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弟だから

 ヒロセが聞く。「もう弟からはっきり好きだって言われてんの?」

「…」

ダメだ、目を反らしてしまう。

「そりゃ言われてるよな?あんな感じじゃ…てか、いつから?中学違うとこ行ってたって、もしかしてそういう事があって…」

「違うから!」

「何が?」

「…うちが特殊な環境だからなんだよ。だからうちの弟、今だけ変な風になってるだけだから」

「キモトは弟に対してそういう気持ちはないって事?」

「…」

「あるわけ?」冷たい声で聞くヒロセ。

「…」

サキちゃんが口を挟む。「あっても別にいいんじゃないの?」

「別にいいかもしんねえけど嫌なのオレは!だから聞いてんの!」

「それに良かったじゃんヒロセ、一緒には住んでないわけだし。そこまで心配しなくても。アレで一緒に住んでたらヤバいけど」

「良くねえじゃん昨日だって一緒にいたし!」ヒロセが吐き捨てるように言う。「一昨日だってわざわざ誕プレ買いに二人で行ってたわけだし!ほんとならオレとデートだったのに…。いつでも一緒に住めるわけじゃん。…すげえ心配するし。…もう今さらオレがどう思ってもいろいろダメな気がする」

嫌だヒロセにそんな風に言われたら。

 

 私は慌てて否定した。「違う!私は…チハルは本当のじゃないけど弟だから。ヒロセ、ごめん。…うちの弟、変だしすごく感じ悪いし、嫌なとこもいっぱいあるけど、ほんとにそんなに良い子だって言えないんだけど…今だけおかしくなってるだけだから」

「そんな事聞いてねえだろ」冷たい、静かな声で聞くヒロセ。「キモトがホントのところ、弟の事を他人て見たらどうかって事が聞きたい」


 「今も言ったけど。弟だから」私は小さい声で答える。

 初めて紹介された時の機嫌の悪そうなチハルの顔が浮かぶ。そして初めて姉ちゃんて呼んでくれた時の、少しはにかんで作った居心地悪そうな笑顔も。そして母の優しい顔も。最初から私に普通に、気を使うでもなく、かと言ってわざとらしい親しみを込めるでもなく、本当に普通に、私の母が生きていてもきっとこんな感じだったなって思えるように、普通の母として私に接してくれた母。

このまま普通に家族でいたい。普通じゃないけど。



 そして私はヒロセがいつものヒロセではないのが怖いと思いながら、それでも嬉しいと思ってしまうのだ。私の事を好きだなって思ってくれてるから今、チハルの事でこんなに腹を立ててくれてるんだよね?

 こういう感じで喜ぶって本当に感じ悪い私。ずるいし気持ち悪い。



 「昨日からいろいろ思ったけど」とヒロセ。「こんな感じでそれをキモトにぶちまけるのはすげえカッコ悪いのはわかってる。わかってるけど…やっぱ帰るオレは先に教室帰るわ。悪いワタナベ、うぜえって思ったけど、お前がいてくれて良かったわ。じゃなかったらもっとすげえダセぇ感じになってた」

そしてそのまま行こうとしたヒロセが立ち止まって私に言った。

「なあ、カッコ悪いついでに言うけど、そいで充分伝わってると思うけど!オレはすげえ今落ち込んでるし腹を立ててるからな!キモト…」

何か続きを言うのを止めてヒロセは先に帰ってしまった。




 「あれ…」とサキちゃんが行ってしまったヒロセの背中を見ながら言う。「なんかヒロセってかなりカッコいいかも」

「…」

「チナがヒロセの事いいな、って思ってんの、今ならすごい気持ちわかるかも」

そうだよ、カッコいいんだよ。うるさいよサキちゃん。

「残念だよね」とさらにサキちゃんがボソッと言った。「こんな形でヒロセからの告白」

残念なのは私だ。私がいけない。…私がいけないのか?


