和歌山県東部異界の征伐に係わる総括ミーティング1
和歌山県東部異界が征伐された一週間後。颯谷は再び和歌山県の国防軍基地に来ていた。総括ミーティングに出席するためだ。
総括ミーティングが行われたのは、全体ミーティングが行われたのと同じ会議室。あの時はほぼ満席だったのに、今日はスカスカである。総括ミーティングに出席するのは実際に異界に突入したものだけで、その数わずかに九名。颯谷はまた端っこに座ろうと思っていたのだが、席の数自体が制限されていて、彼は仕方なく空いていた席に座った。
颯谷が席に座ると、すぐ周囲に人が集まる。彼らは口々に彼に礼を言った。ただ颯谷からすれば、どこの誰だか分からない者たち。ここにいるのだからあの常闇の異界に突入してしまったのだろうが、現地で顔を合わせたわけでもなく、「おかげで助かった」と言われてもその実感はない。曖昧な表情で応対することになった。ただその中には顔見知りもいた。
「キリシマ君。君は我々の命の恩人だ。フランスに来ることがあればぜひ連絡をくれ。シャンパンで乾杯しよう!」
そう言って力強く颯谷の手を握ったのは、トリスタンだった。ヴィクトールも彼の後ろに控えていて、颯谷に向かって敬礼する。どうやら彼らも異界に突入してしまっていたらしい。ブンブンと腕を上下に振って握手するのは、颯谷からするとかなりオーバーなリアクションだが、満面の笑みで接してもらえれば悪い気はしない。颯谷も自然と笑顔になった。
さて総括ミーティングが始まる直前、最後の出席者が現れた。槇岡武雄である。彼は右手と右足をギブスで固めて車イスに乗っている。車いすを押しているのは若い男性で、おそらく親族であろうと思われた。
武雄が車イスに座ったまま席に着くと、いよいよ総括ミーティングが始まった。まずは国防軍の担当官が壇上に上がり、簡単な挨拶を述べる。それから出席者にレポートが配られた。そして最初にそのレポートについての説明が行われる。
「……今回の異界に突入したのは全部で十一名。死者二名、損耗と判断された負傷者はなしで、損耗率は18%強となっています」
(死者二名、か)
それが多いのか少ないのか、颯谷は咄嗟に判断できなかった。異界征伐事業全体からすれば、今回の損耗率18%強というのは上々の成績と言ってよい。ただ突入から48時間以内に二名が死亡したとも言える。それをどう考えたらよいのか、彼はちょっと分からなかった。
さてそうこうしている間にも説明は続いている。レポートのメインとなっているのはやはり颯谷の行動であり、聞き取り調査で話した内容が主だ。ただ最後の部分、つまり彼が意識を失っていた間のことが、現地調査の結果を踏まえた推測として載せられていた。
「……隠遁を暴かれた時点で、餓者髑髏はヌシとして未だ不完全な姿であったと推測されます。その状態で表に出てきて、桐島君を殴り飛ばした後、どうも着地に失敗したようです。現地の状況からそう判断しました。餓者髑髏は巨体ですから、落下時の衝撃も相当なものだったはずです。このことは異界内部での地震という形で皆さんも体感されています。そしてその衝撃が、コアへの致命的なダメージに繋がったのではないかと推測されます。
また餓者髑髏が落下したと思しき場所の周囲には、焦げたような跡が残っていました。つまり何かしらが燃えたのではないかと思われるわけですが、これは餓者髑髏が隠遁のために用いていたエネルギーが、それが破られたことによっていわば暴走したのではないかと推測しています。その衝撃波や延焼もまた、コアへの致命的ダメージの一因となった可能性があるでしょう」
その説明を聞いて、颯谷は内心で首を傾げた。国防軍の推測については、それを否定する要素は今のところ見当たらない。しかしそれならばなぜ、彼のメインウェポンである仙樹の杖は消し炭になったのだろうか。
餓者髑髏の隠遁を破ったのは「伸閃・朧斬り」である。つまり仙樹の杖そのもので隠遁を破ったわけではない。仮に隠遁を破った際に火花などが散ったとして、それが仙樹の杖に触れて着火したというのは考えづらい。もしそうなら大量の火花が広範囲に散っていたはずで、さすがにそれなら覚えているはずだ。
となれば意識を失った後に何かあったことになる。隠遁していたあの空間が崩れる時に、炎の混じった衝撃波でも吹き荒れただろうか。しかしそうなら、迷彩服など仙樹の杖以外には焦げたところが少しもないのが不自然だ。
(う~ん、分からん……)
レポートに視線を落としながら、颯谷は内心でそう呟いた。そして分からないことを考え続けても仕方がないと思い、頭を切り替える。総括ミーティングはレポートの説明が終わり、次に反省会に移った。
