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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
仙具考察録

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113/205

辞任要求2


 いわゆる征伐族の議員二十一名が、共同で記者会見を行った。代表して主張を述べ、質疑に応じたのは塚本つかもと隼人はやとという与党議員。征伐隊に加わり、損耗扱いになった経歴を持つ男だ。塚本らは国防大臣、つまり荒木の辞任もしくは更迭を要求。受け入れられない場合には離党もやむなしとの考えを示した。


 具体的な名前は出さなかったものの、この件が桐島颯谷に二度目の赤紙を出したことに端を発しているのは明白だった。能力者たちはこの問題を彼個人の問題ではなく、自分たち全体の問題と捉えたらしい。この激烈な反応を予想できなかったことは、荒木にとって痛恨事だった。


 国防大臣の執務を終えると、荒木は党本部へ向かった。塚本らの件も合わせ、一体何が起こっているのか、その全体像を把握するためだ。彼はメディアのカメラとマイクをかき分けて党本部に入る。荒木へ向けられる与党議員たちの視線は厳しい。それを無視して、彼は幹事長である長谷川のところへ向かった。


「長谷川さん、どうなっていますか?」


「……なかなか、深刻なことになっていますよ、荒木さん」


 険しい顔をしながら、長谷川はそう答えた。そして取りまとめた情報とその分析結果をかいつまんで説明する。それを聞き終えると、荒木は深々とため息を吐いた。


「……つまり、これはもうどうしようもないということですな」


 ネクタイを緩めながら、荒木はそう呟いた。特に反発が強いのは、東北、東海、九州、そして近畿。東北は桐島颯谷の地元だし、九州と近畿は彼を送り込んだ地方。被害が少なかったことを恩義に感じている武門や流門が多い、ということだろう。


 東海との繋がりは全く意外だったが、ともかく能力者たちの反発は全国規模である。このままでは次の選挙で大敗し、そのまま政権交代に繋がる可能性が高い――。それが、色々と情報を集めて分析した上での結論だった。そしてそれを避けるには、ことの責任者が詰め腹を切るしかない。つまり荒木だ。


「この件、総理には?」


「すでにお伝えしてあります」


「総理は、何と?」


「『荒木君なら出処進退は自分で決めるだろう』と」


「そう、ですか。分かりました」


 そう言うと、荒木は幹事長室を辞した。そして廊下で総理大臣である内田文彦に電話をかける。今から会いたいと伝えると、「総理官邸で」と言われたので、荒木はすぐにそちらへ向かった。


 総理官邸にも、すでに多数のメディアが詰めかけていた。彼らの問いかけを無視して荒木は総理の執務室へ向かう。執務室には官房長官の黒川俊二もいて、荒木はまず二人に深々と頭を下げた。


「党内をお騒がせしてしまい、申し訳ありません。今回の件、すべて私の不徳の致すところです」


「頭を上げてくれ、荒木君。まずは座って話そうじゃないか」


 内田に促され、荒木はソファーに座った。悄然とした様子を見せる彼の前に、内田が手ずから入れた緑茶を出す。お茶請けはまんじゅうで、荒木はかつて自分が桐島颯谷を毒まんじゅうに例えたことを思い出して苦笑した。どうやら自分は毒まんじゅうの毒にやられてしまったらしい。


「それで荒木君。どうしてまた桐島君に赤紙を出したんだね? 君のことだから、それなりの理由があると思うのだが……」


 そう尋ねる内田に、荒木は事の次第を説明した。秘書もいない席であり、この場で話したことが表に出ることはない。荒木は自分の野心だけは隠して、そのほかのことはすべての事情を話した。


「なるほど。そんな事情がありましたか」


 荒木の話を聞き、黒川は二度三度と頷いた。内田も一つ頷き、湯呑をテーブルの上に置いてから荒木に視線を向ける。そしてこう言った。


「今回、荒木大臣が行ったことはすべて法の範囲内。となれば更迭するべき理由もまたない。内閣総理大臣として、私はそのように考えている。だからもし荒木君が続投を望むなら、私は何とか君を擁護しよう。どうするかね?」


「……大変ありがたいお話ですが、私のために内閣の足を引っ張ることはできません。また次の異界征伐に支障をきたすようなことがあれば、私が国防大臣の職にとどまるのはむしろ国家にとって害悪でしょう」


 そう言って荒木は一度言葉を切った。そして意を決したようにこう続ける。


「後任の人選をお願いします。決まり次第、辞表を提出いたします。幸い、議員辞職まで求められたわけではありませんから。また一から出直すつもりです」


「そうか。分かった」


 内田は大きく頷き、荒木の話を容れた。内田との話を終えると、首相官邸のエントランスでメディアの取材に応える。その中で彼は明確に「辞意を伝えた」と回答。これにより、後に言う「赤紙騒動」は一日で決着したのだった。


