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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
篝火

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常闇の異界4


 双眼鏡で青白い炎を確認したその少し後。颯谷は寝床にするのにちょうど良さそうな場所を見つけた。コンクリートで固められたのり面の一部が崩れ、小さな洞窟のようになっていたのだ。


 奥行きは二メートル弱。天井は低くて屈まないと中に入れない。だがそれくらい狭い方がちょうどいいと颯谷は思った。怪異モンスターが来るとしてそれは出入口から、一方向からに限定できるからだ。


 良い寝床が見つかったので、颯谷は決めておいた通りここで仮眠を取るつもりだが、その前に彼は背嚢からブロック状のレーションを取り出した。仙樹を見つけるたびに仙果を食べていたのでそれほどお腹は空いていないのだが、ともかくコイツが今日の夕食である。


 寝袋を洞窟に敷き、その上に座って颯谷はフルーツ味のレーションを食べる。はっきり言ってあまり美味しくない。あと歯にくっつく。それでも仙果以外のモノを食べるのはずいぶん久しぶりのような気がした。


 最後に水を飲んで夕食は終了。腕時計を見ると、時刻は午後八時半過ぎ。いつもなら寝るには早いが、ある程度腹が満ちたせいか、それとも山歩きで疲れたのか、ほどなく弱い倦怠感がやって来る。無視しようとも思えばできるそれに、彼は身を任せた。


 背嚢を背もたれにし、ブーツの紐を緩め、脛当てを外す。その他の防具も緩めたり外したりした。それから寝袋の上で足を伸ばす。脇差は洞窟の側面に立てかけ、仙樹の杖を手に持ってから、颯谷はポータブルバッテリーのLEDライトを消した。温身法で身体を温めつつ、同時に迷彩で自分の気配を周囲に紛れさせる。それから彼は目をつぶった。


 寝袋の中に入って横にならないのは、万が一スケルトンに襲われた場合に素早く対処するため。寝袋がそのまま死体袋になるなんて笑えない。久しぶりにたった一人で眠る夜の異界。颯谷はまるで野生動物のように周囲を警戒しながら徐々に意識を手放した。



 § § §



「ん……」


 どのくらい眠っただろうか。暗闇のなかで颯谷は目を覚ました。まず手の中に仙樹の杖があることを確認。次いで周囲の気配を探り、近くにモンスターがいないことを確かめる。それから彼はゆっくりと身体を動かした。


 手を伸ばし、ポータブルバッテリーのLEDライトをつける。腕時計に視線を落とすと、時刻は午前一時過ぎ。真夜中だ。だが洞窟の外は相変わらず暗い。どうやら本当にこの異界は極夜の環境らしい。


 いつもなら二度寝一択だが、颯谷は動き始めた。ブーツをしっかりと履き、防具を付け直す。洞窟の外でトイレを済ませてから、小さな鍋でお湯を沸かした。さらに背嚢から取り出したのは、お湯に入れるだけで食べられるスープパスタの素。それをお湯のなかに投入すると、爽やかなトマトの香りが広がった。


 数分煮てから火を止める。鍋をそのまま器代わり。ただし、火にかけていた鍋はとても熱いので直接口をつけてはいけない。颯谷はスプーンを使って慎重にスープパスタを食べ始めた。


「あ、結構うまい」


 温身法を使っていたからだろうか。結構お腹が空いている。がっつきたくなるのを我慢し、颯谷はゆっくりと食事をした。そしてスープパスタを食べながら、彼は洞窟の中で地図を広げる。大まかな現在地を割り出すためだ。


「昨日、道路から中心部方向が見えたってことは……」


 地図上の道路を指でなぞりつつ、昨日歩いた道の形も思い出しながら、颯谷は現在地にアタリをつける。ぴったり正確というわけではないだろうが、そんなに大きく違っているわけでもないはずだ。


「これなら、あと三時間も歩けば中心部の近くまで行ける、か?」


 そう呟きながら、颯谷はもう一口スープパスタを食べる。まあ三時間は五時間になるかもしれないが、しかしあと十時間も二十時間もかかるわけではないだろう。つまり今日中には異界の中心部に到達できるし、そしておそらくは戦闘になる。


「よし。今日は風呂に入れそうだな」


 そう呟き、鍋が十分に冷めていることを確かめてから、颯谷はスープパスタの残りをかき込んだ。もろもろの後片付けをしてから、彼は狭い洞窟の外に出た。左右を確認し、スケルトンがいないことを確かめる。それから歩き出そうとして、颯谷はふと足を止めた。


 颯谷は胸元からコアの欠片を取り出す。そろそろコアヌシの場所を探知できるようになったのではないか。そう思ったのだ。彼はコアの欠片を握りしめて意識を集中させた。しかし反応は意外なものだった。


