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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
篝火

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常闇の異界2


 霧崎優子は打ちひしがれていた。異界の中にただ一人、取り残されてしまったからだ。少なくとも周囲には、彼女以外誰もいない。


 突入前、彼女は使命感に溢れていた。異界征伐の主導権を国防軍に取り戻す、その先駆けに自分はなるのだと高揚していた。しかし現実は非情だった。


 異界の中が真っ暗であることは、突入してすぐに気付いた。中がこんなに暗いだなんて、一番槍はそんなこと何も言っていなかった。彼女は動揺したが、もうすでに異界の中に入ってしまっている。外へ出ることも、それを仲間に伝えることもできなかった。


「と、とりあえず明かりを……」


 そう呟きながら、優子は迷彩服の胸ポケットに挿しておいたペンライトを手探りで掴む。そして明かりをつけた。LEDの白い光に照らされて周囲の様子がぼんやりと浮かんだ。ホッとしたのも束の間。彼女はすぐあることに気が付いた。


「後続が、来ない……」


 優子の頭から血の気が引く。なぜ部隊の仲間は来ないのか。いろいろな可能性が頭の中に浮かんでは消える。彼女が混乱して立ち尽くしていると、外から背嚢が一つ、投げ込まれた。さらに立て続けに四つの背嚢が続く。


「……っ」


 優子は飛び掛かるようにして最初の背嚢を確かめた。ファスナーを開けると、一番上にメモが入っている。そこには外の状況が書かれていて、彼女はそれを貪るようにして読んだ。


「そんな……!」


 そして絶句する。突入は中止になり、仲間は来ないという。メモの最後には「霧崎の生還を信じている」とのメッセージが書かれていたが、今の彼女にはそれも空虚に響いた。


 彼女とて軍人だ。突入中止という判断が妥当であることは理解できる。だがそれでも「見捨てられた」という思いはぬぐえない。彼女はなかなか立ち上がれなかった。


「はは、ははは、私、死ぬんだ。ここで、死ぬんだ……」


 異界のフィールドに寄りかかって座り、彼女はそう悲嘆する。彼女はこれまで、軍人として厳しい訓練を受けてきた。しかしそれでも、生き残る筋道が少しも浮かばない。そしてどうせ死ぬのだと思うと、何もする気力が起こらなかった。


 彼女はぼんやりと闇を眺め続ける。いつかあの向こうから死神がやってきて自分を殺すのだろう。この闇は死そのものであるように思えた。絶望が彼女を地獄へ引きずり込む。しかしその瞬間、背嚢の脇に下げておいたトランシーバーから人の声が聞こえた。


『あ~、もしもし。こちら桐島。こちら桐島。聞こえますか? どうぞ』


「桐島君!? こちら国防軍の霧崎軍曹! 応答願います!」


 優子はトランシーバーに飛びつき、声を張り上げてそう言った。しかし桐島颯谷は彼女には答えず、そのまま一方的にこう話し始める。


『返事がないようなので、とりあえず一方的にしゃべりますね。え~、まず異界の様子ですが、こうも真っ暗なのでほとんど何も分かりません。ただ中心部方向に、何か青白い炎みたいなのが点滅しているのが見えました。双眼鏡で見えたので、たぶん本当に何か燃えているんだろうと思います。オレはまず、そっちに行ってみるつもりです』


 自分の声が向うに届かなかった理由を、優子はすぐに理解した。無線中継器を使わなければ電波が届かないのだ。どうしようかと思っていると、トランシーバーからさらに彼の声が聞こえてくる。


『まあ、オレもやるだけはやってみるよ。死にたくないし。だから何て言うか、月並みだけど、頑張って。……以上、終わります』


「桐島君!? 桐島君!?」


 優子はトランシーバーに向かって叫んだが応答はない。彼女はがっくりと項垂れた。しかしすぐに頭を上げる。彼女はもう絶望に打ちひしがれているようではなかった。


 桐島颯谷が異界に突入していることは先ほどのメモにも書かれていた。そして彼は「異界の中心部へ向かってみる」と言っていた。「やるだけはやってみる」とも。つまり彼はこの異界を征伐するつもりなのだ。


 であれば優子がこの異界を征伐する必要はない。優子はただ彼が征伐を成し遂げるまでの間、どうにかして生き残れば良いのだ。幸い、スケルトンは弱いと言われている。それくらいなら何とかなるのではないか。彼女はそこに希望を見出した。


