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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
篝火

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常闇の異界3


「今だ、ヴィクトール! 頭を潰せ!」


「了解です!」


 規制線のように張られたロープ。そこに引っかかってもがくスケルトンの頭部へ、ヴィクトールがスコップを振り下ろす。その一撃は見事にスケルトンの頭蓋骨を粉砕した。スケルトンはくたりと力を失い、そして黒い灰のようになって消えた。


「ふう……。やはりこの防衛線は有効だな」


「はい、少佐。これなら一週間程度はゆうに持ちこたえられるでしょう」


 そう話すトリスタンとヴィクトールの声音には喜色が浮かんでいた。倒したのはスケルトンが一体だけで、しかもこれが初戦闘だったわけだが、それでも二人は生存への手ごたえを感じたのだ。


 異界の中でヴィクトールと合流すると、トリスタンはまず彼に状況の説明をした。そして基本方針をこう告げる。


『ソウヤ・キリシマが征伐を成し遂げるまで何とかして生き残る。これが基本方針だ。子供に頼りきるのは大人として、また軍人として忸怩たる思いだが、我々が出しゃばったところで彼の邪魔にしかなるまい』


『同意いたします。ヒーローはティーンエイジャーだと、少年マンガでは相場が決まっております』


『うむ。それで我々としては彼を信じて待つしかないのだが、我々としても生存率を上げるために何か策を講じる必要がある。ヴィクトール少尉、何か案はあるか?』


『はっ。異界内部は外縁部ほどモンスターの出現率、もしくは遭遇率は低いとされています。またこうも暗くては、迂闊に動けば遭難の可能性が危惧されます。よってこの場からあまり動かずにソウヤ・キリシマの征伐達成を待つべきと考えます』


『私も同じ意見だ。他にまだ何かあるかね?』


『……では、その、結界を張るのはいかがでしょうか?』


『結界? 君は氣功能力でそんなことまでできるようになっていたのかね、ヴィクトール』


『はい、いいえ少佐殿。氣功能力ではありません。ロープを使います』


 まず前提として、この異界で出現する怪異モンスターはスケルトンだ。スケルトン以外のモンスターが現れないとは言い切れないが、しかしスタンピードの様子からしてスケルトンがメインであることは間違いない。


 そしてスケルトンは弱いモンスターだ。特別素早いわけではなく、また力が強いわけでもない。鋭い爪や牙は持っておらず、防御力は低くて素人が金属バットを振り回しただけで倒せてしまう。


 そうであれば、ロープを張っておくだけでも、スケルトンの動きを阻害することができるのではないか。そして相手の動きが鈍るだけでも、討伐の難易度はぐっと下がる。未熟な氣功能力者二人でも戦い続けることができるだろう。


 またそうやってロープを張って“陣地”を作れば、その陣地の内側は安全性が上がる。それは生存率の向上に直結するだろう。その陣地をヴィクトールは「結界」と表現したのである。陣地の内側にスケルトンが出現する可能性もあるが、それは陣地を構築しなくても同じことだ。


『よろしい。それでいこう。ついでに鈴も付けておけば、警戒も少しは楽になるだろう』


 そんなわけで二人は突入地点を中心にして、半円状にロープを三重に張った。ロープを結びつけたのはだいたいは木だが、適当な場所に木がない場合は背嚢の中にあったペグを使った。最後にロープに鈴を引っかけて陣地は完成。そしてその有用性は先ほどの戦闘で遺憾なく発揮されたのだった。


「欲を言えば、仙果を確保したいところだが……」


 そう言ってトリスタンは懐中電灯で周囲を照らす。だが確認できる範囲に仙樹はない。異界の中、探せばすぐ見つかる程度に仙樹はよく生えているという話だが、この暗闇の中では探しに行くものいささか躊躇われる。そんな上官の内心を察したのか、ヴィクトールがこう言った。


「先ほど、ソウヤ・キリシマは中心部へ向かうと言っていました。彼もあまり時間はかけたくないのでしょう。幸い、手持ちの食料にはいくばくかの余裕があります。いま危険を冒す必要はないと考えます」


「そうだな。出歩いた挙句に帰ってこられなくなっては元も子もない、か」


「はっ。生存を第一とするなら、今は耐えるべき時でしょう」


「うむ。……ただなんだ、我々は今結構劇的な場面にいると思うのだが、マンガ化もアニメ化もできそうにないな。動きが少ないし、何より絵面が暗すぎる」


「作画労力が少なくて済むと、クリエイターには喜ばれるのではありませんか?」


「我々に求められる労力も最小限であって欲しいものだ」


 そう言ってトリスタンは腰を下ろした。そして自分のヘッドライトを消す。ここから先は何よりも精神力を試されることになるだろう。彼はそれを覚悟していた。



 § § §



 大スケルトンに奇襲を許した。それは颯谷にとってショッキングなことだった。凝視法を使っていなかったとはいえ気配探知には自信があったし、コアの欠片の学習だって進んでいたはずだからだ。それなのにすぐ近くの大スケルトンに気付けなかったのである。


(なんでだ……?)