 赤紙騒動に与党が揺れたその日の夜。内田と黒川は贔屓の料亭に来ていた。向かい合って座り、まずはお互いに日本酒を一献。淡麗辛口のそれで喉を潤してから、おもむろに口を開いて内田はこう言った。


「荒木君は、さすが潔く進退を決めたねぇ。正直、助かったよ」


「そうですなぁ。しかし荒木さんは、桐島颯谷が毒まんじゅうであることに気付かなかったのでしょうか?」


「どうかなぁ。いや、気付いていたと思うよ。その上で、まだ利用できると思ったんじゃないかな」


「なるほど。まあ確かに魅力的なカードですからな。桐島颯谷は」


「まったくだね。投入すればほぼ確実に異界を征伐してくれて、そのうえ損害まで抑えてくれるなんて、政治家にとってこれほどありがたいことはない。しかも国防大臣であれば職権で好きに動かせるのだから。使いたくなるのも仕方がないね」


「本人だけでなく周囲も含め、ですな」


「そう、そうだね。そしていつかは破綻する。今回のようにね」


 内田は手酌で日本酒を注ぎながらそう言った。だからこその「毒まんじゅう」なのだ。荒木はその危険性に思い至ってはいたのだろう。だからこそあれだけ出処進退の決断が早かったのだ、と内田は思う。自分が毒まんじゅうの毒を喰らってしまったことに気付き、早々に損切りをして傷を最小限にしたのだ。


「荒木君は、まず間違いなく総理のイスを狙っている。そのために欠かせないのは、党内に味方を作ることだ。だが今回の騒動で、彼は多くの仲間を落選の危機に立たせてしまった。国防大臣の地位に拘っても、次の選挙で多数の仲間が落選してしまったら、彼らは絶対に荒木君を支持しない。政権交代ともなれば戦犯さ。そもそも彼自身、大臣を辞めなければ当選は危ういだろう。まあ、冷静な判断をしてくれて良かったよ」


「ですな。あそこで続投を望まれていたら、最悪内閣ごと道連れになっていた可能性があります」


 それを避けるためには、荒木を更迭するしかない。だが一度庇った相手を更迭するというのは外聞が悪いし、本人も「約束が違う」と恨むだろう。なにより「だったらなぜ最初から更迭しなかったのだ」との批判にさらされる。


 これは内田に「優柔不断で指導力のないリーダー」というイメージを貼り付けることになるだろう。また党内にも「いざというときに庇ってもらえないのではないか」という疑念を残すことになる。彼自身、それは承知していた。承知した上で、「擁護する」と言ったのだ。その理由について、彼は肩をすくめながらこう言った。


「まあ、荒木君が辞意を固めていることは、執務室に入ってきた瞬間に分かったけどね。だからこそああ言ったんだ。ああ言っておけば、荒木君も私を恨まないだろう。あとはもし彼が選挙で苦戦するようなら、応援演説の一つでもしてあげれば、私の在任中は私を支持してくれるだろうね」


「ははは、総理もお人が悪い」


「それは今回のことだけかい?」


「いえいえ、総理が桐島颯谷を荒木さんに押し付けたことも含めて、ですよ」


「ははは、だろうねぇ。だがね黒川君、政治家にとって人が悪いなんて言うのは誉め言葉だよ、誉め言葉」


「ははは、ですなぁ。まことに総理はお人が悪い」


 もう一度、内田と黒川は声を上げて笑った。二人は当初から、それこそ颯谷が単独で異界征伐を成し遂げたときから、彼の魅力と毒に気付いていた。厄介なのは彼個人には毒がないこと。桐島颯谷個人だけを見るなら、彼は何ら政治的影響力を持たないただの子供なのだ。だからこそ必ずや取り扱いを誤る者が出ると、内田は確信していた。


 触れないでおく、という選択肢もあった。「桐島颯谷を特別扱いせず、制度は適切に運用せよ」と荒木に言っておけば、その指示を盾にして荒木も内外からの要請を突っぱねただろう。だがそれでは内田に不満の矛先が向く。総裁として二期目、ひいては三期目を狙う彼としては不都合だった。


 それで彼が考えたのは、自分以外の誰かに毒まんじゅうを食わせることだった。一度誰かが痛い目に遭えば、誰もが理解するだろう。桐島颯谷は毒まんじゅうである、と。そしてそのために目を付けたのが、国防大臣である荒木だったのだ。


