかねない。それは核の抑止力が低減することを意味し、そのままソ連の大国としての地位が脅かされることを意味した。


 ただこの失敗を、アメリカはかなり詳細に把握していた。スパイから情報を得ていたのである。それでアメリカは計画していた異界への原子爆弾の投下作戦を凍結。以降、同様の作戦が提案されることはなかった。


 ただアメリカとしても核抑止力に疑念が向けられることは避けたい。さらに言えば、核抑止力を証明するためにソ連が実戦で核兵器を使用することはもっと避けたい。それでアメリカがこの件を大っぴらにすることはなかった。


 この件が明らかになったのはソ連が崩壊してからで、それまでにビキニ環礁での水爆実験などを通し、核兵器の威力に疑念を持つ者はいなくなっていた。ちなみに北中国は現在に至るまで作戦の失敗を、いや作戦の存在自体を認めていない。


 朝鮮半島のことにも触れておこう。米ソの冷戦構造が先鋭化するのに伴い、朝鮮半島が第二のバルカン半島になるのではないかという懸念が高まった。つまり朝鮮半島をめぐる米ソの争いが第三次世界大戦に発展するのではないか、という懸念である。そしてこの手の悲観論はソ連よりむしろアメリカ国民の間で深刻だった。


 そういう国民の声に加え、イギリスやフランスといった友好国の懸念の声にも押され、アメリカは朝鮮半島から軍を撤退。親米国家である大韓民国を建国し主権をゆだねた。ちなみにこれは当時世界的ブームだった植民地独立の流れに沿ったものでもあった。


 アメリカは紳士的だったと言ってよいだろう。しかし北中国は紳士的ではなかった。北中国は金日成を支援して義勇軍を派遣。ここに朝鮮戦争が勃発したのである。金日成は「米帝を倒せ!」と叫んで朝鮮半島を南下。半島のおよそ九割を制圧するに至った。


 こうなるとアメリカも座して見ているわけにはいかない。アメリカ軍を主力とする国連軍が組織され反撃が行われた。ただアメリカが表立って動いたことで、今度はソ連も動く。東西陣営ともに戦力が増強されて戦火は増し、三年にわたる戦争の末、朝鮮半島は全土にわたって焦土と化した。


 前述したとおり、金日成は一時半島のおよそ九割を制圧。しかしマッカーサーが指揮した日米連合軍による仁川上陸作戦によって補給路が断たれ、大きく後退することになった。そして北緯38°線付近を軍事境界線として停戦するに至ったのである。


 こうして朝鮮半島の北側には北朝鮮人民共和国が建国され、半島の南側は大韓民国が統治することになった。ただしあくまで停戦であり、朝鮮戦争は現在に至るまで終戦していない。そのせいか大韓民国では軍事政権が樹立したりするのだが、それはまた別のお話。


 朝鮮戦争停戦の後、「同様の事態を引き起こさないため」としてアメリカは大韓民国に軍を駐留させる。在韓米軍である。ソ連や北中国は反発したが、今は間に北朝鮮がある。また米軍の駐留をとがめて軍を動かし、再び泥沼の戦争をしたいわけでもない。最終的には黙認する形になった。


 韓国政府はこれを歓迎。むしろ積極的に求めさえした。ただ元の宗主国という事情もあり、在韓米軍への韓国国民の感情は複雑だった。植民地時代に戻ったような気分にさせられる一方、在韓米軍の存在がなければまたいつ北朝鮮が攻めてくるか分からない。そういう葛藤のはけ口にされたのが日本である。


 南北朝鮮にとって、日本はアメリカの前の宗主国である。つまり悪だ。非難して良い相手だ。すべて日本が悪い。はい、証明終了。ってな具合の反日論が、大韓民国では以後ことあるごとに叫ばれることになる。


 そういう反日世論は政治にも影響を及ぼし、あるとき韓国政府は日本政府に対して植民地時代の賠償を求めた。だが日本はこれを拒否。「統治権を売却した際、権利と責任の一切はアメリカ側へ移譲されている」というのが日本の主張だった。この主張はアメリカも否定しておらず、つまり大韓民国の主張のほうが無理筋、というのが国際的な大勢である。


 ただ反日世論が根強い以上、大韓民国としても言わざるを得ない面がある。それで大韓民国は主張を取り下げず、日韓関係が悪くなるたびにこれを持ち出し、あるいはこれを持ち出すたびに関係が悪くなり、ということを繰り返していくことになる。


 さて、最後に日本のことにもう少し触れておこう。日本は第二次世界大戦ではパリの解放に多大な貢献をし、大戦後も自ら植民地や領土を手放してまで国共内戦を終結させた。その日本に対する国際的な評価は高い。そしてその日本という国家への信頼は国際連合が設立されると、安全保障理事会の常任理事国に選出されるという形で結実した。


 また日本の国際的な立ち位置としては、日英同盟、日米同盟を軸として、いわゆる西側諸国の一員として振る舞っている。ただそうしていく上で一つ問題があった。大日本帝国憲法である。そこに規定された天皇大権が独裁的であるとされたのだ。


 当時、天皇が批判されたことに不快感を持つ日本人は少なくなかった。ただその一方で、アメリカ的なモノ(政治形態を含め)に憧れを持つ日本人も少なくなかったし、またソ連や北中国、北朝鮮の有様を見て独裁が可能な政治体制が危ういことも理解できていた。なによりヒトラーとナチス政権はワイマール憲法下で誕生したのである。


 すったもんだありつつも、最終的に大日本帝国憲法は改正され日本国憲法が公布された。問題になった天皇大権は立法権、行政権、司法権の三つに分割され、平時はそれぞれ国会、内閣、最高裁判所に付されることとされ、事実上天皇は象徴となった。


 ただし天皇大権が完全に否定されたわけではない。内閣総理大臣が「非常厳戒令」を宣言し、全国会議員の三分の二以上が賛成した場合、天皇大権が復活すると定められた。そして厳戒令が解除されたのち、最高裁判所が一連の対応について検証。一年以内に中間報告を、三年以内に最終報告を出すことが規定されている。


 天皇大権が復活する非常厳戒令については、日本国憲法が公布された直後の国会で時の首相がこのように演説している。


「……非常厳戒令の宣言と天皇大権の復活については、まさに国家の存立にかかわる非常事態に限定されるべきであると考えます。また非常厳戒令の宣言は、特に内閣と国会が己が無力と無能を宣言するに等しいものでありますから、内閣は総辞職、国会議員は粛々と議員バッジを返納するのが筋であると考えます。……」


 なお、日本国憲法が公布されて以来、非常厳戒令が宣言されたことはいまだない。


作者「本作は近代兵器が活躍できない仕様になっております」

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― 新着の感想 ―
こういうIF世界線を考えるのって面白いよね〜 ▷非常厳戒令の宣言と天皇大権の復活については この演説によって内外に非常戒厳令が発動され天皇大権が復活することは今後一切ないのだろうと理解させられるように…
 異界が発生する国を読んでいて、あれ、これは地震帯かなぁ、と思い調べてみました。まず、世界史1、2、3を読み返して異界の発生状況を確認しました。  『異界の発生状況』 1、頻繁に現れた国  イタリア、…
異界と近代兵器の相性の悪さが強調されていて、軍隊から民間へ異界攻略の主役が移ったという流れだが、ミスリードがある気がする。 というのも御所や官邸が異界化したとき、皇族や要人だけが異界に巻き込まれる事態…
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