「……?」


 反応は「無し」。つまりコアにしろヌシにしろ、彼が首から下げたコアの欠片は何にも反応しなかったのだ。思いがけないことで、彼は首をかしげながら何がどうなっているのか考え始めた。


 すぐに思い浮かぶ原因は二つ。一つは単純にコアの学習がまだ進んでいないこと。確かに突入からまだ二十四時間も経過していない。そうであるなら、もう少し時間が経過すればコアかヌシの大雑把な方向は探知できるようになるだろう。


 二つ目はコアが隠されているか、もしくはヌシが隠れているパターン。これはかなり厄介だ。一人で征伐したあの異界、守護者ガーディアンのあの大鬼を倒したあとも、颯谷はコアを探して山林を彷徨うことになった。同じことを、しかもこの暗闇の中でやらなければならないのだとしたら、想像するだけでうんざりする。


「ま、やることは変わらない」


 颯谷は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。中心部へ向かうのだ。中心部ではどうやら青白い炎が篝火のように燃えている。つまり何かあるのだ。そしてそれはコアかヌシである可能性が高い。中心部へ向かうことが、今行うべき征伐のためのステップである。一つ頷いてから、彼は歩き始めた。


 スケルトンを伸閃で蹴散らしながら、颯谷は道路を歩く。仙樹を見つけるたびに仙果を食べるのも昨日と同じ。さらに途中、道路ののり面から水が湧き出している場所を見つけ、彼は水筒を取り出して水を汲んだ。


「お、カーブ」


 しばらく歩くと道が大きくカーブしている場所に来て、颯谷はそこでいったん足を止めた。そして頭の中で地図を広げる。確かこの道はここで大きく曲がり、一度中心部方向からは遠ざかる。それからもう一度大きくカーブして中心部方向へ向かうのだ。それを思い出して、彼は一つ頷いた。それから歩き出す。


 この道路は急峻な谷を迂回するように通されており、さっきのカーブはその起点になっている。谷の方をLEDライトで照らせば、そこにはただ深い闇があるばかり。地図上では向こう側にも道があるはずなのだが、それは見えなかった。


 道路にはガードレールが設置されているが、颯谷は万全を期して山側を歩く。少し歩くと前方から三体のスケルトンが現れた。襲い掛かってくるそれらの敵を、彼は伸閃の一薙ぎでまとめて斬り捨てる。そこまではこれまでと大差なかったのだが、彼はすぐ異変に気が付いた。


「後ろかっ!」


 後からやって来るスケルトンの気配を探知し、颯谷は振り向きざまに伸閃を放つ。それでまた二体のスケルトンを倒したのだが、コアの欠片が伝えてくるモンスターはそれで全てではなかった。


「多いなぁ!」


 道路の前後から、次々にスケルトンが押し寄せてくる。それだけではない。道路の谷側、つまり急峻な谷を這い上がり、ガードレールを乗り越えて多数のスケルトンが現れる。その中には大スケルトンの姿もあった。


「丑三つ時でアンデッドが活性化してんのか、これ?」


 颯谷は思わずそう呟いた。まあ彼は丑三つ時が何時かなんて知らないのだが。ともかくこの数は尋常ではない。そして彼は選択を迫られた。ここで留まって戦うのか、それとも強行突破するのか、という選択だ。ちなみに引き返すという選択肢はない。


 問題は敵の総数がどれくらいなのかということ。仮に颯谷を物量で押し切れるほどなら、ここで戦うのは当然悪手だ。ただ強行突破したとして、敵がどこまでも追って来るならやはり倒すしかない。その場合、今度は体力が問題になる。


 長々と考えている時間はない。颯谷が選んだのは強行突破だった。なぜそちらを選んだのかというと、仮にこれが無限湧きだったとして、異界の中全部が同じ状況ということはたぶんないだろう。であればまずはここを離れること。それが先決だと思ったのだ。


「…………っ!」


 内氣功を全力でたぎらせる。三度伸閃を放って十数体のスケルトンを斬り伏せ、ガードレールに手をかけていた大スケルトンを谷底に落としてから、颯谷は駆けだした。幸い、スケルトンの足は遅い。颯谷は後ろを振り返らずに走った。


 すべてのスケルトンを倒そうとはしない。邪魔になるヤツだけ伸閃で斬り捨てる。伸閃を使うのは、近づきすぎてまとわりつかれるのを警戒したから。消費する氣の量は多少多くなるが、颯谷は足を止めないための必要経費と割り切った。


(くそ、重い!)


