最終イベント・その一
「温泉旅行に行くわよ」
紅葉が綺麗な季節、陽乃姉さんに生徒会室へと呼び出された俺は、その言葉を聞いて固まってしまっていた。
不敵に笑う陽乃お姉様。とても様になってはいるが、喰われそうで怖い。
あと数日でシルバーウィーク。彼女達とどこへ出かけようとウキウキだった気持ちは、一瞬で塗り替えられてしまった。
「お、温泉旅行……ですか。あの、金ないっす」
「お金は必要ないわ。招待券があるから」
そう言って陽乃姉さんは二枚のチケットのような物を差し出してきた。とある温泉旅館の宿泊チケットのようだ。
先立つものが無い事を理由にしたのは失敗だった。黙って用事があるとか言っておけば……いや、どちらにしろ強制連行か。
「えっと、そのチケットをくれるって事?」
「あげるわよ、一枚。もう一枚はアタシの」
どういう事だ? 二枚の内、一枚が俺で、一枚が姉さん?
つまり何、どういう事? 二枚しかないチケットを俺と姉さんで……?
「ま、まさか……二人で!?」
「そりゃそうよ。二枚しかないのだもの」
ニッコリと笑う陽乃姉、めっちゃ可愛いがぁしかしッッ!!!
陽乃姉さんと二人で温泉旅行!? なぜ!? どうして!? 陽乃姉さんの浴衣姿は見てみたいがぁしかしッ!!!
山の中の静かな温泉に沈められて魂を鎮められる未来しか見えない。
なんとか断らなければ……なんとしてでも断らなければッ!!
「そ、そういうのは彼氏と行った方がいいよ!」
「そんなのいないわよ。というかアンタが彼氏のようなものじゃない」
「誰が彼氏じゃ!? ふざけた事を申すなッ!」
「あんだって?」
「ごめんなさい」
怖いっ! でもダメだ! 頑張らなきゃダメだ! このシルバーウィークは彼女達に、紅葉を見に行こうようって言うつもりなんだから!
真っ当な理由がダメなら……恥じらう乙女作戦!
「男と二人っきりで温泉ってさ、どういう事か分かってるの?」
「なによ、ハッキリと言いなさい」
「お、俺とそういう事ができるのか!? 俺、襲っちゃうぞ!?」
「返り討ちよ」
「ひぃっ!?」
喰われる!? なにその獲物を狙うハンターの目は!?
乙女じゃねぇ! 恥じらう乙女なんてどこにもいねぇ!
「別にアンタとならいいわよ」
「乙女作戦がダメなら…………なんだって?」
「だから、アンタとならいいわよ。現時点で許せる男はアンタくらいだわ」
「…………え? 急にデレるの?」
「元からデレデレでしょ? 弟には甘いのよ」
デレデレどころかツンツンキンキンカチカチじゃねぇかよ。たまぁ~に顔を赤くする事があるくらいで。
しかし、俺とそういう事が出来るとは意外だった。陽乃姉さんとそういう事を……捕食されているようにしか見えなくない?
「全部アタシが貰ってあげるわよ。アンタもその方がいいでしょ?」
「ど、どういう事?」
「アンタ達の事だから、どうせ誰が最初にするとかでピーピー騒いでるんでしょ?」
「まぁ確かに……でもみんなと同時にすればっ」
「物理的に無理でしょ。棒も穴も一つずつしか――――」
「――――お姉ちゃん、それは流石にやめた方が良いよ」
「……コホン。ともかく、アタシで済ませておきなさい。その方がハーレム維持にもなるんじゃないの?」
「…………」
「じゃ、決まりね? 詳細は後で連絡するから」
「…………」
「そんなに嫌そうな顔しないでよ。アタシだって傷つくのよ?」
「あ……ごめん」
「嫌なら無理やりにはしないわ。ただ旅行には行って欲しいな? お姉ちゃんとも、思い出を作ろうよ」
(なぜ急にそんなしおらしく……断りづらくなってしまったじゃないか)
「う、うん。分かったよ、姉さん」
「お姉ちゃんでしょ? もう、何回も言わせないの」
そう言うと、陽乃姉さんは先に生徒会室を出て行ってしまった。去り際に見えた横顔は、少しだけ寂しそうに見えた。
最後の方の陽乃姉、今までに見た事がない雰囲気で少しドキっとさせられたな。
そりゃあれだけ整っているんだから、何かが違えばそれこそ学園で一番モテる女子生徒になっていた事だろうに。
ともかく、あんな顔をされてしまっては気になってしまう。今年で卒業してしまう姉さんとの思い出、俺だって少しは欲しいし。
彼女達には悪いけど、今回は陽乃姉さんに付き合おうかな――――
――――ピコン。
陽< アンタの言った通り、少し憂いのある表情を見せたら落ちたわ。
月< それは良かったです。ですがここは三人の部屋ですよ?
陽< ――――メッセージは削除されました――――
九< もう見たよ、酒神先輩。
陽< ごめんって! 呼び方だけは変えないで!
