和歌山県東部異界の征伐に係わる総括ミーティング2
「キリシマ君の次に話すというのも恥ずかしい限りだが、他の方の意見も聞いてみたい。まずは我々の話から聞いていただこう」
そう言って話し始めたのはトリスタンだった。持てる限りの背嚢を持って異界に突入したのち彼はすぐにヴィクトールと合流。どういう方針で動くかについて話し合った。
「まずは生存を目指す。それが第一目標になった。そのためにはモンスターとの遭遇率が低い外縁部から動かない方が良いと話し合った。それはつまり積極的な征伐は行わないという意味で、最終的な生存に関しては他人の手にゆだねることになる。そのことに何も思わなかったわけではないが、キリシマ君が突入していることは分かっていたのでね。我々が出しゃばるよりも彼に任せた方が良いということになった。
「それから広域無線だが、確かに受信した。あえて言うが、我々にとっては希望そのものだったよ。同時に何もできないことが申し訳なくもあったが、結果的にはヤケを起こさずにすんで良かったと思っている。
「さて実際のところどうやって身を守っていたのかという話だが、レポートにもある通りロープを使って周囲を囲み、いわば防衛線を構築した。少なくともスケルトン相手には有効だったと認識している。鈴を付けることで、視界が利かないというネガティブポイントもカバーできた。
「キリシマ君も指摘していたが、懸念はやはりバッテリーの残量だったな。薪を集めるなりすれば良かったのかもしれないが、そのためにもライトは必要。我々の実力と暗闇という環境を勘案し、まずは耐えることにし、それで正解だったと思っている。
「今後、暗視ゴーグルを基本装備に含めるかどうかというのは当然皆が考えていると思うが、これが役に立つのは十分なバッテリーがあることが前提だ。通常の突入であれば大量のバッテリーを持ち込むことは可能だろうが、その場合、異界はおそらく昼の状態。暗視ゴーグルの重要性はそこまで高くないだろう。逆に今回のような場合であれば、常時使うにはバッテリーが足りない。あれば有用とは思うが、あまり装備を過信しない方が良いと思う。
「今回は突入から48時間以内という異例の早期征伐だったが、仮にもっと時間がかかっていたとしたら、モンスターの強さよりも精神的に追い詰められていただろうと思う。あの短い時間でさえ、我々は孤独で孤立しており、あらゆる情報から遮断されていた。通信を確保することは、精神的安定の観点からも有意義であると思う。最後に、ともに戦ってくれた戦友に心から感謝したい。Merci, Víctor」
そう言ってトリスタンはマイクを返した。颯谷としては、ロープを使った防衛線の構築は真似すれば良かったと思う。そうすればもうちょっと安心して寝られただろう。内心でちょっと悔しい思いをしつつ、彼はそのアイディアを頭の中のメモ帳に書き込んだ。
トリスタンに続いて他のグループも活動の様子を報告していく。大抵の者たちは突入した地点から動かず、颯谷が征伐を達成するのを待つ方針だったようだ。ただその中でも死者は出ている。薪を集めるために山の中へ入り、しかしいつまでたっても帰ってこなくて、そのまま推定死亡と判断された者が一名いた。
最後にマイクを受け取ったのは槇岡武雄。彼は車イスに座ったまま、やや沈痛な口調でこう語り始めた。
「突入を止め、異界の中で青島と合流してから、最初に心配したのはやはりバッテリーのことだった。バッテリーが尽きれば動けなくなる。その前に征伐を終えなければならない。そう思い、青島と共に異界の中心部へ向かった。
「途中、桐島君の広域無線を受信したが、引き返すことはしなかった。彼一人に任せるわけにはいかないと思ったからだ。可能なら合流したいと思ったのだが、結果的にそれはかなわず、申し訳ないと思っている。
「突入から十時間ほど経ったころだったか、道路が土砂崩れで寸断されていた。そこを登って越えようとしたのだが、土砂の中にスケルトンが隠れていてな。青島が足を掴まれてバランスを崩し、そこへ多数のスケルトンが殺到した。
「私も助けようとしたのだが、やはり足を掴まれ、つんのめってそのまま谷底へ落下。気付いた時には手と足を片方ずつ骨折していた。応急処置はしたが、動くに動けず、木々の間に身を隠して息を殺して征伐が達成されるのを待った次第だ。
「これは他のグループの話を聞いて思ったことだが、物資を外から投げ込むというのは良いアイディアだと思った。仮に少数での突入になったとしても、例えばバイクなどがあれば中心部は目指しやすくなるだろう。今後の参考にされたい」