 内田の策は簡単だ。まず荒木に対し、桐島颯谷を動員するよう指示を出す。世論の賛同を得やすい条件が揃っていたことが重要だったのは言うまでもない。またこの際、身内を庇うことによって自らの利益も確保した。そして国会答弁は荒木に任せ、あくまで法の範囲内で赤紙を出せるのだということを、彼と周囲に印象付けたのである。


 これで桐島颯谷の件は内田の手を離れた、と言ってよい。国防大臣がその職権の範囲内で赤紙を出せる以上、その件についてわざわざ内田にお伺いを立てる必要はない。直接国防大臣に陳情すれば良いのだ。なにより恩を売るなら国防大臣の方が高く売れる。荒木が将来的に総理の座を狙っていることは、党内においてほとんど公然の秘密だからだ。


 はたして、国防大臣たる荒木のもとへは陳情が殺到した。そして彼はそれを突っぱねることができず、桐島颯谷へ二度目の赤紙を出した。彼はまだ大丈夫だと思ったのかもしれない。しかし結果的に彼は毒まんじゅうを食うことになった。そして今回の騒動が起こり、荒木は辞任へ追い込まれたのである。


 制度の運用を、能力者の扱いを誤ったことで、国防大臣が辞任へ追い込まれたのだ。今回の一件は政府と与党内に大きな教訓を残したと言える。まさに一罰百戒。二度目で早々に大当たりするとは内田も思っていなかったが、ともかくこれで次の国防大臣は桐島颯谷の扱いに注意するだろう。そして内田は有力なライバルを蹴落とすことができた。


「とはいえです、総理。桐島颯谷が残した影響というのはやはり大きいと言わねばなりません。彼は短期間で、被害を抑えて異界を征伐可能であると示してしまったのです」


「そうだねぇ。一度できると分かれば世間はそれを望む。そしてできなければその批判は政府へ向くわけだ」


「やはり選抜チームを形にするよりほかにないかと……」


「ふむ。だが民間の能力者で結成するのは、もう無理だろう?」


「まあ、不可能とは思いませんが、よほどのニンジンが必要でしょうなぁ。加えて今は時期も悪い」


「それに政府として自由に動かせるチームでもない。となればやはり、国防軍で志願者を募り、それを育成する方向で行くしかないだろうね」


「育成となれば、それこそ桐島君の力を借りたいところですが……」


「やめた方が良いだろうね。彼はいま高校二年生という話だし、高校卒業までは赤紙は出さないことにしよう。次の国防大臣にも伝えておかないと。これで彼の鬱憤も少しは落ち着くんじゃないかな」


「なるほど。そうかもしれませんな。しかしどう育成していくのかという課題は残ります。今回も結局はうまくいかなかったわけですし……」


「そこはもう少し現場に任せてみようじゃないか。大前提として、異界は千差万別で外から様子を窺い知ることはできないんだ。マニュアルを作ってもそれが足かせになっては意味がないし、そもそもマニュアルを作るほどの知見もまだないしね」


「確かに。思えば育成という方向性が出てきたのも現場からの提言でした。現場の士気は高い。ならばもう少し様子を見た方が良いかもしれませんな」


「そうそう。余計なことはしない方が良いよ。それが支持率を下げないためのコツさ」


 内田が冗談めかしてそう言うと、黒川は笑い声をあげた。内田も一緒になって笑う。ひとしきり笑ってから、内田は真面目な顔をしてこう言った。


「私としては、今回の一件が全国規模になったことに驚いているよ。東北は騒がしくなるだろうとは思ったし、もしかしたら九州や近畿も同調するかもしれないとは思っていたが、ちょっと予想外の規模だった。これは桐島君の伝手なのかな?」


「さあ、どうでしょうなぁ……。東北と言えば楢木十三氏がいます。どちらかと言えば彼の伝手では?」

「ふぅむ……。だとすれば武門や流門の横のつながりというのは、我々が思っているよりずっと幅広いのかもしれない」


「一度、調査してみますか?」


「……いや、止めておこう。やるにしても、今は時期が悪い。妙な勘繰りをされてはたまらない」


「なるほど」


「それよりも今は国防大臣の後任を決めないとね。黒川君。誰か、これはという人はいるかな?」


「そうですなぁ……」


 黒川が顎先を撫でながら思案する。こうして古狸たちの夜は更けていくのだった。


内田「政治家同士なんてのはね、化かし合いだよ」

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― 新着の感想 ―
>しかし荒木さんは、桐島颯谷が毒まんじゅうであることに気付かなかったのでしょうか? 盛大なブーメランってやつね 最早、道具としか見てない時点で人としては終わってるし害悪で老害でしかない
内田かなり好き
内田クソ 滅びろ(ガチトーン
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