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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
仙具考察録

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幕間 世界史1


 1919年6月。ベルサイユ条約が結ばれ、第一次世界大戦は終結した。しかし第一次世界大戦の終結は、世界に平和をもたらしはしなかった。むしろ次なる大戦への火種を各地へ残したのである。


 敗戦国となったドイツには支払い不可能な賠償金が課せられた。これが原因となってドイツではハイパーインフレーションが発生。紙幣が紙くずになり、経済は崩壊した。そして世界恐慌を経てナチ党とヒトラーの台頭へとつながるのである。


 また世界経済においても、第一次世界大戦は大きな傷跡を残し、戦後その傷跡は膿んだと言ってよい。ごく大雑把に説明するなら、まず第一次世界大戦においてヨーロッパは焼け野原になった。生産設備が破壊され、さらに若い男性が兵士として戦場へ送られることで生産能力は払底した。


 この、ヨーロッパにおける生産能力の低下を補ったのがアメリカだった。アメリカがその工業力を駆使してヨーロッパへ物資を供給したのである。連合軍を勝たせたのはアメリカの補給能力だった、と言えるかもしれない。


 これらの物資、むろんタダで提供したわけではない。実際のところは購入したのであり、そのお金の出どころはアメリカが引き受けた戦時債権だった。つまりヨーロッパの国々はアメリカからお金を借りて、そのお金でアメリカから物資を購入していたのである。


 戦後、ヨーロッパは急速な復興を遂げる。それに伴い生産能力も回復。そのヨーロッパから巨額の戦時債権を回収したアメリカは、その膨大な資金を用いて多大な設備投資を行った。そして「永遠の繁栄」と言われる好景気を迎えたのである。


 ただし、この時すでにアメリカ経済には陰りが見え始めていた。第一次世界大戦後、農作物の価格が下落したために農家が貧困化。国内の購買力は落ちていた。一方で過剰な設備投資と大量生産が続いて在庫が積みあがった。さらにヨーロッパでは高関税政策が始まり国際貿易は縮小。要するに在庫を吐き出す先がなくなったのだ。


 そして1929年10月。アメリカで株価の大暴落が起こった。圧倒的経済力を誇ったアメリカの恐慌は瞬く間に世界に広がり、世界恐慌へと発展したのである。そしてこの世界恐慌こそが、世界を次なる大戦へと導いたと言ってよいだろう。


 さて、では日本はどうだったのか。第一次世界大戦において戦勝国側に名前を連ねた日本は多数の利権を得た。これによりアジア太平洋地域におけるアメリカの利権に影響を与え出し、アメリカ国内では日本脅威論が支持を得た。そしてこれがワシントン会議へとつながるのである。


 1921年11月。ワシントン会議が開かれ、そこで四か国条約とワシントン海軍軍縮条約が締結された。まず四か国条約だが、これはアメリカ・イギリス・日本・フランスの四か国によって結ばれた条約で、各国が太平洋方面にもつ属地や領土・権益の相互尊重、およびそれに起因する国際問題の平和的処理の仕方について定められた。


 四か国条約の締結に伴い、アメリカはイギリスに対し日英同盟の解消を強く求めた。日本を五大国の一国に押し上げる原動力の一つとなったと考えられていたからである。しかしイギリスはこれを拒否して日英同盟を更新。二国間軍事同盟は維持されることになった。


 アメリカの強い反発にも関わらずイギリスが日英同盟を更新した大きな理由の一つは、異界とそこから得られる資源、特に天鋼(英名:Blue Steel)だった。ただしこれだけではなく、そこにもう一つの大きな理由、インドネシアとシーレーンが絡んでいる。


 異界がこの世界に現れたのは1914年である。日本では同年7月に初めて国内に異界が顕現した。そして未知なる物質、虹石と天鉱石が発見される。この二つの未知の物質について日本は特に力を入れて研究を行い、1920年ごろまでに一定の成果を出していた。