 颯谷は心の中でそう悪態をつく。普通に歩くだけならそれほど気にならなくなっていたのだが、こうして走ると背嚢とポータブルバッテリーの重量が俄然足にくる。だがどちらも失うわけにはいかない。颯谷は内氣功を駆使して走った。


 大きくカーブを曲がる。進路方向にスケルトンが二体。それを伸閃を横に薙いで斬り払う。次に行く手を塞いだのは大スケルトン。振り上げた白い腕を伸閃で付け根から斬り飛ばし、さらに脚を両断して転倒させる。


 倒れ込んだ大スケルトンの脇をすり抜け、くるりと身体を回転させて振り返り、同時に仙樹の杖を振り回してもう一度伸閃。むき出しの頸椎を斬り落として大スケルトンに止めを刺した。


 その際目に入ったのは、後を追ってくる大量のスケルトン。道路を埋め尽くしていて、まさにすし詰め状態。「群衆雪崩を起こさないかな」と思いつつ、颯谷は進行方向を向いてまた走り始めた。


「ハァ、ハァ、ハァ……!」


 息が上がる。だが前方からはまだスケルトンがやって来る。颯谷は伸閃で払いのけながらひたすら前へ走った。どこまで走れば良いのか分からない。それが一番つらい。


 踏みとどまって戦うべきだったのではないかと思えてくるが、それこそ今更だ。颯谷は弱気を蹴り飛ばしながら走った。


 やがて道の両側が山の斜面に変わる。すると前方からやって来るスケルトンの量が一気に減った。颯谷はピンッと来た。無限湧きのエリアを抜けたのだ。


(よしっ)


 心の中で快哉を上げ、颯谷はさらに数十メートルほど走る。それから後ろを振り返り、来た道をLEDライトで照らした。後ろからは相変わらず無数のスケルトンが追ってくる。その様子はさながら地獄の行進か亡者の行列か。


 颯谷はポータブルバッテリーを道路の上に置いた。背嚢も下ろしてその脇に置く。身軽な状態になると、彼は仙樹の杖を構えて獰猛に笑った。そして迫りくるスケルトンの群れに対し、伸閃を放って横に薙ぐ。伸ばされた不可視の刃が、数十体のスケルトンを一掃した。


 たちまち黒い灰のようなモノが立ち昇り、颯谷の視界を塞いだ。だが凝視法を使えばその向こうからまだスケルトンがやって来るのが見える。彼はまた伸閃でそれを薙ぎ払った。大スケルトンが混じっていると一撃では終わらないが、しかし攻撃されるほど接近されることはない。彼は余裕を持って追ってくるすべてのスケルトンを倒した。


「終わったぁぁぁ」


 追ってくるスケルトンがようやくいなくなると、颯谷は真っ暗な空を見上げながらそう呟いた。本当に1000体くらいいたんじゃないだろうか。そう思える。「数って暴力だな」と颯谷は遠い目をしながら呟いた。


 もう一仕事終えた気分なのだが、征伐の進捗で言えばこれで大きく進展したわけではない。颯谷は水を飲むと「よし」と呟いて背嚢を担ぐ。そしてポータブルバッテリーを持ち上げて歩き始めた。


 歩き始めて少しすると、颯谷は仙樹を見つけた。赤黒い仙果がたわわに実っている。先ほどの戦闘でずいぶん氣を消耗している。中心部も近いことだし、回復は急務だろう。彼は早速、その仙果に手を伸ばした。そして貪るように食べ始める。


 満腹になるまで食べると、颯谷はその場に座り込んだ。お腹が落ち着くまで休憩である。先ほど大量のスケルトンを倒したことで、コアの欠片の学習はずいぶん進んだはず。近づいてくればすぐに分かるだろう。


 その休憩時間を利用して、颯谷はまた地図を広げた。そして地図上の道路を指でなぞり、先ほど通ったと思われる場所を通過する。急峻な谷の縁を通り、それから両側が山になっている場所。そこが現在地だ。


「ここか……」


 見れば中心部にもうかなり近い。逸る気持ちを抑え、颯谷は体力の回復を待った。


颯谷「マシロたちを無理やりでも連れてくるべきだったか……」

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― 新着の感想 ―
きちんと食って寝る。 この状況でそれが出来る精神のタフネスさがすごい。 ほかの二組がアレだし、気の量とかよりもそこら辺の差が際立ちますね。 敵は骨だし、犬たちも来てたら喜んだかも?
ちょっと戻れば楽々レベ上げできるな……見知った地形になってるだろうしボス前にレベ上げした方が安全にできていいんでは?w 道路だからLEDじゃなく凝視法で十分になるしね。まぁ寝床問題もあるか
これ温身法を元に光身法とか作れば明かり問題解決しないだろうか こう某死神漫画のゲーミング発光みたいな感じで
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