第15話 春季の如くココロオドル
「なぁ蓮海。そのステーキ、少しくれない?」
午前中の案内を終え、今は昼休憩の時間。俺たち案内人は、最初に集まった部屋に戻り昼食を取っていた。
俺以外の五人は学園が用意してくれた少しだけ高級な弁当を食べている、おいしそう。
どうやら昨日から案内人の人選は済んでいたようで、昼食は学園が用意するから弁当は持参しなくていいと言われていたらしい。
俺は普通に、母の作った弁当を持ってきた。知らなかったもん、こんな高級弁当が用意されているなんて。
「そこいっちゃうの? このお弁当のメインだよ?」
「俺の冷凍肉巻きと交換しない? あ、冷凍春巻きも付けるよ?」
「わざわざ冷凍って教える必要あるかな? どっちも巻いてるし……もう、仕方ないなぁ」
少しだけ気の抜けた表情をした蓮海が、高級弁当からステーキを二切れ分けてくれた。
蓮海マジ天女。一切れじゃなく二切れという所がマジで天女。欲を言えば椅子が欲しい、なんで準備してないのよ荒生。立ち食い弁当ってやべぇよ。
「午後は校外の案内だね」
「今日、微妙に暑いから嫌だな……」
蓮海と一緒に昼食が取れる事以外にもう一つ、ラッキーな事が起こっていた。
通常、二年生は午後から授業が始まるのだが、案内人である俺達は午後も後輩たちのサポートを行うため、授業が免除されるのだ。
外は多少暑くとも、授業に参加するよりは遥かにマシだろう。隣には天女がいるし。
「そう言えば、脇谷くんって柔道部なのかな?」
「柔道? いや、柔道はやってないけど」
「そうなの? 昨日、柔道着持ってたから」
「あぁ~そういう事か。あれは柔道着じゃなくて、空手着だよ。見た目は似てるけどね」
「へぇ空手かぁ~……あれ? うちの学園に空手部ってあったかな?」
「空手部はないね。外で活動してんだよ」
あったとしても恐らく入部しなかったと思うが。今の道場のように、自由な部分は部活ではなくなるだろうし。
そういえば蓮海は部活動しているのだろうか? 蓮海ほどの美人なら噂に聞こえてきそうなものだけど、そんな話は聞いた事がなかった。
「蓮海は部活やってる?」
「ううん、やってないよ。あたし、運動音痴だから」
「へぇ、意外。美人は運動神経がいいイメージがあった」
「……サラッと言わないで、恥ずかしいよ……」
「あ……いや、その……すまん」
頬を桜色に染めた蓮海が俺から目を逸らす。嫌悪はしてなさそうだから、それは助かった。
どうにも可愛いだとか綺麗だとか、美人だとかイケメンだとかはすんなりと言えてしまう。
だってその通りだから。女性を喜ばせるつもりも、男性を良い気にさせるつもりもなく、ただ見た通りの事だから。
動物を見て可愛い、花火を見て綺麗だっていうのと大して変わらない。
しかし相手は心を持った人間だ。容姿を褒められると言うのは、例えそれが事実であっても言われるのが嫌な人だっているはずだ。
気を付けなければ……でも蓮海は照れているだけかな? もし少しでも嬉しいと思ってくれるなら、何も考えず伝えたいのだが。
「そ、それでね! あたし運動は苦手だけど、見るのは好きなの」
「あ、あぁそうなのか」
とりあえず美人話は続けて欲しくないらしい。少しだけ慌てた様子で蓮海は話し続ける。
「だから何かの部活のマネージャーやってみようかなって思って。サッカーとかいいかなって思ってたの」
「サッカー……か。たしかに蓮海にはピッタリかもな」
ボールを追いかける少年を見つめる蓮海。汗だくになった部員にタオルを渡し、ドリンクを差し出す。
サッカーと言えば公太を浮かべてしまう。公太の隣に蓮海……あぁ、本当にピッタリだな。
「でも、ちょっとだけ気になるスポーツが出来ちゃって……」
「そうなのか? 野球とかバスケとかか?」
「…………空手」
「か、空手!? い、意外だな? 女の子が好きなスポーツというイメージはないけど……」
「い、いいから! 深く聞かないで……ちょっと気になっただけだから……」
桜色を通り越して真っ赤になって俯く蓮海。これ以上、理由を聞くのはダメだろうな。
俺が空手の話をしたから、少しだけ気になっただけの事だろう。ただあの言い方では、俺が空手をしているから気になったと聞こえてしまうが……さすがに自意識過剰か――――
【話題を逸らす】
【道場の見学に誘う】
【サッカーがピッタリだ】
――――正直な所、蓮海にサッカー部のマネージャーというのは凄く似合っていると思う。蓮海のような子に来てもらえれば、サッカー部の士気も上がるだろうし。
それに俺がやっている空手は部活じゃないし、マネージャーという役割にはつく事はできないだろう。
でも見学くらいなら……来てもいいんじゃないか? 蓮海は空手が気になるって言ったのであって、空手のマネージャーになりたいって訳じゃない。
神の導きが提示されたという事は、この選択は重要な意味を持つはず。それこそ、話題を逸らしたりサッカー部を進めれば、いずれ蓮海は……。
(なんか……嫌だな。あれ? なんで嫌なんだ……? でも……)
「……空手に興味あるならさ、見学に来ないか?」
「見学……できるの?」
「できるよ。なんなら体験もできるし、体験ならお金は掛からないよ。女性の会員も沢山いるし」
分かった。これは小さな独占欲だ。知り合って間もない蓮海だけど、俺はもっと彼女と仲良くなりたいと思っている。
そんな彼女が、俺の知らない部活に行くのが嫌だったんだ。
(なんか俺、ちっちぇーなぁ……)
そう思いつつも、言葉に出して良かったと思っている自分がいる。こんなに他人の行動に干渉した事なんて、今までほとんどないかもしれない。
いつも他人任せ。最終的な判断は本人がするとは言っても、本人の考えが俺の意見で捻じ曲がる事はしないようにしていた。
「――――うん、見学に行く。空手を見てみたいな」
「……そっか、じゃあ今度、行こうぜ」
そう言う彼女の笑顔に陰りはない。でも俺の選択が、彼女の行動を捻じ曲げた。
後悔はしていない。結果的に蓮海は他の選択をするのかもしれない。だけど俺が選択しなければ、蓮海の行動は変わらなかった。
初めて自分の欲のために相手に意見した。そのせいなのか、何かが始まりそうな春の季節の様に、期待で心が躍っているのが分かった。
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