 自分が鈍っていたから、とは思えない。ここまで普通のスケルトン相手なら、これまで通りその気配を探知することができていたからだ。ということは、やはりあの大スケルトンが特別だったのだろう。


 考えられる可能性としては大きく二つ。一つは隠形や隠密のような、気配を隠すための術をあの大スケルトンが講じていたというパターン。そしてもう一つは、ちょうどあの瞬間あの場所にあの大スケルトンが出現したという可能性だ。


 後者に関しては、運が悪かったとしか言いようがない。だが前者であったのなら注意が必要だ。ただでさえこの暗闇。その中で意図的に気配を隠されたら、二度目であってもきちんと探知できるかはあやしい。


(対策は……)


 対策としては、まずはやはりコアの欠片の学習を進めること。コアの欠片がより広く、そしてより高精度に敵の気配を探知できるようになれば、今回のような奇襲を許すこともなくなるだろう。ただしそのためにはもっとスケルトンを倒さなければならない。


「よし保留」


 そう呟き、颯谷はあっさりとコアの欠片の学習については先送りした。今はスケルトン狩りをやっている場合ではない。まずは下山して舗装された道路に出ること。これが最優先だ。何より戦闘を避けるわけではない。少しずつでもコアの欠片の学習は進むだろう。


 彼は登山道に戻り、また歩き始めた。途中、仙樹を見つけるたびに仙果を食べて氣を回復させる。背嚢を担ぎ、腰に脇差を挿し、左手にポータブルバッテリーを持って戦うには、内氣功が必要不可欠。氣を切らすわけにはいかなかった。


 下山を始めてから、四時間ほど歩いただろうか。颯谷はついに舗装された道路に出た。アスファルトの上に立つと、文明圏に帰ってきた気がする。彼はLEDライトで周囲を照らしながら頭の中で地図を広げ、そして右手の方へ視線を向けた。


「こっちだな」


 そう呟いて、彼はまた歩き始めた。こちらが異界の中心部へ向かっているはずである。舗装された道路は歩きやすく、なにより戦いやすい。スケルトンが現れても容易く蹴散らし、彼は順調に歩みを進めた。ただその一方で、彼の表情は険しい。


 腕時計で時間を確認すれば、すでに午後の六時を過ぎている。仮に異界の中と外で昼夜が逆転しているのであれば、もう夜が明けていてもおかしくない時間だ。それなのに異界の中は変わらず真っ暗のまま。ということは、この異界は昼夜が逆転しているのではなくずっとこのまま、つまり極夜の環境なのだろう。


「『日はまた昇る』とか、『朝は来る』とか言うけど……」


 この異界の中では日は昇らないし、朝も来ないらしい。少なくとも自動的には。もちろん、まだ「昼夜のサイクルが異なる」という可能性も残っている。けれども颯谷はそうではないと直感していた。


 極夜の異界。待っていても朝は来ない。暗闇に限りはなく、震えて耐えていても過ぎ去りはしない。朝を迎えるには、異界を征伐しなければならないのだ。ああ、なんて異界らしい。この世界は、立ち向かわなければ生き残れないのだ。


(ま、いいさ。異界っていうのはそういうところだ。よぉく知ってるよ、嫌になるくらい)


 颯谷は苦笑しながら心の中でそう呟いた。人生で二番目の異界、人生で最初に征伐した異界では、誰も彼を助けてはくれなかった。待っていても助けはこなかった。あの時立ち向かっていなければ、今ここに彼はいない。


 ただ颯谷が人生で最初に経験した異界では、征伐を成し遂げたのは剛ら一緒に巻き込まれた能力者のグループだった。あのとき颯谷はモンスターの一体も倒さず、ただ震えていただけだった。


 だから颯谷は「異界の中にいる全員が、征伐のために死力を尽くすべきだ」とは思っていない。現実問題として個々の能力には差がある。できないことをやれというのは酷だろう。ただ「できないから」と言って何もしようとしないのではなく、できるようになれるよう努力してほしい。今はそう思っている。


(ただ……)


 ただ今回の場合、その努力も難しそうだ。努力をすること自体が難しいわけではない。ただ努力をしても、その成果が現れるには時間が必要である。今回はその時間がない。おもにバッテリーの関係で。


 日が昇らず朝も来ない、つまり明るくなる時間がない以上、LEDライトを使えるうちに征伐を終わらせなければならない。LEDライトが使えなくなったら、征伐の難易度は桁が二つくらい違ってくるだろう。


(なるはやで終わらせる……!)