「やってやる、やってやるわ……!」


 優子は自分を奮い立たせた。幸い、背嚢は六人分ある。水と食料は十日程度もつだろう。問題はその間に桐島颯谷が征伐を成し遂げてくれるかどうか。だが彼とてそんなに時間はかけたくないはず。だとすれば十分に可能性はある。


「異界は、外縁部ほどモンスターの出現率が低い」


 よって、ここは異界の中で最も怪異モンスターの出現率が低い場所だ。六つの背嚢を持ち歩くのは不可能だし、ここに留まって征伐を待つのが良いだろう。そう方針を定めると、優子は大きく頷いた。


「あとできることは……」


 そう呟きながら、優子は頭を回転させる。いろいろ考えは浮かんだが、まず何より氣功能力を覚醒させておきたい。そもそもそのために突入したのだし、また生き残るためにはどうしてもその力が必要に思えた。


 優子はペンライトで周囲を照らした。探しているのは仙樹。その実である仙果を食べることで、氣功能力は覚醒するのだ。また仙果は異界の中で補充できる貴重な食料。見つけることができれば、征伐までの間、食いつなぐのがぐっと楽になる。


「あった!」


 赤黒い実をたわわに実らせた仙樹を見つけ、優子は歓声を上げた。仙樹がこんなに近くにあるなんて幸先が良い。生き残る可能性が上がったのを感じながら、彼女は仙樹に駆け寄って仙果に手を伸ばした。



 § § §



「重い……」


 登山道を歩きながら、颯谷はそう愚痴っぽく呟いた。背嚢も重いが、それ以上に彼が辟易しているのがポータブルバッテリー。確かに片手で持ち運べる程度の重さではあるのだが、それでもずいぶん重く感じる。下り道ということもあって、一歩ごとに重さが頭のてっぺんから突き抜けていくようだった。


 正直、内氣功を使わないとすぐに歩けなくなってしまいそうだ。だが背嚢もポータブルバッテリーも捨てていくことはできない。重いのを我慢し、内氣功を駆使して颯谷は歩く。内氣功のおかげで彼の足取りはよどみないが、気掛かりなのは氣の消費量だ。


 一般に内氣功は消耗が少ないが、しかしゼロではない。常に内氣功を使うというのは、つまりランニングコストがかかるという意味で、そのせいでいざという時に戦えないようでは困る。


(氣の量は増えてるはずなんだけど……)


 大分県西部の異界では、全部で150体近いモンスターを倒したし、何よりヌシを単独で討伐した。その成果は如実に表れていて、征伐後ははっきりそれと分かるほどに氣の量が増えていた。そのせいでまた流転法の難易度が上がってしまったわけだが、それはそれとして。


 氣の総量が膨大でも、使い続ければいつかはなくなってしまう。もちろん氣は休息などで回復するが、颯谷としては登山道とはいえ山の中で長時間休憩するのは避けたかった。そうなると重要なのは仙果だ。仙樹を見つけるたびに、彼は仙果を食べて氣を回復させた。


 またこうして異界の中を歩いていれば、モンスターとの遭遇は避けられない。この異界に出現するモンスターは骸骨人形スケルトン。颯谷もすでに何体かのスケルトンと交戦して撃破している。


 事前に資料で見た通り、スケルトンは弱かった。伸閃で斬りつければ、簡単にバラバラになる。動きはそれなりに軽快だが、四つ足の獣のように素早いわけではない。攻撃を当てるのは容易だった。


 ただ組み付かれると面倒そうだ。もっともこれはスケルトンだからというより、颯谷の側の問題である。登山道は狭いし、足を踏み外せば滑落の危険がある。また背嚢などのために彼の動きはどうしても鈍い。近寄られるまえに叩く、というのが基本方針になった。


(そのためにも……)


 そのためにも、早急にコアの欠片の学習が進むことが望ましい。そうすればより早く敵の気配を察知できるからだ。だがそのためには一定数のスケルトンを倒す必要があり、それを優先するというのも本末転倒だろう。


(見晴らしの悪い山の中こそ、広い索敵範囲が欲しいんだけど……)


 そう思いつつも、颯谷は下山を優先している。大丈夫だとは思うのだが、ポータブルバッテリーのLEDライトが使えるうちに山を下りてしまいたかったのだ。万が一、明かりの使えない状態で遭難してしまったらと思うとゾッとしない。


(こんだけ暗いんだ。多少の見晴らしの悪さなんて誤差だよな)


