酒神公と大陰、恋の行方・その七
遅くなりました
「あちぃ……」
なんていう暑さ、話には聞いていたがこれほどまでに暑いとは。
季節は秋。紅葉真っ盛りのこの時期は、どちらかと言えば寒さを感じる時期だろう。
しかし俺は汗だくだ。まるでサウナの様に蒸し暑い。ほんと地獄だな、着ぐるみの中というのは。
「いらっしゃ~い……焼きそばやお好み焼き~各種ドリンクもありま~す」
人が集まる昼近くは露天前で人集めをし、他の時間は校内などを練り歩いてクラス発表のアピールを行う。
俺達のクラスは一日目が喫茶店、三日目は演劇となっていた。この着ぐるみは三日目の劇で使う小道具である。
そしてなんといっても二日目。露店は開くがクラス発表は休憩所解放という、人手が必要ない時に行われるのが俺達の個人発表だ。
「店員は可愛い女の子ばかりだよ~他のクラスとは違うよ~」
喫茶店にも演劇にも参加しない俺は、露店組になるのだが……戦力外通告をされたのでこうして着ぐるみを被っていると言う訳だ。
今日一日はしっかりと働き、明日は自分達の発表を行い、明後日は自由時間という調整としたため、今日は頑張らなきゃならないんだけど……。
流石にちょっと休憩。誰にでもできる仕事だと侮っていたが、これは誰にでも出来る仕事じゃない。俺が尊敬する職業ランクで急上昇したわ。
「こら~。サボってないで集客してよ。まだ休憩時間じゃないよ?」
「しかし飲食店にゾンビの着ぐるみってどうなんですかね? なにか感染しそう……」
そんな過酷さを知らない接客組の夏菜とアキは、露店の中からサボり気味の俺に注意をしだした。ちょっと休憩しようとしゃがんだだけなんだけど。
三日目の劇はゾンビ劇らしく、着ぐるみはこれが一番マシだった。この着ぐるみは感染してしまったクマで、ラスボスという設定らしい。
「いや、ちょっとしんどくて……」
「九郎は体力あるじゃん! ね、頑張って! 公くん、そっちのお客さんよろしく」
「後で一緒に休憩しましょうね。真中さん、調理室から食材の補充をお願いします」
「「へ~い」」
ほとんどの女子と見た目のいい男子は接客へ、それ以外の男子は裏方へ。料理が得意な女子は裏方を手伝ってくれているが、ここでも格差社会の闇が見て取れた。
見た目がいいというのは才能であるとは思うが……なら頑張ってもらおうじゃないか。
「元気可愛い系、愛川夏菜の列はこちらで~す。こっちは小悪魔エロ系、連山秋穂の列になりま~す」
「ちょ、ちょっと九郎!? 変な呼び込みしないでよ!」
「プラス百円でサービスしますよ~。彼氏は無料で~す」
「ちょっと秋穂!? 変に乗らなくていいから!」
「冗談ですよ。サービスは彼氏さんにしかしません」
「恋愛中完璧主人公系、酒神公太の列はこちらになりま~す」
まあ効果が出ているのだから、何も言えないが。この現実を見れば、差別だと騒ぐ気力も湧いてこない。
公太に接客されたくて並ぶ女子生徒。夏菜とアキの列は九割が男子だ。あの列を見ると俺はゾンビ熊がお似合いだぜ。
「そこのクマさ~ん。焼きそばとお好み焼きを下さいな」
「うわ……キモ。本当にこの中に入っているの?」
列整理に励んでいると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
目を向けるとそこにいたのは笑顔の春香と、気持ち悪い物でも見たかのような顔をするトーリだった。
「キモいかな~? けっこう可愛くない?」
「どこがよ? 目玉が抉れている所とか最高にキモいわ」
「でもほら、中に愛しの彼氏がいると思えば?」
「そ、それなら……いや、やっぱりキモいわ」
キモカワ好きの春香はアレだが、普通はトーリの反応となるだろう。
これでも一番マシな着ぐるみを選んだんだ。というか人間のゾンビはメイクを施すから、着ぐるみの選択肢は限られていたのだが。
「二人は休憩時間か?」
「うん、今日は一時間もないけどね」
「その顔で喋られると、本当に気持ち悪いわ……」
トーリはそう言うが、ここで脱いでしまうと子供たちの夢を壊してしまう。
それに汗だくだし、汗臭いと思われるのも嫌だから脱ぎたくない……脱ぐと言えば、トーリはメイド服じゃないが。
「トーリ、メイド服は? 見せてくれるんじゃないのか?」
「メイド服のまま歩き回りたくないわよ。見たいならクローが来て」
「三日目なら行けると思うけど」
「じゃ~一緒に行こうよ! 三日目はあたしも時間あるから」
そんな会話を終えると、二人は俺達の露店に並び始めた。
トーリのメイド姿はとても楽しみだが、他の子のメイド姿も見てみたい。なんとか見る方法はないだろうか……。
「この店の衛生面は大丈夫なのですか? 未知の細菌がいそうなのですが」
「他のクラスより売れているようだし、菌がいたとしたらもう感染してるわよ」
ゾンビ熊らしからぬ声で客引きを再開した所に、やってきたのは最強姉妹。毒舌妹とバイオレンス姉。この姉妹はダメだ、関わると碌な事にならない。
この二人は中身が俺だと知らないはず、ここは役に徹するのが一番だな。
「え、衛生面は問題ないくま! 入ってるのは菌じゃなくて美少女達の汗くま!」
「それはそれでどうなんですか? 一部の人は喜ぶのかもしれませんが」
「まぁ火を通す料理だけだから、汗は蒸発するから大丈夫でしょ」
そういう問題ではない気がするが。でも俺も夏菜とアキの汗なら気にならない、むしろ喜んでだが。
でもこういう事を言うと、夏菜やトーリに引かれる可能性があるから自重しよう。アキや春香は引くじゃなく惹きそうだが。
「さ、最後尾はこちらくま! 酒神公太列がおススメくま!」
「ゾンビ化してるのに普通に喋るんですね、この熊」
「設定が死んでるわね。これじゃただの気持ち悪い熊じゃない」
くそったれ! 言いたい放題いやがって! こっちの過酷さもしらないくせに! というかゾンビ化してなくても熊は喋らねぇよ!
これが一番愛らしい着ぐるみだったのだ! ラスボスが一番愛らしいってどうかと思ったけどね!
「え、営業妨害くま! 買う気がないならどっか行けくま!」
「あぁ? お姉ちゃんに向かって、どっか行け? いい度胸ね?」
「九郎先輩、もうその語尾も飽きましたよ」
バレていたのか……まぁ声とかガッツリ俺だからかな。
その後、姉にアイアン九郎を喰らい、月ちゃんには臭いと消臭剤をぶっ掛けられた。
変に頭部が凹んでいて、いい匂いがする着ぐるみを着たまま一日目を乗り切った。
特に問題なく終わった一日目。明日はいよいよバンド演奏、そして公太の公開告白になる訳だが。後悔告白にならない事を願うばかりだ。
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