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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
篝火

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歪み2


 三尾の妖狐がドロップした金属製の眼帯を、颯谷は「妖狐の眼帯」と名付けた。「千里眼帯」のどちらにしようか迷ったのだが、こういうのはシンプルな方が良いと思い、妖狐の眼帯と相成った次第である。


 こうなると首から下げているコアの欠片にも何か名前を付けたほうが良いかと思うのだが、こちらはいい名前が思いつかなかった。そもそもまだ全貌を把握できている気がしない。名前を付けるのは保留にした。


(まあ、妖狐の眼帯も全部を分かっているわけじゃないんだろうけど)


 颯谷は心の中でそう呟いて苦笑する。今のところ分かっているポテンシャルの分だけでも、颯谷は妖狐の眼帯を使いこなせていない。だがそれさえこの眼帯の全能力であるか分からず、つまりもっと上があるかもしれない。


 ただ「妖狐の眼帯」という名前は「三尾の妖狐がドロップした、もしくは使っていた金属製の眼帯」というのが由来で、つまり能力に由来しているわけではない。だから能力の全部を把握していなくても、名前が相応しくないとはならない。颯谷は誰にともなくそんな言い訳をした。


 さて、こうして益体もないことをつらつらと考えているわけだが、そんな彼は今現在休息中だった。それも短時間の休憩ではない。寝袋を下に敷き、靴のひもを緩めて足を楽にし、防具類も外したり緩めたりしている。これから数時間程度寝るつもりなのだ。


 時刻は午後四時を回ったところ。普段の感覚からすれば、寝るにはかなり早い。ただ動き始めたのが午前一時過ぎなので、すでに十五時間程度は動いたことになる。真っ暗なせいで時間の感覚は曖昧だし、三尾の妖狐と戦ったり山の斜面を歩いたりと、体力も消耗している。それで頃合いと判断したのだが、実のところここで休むことにした最大の理由は別にあった。


 つまり条件が良かったのだ。洞窟ではないのだが、雨風をしのぎつつ身を隠せる岩陰で、しかも近くに湧き水がある。体力的には消耗しているとはいえまだ幾ばくかの余裕はあったのだが、これだけ条件の良い場所はなかなかない。それで彼は探索を一旦切り上げ、ここで身体を休めることにしたのである。


 食事はブロック状のレーション。火は使わない。もはやただの燃料補給だが、仙果以外のものを食べると少し安心する。食事を終えると、颯谷は迷彩を使って明かりを消した。寝ようと思って目を瞑るが、やはり時間が早いのか彼はなかなか寝付けなかった。


(むう……)


 目をつぶったまま、颯谷は顔をしかめる。寝なければと思うほどに眠気が遠ざかる気がして、彼は結局今すぐに眠ることを諦めた。彼は目を開けたのだが、視界は当然真っ黒で何の変化もない。彼はもう一度目を閉じた。


 ポータブルバッテリーのLEDライトを付ける気にはならない。付けたところでやることがないからだ。だがこうしているのも暇なので、何かやれることはないかと考える。そしてふと思いついたのが実験だった。


 つまり妖狐の眼帯の実験である。前述したとおり、彼はまだこの仙具の全貌を把握しているとは言い難い。もちろん短い実験ですべてが分かるとは思わないが、今後の取っ掛かりくらいになれば良い。それに仙具であるから、もしかしたら異界の中でしか真価を発揮してくれないかもしれないのだ。であればここで色々試しておく意味はある。


 そういうわけで早速、颯谷は妖狐の眼帯を取り出して実験を始めた。実験を始めてすぐに分かったことは二つ。一つは、視えている範囲内であれば、対象物を選んでより詳しく視ることができるということ。そしてもう一つは使用者が動かなければ視える範囲も大きくは動かないということだ。


(それにしても……)


 それにしても不思議な感覚だ、と颯谷は思う。使用者である彼は一歩も動いていないのに、視えている範囲内なら自由に視点を動かせるのだ。強いて例えるなら、タブレットで電子マップやマップビューを見ている感覚に近い。颯谷は遊び感覚でその操作を繰り返した。そしてひとまず満足すると、彼は次の実験に移る。


(この眼帯を装着した状態で凝視法を使ったら、どうなる?)


