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妄想! 彼女は、未来のレジェンドパイロット(予定)!

 二周目以降、クローイの順位を上げるペースに陰りが見えてきた。しかしこれは仕方がなかった。


 レースというのは、周回を重ねるごとに隊列が整ってしまい、次第に抜きづらくなってゆくものなのだ。


 それに、順位を上げれば上げるほど、性能がいいマシンと対峙する機会が増える。敵が強くなればなるほど、料理に要する時間も増えるのもまた、仕方がないことだった。


 隊列が整うことと、優秀なマシンが増えること。この二つが、彼女の追い抜きペースが落ちついた原因であった。


 だが、彼女の勢いが完全になくなったわけではない。一周に十機も抜けなくなっただけだ。彼女は、ラップを重ねるごとに順位を一つか二つ上げていた。


 レースファンは、共通した習性を持っているものだ。彼らは、格闘戦をなによりも好む。熱狂的なファンになればなるほど、格闘戦が得意なファイタータイプのパイロットを好む傾向にある。


 クローイは、そんな好事家のお眼鏡にかなったらしい。彼女が滑走路上空に戻ってくるたび、彼らは、割れんばかりの歓声を群青の飛行機に浴びせていた。


 現在クローイは六位を飛んでいる。やはり前半セクターは苦しい。クローイは五位との差を縮めるどころか、突き放されていた。


 しかし――。惜しみない拍手が、スタンドから巻き上がった。クローイが人食い崖をクリアしたのだ。そのラインは相も変わらず過激であった。彼女は、橋と接触するかしないかのラインで飛び続けていた。


「俺はよう。感覚が麻痺してきちまったよ。実はあれはよ。俺たちが考えている以上に簡単なんじゃねえか、と思い始めてきちまったよ」


 おじいちゃんがぼやきはじめた。一度はピットウォールに出て彼女に手を振った私たちだけれど、今はガレージに引きこもっていた。


「なにが? おじいちゃん」

「橋桁ギリギリで通過するラインだよ。毎周、毎周、あのラインを使ってあっさりクリアされるとなあ」

「でも。クローイを真似しようとしたパイロットは、ことごとく失敗してる。簡単なラインじゃない」


 クローイの偉業は、パイロットの矜持に触れたようだ。どこぞと知れぬ小娘が成功したのだ。俺が失敗するはずない――。と言わんばかりに、幾人かが、彼女と同じアプローチを試みたのだ。


 だが彼らは、一人として次の周回を重ねられなかった。みな恐怖に屈したようで、すんでのところで操縦桿を引き起こし、橋の上を通過していた。橋くぐりしなかった飛行機は、即失格となる。


「もしかしたら。あのラインは、来年以降禁止かなあ」


 おじいちゃんが、ぼんやりとした口振りでそう言った。


「どうして?」


 私は首を傾げた。


「真似した連中は、幸い墜ちていないわけだが……それも今のところは、って話だ。そのうち、取り返しの付かないミスをする奴が、出てくるかもしれねえ」

「だから禁止に?」


 おじいちゃんは頷いた。


「なにを今更。たくさんのパイロットをこのレースで殺しているくせに」

「だから。来年以降禁止にするんだよ」


 おじいちゃんは困り顔を作った。


「このレースは、毎年のように死人が出ているんで、政府の覚えが大変よろしくないんだ」

「そろそろ主催者側が圧力を怖れて、自主規制をするかもしれないってこと?」

「そういう噂が、まことしやかに囁かれている。優勝をタイムアタック形式で決めるべきだ、なんて意見も出ているらしい」

「なにそれ。つまらない。そんなのレースファンが許すはずない」

「俺も同意見だがな。お国は、そうは考えていない。レースファンの憤りが、この流れに抗えるとは思えない」

「なら。好都合かな」

「なにがだよ、ターラ」

「もし今年が、一斉スタート形式のラストイヤーになるのであれば。クローイは永く語り継がれるじゃない? 最後のファイタータイプだった、てさ」


 私の口角が自然と上がった。永く語り継がれるクローイを想像したからだ。


 将来はクローイの伝記が編まれるだろう。書中には、今日操った飛行機の記述もあるだろう。飛行機を作った工房も記されるはずだ。つまり、クローイがレースパイロットとして伝説を築き上げれば、それをサポートした私たちも、伝説の工房として記憶されるのだ。


 ターナー工房の存在が、クローイの活躍と一つとなり、いつまでも語り継がれるのである。一人のエンジニアとして、そしてクローイのいちファンとして、こんなに嬉しいことはない。


 私のニタニタ顔は、綺麗なものではないようだ。おじいちゃんの腰が少し引けていた。


「ま、まあ。このレースで勝たない限りでは、最後のファイターとして記憶されねえだろうがな」

「そこは大丈夫。あの娘、勝てるから」


 私が自信たっぷりに断言したとき、エルドレッドが滑走路上空に戻ってきた。彼は相も変わらず、快適な一人旅を楽しんでいるようである。


 二位、三位、四位――と、飛行機が次々と帰ってくる。そして五機目のエンジン音が聞こえはじめた頃合い、スタンドがひときわ盛り上がった。


 クローイだ。彼女はこのラップでもまた、順位を一つあげたのだ。


 すべての飛行機が飛びさったあと、ピットには夜明けにも似た静けさが訪れた。そして各ガレージに備え付けられたスピーカーが、がさりとノイズで震えた。のっぺりとした男性の声が、各飛行機のラップタイムをコントロールライン通過順に告げ始めた。


 クローイのタイムは、トップをひた走るエルドレッドよりも速かった。

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