颯谷はややぼんやりしながら誰かが話し始めるのを待っていたのだが、最初にマイクを向けられたのは他でもない彼自身。周囲を見渡せば、他の出席者の視線も彼に集まっている。そこでようやく、彼は自分が話さないと先に進まないのだと気が付き、マイクを受け取っておもむろに立ち上がった。
「あ~、なんていうか、だいたいレポートに書いてある通りなんですけど……。じゃあまあとりあえず最初から。……突入の指示が出て、実際に入ってみたら真っ暗で、こりゃマズいと思って、何とかまだ外に出ていた片足で×のサインを残しました。ちゃんと描けたのかは分かりませんけど。でもレポートを見る限り、それが突入中止の判断に繋がったようですし、役に立って良かったです」
颯谷がそう言うと、武雄が大きく頷いているのが目に入る。彼はさらにこう話をつづけた。
「突入した後は、ポータブルバッテリーのLEDライトを使って、まずは予定通り頂上を目指しました。ただ頂上からもやっぱり何も見えない感じでした。ただ篝火みたいなのが見えて、地図で確認したらそれが中心部方向だったので、きっと何かあるんだろうと。まずはそこに行ってみようと決めました。
中継器を使った全体への無線は正直迷いました。どれくらい突入しているか分からなかったし、中継器を使えばバッテリーも消耗するので。LEDライトが生命線になることはすぐに想像できましたし、伝えられる情報もほとんどなかったですし……。でもあの篝火みたいなのは絶対何かあるだろうし、それなら伝えた方が良いかと思って、やることにしました」
今度はほぼ全員が頷いた。それを視界に映しつつも、頭のなかでは当時のことを思い出しながら、颯谷はさらにこう続ける。
「全体への無線は、ちゃんと受信してもらえたようで良かったです。まあ話すこともあんまりないんで短い通信でしたけど。通信を終えた後は、予定通り山を降りました。荷物が重かったんで内氣功の消費が結構激しかったんですけど、そこは仙果を食べながら。
で、そん時に気付いたのが、どうもスケルトンは光に反応してないってことですね。ライトで照らしても反応しなかったんで。であれば隠れるのには迷彩が有効かなと思いました。寝る時も、そのおかげで襲われずにすんだのかな、と思っています」
さらりと颯谷が明かした情報は、出席者たちにとっては衝撃的だった。確かに少し考えてみれば、スケルトンが光に反応しないというのは納得できる話だ。しかし異界の中でそのことに気付けたのは颯谷だけ。もし気付いていたらもう少し違うやり方があったのではないか。そう思う者は多かった。そして颯谷の話は続く。
「山を下りて、道に出て、そこからは道なりに中心部へ向かいました。途中で少し寝て、また歩いて、途中の谷が深いところで、やたらとスケルトンがたくさん出ました。無限湧きかと思ったのでそこは強行突破して、そこからもう少し行ったところが中心部のすぐ近くでした。草原だったんですけど、レポートによると消えたみたいですね」
つまりあの草原は異界による突然変異だったということだ。聞き取り調査の時に教えてもらったのだが、地図上で見るかぎり確かにあの異界の中心に草原などなかった。そのことを思い出しながら、颯谷はさらに続きを語る。
「そこにいたのは三尾の妖狐でした。スケルトンと戦っていたので、すぐにイレギュラーだと分かりました。妖狐と戦うかは迷いました。倒しても直接征伐には結びつかないだろうと思ったので。でも中心部を探索するには戦わざるを得ないだろうと思って戦いました。で、眼帯をドロップしたわけです。
妖狐を倒したあとは、中心部を歩き回ったんですけど、ヌシはいないしコアはないしで、どうしようかと。その時に眼帯を付けてみたら空間の歪みみたいなのが視えて、これはもう行ってみるしかないだろう、と。バッテリーの残量も心配だったんで、悩んでる暇はなかったですね」
颯谷は「レポートにも書いてあることだし」と思ってさらりと流したが、イレギュラー関係は情報量が多い。特にイレギュラーのドロップが征伐の鍵になったというのは重大な情報で、今後の征伐の戦略を変える可能性がある。また妖狐がドロップした眼帯についてももっと詳しく聞きたいと思っている者が多かったが、颯谷の話はまだ続く。
「時々眼帯で確認しながら山ン中を歩いて、起きたらポータブルバッテリーのLEDライトが付かなくなってて焦りました。そこからは懐中電灯を使ったんですけど、荷物が軽くなったおかげで移動速度は上がったのかな、たぶん。あ、あと途中で眼帯の使い方が分かったんで、バッテリーの心配は小さくなりましたね。