 天鉱石を精製して作られる天鋼は、鉄より強く、鉄より軽く、そして錆びにくいという、極めて優れた金属だった。特に船舶のためにあるような金属と言ってよい。もちろん埋蔵量や採掘量の問題などから鉄よりもだいぶ高価だったが、しかしそれを差し引いてもおつりがくる。そう考える者は多かった。


 特に軍事面ではその傾向が強く、「天鋼で軍艦を造れば、それ以前の軍艦はたちまち陳腐化する」とまで言われた。天鋼の確保は特に海洋国家においては死活問題となり、当時世界有数の海軍力を有していたイギリスもまた、この問題に向き合わざるを得なくなった。


 イギリスはヨーロッパの島国である。その点、日本と似ているといえるが、しかし日本とは異なりイギリス国内にはほとんど異界が現れなかった。ヨーロッパで異界が頻繁に現れたのはイタリアだが、イタリアは異界の征伐に手間取っていたし、イギリスもイギリス人の血を流してまでイタリアの異界を征伐しようとはしなかった。


 ではイギリスは日本から天鋼を手に入れようとしたのかというと、それも違う。当時、イギリスは世界中に植民地を持っており、その中でもインドには異界が頻繁に顕現した。それでイギリスはインドから天鋼を手に入れていた。


 一方、インドネシアもまた頻繁に異界が現れた。だが宗主国であるオランダは、当初この問題を深刻には考えなかった。現地に対応を任せたのである。そのくせ、独立運動を警戒して十分な武器を与えなかった。そのため氾濫スタンピードを含めた災害に現地でも十分な対応はできず、その結果インドネシアでは政情不安が一気に深刻化した。


 インドネシアの政情不安はイギリスにとっても他人事ではなかった。イギリスはマラッカ海峡を挟んだマレーシアを植民地としている。インドネシアの政情不安はマレーシアへの難民を増加させ、またイギリスにとって重要なシーレーンであるマラッカ海峡の治安を悪化させた。どちらもイギリスにとっては看過できないことである。


 イギリスはオランダに対応を求めた。しかしそれでもなお、オランダはこの問題を軽視した。オランダが重視していたのはインドネシアの地下資源であって、そちらには手を打っていたのだ。そしてイギリスが困る分には、オランダは少しも困らなかった。


 オランダのこのような対応はイギリスにとっては苦々しい限りだったが、しかし当時は第一次世界大戦中で手の打ちようがない。大戦終結後に改めて圧力をかけるとオランダはようやく、渋々と応じた。ただし「自力で征伐するだけの余力はない」という。


 イギリスは憤然とした。ならばとイギリスが征伐することを認めさせたが、しかし前述したとおりイギリスはインドの異界にも対応している。はっきり言って余力はない。そこでイギリスが目を付けたのが、日本との日英同盟だった。


 イギリスは日英同盟を多少・・拡大解釈して、インドネシアの異界の征伐を日本に依頼したのである。見返りとして提示したのは、まず利権。征伐した異界由来の資源の利権を日本に認めたのだ。ただし天鋼については、イギリスに優先的な購入枠を設けることになっていた。


 そしてもう一つの見返りには、ワシントン海軍軍縮条約が関係している。この軍縮条約で日本の戦艦保有枠は英米比六割とされた。日本にとってはなかなか屈辱的な割合と言ってよい。そこでイギリスが用意した抜け穴が、「国外保有枠英米比二割」だった。つまり「日本国外に置いておくなら、さらにもう二割持っていいよ」というわけだ。そしてこの二割を、イギリスはマレーシアで受け入れたのである。


 詭弁というか詐術というか。ちなみに後のロンドン軍縮会議でも、イギリスは日本に似たような配慮をしている。ともかくここまでお膳立てされては、日本としても受けざるを得ない。こうして日本はマレーシアに軍艦を派遣し、インドネシアの異界征伐を請け負うようになったのである。


 ただイギリスの狙いは、単なる異界対策だけではなかったと言われている。軍艦を派遣させているわけであるから、そこにシーレーン警備の思惑があったのは確実だろう。またオランダに圧力をかける狙いもあったのではないかと言われている。