 苦笑しながら、颯谷は声には出さずそう呟いた。同じく視界が利かないなら、スコアを稼ぐのは山を下りてからのほうがいいだろう。そう考えて自分を納得させながら、彼は仙樹の赤黒い実に手を伸ばした。


 ところでスケルトンと何度か戦って気付いたことがある。スケルトンはどうやら、光を認識していないようなのだ。LEDライトの光を当てても数秒間反応しなかったのが、そう考える根拠になっている。


(まあ、ちょっと考えれば納得できる話だよな)


「スケルトンには目も脳もないのだから」という話は置いておくとしても、こんな真っ暗な環境の中で徘徊し、人間を見つけたら襲ってくるのだ。光に頼っていないと考えるのは妥当だろう。


 ではどうやって周囲を認識しているのかというと、それは分からない。たぶん凝視法のような方法で氣功的な気配を察知しているのだろうと思うが、それはあくまで颯谷の個人的な憶測だ。


 彼にとって重要なのは「スケルトンは光を認識していない」という情報の方。つまり彼がLEDライトを使っていても、それを目印にスケルトンが寄ってくることはないと考えられるわけだ。


 そのおかげで颯谷もLEDライトを躊躇わずに使うことができている。また今後もし隠形や迷彩を使いながら移動することになるとしても、LEDライトは使えるわけで、それでどれだけ移動しやすくなるかは想像に難くない。ちなみに今は隠形も迷彩も使っていない。襲ってくるスケルトンを返り討ちにして、コアの欠片に学習を促すためだ。


(しっかしそうなると……)


 そうなるとますますLEDライトとそれを使うための電力バッテリーの重要性は高まる。仮にこのまま夜が明けないのだとすると、LEDライトは使いっぱなしになるだろう。時間制限は本当にきついものになる。


(速攻だな。速攻でケリをつける)


 最初からそのつもりではあったが、颯谷はその決意を新たにする。そして現れた標識をライトで照らした。「五合目」と書かれている。「ようやく半分か」と思いつつ、登山道を確認しながら彼は慎重に歩みを進めた。


 そこから少し歩いたところで、颯谷の背中に突然悪寒が走る。プレッシャーは右側、山側から放たれている。彼は反射的にその場から飛びのいた。次の瞬間、白くて巨大な腕が振り下ろされる。


「なんだ!?」


 凝視法を使いつつ、LEDライトを左右に振って颯谷は周囲を確認する。モンスターの姿はすぐに見つかった。木の陰に隠れていたのは一体のスケルトン。ただし大きい。大スケルトンだ。馬鹿みたいに大きなしゃれこうべが颯谷に向かってカタカタと歯を鳴らした。


(気付かなかった!? この距離で!?)


 混乱する颯谷に、大スケルトンが白い腕を伸ばす。「なぜ?」はひとまず脇に置き、颯谷は戦闘に意識を集中させる。彼は姿勢を低くして登山道を駆け下り、大スケルトンの腕をかいくぐる。内氣功の出力は最大だ。そしてすれ違いざまに仙樹の杖で斬りつけ、斬り落とした。


「ゴォォォォォオオオ!?」


 静まり返った山の中に大スケルトンの絶叫が響く。手ごたえを感じつつ、颯谷は好戦的に笑った。確かにデカい。だが骨の硬さは普通のスケルトンとさほど変わらない。太い分だけ防御力は高いかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。


(さては骨粗鬆症かぁ!?)


 頭の中でそんなことを叫びつつ、颯谷は伸閃を放つ。その一撃は大スケルトンの肋骨を二本砕いた。大スケルトンが怯む。その隙を見逃さず颯谷は斜面を駆け上り、内氣功に物言わせて大きく跳躍した。


「はぁぁぁあああ!!」


 そして空中で大きく仙樹の杖を横に薙ぐ。放つのは伸閃。仙樹の杖から伸びたその不可視の刃は、大スケルトンの首の骨とすぐ隣の木の幹を両断した。巨大なしゃれこうべが落ち、木も倒れる。大スケルトンの骨の身体がカラカラと崩れ落ち、黒い灰のようになって消える。それを見届けてから、颯谷は大きく息を吐いた。


颯谷「牛乳飲めぇ! 牛乳!」

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― 新着の感想 ―
大スケさん「牛乳飲める体だと思う?」
>さては骨粗鬆症かぁ!? 今までの軽口で一番面白かったです(笑)
こつそしょうしょう草w
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