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わかった

 平穏な1週間だった。

 母も父もあれから私とチハルの事について特に何も言わないし、チハルからの連絡も一切ない。

 あれだけ頭から離れなかった先週の土曜のチハルとの事も、まあ忘れられるわけではもちろんないけれど、あの時だけ次元が別だった、もしかしたら夢だったかもくらいの感じがだんだんしてきた。一時的な気持ちの盛り上がりでやってしまった事を、今になったらチハルも後悔しているのかもしれない。だからあれから絡んで来ないのかも。



 そう安心しかかっていた金曜の夜にチハルから電話が来た。

「誕生日より早めにリストバンド欲しい。明日とか無理?バスケする事になったから。知ってた?」

「うん。うちの担任が喜んでたよ。バスケの顧問の先生と仲良いんだって。…ねえ、…でも誕プレは別なものにしようか?急ぐんならリストバンドは自分で買いなよ」

「…なんで?」

「サキちゃんが…リストバンドとかって彼女とかからもらうもんだって言うし」

「へ~~。いいじゃん別に。彼女いねえから」

「…そうだよね」

いっか、ならいいか。「じゃあ明日買いに行ってくるよ。私が選んだのが好みじゃなくても文句言わないでよ?」

「明日一緒に買いに行きたい」

「…」

もうチハルと二人きりになるのは止めようって決めた。あんな事もうする気はなくても二人きりになるのは止めておきたい。


「それじゃプレゼントにならなくない?買っとくから夜ご飯食べに来たらいいじゃん。おばあちゃんも一緒に。それで持って帰れば…」

「なあ、一緒に買いに行きたい」

私の言葉を遮るように言うチハルだ。

「姉ちゃん」

「…あんたさぁ、お母さんが言ったように、なんでもとにかく『姉ちゃん』て言えば私が許すと思ってない?」

「なあ、姉ちゃん」

いや、騙されないよ。「ダメ。一緒には行かない」


 ちょっと間があって「わかった」とチハル。

 あれ?わかってくれた…

 ちょっと身構えた分拍子抜けして「何色がいい?」と聞くと、「なんでもいい」と言う。

「なんか部活行き始めたら」とチハルが言う。「何人かリストバンドくれるって言って来たヤツがいてめんどくさいから早くはめときたい」

「マジで!?女の子が?すごいじゃん、もらえばいいじゃん、それで毎日取り換えればいいじゃん」

「うるせえよ。じゃあ2コな。どんなんでもいいから。100均のでもいいから」

100均にしようとしてたけど。



 …なんか結構普通のキョーダイのような会話。…かな?良くわかんないなもう。でもいいや。前よりはすごく良い感じになってきてる。私もちゃんと二人きりになるのは断れたし。言う事きいてくれたし。良かった良かった。




 が、土曜の朝、母がパートに出かけた後、チハルがやって来た。

 仕事が休みの父が玄関先で私を呼んだのだ。

「チハル君が来たよ~~」

チハルが?まだ9時半だ。

「チナ~~」と父がまた呼ぶ。「チハル君が来てるよ~~」

来てるからなんだっていうの?上がればいいじゃん普通に。

「チナ~~~」とまた父。

もう、と思いながら部屋から降りて玄関へ行く。

「チハル君、迎えに来てくれてるよ。買い物行く約束してたんだって?」と父。

「行こう」とチハル。

昨日断ったよね!


 「そんな約束してないじゃん。私が行ってくるから、あんたその間家でゆっくりしときなよ」

「いや、一緒に行く」

「昨日は『わかった』って言ったじゃん…」

「いや言ってない」

「はあ!?言ったよ!」

「途中まで車で送ってってあげようか?」と父。

なんでそんなにチハルに協力的なんだ。

「私、一緒には行かないよ」と強い口調できっぱりとチハルに言う。「行かないって言ったじゃん。買ってくるから家で待ってて」

「チナ」と父。「チハル君がせっかく一緒に行こうって迎えに来てるのにそんな言い方…」



「アツコちゃんは」と父が言う。「反対してるけど…。チハル君とは親子なわけだけど、それである程度は分かっていると思ってても良く分かんない事があるわけだよね、いろいろ考えてる事とか。でもチナの事だってわからない事がいっぱいあるからそれは当たり前の事で、それでもチナがよその男の子と付き合うくらいなら、チハル君と付き合ってくれた方がお父さんは嬉しいし安心なんだよね」

恥ずかしそうに笑う父をガン見してしまった。

 ハハ、とチハルも笑う。「なんか弱冠ビミョーな言い方ですけどありがとうございます」

「ビミョーかな?」と嬉しそうな父。

「よそのヤツよりは少しはまし、みたいに聞こえました」と笑いながら言うチハル。「それでも嬉しいですけど」

「そう?ごめんごめん」

「「ハハハハハ」」と笑うチハルと父。



「じゃあ、行こう」とチハル。「お父さんも言ってくれてるし」

「いやでも…」

母がいたらダメだって言ったはず。それに私が二人きりにはならないって決めたのだ。

そう思う私の心を見透かすように、チハルが「買い物行くだけじゃん」と言った。

「そうだよ、一緒に買い物行くだけをなんでそんなに嫌がる?」と父も言う。「あ、お父さんも買って来て欲しいものがあった。チハル君悪いけど頼むよ」

なんでこうなるんだろう。なんでコイツこんなに押しが強いの?ていうか私が弱過ぎるの?なんで父はチハルの味方してんの?



 結局父に車で駅まで送られ、そこからバスに乗り換えて郊外のショッピングモールへ行く。父にも買い物をいくつか頼まれ、母にも朝頼まれていたものがあったから少し遠かったが大型のショッピングセンターへ行く事にしたのだ。

 バスの中で隣り合って座るが、私を窓際に先に座らせてくれた後チハルは別に何も喋らない。私の中で気まずい気持ちの塊が大きくなってくるから自分に言い聞かせる。買い物に一緒に行くだけ。そうだよ買い物行くだけじゃん。変に意識して私だけバカみたいだ。



 ショッピングモールへ着くとすぐに2階のスポーツ用品店に向かう。もちろんチハルのリストバンドを選ぶためだ。100均にしようと思ったが、一応誕生日プレゼントだし、少し奮発しとこう。

濃い紫か緑が似合いそうだな、と思うが一応どれがいいか聞くと、私に選べと言う。

「私はこの紫のと緑がいいと思うけど」

「ふうん。じゃあそれ」

「なんで?せっかく来てんだからあんたも好きな色言いなさいよ」

「いい。お金払って来て早く。本屋にも行きたいから」

「お父さんとお母さんに頼まれたのは?」

「そんなん後でいい」

わがままだな。




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