 面白くなかったのはアメリカである。アメリカとしてはこのワシントン会議で、アジア太平洋地域へ進出しようとしている日本の頭を押さえようとしていた。だが伝統的な同盟国であるイギリスに、いわば裏切られてしまったのだ。


 このアメリカへのフォローのためにイギリスの用意した見返りが、他でもない天鋼である。インドとインドネシアの異界から天鉱石を手に入れられるようになったイギリスは、自国で用いる分以上の天鋼を確保する目途が立った。その余剰分をアメリカに提供することを打診したのである。


 アメリカはこれを受け入れた。天鋼が必要だったからだ。アメリカにも異界は顕現していたが、その数は日本の20~25%程度だったし、征伐自体も上手くいっているとは言い難い。その一方で軍艦の数は多く、膨大な天鋼が必要。その天鋼を日本を利用して確保できるならば、と感情的にも納得しやすかったようだ。


 こうして日本による軍艦の派遣と異界征伐は、ともかくインドネシアを安定させた。最大で七つあった未征伐異界は約五年で解消。以降は現れた異界を順次征伐していく形になった。またこうして蓄積された征伐のノウハウは、イギリス軍と共有された。これらのノウハウをもとに、イギリスはインドでの異界征伐を徐々に洗練させていった。


 例えば、このころの日本軍は一つの異界に対して300~500人の部隊を突入させていた。統計上、1000人突入させようが、100人突入させようが、あまり征伐の成功率に変わりがなかったからだ。ただたった100人では兵士たちの士気にかかわるとしてだいたいこの規模になったのである。


 イギリス軍の場合は最低1000人だったというから、これを半分に減らせるだけでもかなり負担が減る。単純に考えて、同じ人数で倍の異界を征伐できるのだから。また氣功能力というモノに対して、東洋武術は相性が良かった。インドに師範が派遣され、イギリスはこの分野を貪欲に吸収していった。


 さて、では当の日本はどうだったのか。第一次世界大戦で戦勝国側に名前を連ねたことにより、日本は多くの利権を得て、また国際的な地位も高まったと言ってよい。ただしこの大戦に参戦した判断について、国内での評価は悪かった。国民視点からすると、軍部は異界を無視して海外へ軍を派遣したようなもので、国内を、国土を、国民を軽視しているように見えたのだ。


 その反発は大きく、「軍部と内閣は利権のために国民を生贄にした」とまで言われた。さらには当時の天皇までが「今後は国土と国民を優先することが望ましい」と発言。この後、軍部を含めた政府は国内を重視していくことになる。つまり海外への覇権的な野望はしぼんだわけだった。


 また虹石と天鉱石という新たな資源を手にしたことで、資源のための植民地を日本は以前ほど必要としなくなった。また日本が進出を狙っていた東南アジア地域というのは、異界の出現数が多い。仮に植民地化してもスタンピード対策や異界征伐のために多大の労力が必要になることが分かり切っており、その分を差し引けばうま味は少ないように思われた。


 つまり日本の、少なくとも覇権主義的な意味での海外進出の意志は、この当時かなり薄れていた。無論、日本は外貨を必要としていたが、異界由来の資源、特に天鉱石を欲しがる国は多く、あえてこれ以上の植民地を持つ意義は小さくなっていた。


 そこへイギリスの提案である。国内外合わせて英米比八割の戦艦保有枠なら、国家としての面子はまあまあ保たれる。異界征伐は確かに難事だが、資源が得られるなら悪い話ではない。またこのころ、異界征伐のために何十万という戦力は必要ないことを国民も理解し始めており、一万人に満たない規模の派兵なら「国内軽視」の批判は浴びずに済んだ。


 こうして日本はイギリスとの関係を維持。国内の異界征伐を重視しつつ、マレーシアには軍艦を派遣し、インドネシアでは征伐を行って利権の確保を行った。イギリスとの関係を維持したことで、アメリカとの関係も対立とまではならずに済んだ。イギリスがとりなしてくれたからだし、またイギリスを通じて日本が海外への覇権的進出の意志が小さいことが内々に伝えられたからでもあった。