武雄は自身が確認していないとして発言に含めなかったが、その後青島健吾は死亡が確認されている。これで死者は二名で、共通しているのは異界の中を動き回っていたという点か。やはり常夜という環境こそが最大の障害であったことがうかがえる。
さて各グループの報告と質疑応答が終わると、国防軍の担当官は壇上から降りた。颯谷はこの後の議事進行も自分がやらなければならないのかと身構えたが、武雄が車イスを押してもらいスロープを使って壇上へ上がる。そしてマイクを持ってこう話し始めた。
「見苦しい姿で申し訳ない。ひとまず私が進行させてもらうが、よろしいかな?」
異論が上がらないのを見て、武雄は一つ頷く。そしてこう言葉をつづけた。
「まずは死亡した二名の戦友に黙祷を捧げたい。黙祷」
短い黙祷が捧げられる。黙祷が終わると、武雄はさらにこう言った。
「さて報奨金のことだが、今回は概算で169億ということになった。霧崎軍曹とトリスタン少佐とヴィクトール少尉は報奨金を受け取らないという話だったが、本当にそれで良いのだな?」
武雄がそう確認すると、三人がそれぞれ頷く。そこをはっきりさせた上で、武雄はさらにこう話を続ける。
「では基本的に残りの六名で報奨金を分配するわけだが、まずは概算の金額で受け取るということで良いかな? ……ではそういうことにするが、皆が承知しているとおり、今回は負担や功労の配分がいちじるしく偏っている。それで征伐に大きな功績のある桐島君が八割で、残りの二割を五人で頭割りにすることを提案したい」
武雄の提案に反対の声は上がらない。それを見て武雄は「ではそういうことで」と言って配分割合を決めた。それから彼はやや言いづらそうにしながら次の議題に移る。それは死亡者へのお見舞金のことだった。
「見舞金についてだが、これは一人1億、合計で2億を最初に取り分けることを提案したい。いかがだろうか?」
「金額について異論はないが、一つ確認したい。二名ということは、青島健吾にも見舞金を支払うということか?」
「そうだ」
「青島は一番槍の役割を果たさなかった! 青島のせいで俺たちは危機に晒されたんだ! 突入を止めた槇岡さんには感謝しているが、青島にまで見舞金を支払うのは断固反対だ!」
そう主張したのは、死亡したもう一名と一緒に突入した男性だった。「そうだ、そうだ」と彼に賛同する声が上がる。報奨金を受け取らない三人も、厳しい表情をしながら小さく頷いた。
「皆の気持ちもわかる。だが一番槍としての責任は私が代わりに果たしたし、その分の手数料は辞退する。どうか納得してもらいたい」
「冗談じゃない! 槇岡さん、あんた、自分の身内だからって、そりゃ依怙贔屓だよ!」
「依怙贔屓をしているつもりはない。私はただ、アイツの死は決して無意味ではなかったのだと、アイツも征伐に貢献したのだと、ご遺族の方にそう言ってあげたいのだ」
武雄はそう訴えたのだが、反対意見は収まらない。口論は徐々にヒートアップしていく。報奨金を受け取る六名の内、武雄と颯谷を除く四名は多少の温度差こそあれ、青島健吾の遺族に見舞金を出すことには反対の立場。軍人三名も、口は挟まないものの心情的には反対だろう。武雄一人では分が悪く、ついに押し切られるかと思ったその時に、颯谷が挙手してこう言った。
「じゃあ、その青島さんの分は、オレが個人的に出しますよ」
「それは……っ、その、良いのか……?」
「1億でしょ? 100億以上もらうわけですし、いいですよ、別に」
颯谷がそう言うと、騒いでいた大人たちが一転して静かになった。颯谷はちょっと気分が良くなり、さらに皮肉の一つも言ってやりたくなって、さらにこう言った。
「ご不満ですか? ならもう一人の方の、町田さんの分もオレが出しますよ。ほら、オレがやれば税金掛からないですし」
大人たちはますます渋い顔になった。「金の問題じゃない」と彼らは言いたいのだろう。だが相手は他でもない桐島颯谷。今回の異界を単独で征伐してくれた少年だ。「この程度のことでグダグダ言ってるんじゃない」と言われているようで、もう何も言えなかった。そして彼に視線で促され、武雄がこう話をまとめる。
「……では見舞金の振り込みは、桐島君にお願いしよう。ただし青島の分は私の分から差っ引いてもらうことにして、町田の分は先に取り分ける形にしたい。いかがだろうか?」
武雄がそう提案すると、冷静さを取り戻した大人たちの「異議なし」の声が上がった。その提案なら、武雄には一番槍を務めた分の手数料を要求する権利がありそうなものだが、彼はそうしない。