月< 詰めが甘いですね、姉さんは。
やっぱ行くのやめようかな~と思いながら、俺も家路についた。
――――その日の夜、自室にて。
チケットとスマホを片手に、彼女達に何と言おうと頭を悩ませていた。
百歩譲って、連休がダメになった事はいいだろう。だが彼女以外の女性と二人きりで温泉旅行というのは、ダメだろうな。
相手が陽乃姉さんであっても、良しとしないだろう。でも内緒で行っても絶対にバレるし、何も言わずに行った事による印象は最悪だ。
しかし俺だって健全な男子。あんな美人に色々な意味で誘われて嬉しくもあるのだが……彼女達にとってはただの裏切り行為か。
「どーしよー……」
「なんだ息子よ? 頭を抱えてどうした?」
急に背後から懐かしい声が聞こえたと思い振り返ると、そこにいたのは我が父である脇谷六斗であった。
あの夏休み以来の再会だが、また何か仕事で帰って来たのだろうか?
「親父……懐かしいな」
「普通、久しぶりって言わないか? なんか昔の人みたいで嫌だわ」
そんなどうでもいい事はどうでもいいのだ。ノックもせずに急に現れて、俺だって思春期真っただ中の男子なんだぞ?
気まずい場面に出くわしたらどうすんのよ? まぁ親父なら、笑いながらおかずは何だと聞いてきそうだが。
「ノックくらいしてくれ」
「いやしたよ。気づかなかっただけだろ?」
「そうなのか……それで、今日は出張? なんでいるの?」
「自分の家にいて悪いかよ……少し早めのシルバーウィークなんだ」
そうだったのか。ほんと急に来るからな。
言われてみれば今日の母さん、ちょっと機嫌が良かったな。俺は気を利かせて公太の家に泊まりに行った方がいいだろうか?
あぁ、でも陽乃姉が……。
「そうなんだよ……もうどうしよう……」
「相当な悩みのようだな? ほれ、父さんに話してみ」
「放っておいてくれ! いくら父さんでも陽乃姉さんには勝てないんだ!」
「誰だよ……ん? お前それ……ちょっと見せてみ?」
「え、ああ」
さっきから握りしめていたチケットを親父に渡す。もしかしてチケットの期限が切れているとか、そういうご都合主義な展開とかないかな?
「やっぱり。これ、ビーチクイーンコンテストの景品じゃん。準グランプリの」
「……え? あ……そういや、姉さん準グランプリだったな」
そういう事か。なんか良さげな旅館だと思ったら、あの大会の景品だというなら納得だ。
とても高校生が泊まれるような雰囲気じゃないからな。流石に企業が絡んだ大会の景品は…………!?
「お前が諸悪の根源か!? 親父ィィ!!」
「な、なんだよいきなり!? 父に向ってお前とか言うな!」
「この景品を選んだのは誰だ!? 親父だろ!?」
「いや、俺じゃ……まぁ一応、リーダーとしてオッケー出したのは俺だけど」
悪びれもしないでそういう六斗。リーダーなんてカッコいいねパパ! なんて言うと思ったら大間違いだぞ!?
なんでこんな事に……もう逃げられる気がしない。もう俺はご都合主義に囚われてしまっているようだ。
もう諦めて姉さんと二人で……いや、足掻いてみるか。
「……なぁ親父。金……貸してくれたりしない? 他にも一緒に行きたい子らがいるんだよ」
「行きたいって、冬凛ちゃん達か?」
こうなったら借金をしてでも皆を連れていく。初めからそうすれば良かったんだ。
姉さんから逃げられないのであれば、道連れを増やしつつ彼女達とも思い出を作ればいいんだ! 一石二鳥とはまさにこの事だな!
「ちなみに何人だ?」
「えっと、四人……いや五人かな」
海に一緒に行けなかった公太カップルや央平も誘いたい所だが、あまり高額になってもな。
行きたいって言うなら公太と央平には自腹切ってもらおう。
「……このチケットは二泊。二泊分の宿泊費に、行き帰りの交通費。その他諸々……数十万するぞ?」
「数十万!? 俺のバイト代は月一万くらいだぞ!?」
とてもアキの家でのバイトでは賄えない。あまりやらなくなったゲームを売ったとしても到底届かない。
しかし背に腹は代えられない。姉の卒業旅行を華やかにしてやりたい。親父が許してくれるなら、無利子で貸して頂きたい。
「頼むよ、親父」
「そ、そこまでの覚悟か……う~んそれなら、いい提案があるんだが、聞くか?」
「いい提案? なんか割のいいバイト先でも紹介してくれんの? でももう時間が……」
四、五日後にはシルバーウィークだ。とてもじゃないが時間が足りない。
「そもそもさ、なんでこのチケットが景品になったと思う?」
「なんでって、知らないよ。会社の事情とかじゃねぇの?」
「そう、会社の事情だよ。今、この温泉旅館がある温泉街の仕事に携わってんだよ」
温泉街の仕事とはなんだろう? また何かイベントでも企画しているというのだろうか?
もしかして、そのイベントの手伝いをして金を稼げとでも言うつもりだろうか?
しかし六斗が提案してきた案は、予想の斜め上いくものだった。
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