第10話 陽姫見参
遅い。あれからどれくらい経った? え? まだ20分? そんな馬鹿な。
公太くん、まだでしょうか? あなた、いったいどこの国に食材を調達しに行ったのでしょうか?
早くしてっ!! だってこの人…………怖いんだけど!?!?
「――――だから! 違うって言っているでしょ!? 何度言わせる気よ!?」
「ひぃッ……ご、ごめんなさい」
「…………」
「ほら、ここも同じ数式で……だからッ!! オリジナルの数式を作るなっ!!」
「す、すすみません! そんなつもりはなくてっ」
「…………」
現在、僕は陽乃お姉様に勉強を教えて頂いております。
なぜこうなったのか、理由は簡単です。これは全て、妹である月ちゃんのため……だそうです。
あの、陽乃お姉様に煩いと怒られた後でした。謝罪をした僕達は、静かに勉強を再開しようと思い、テーブルに戻ったのです。
満足そうに部屋を出ようとする陽乃お姉様。その時でした、隣にいる後輩が余計な事を言いやがったのは。
『では九郎先輩! 逆に私が先輩の勉強を見ますよ。私、これでも頭いいので』
後輩の癖に何を言っているんだと思いました。いくら何でも、二年生の勉強が分かる訳ねぇだろと。
舐めんな後輩! と叱責しようとした時でした。陽乃お姉様が再び部屋に中に入って来て、恐ろしく綺麗な目で僕を睨みつけてこう言ったのです。
『アンタ、二年生なのね? それなのに月乃に教わるつもり? アタシの妹の勉強を邪魔しないでくれない?』
もちろん即座に弁明致しました。この後輩が素っ頓狂な事を言っただけだと。
しかしこの素っ頓狂後輩ときたら!!
『大丈夫ですよ姉さん。私はもう、試験勉強は終わらせましたから』
『月乃。アナタ、入試テストの順位は?』
『ご、5位ですけど……それがなにか?』
『ならもっと上を目指しなさい。もう終わったなんて言うのは、学年1位を取ってから言いなさい』
『い、1位って……兄さんじゃないんだから……』
『いいから、アナタは自分の勉強してなさい』
『……姉さんだって1位じゃないくせに』
『なにか言った?』
『別に……なんでもありません、ふんっ』
『そ、なら勉強しなさい。この男の勉強はアタシが見るわ』
聞き捨てならないと月姫が食って掛かりましたが、陽姫は譲らず。月姫VS陽姫の光景は、今でも目に焼き付いています。
軍配は、年の功で陽姫に上がったようです。
酒神陽乃。公太と月ちゃんのお姉様。四風学園の三年生。そうです、私達の先輩であります。
月ちゃんと同じようなショートカット。妹の月ちゃんは毛先が丸まっていますが、お姉様は逆に毛先が外にハネています。じゃじゃ馬なのかなっ?
鼻筋が通っており、目は切れ長の美人お姉様。しかし、向空冬凛さんの目と違って、少々威圧的と言いますか……温かみを感じないと言いますか。
「――――ちょっとアンタ、なにジロジロ見てんのよ? アタシじゃなく問題を見なさいよ」
「は、はいっ! すみませんお姉様!!」
「……アンタのお姉様になったつもりはないわよ」
「す、すみません! 陽乃さん!!」
「……へぇ、度胸だけはあるのね? 同級生の男でも、アタシの事を名前で呼べないってのに」
怪しく光るお姉様の目。咄嗟に名前が出てしまったが、お姉様は怒っていると言うよりは、驚いているような感じだった。
名前で呼べないって、どういう事だろう? 名前で呼ばないじゃなくて、呼べない?
「え……もしかして、名前で呼ぶと呪われたりするんですか?」
「はぁぁ!? なに言ってんのアンタ!? そんな訳ないでしょ!!」
メデューサみたいな鋭い眼力だし、睨まれるとマジ石化。
呪いじゃないとしたら、やっぱり陽乃お姉様の纏う雰囲気のせいだろうか。
近づきがたいと言ったら失礼だが、やっぱりちょっと怖いイメージを受けるから。
トーリがクールビューティーならば、お姉様は……デンジャービューティー? え、マジこわ。
「別にどう呼んだって構わないわ、好きにしなさいよ」
「マ、マジすか? えと……じゃあ、う~ん……————」
【お姉ちゃん】
【陽乃さん】
【姉さん】
【陽乃先輩】
【お姉様】
【酒神先輩】
――――おおおお多くね!? 過去最大級、いや過去最大か。
ゲームでもこんなに選択肢でねぇよ。出たらゲーム会社にクレーム入れるレベル。
姉属性が強いのだろうな。選択肢も姉属性に引っ張られたようだが、姉呼びを除けば実質三択か。
よし――――ちょっと揶揄ってやろ。スパルタ教育の仕返しじゃ!!
「陽乃おね~ちゃん!」
「…………な、なんですって? アンタ今……もう一回言ってみなさい?」
「ひっひぃ!? うそです! ごめんなさい! 酒神先輩!!」
こえェェ。ギロリといった擬音が聞こえそうなほどの鋭い目、視線に心臓が掴まれるとはまさにこの事。
余計な事を言わなければよかった! せっかく公太と仲良くなるチャンスだと言うのに、家族に嫌われちゃマズい!
「ご、ごめんなさい! 調子に乗りました!」
「……アンタ、そう言えば名前は?」
「わ、脇谷九郎です……公太君のクラスメイトで、脇役をさせてもらってます!」
「……脇役? よく分からないけど……いいわ九郎、もう一回言ってみなさい」
「え……っと、脇谷九郎です……公太君のクラス――――」
「――――違うわ! そこじゃなくて! ア、アタシのこと、もう一回呼んでみなさい!」
なるほど、先ほどの話はなかった事にしてくれると、そういう事ですね?
流石お姉様、聡明です。時間すらも操れるとは……よっ! 時の女王っ!! 時を戻そう。
「酒神せんぱっ――――」
「――――ふざけんなッ! もう一回、お姉ちゃんと呼びなさい!!」
「なんでェェェェェェ!?!?」
陽乃お姉様に胸倉を掴まれ、ガタガタと脳を揺らされる。
慌てて止めに入る月ちゃん。あぁ、姉と妹がいるとはこういう事なのかと思った時、意識がブラックアウト。
毎日こんな姉と妹と一緒にいる公太。やっぱ尊敬するわ。
ちなみにこの後、色々あったんだけど割愛。とりあえず、陽乃姉さんと呼ばされる事になった。
しかしこの陽乃姉さん、マジで有能。午後は陽乃姉さんのお陰で勉強が捗りました……怖かったけど。
お読み頂き、ありがとうございます
次回
→【社会・忘れられる】
割愛話は章終わりにでも、公開しようか考え中です