それで、例の空間の歪みみたいなヤツの近くまで行ったんですけど、宙に浮いている感じで、直接手で触れられる高さではなかったです。なので技で斬りつけてみたら餓者髑髏が出てきたって感じですね。あとはレポートに書いてある通りです。気付いたら異界のフィールドが消えてました」
そう言って颯谷は発言を終えようとし、「そう言えばこれは反省会だった」と思い出す。そしてこう続けた。
「反省点ですけど、そうだなぁ……、強いて言うならもう少しちゃんと地図が使えれば良かったなと思います。そうすれば道なき道にしても、もう少し楽なルートを選べたんじゃないかと思います。まあ、こんな感じですね」
最後にそう話し、颯谷はマイクを返した。本来なら他のグループの話に移るのだが、レポートによれば他のグループはほとんど征伐のためには動いていない。そのせいかまず颯谷に対する質疑応答になる。挙手し、当てられた男にマイクが渡る。彼は立ち上がってこう言った。
「まずは最初の広域通信に感謝する。あれで希望を持てた。……それで妖狐についてだが、レポートには狐火について『氣を燃やす』とあった。もう少し詳しい話を聞きたいのだがいいだろうか?」
「詳しくと言われても……」
「ではなぜそう判断したのか、教えてもらいたい」
「ええっと、伸閃っていう斬撃を伸ばす技を使うんですけど、狐火に触れるとその伸ばした分が燃えるんです。根拠というなら、それが根拠です。あとはモンスターですね。スケルトンが良く燃えていたので、氣功的なモノが燃料になっているんだろう、と」
「なるほど。ではその厄介な狐火をどう攻略したのか、教えて欲しい」
「攻略……。有効だったと思うのは、氣鎧と隠形の切り替えですかね。氣鎧で身体を守りつつ突っ込んで、燃えたら隠形で消して、って感じです。その切り替えがちゃんとスムーズにできたのが勝因の一つだと思います」
「なるほど。ありがとう」
一人目の質問者が座る。マイクは二人目に移った。
「妖狐がドロップした眼帯について、可能ならもう少し詳しい話を聞かせてもらいたい」
「オレもまだよく分かってないんですけど……。そのまま使うと目とか頭が痛くなります。凝視法、あ~、目に氣を集めた状態で使うのが正しいんだと思います。ただ、あれだけ良く視えたのがあの異界限定なのか、他の異界でもそうなのかは分かりません。少なくとも異界の外だと、性能はガタ落ちでした」
颯谷はあえてこういう答え方をした。つまり詳しい性能はなるべく明かさないようにし、さらに「手に入れた異界を征伐した現在、今後とも本来の性能が発揮できるかは不明」と印象付ける。これにより「妖狐の眼帯の性能は暗視ゴーグル程度」と言っておいても不自然ではない。
これは剛の入れ知恵というか、彼と話して颯谷が自分でこうしようと決めた方向性だった。妖狐の眼帯は間違いなく特級仙具。特級仙具の実際の能力について詳細に明かしている武門や流門はほとんどない。そう聞き、颯谷もそれに倣うことにしたのである。
これ以上は聞き出せないと思ったのか、あるいは「性能ガタ落ち」と聞いて興味を失ったのか、「答えてくれて感謝する」と言ってから二人目の質問者もマイクを返した。するとまたすぐに別の手が上がり、三人目の質問者へマイクが手渡される。彼はこう質問した。
「スケルトンが光に反応していないという話だったが、そこのところをもう少し詳しく聞きたい。どうしてそう思ったんだ?」
「さっきも言った通り、ライトで照らしても数秒反応しなかったので、たぶんそうなんだろうと思ったってことです」
「ほかに傍証みたいなのはないのか? 迷彩が有効という話だったが」
「迷彩は移動中は使わなかったので、実際のところ本当に有効なのかは分かりません。寝る時は使っていたんですけど、隠れていたから襲われなかったっていう可能性もあると思いますし」
「いや、恐らく本当に有効だったと思うよ」
横から割り込む形でそう口を挟んだのはトリスタンだった。視線が彼に集中する中、マイクを受け取ると彼はさらにこう言った。
「私とヴィクトールは寝る時も順番で起きていたわけだが、最長でも四時間に一回はスケルトンが接近してきた。我々がいたのは異界の最も外側だ。単純に比較はできないが、普通に考えればキリシマ君はもっと高い頻度でスケルトンと接敵していてしかるべきだ。そうでなかったということは、やはり迷彩が有効だったと考えて良いと思う」
トリスタンの考察にあちこちで頷く姿が見られる。質問者も納得したようで、「ありがとうございました」と言ってからマイクを返した。さらに質疑応答は続き、颯谷は答えられる範囲で答えた。そして彼への質問が終わると、次に他のグループの反省会が始まった。
トリスタン&ヴィクトール「「眼帯、だと……!?」」