 異界関連のことをもう少し語ろう。異界は初めて顕現したのは1914年。この後の数年は混乱期だった。訳も分からないまま異界という脅威に対処せねばならず、世界中が四苦八苦しながらこの問題に取り組んだ。


 一つの異界を征伐するのに一年以上かかることも珍しくなく、当然ながらその間に被害は大きくなった。加えて一つの異界を征伐する間に二つの異界が新たに顕現するような有様で、つまりこの数年間、未征伐の異界は増え続けた。


 1920年代に入ると、第一次世界大戦が終わったこともあり、各国は異界対策に力を入れていく。そこには安全保障上の観点だけでなく、新たな資源を獲得するという経済上の観点も関係していた。


 ともかく各国は異界対策に力を入れた。そして経験を重ねることにより、異界というモノに対して少しずつだが理解が進んだ。ただこのころはまだ先入観というか、異界の外の常識に縛られていた部分が大きい。


 その一つが最新の兵器の使用である。今でこそ近代兵器は異界と致命的に相性が悪いことが知られているが、このころはまだ「強力な兵器」への、信仰とも言えるような信頼感を軍人のみならず一般人もまた有していた。第一次世界大戦で目の当たりにしたそれら兵器の破壊力が、そのベースにあったのは言うまでもない事だろう。


 例えば戦車。第一次世界大戦で初めて実戦投入されたこの兵器は極めて強力で、当然ながら異界征伐のためにも使用された。だが戦車が征伐に有用だった例はあまりない。しかしそれでも、戦車は異界へ投入され続けた。


 その理由はいくつかある。まず征伐に失敗した場合のことを考えると、なぜ失敗したのかは外からは窺い知ることができない。そのため戦車が役に立ったかどうかも分からないまま、また新たに戦車が投入されるというパターンが多かった。


 また戦車は全く役に立たないわけではない。この当時の火力でも中鬼程度を倒すには十分で、そういう意味ではモンスターに対して有効だった。一方でヌシ守護者ガーディアンには無力だったわけだが、そこへ行くまでに燃料切れになるなど、そもそも中心部へたどり着かなかったケースが多く、「十分な燃料を持ち込むべし」といった方向へ知見が重ねられた。


 別の例としては、「銃剣が有効だった」という知見が得られたとしても、そもそも銃剣を使用するのは銃弾が尽きたからで、「十分な量の銃弾を用意するべし」という具合に解釈される。また氣功能力の覚醒のことは分かっていても、鍛え方が分からないので、結果的に能力者は一般人と大差なく、そういうわけで氣功能力はこの当時まだそこまで重視されてはいなかった。ちなみに差があってもそれは「軍人だから」と解釈された。


 そう言うわけだから、異界征伐の例の中には極端なものもある。一例をあげるなら、1923年にソ連が行った征伐がそうだ。成立間もないソ連は国家の威信をかけてとある異界の征伐に着手。「人民の、人民による、人民のための解放」とスローガンを掲げ、何と一万人の大部隊を異界へ投入。そして誰も帰ってこなかった。


 この失敗をソ連は秘匿し隠蔽。「異界は征伐されたが、短期間のうちに同じ場所に同じ規模の異界が再び顕現した」と説明した。そして「もう一度征伐しても、再び同じことが起こることが懸念される」としてこの異界を事実上放置。以降、ソ連が崩壊して秘匿されていた情報が公開されるまで、新たな部隊が突入することはなかったのである。


 ともあれ、こうした数と兵器に頼った征伐は、第二次世界大戦後まで続くことになる。だがその前に、世界は世界恐慌を経験することになった。


作者「四か国条約なんて初めて知ったぜ」

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― 新着の感想 ―
100年も異界と付き合ってて、魅力的な資源があることもわかってて、何度も討伐してるのに、敵を倒したら氣功が強くなることに誰も気づかないって、そんなことある?と感じました。 100年前の倫理観は人体実…
異界放置したら中からモンスター出てくるとかじゃなかったっけ?ソ連は大丈夫やったんか?
歴史はよくわからんがこの世界だと領土を拡大するほど爆弾がついてくるから植民地に対する執着が薄いのは納得ですね。
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