 もともとそのつもりだったが、颯谷は決意を新たにした。さて極夜以外にも颯谷の表情を険しくさせている問題がある。それは本日の寝床である。


 速攻でケリをつけるつもりではあるが、さすがに今日中に中心部までたどり着くのは難しい。いや、できないわけではないが、体力的に消耗しているだろう。ヌシにしろ守護者ガーディアンにしろ、戦闘が予期されるのだから、体調はなるべく整えて臨むべきだ。


 そうなるとどこかで一泊する必要があるわけだが、どこかに適当な場所はないだろうか。颯谷はそれを探しながら歩いている。ただ仮に見つかったとして、ではすぐに休んでしまうのか。実のところ、決めかねている。


 例えば七時くらいにちょうど良い寝床が見つかったとして、本日の探索をそこで終了するのか、ということだ。飯食って寝るとして、たぶん八時くらいだろう。いつもの就寝時間からすれば早すぎる。かといってずっと起きていてもバッテリーがもったいない。


 なら、進める限りは進むべきではないのか。そんな考えもわいてくる。だが一つスルーしたとして、その先でちょうどよい寝床が見つかるとは限らない。下手をしたら、そのまま中心部へ突撃ということになってしまうかもしれないのだ。


(一人でやってた時は……)


 一人でやっていた時は、暗くなったらあまり動かずにじっとしていた。ただそれは明かりがなかったから、もしくは使えなかったからだ。さらに言うなら明るい時間があり、動くならその時間に動いた方が効率が良かった。


「ああ、ダメだな。まだ外のサイクルに拘ってる」


 颯谷はそう呟いて意識的に頭を切り替えようとする。人間の寝て起きてのサイクルは、昼夜のサイクルを基本にしている。だがこの異界はおそらく極夜。昼夜のサイクルを前提とした時間割に拘っていては、たぶん征伐はうまくいかない。


「よさげな場所があったら休もう。仮眠をとって、回復してから中心部へ向かう」


 颯谷はそう決めた。そして一度そう決めてしまうと、スッと肩の荷が下りたような気がした。いや、相変わらず背嚢は重いのだが。


 さて仙樹を見つけるたびに仙果をつまみつつ、舗装された道路を歩くことおよそ九十分。中心部へ向かっているだけあって、スケルトンとの遭遇率もずいぶん上がったように思える。一度に二体以上のスケルトンが出てくることも増えた。


 ただ大スケルトンには、あれ以来遭遇していない。奇襲を受けることもなく、すべて伸閃で倒せてしまえるので、颯谷は無傷のままコアの欠片の学習を進めることができている。索敵範囲は順調に広がっていた。


 そうやって歩いていると、ふと颯谷の視界に炎のような青白い光が映り込んだ。山頂から見えたアレだ。彼は一瞬身構えたが、すぐにやや肩の力を抜く。青白い光は確かに見えるが、距離的にはまだずいぶん遠い。


 またLEDライトで照らしてみると、ガードレールの向こう側は崖になっていて、すぐに向うへ行けるわけでもなかった。とはいえ、山頂から見たときよりはかなり近づいたはず。そう思い、颯谷は背嚢から双眼鏡を取り出した。もう少し何か分かるのではないかと思ったのだ。


(なんだ、アレ……?)


 目を細めながら双眼鏡を覗き込み、颯谷は心の中でそう呟いた。炎のような青白い光は本当に青白い炎だった。どうやら何かが燃えているらしい。ただ何が燃えているのかはよく分からない。


 そして青白い炎の明かりに照らされて何かが動いているようにも見えたのだが、それが何なのかもよく分からなかった。凝視法で確認してみたのだが、どうも視界が完全に開けているわけではなく、山陰になって一部しか見えていないようなのだ。そのせいでやっぱり詳細についてはよく分からなかった。


 とはいえ、それでもやはり中心部に何かあるらしいことは確かだ。動いている存在がいるということは、もしかしたらガーディアンかもしれない。青白い炎がどう関係してくるのかは分からないが、それについては行けば分かるだろう。


(それに……)


 それに考えようによっては、明かりがついているということ。もしかしたらLEDライトを片手に戦うような真似はしなくてよいかもしれない。そう考えると、案外あの青白い炎もプラス要因に思えてくる。


「たき火、いや篝火かがりびみたいなもんか……」


 そう呟くと、そう思えてくるから不思議だ。颯谷はもう一度双眼鏡を覗き込む。青白い炎は、確かに篝火のように見えた。


帰投したフランス軍人さん「あの二人だけだとツッコミ役不在なんだよなぁ」

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― 新着の感想 ―
フランス組は安心感あるね まあ、これから軍曹にもフランス組にも試練は訪れるのかもしれないが 能力UPと覚醒を果たしての生還(^ ^ゞ敬礼)を祈る!
早くほかの人と合流して突っ込み役をしてもらわないと。
このフランス軍人さんの二名、能力者なのに随分と消極的なんだなって思いましたが、そういえば氣功能力にしているといっても未熟なんでしたっけ( ꒪ω꒪) あと警報装置の鳴子みたいなのを「結界」と呼称するセ…
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