 もしかしたら頭に流れ込む情報量が急増して大変なことになるかもしれない。颯谷はまずは目を閉じた状態でゆっくりと両目に氣を集めていった。だが特に変化はない。彼は眼帯の下で眉間にシワを寄せながら、いつもより多くの氣を両目に集める。しかしそれでもやはり変化はなく、彼は一度その氣を散らした。


(よし、じゃあ今度は……)


 今度は目を開いてやってみよう。そう思い、颯谷は一度深呼吸してから眼帯の下で目を開いた。その瞬間、視界が一気に広がり、同時にズキリと頭が痛む。その頭痛に集中力を乱されないようにしながら、颯谷はさっきと同じように少しずつ両目に氣を集めていった。


 すると徐々に頭痛が和らいでいく。そしていつもの凝視法の、だいたい七割か八割くらいの氣の量になったところで完全に頭痛が治まった。颯谷はさらに氣の量を増やしていくが、しかしそれ以上の変化は起こらない。


「いや、でもこれは大発見かも……」


 思わず声に出しながら、颯谷はそう呟いた。凝視法と併用してやれば、この妖狐の眼帯をノーリスクで使えるのだ。いや、ノーリスクは言い過ぎか。もしかしたら使い続けるうちにまた頭痛がしてくるかもしれない。だが限られた時間だとしても、こうして頭痛を抑える方法が分かったのはやはり画期的だ。


 またこの方法を使えば、目を閉じた状態ならもっと長時間この眼帯を使える可能性が高い。それはつまりLEDライトが使えなくなった後でも、この常闇の異界を探索する目途が立ったことを意味している。本当にそうなのかは実際に試してみなければ分からないが、それでも懸案が一つ片付いたような気がして、颯谷は内心で安堵の息を吐いた。


「って、そうだ、アレも試してみよう」


 心配事が片付くとアイディアが閃くものなのか、颯谷はそう呟いて背嚢から巻物を取り出した。家から持ってきたあの巻物だ。正直、今まですっかり忘れていたのだが、このタイミングで思い出したのである。


 颯谷は妖狐の眼帯を付けたまま巻物をまじまじと観察するが、どこからどう見てもただの巻物だ。まだ何もしていないので氣の反応がないのは仕方がないとしても、一級仙具なのだから何か見え方が違うのかと思ったのだが、そんなことはないらしい。つまりある物品が仙具であるか否かは、実際に氣を通してみなければ分からない、ということだ。


 彼は次に巻物を開いてみる。すると巻物は白色状態だった。突入してすぐのタイミングで試したときに浮かび上がってきたはずの紋様はきれいに消えている。これはたぶん、巻物に込めた氣がいわば抜けたということなのだろう。彼はそう解釈した。


 一つ頷いてから、彼は巻物を巻き直す。そしてその状態で氣を込めた。するとその様子が妖狐の眼帯を介してはっきりと目視できた。込めた氣は何もしなくても巻物の中にとどまっている。そして巻物を開いてみると、やはりあの炎のような紋様が浮かんでいて、特にその紋様から氣功の反応があった。


(ということはやっぱり……)


 ということはやはり、この紋様は氣功の何かを表しているのだろう。それが何なのかはサンプルが少なくてまだ分からない。だが少なくともこの巻物は無意味な仙具ではない。それが分かっただけでも大きな収穫だ。そう思いつつ、颯谷は巻物を巻きなおした。


 巻物を背嚢にしまうと、これで実験は一区切りにして、颯谷は妖狐の眼帯を外した。時間はそれほど経っていないが、頭痛を抑える目途が立ったことで充足感がある。目を閉じると、今度はゆっくりと眠りに落ちていった。


 意識が覚醒すると、颯谷はまず周囲に怪異モンスターの気配がないか確かめる。大丈夫なことを確認すると、彼はもぞもぞと動いて手探りでポータブルバッテリーを探し、LEDライトを付ける。ライトは点灯したが、しかしすぐに消えた。


「え、ウソ!? バッテリー切れ? このタイミングで!?」


 焦った様子で颯谷はスイッチを何度か入り切りするが、もうポータブルバッテリーのLEDライトはうんともすんとも言わない。完全にバッテリーが切れたのだと、彼は理解せざるを得なかった。


「うぅぅ……!」


 暗闇の中、表情を険しくしながら颯谷は唸った。使っていればバッテリーは減るし、減ればそのうち使えなくなる。頭では分かっていた。だが実際にこうして使えなくなってみると、思っていた以上の衝撃だった。


「大丈夫だ。まだ懐中電灯とヘッドライトがあるし、眼帯もある」


 颯谷はそう呟いて自分を落ち着かせた。そして妖狐の眼帯を装着して食事の準備を始めた。早く動き出したい衝動はあるが、焦って動いても良いことはない。お湯を沸かして雑炊を作り、それをゆっくりと食べた。腹にモノが入り、身体が温まってくると、気持ちも徐々に落ち着いてくる。雑炊を食べ終えると、彼は「ふう」と息を吐いた。


 雑炊を作るのに使った、使い切りの固形燃料はまだ燃えている。その明かりを頼りに颯谷は身支度を整えた。時間を確認すると、午後の九時半過ぎ。固形燃料が燃え尽きると、彼は妖狐の眼帯を装着し、背嚢を担いで岩陰の外へ出た。


 ポータブルバッテリーは置いていく。バッテリーが切れた以上、荷物にしかならないからだ。近くの湧き水のところで水を補充し、それから彼は眼帯の下で目を開けた。目指す空間の歪みを確認するためだ。


(半分以上は来てる、よな……?)