 「あれ?」とサキちゃん。「チナ、…泣くな」

「うるさいよ。泣くよ。もう私こんな事ないよ。ヒロセみたいなちゃんとした良い子が私にこんな風に言ってくれる事、絶対ない。なんかもう全部終わったっぽい…」

「さっきヒロセもそんな事言ってたね。いやあ…でもヒロセなら頑張ってくれると思うけど。チナがヒロセの方をもっとちゃんと好き!って思ったら」

「…」

「だって」とサキちゃん。「まだチュウとかまでされたわけじゃないんでしょ?」

「…」

「えっ!?されたの!?」

「されてない!」

ここはウソをつき通す。


 サキちゃんがじっと私を見つめるので私も見つめ返す。

「サキちゃん嫌い」私はサキちゃんを見つめたまま言った。「面白半分でいろんな事言って」

「面白半分だけど」あっさり認めるサキちゃんがすごい。「でもどっちにしろチナが幸せになればいいと思ってる!」

「簡単にそんな事言わないでよ!」

「ハハハ」と性懲りもなく笑うサキちゃん。「ゴメン。でもほんとゴメン。チナと弟の事良く知らないままいろいろ言ったりとか、ヒロセとの事も。私が禁断とか言い出したから余計言いづらかったのかもしれないし、逆に言えば良かったんじゃね?って思ったりもするけど、チナは普通にしとけばいいよ。どうしようどうしようって思わないで普通にしとけばいい。別に悪い事してないんだから。ヒロセもわかってるよ、本当は。チナが本当の事を言い出しづらかった事」




 サキちゃんの言い草はずいぶん勝手な気がしたけれど、私が言った通り誰にも私とチハルが義理の姉弟だと言うことは黙っていてくれたし、チハルの事もヒロセの事も取り立てて何も言ったり聞いてきたりせずにいてくれた。

 あんな風に腹を立ててくれたヒロセは、もう話しかけて来てはくれないんじゃないかと思っていたが、最初は気まずそうに、そしてもう次の日には普通に話しかけて来てくれて、逆に対応がぎくしゃくしている私を笑ってくれた。夜にはラインもくれた。宿題終わったかとか部活がしんどかったとかそんな当たり障りない事だ。それがすごく嬉しかった。

 そしてチハルも普通。…普通っていうか、チハルの普通がどうなのか私には今さら疑問だけれど、その日返しに来た辞典は誰かにことづけてくれたのか、机の上にただ置いてあったし、その事についても誰からも何も言われなかった。そしてその後何も言って来ない。家にも来ないし、連絡も寄こさないし学校でも話しかけて来ない。

 

 それでももう明日からゴールデンウィークだという週末、普通にしてくれていたヒロセから、家族でどこかにいったりするのかと少しぎこちなく聞かれ、どこにも行かないと思うけど、と同じようにぎこちなく答える私。

「じゃあさ」とヒロセが言った。「もし嫌じゃなかったらだけど、オレと出かけられそうな日があったらキモトから教えてくんねえ?…キモトとどっか出かけたい。…キモトがオレと行きたいって思うとこでいいから。…そんな驚いた顔すんなよ。ちょっと引くじゃん」

ぶんぶんと首を振る私だ。「もうそんな感じで誘ってもらえないと思ってたから」

「あ~~…いや、うん」

恥ずかしそうに笑ってくれるヒロセだ。

 それで家に帰ると母に言われた。「この連休中にみんなで温泉行こうと思うんだけど」

「えっ!?」

「温泉」

「えっ!?」

「だから温泉だって。泊まりで温泉。もうチナちゃ~~ん。警戒する気持ちもわかるけど」

「みんなってチハルもって事?」

そう言えば言ってた。家族旅行とかにも参加するって。

 母がニコニコ笑ってるのが不気味だ。どういうつもりだ母。

「私行かない!」

「う~~ん」と母が唸る。「でもね…おばあちゃんが言い出しっぺなんだよね。おばあちゃん、今度70歳でさ、その記念に元気なうちにみんなと一緒に行きたいって。…でもまあ仕方ないか、無理して家族と一緒に行くような歳でもないし私の方のおばあちゃんだもんね。って言ってもチナちゃんを一人で置いていくのもな…」



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