二人は親族という話だし、「身内の不始末の責任を取った」ということなのかもしれない。またここにいるのは異界に突入してしまった者たちで、そういう意味では被害者で、また一番槍の恩恵を受けられなかった者たちだ。そういう部分にも配慮したのかもしれない。
一方颯谷としては、自分が2億円を負担するという提案がかなり嫌味っぽいという自覚がある。そもそも言い争いにうんざりしていたからそう言っただけで、「どうしてもそうしてやる」という強い意志があるわけではない。それで武雄から視線を向けられると、大きく頷いて了解の意を返した。
その後、さらに細々としたことを幾つか話し合い、総括ミーティングは終わった。慰労会が始まるまでにはまだ少し時間があり、颯谷はロビーのソファーに座って少し身体を伸ばす。時間を潰そうと思ってスマホを取り出したのだが、何かアプリを開くよりも早く、彼に話しかける者がいた。武雄である。
「桐島君。今回は君に色々と負担をかけてしまった。そのことは申し訳なく思う。……そして助かった。心から感謝する」
そう言って、武雄は車イスに座ったまま深々と頭を下げた。車イスを押す付添人も、同じように頭を下げる。こんなときにどう答えたら正解なのかよく分からず、颯谷は内心で少し困りながらこう答えた。
「ああ、いえ。……怪我のほうは大丈夫ですか?」
「命に別状はないが、病院での処置は少し遅れたのでな。完全に治すには通常よりも時間がかかるかもしれない、と医者からは言われている」
「そうでしたか……。なんというか、その、お大事に」
「ああ、ありがとう」
武雄がそう答えると、二人の間には沈黙が降りた。颯谷がやや気まずい思いをしていると、武雄が少し聞きづらそうにしながら彼にこう尋ねる。
「……その、一つ聞きたいのだが……」
「はい、何でしょうか?」
「……今回、桐島君は一人で突入して良かったと思っているのだろうか?」
「結果的には良かったんじゃないですか。一人でやるのでなければ、オレはポータブルバッテリーなんて持って行かなかったでしょうし」
そしてポータブルバッテリーがなければ、人数がいても結局どこかでライトが使えなくなっていただろう。その場合、行動が大きく制限されるのは想像に難くない。ただ武雄としては複雑だ。自分たちの存在意義は何なのかと、そんなことまで考えてしまう。そんな彼の内心に気付いたわけではないのだろうが、颯谷はさらに続けてこう言った。
「でも、別に一人でやりたいってわけじゃないですよ。誰かいてくれればっていうのは、やっぱり思いましたし」
「そう、か」
そう言って、武雄は何度か頷いた。そして最後に「話せてよかった」と言ってから、車イスを押してもらいその場を後にした。
桐島颯谷は超人的な力を持っている。武雄はそれを直接見たわけではないが、彼のこれまでの武勲を鑑みれば、そうとしか言いようがない。しかしだからと言って、彼は超人として期待されることを望んではいない。
現在の征伐隊に彼を入れ込もうとすれば、どこかにひずみが出て歪になるだろう。なぜなら彼は超人的で、実力が突出しているからだ。要するに周りが付いていけないのである。
そうであるために颯谷に窮屈な思いをしろというのは、しかしおかしな話である。まずは自分たちの実力不足を嘆くべきではないか。「それが筋のはずだ」と武雄は思う。
(少なくとも、人間はあのレベルに至れるのだ)
ならば目指さない理由はない、と武雄は思う。比肩する実力者が現れれば、颯谷についても「超人的」などとは思われなくなるだろう。
果てしない目標だ。ただ同時に、今後はいわゆるレベル上げの比重も高まっていくのではないかと思う。最初に聞いた時には正直いい気はしなかったのだが、今回のような結果を見ればそうも言っていられない。
何より、武雄自身が自分の実力不足を痛感している。実力不足をそのままにしておくことは、彼の意地が許さない。
(まずは怪我を治すことか。今日は、酒は飲めんな)
そんなことを考え、武雄は車イスの上で小さく笑った。それを見て付添人がこう尋ねる。
「桐島君のことですか?」
「ん……? まあ、そうだな。そうなるか。まったく、生意気な子供だよ」
そう言って、武雄は楽しげに笑った。その後の慰労会で、彼は最初の乾杯だけ参加し、グラスの中の烏龍茶を飲み干すと、怪我を理由にお土産だけ持って退席した。颯谷もそれを見送ったのだが、車イスに座る彼はそれでもなんだか堂々としていて、彼は小さく肩をすくめたのだった。
霧崎優子「丸ごとカットされた!?」
作者「フランス軍人組とあんまり差がないので……」