 宙に浮かぶその歪みは、最初に見つけた時よりもかなり近くに見える。よほどの回り道をしない限り、あと数時間程度で着くだろう。颯谷は「よし」と呟いて目を閉じた。もっとも両目に氣を集めておくことは止めない。そして彼は歩き始めた。


 懐中電灯ではなくこうして妖狐の眼帯を使うことにしたのは、もちろん懐中電灯やヘッドライトの電池を節約するためである。ただそれ以上に眼帯の使用限界を確かめるためだった。


 寝る前に行った実験で、凝視法と併用すれば脳への負荷を減らせることが分かった。だがどの程度その状態を維持できるのかは、実際にやってみなければ分からない。だからやってみようと思ったのである。


 このタイミングにしたのは、もちろん征伐のクライマックスに想定されるボス戦を見据えてのこと。ボス戦ではどうしても妖狐の眼帯が必要だ。だが戦っている最中に使用限界が来てしまったら最悪である。


 だから一度限界を経験しておくとして、それがボス戦の前になるようにしたのだ。仮に使用限界が来なかったとして、それはそれで問題ない。ボス戦の前に、あの空間の歪みに近づく前に休憩を挟めば良いだけだ。


 閑話休題。昨日(いや日付は変わっていないのだが)から思っていたのだが、斜面の傾斜がきつくなってきている。それだけ山を登ってきているということだ。もうちょっとなだらかな場所をメインに通るルートもあったんじゃないかと思うが、それはもう今更だ。颯谷はまだそこまで地図を使いこなせていないのである。


 とはいえ重いポータブルバッテリーを置いてきたので、彼の足取りは軽やかだ。内氣功も使い続けているが、そこは仙樹を見つけ次第仙果を食べることでカバーしている。斜面での戦闘には独特の難しさがあるが、それはスケルトンも同じこと。むしろ筋肉がなくて踏ん張りが効かないのか、走って向かってくる最中にバランスを崩すスケルトンが多かった。


 それを視て、颯谷は少し戦い方を変えている。自分の方からは動かず、待ち受けるスタイルにしたのだ。そしてあたふたと近づいてくるスケルトンを伸閃で仕留める。時には転んでそのまま下へ転がっていくスケルトンもいて、彼は苦笑しながら筋肉の重要性について思いをはせたりしたのだった。


「むしろ大スケルトンのほうがよく転ぶっていうね……」


 そう呟きながら、颯谷は大スケルトンの頸椎を両断する。この大スケルトンは斜面の上の方から現れたのだが、襲い掛かってくる最中に転んでしまい、一回転して木の幹に頭をぶつけてしまったのだ。起き上がろうとしているところを倒したわけだが、なんだか滑稽すぎて憐れみすら感じてしまう。


「やっぱり肉とか内臓がないと、重心が上に偏るのかね?」


 ただでさえ大きな身体。重心が上に偏っていたら、バランスが悪くなっても仕方がないだろう。これが味方なら頭を抱えるところだが、あくまで敵の話。「楽なのは良い事だ」と嘯いて、彼はまた歩き始めた。


 そうやって歩くこと、およそ二時間。妖狐の眼帯の使用限界が訪れた。ただし頭痛がし始めたわけではない。凝視法の連続使用がそろそろ難しくなってきたのである。目の奥がズンと重い。頃合いだろう。そう判断して颯谷は手ごろな岩に腰かけ、背嚢から懐中電灯を取り出してから眼帯を外した。


「先に凝視法の限界が来たか……」


 眼帯を迷彩服の胸ポケットにしまい、颯谷は苦笑気味にそう呟いた。思えば、凝視法をこれほど長時間連続して使ったのは今回が初めてだ。自分のことでもまだまだ分からないことは多い。とはいえ彼もそれほど否定的には捉えていない。


 妖狐の眼帯ではなく凝視法の限界なら、今後の訓練次第で使用時間が伸びる可能性は十分にある。また現状でも二時間は使えたのだ。ボス戦を想定しても十分過ぎる時間だろう。また今後の探索でもアテにできる時間だ。また一つ征伐への自信を得て、颯谷は力強く頷いた。


颯谷「中二病は卒業したんだ。したったらしたんです」

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― 新着の感想 ―
眼帯を両眼に装着しちゃえば中二病とは言われなくなる
大丈夫だ颯谷くん 気とか言ってる時点で(現在の拡大され過ぎた解釈での)厨二の世界に両足突っ込んでるんだから、今さらなにも怖くない… 気にしないで突き進むんだ!! それにしても妖狐さん…ちゅーで既にア…
ハイリスクハイリターンを体現していますね。 スケルトンを倒しまくって気の量を増やし、強敵と闘いレアアイテムをゲットして、さらに自分の能力開発に余念が無いというw さらなるパワーアップをしてしまったこ…
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