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母の心配

 「チハルはキョーダイで仲良く買い物とかそういう気持ちなんかさらさらないんだって」

そう母が力説するのもおかしな話だ。自分の息子なのに…

「そんな…私とどこか行きたいって言い出すなんてほんと久しぶりだったから…」

「もう~~チナちゃんはすぐそうやってチハルに騙されて甘やかしちゃうから」

 騙されて?


 「甘やかしてないです」ちょっとムッとして答える。「ずっと仲悪くてやっとまた話してくれるようになったのが嬉しいだけです」

「チナちゃ~~ん」

「嬉しいっていうか安心したんだよ。ずっと険悪な感じのまま私がチハルのお母さんと暮らしてるから。だから…私、ヒロセが明後日ちょっと会いたいって言ってくれたけど、その前にチハルと約束したから断ってしまって…迷ったんだけど」

「え!?」と大きな声を上げる母にビクッとする。

「それ絶対おかしいよね!!」

ビシッと指まで指されてしまった。


 

 「だって…」と言いかける私に、「だってじゃない」ときっぱりと言う母。

「おかしいでしょ?普通は彼氏とのデートを優先させるよ。例え弟と約束してたって、そこは『ごめん彼氏とデートだから!』って。だいたい高校生のキョーダイが一緒に買い物に行く約束とか前もってしないから普通は」

「まだ彼氏じゃないから」

「そこはどうでもいい」さっきとは打って変わった冷たく厳しい母に委縮する。「だからどうやったって普通のキョーダイにはなれないって事だよね。だって本当のキョーダイじゃないんだから。本当のキョーダイなら、そこは好きな男の子を優先させるよ絶対に。だからね、チナちゃんもチハルの事を弟だとは思ってないんだよ」

「思ってるよ!」

「形だけね。そうしなきゃいけないって思ってやってるだけ。義理の弟だって思ってるって事。ホントの弟だと弟に『ごめん。別な約束入ったから』って言って簡単に断れるでしょ。チハルにはそれが言えないんでしょ?すごく気を使ってるんでしょ?」



 「チハルがもし、」と母が真面目な顔で言う。「本当に好きだって言って来たらどうするの?」

「どうもしない!仮にチハルが私を好きだとしても私はチハルと付き合おうとは思わないよ?」

「チナちゃんは思わなくてもどうにかされちゃうの。チハルが無理矢理チュウとかして来たりしたらどうするの?」

 ウソでしょ?と思う。

 チハルがそういう事をしてくるって事がより、母が真正面からそこまで聞いて来る事がだ。

「そんな変な顔で私を見てもだめだから」と母が言う。「そのうち無理矢理してくるからチハルは」

 ウソでしょ?

「…お母さん…お母さんはなんでそこまでチハルの事をそんな風に言うの?自分の子どもなのに」

「自分の子どもだから言ってんの」



 サキちゃんが貸してくれたマンガの事がちらっと浮かんだ。

「チハルは…本当に私の事が好きなの?」

こくん、とうなずく母。

「それは本人が言ってんの?」

「言ってる」

「チハルはお母さんにはそういう事を話すって事?」

オレは実は姉ちゃんが好きなんだ、って?お母さんに?ちょっとキモいよね…

 が、母は続けた。「お父さんも知ってるけど?」

「へ?」

「おばあちゃんも」

「…ウソでしょ?」

「家を出る時そう言って出る事になったから」

「…」



 「チナちゃんが中1の半ばくらいでブラジャー着け始めた頃かな~~」

母が急に遠くを見つめるようにして言う。

「…」私がブラジャー着け始めた頃?

「チナちゃんが自然の家かなんかに泊まりで行って帰ってきて疲れて寝てるところに、チハルがこっそりチナちゃんの頬っぺにチュウしてるところを現行犯で見つけて、問い詰めたら好きだって」

 マジでっ!



 …マジで…

「でもそれ…」衝撃を受けながらもなんとか落ち着こうと言ってみる。「でもそれはチハルがまだ小6の時でしょ?」

「小学生だったら許すの?」

すごく冷たい突っ込みをする母。

「いや、…許すとかじゃなくてよくわかんないでやっちゃったとか…」

「髪とかも撫でてたけど?」

「私の!?」

あのチハルが?私の髪を撫でる…

 キモっ!チュウもアレだけど髪を撫でるって…



 「でもほら、」と私は何とか思い直せるようにもうちょっと頑張る。「小学生でそんな事言ってたって今はチハルもカッコ良くなってきたし、女の子にモテるようになったじゃん。状況は変わって来たっていうか…」

「いや、今でもチナちゃんの事好きだから」

「何で断言するの!?」

「しかも前より変な感じになって来てるから。逆にチナちゃんはなんでそうチハルは自分を好きなわけない、みたいな感じに取ろう取ろうとするの?」

「だってずっと離れてたし!ずっと態度悪かったし!私に嫌な事いっぱい言ってきてたよ」

「好きだからよ。離れたのは一緒に住んでたらどうしても触っちゃうじゃん。でも中学生の間は絶対ダメってお父さんと私で言ったの。チナちゃんに何かしたら絶対ダメって。だから近寄らないようにしてたんじゃない?まあそれで今もおばあちゃんちにいるんだけどさ」



 触っちゃうじゃん触っちゃうじゃん触っちゃうじゃん…

 母の言葉が頭の中でこだまする。

「無理矢理はほら」と母が言う。「ダメだから」

そりゃダメだよね!でも…

「お母さんは無理矢理じゃなかったらいいと思ってんの!?」

「そりゃだって、本当のキョーダイじゃないんだから。今はまだいろんな事しちゃうにはちょっと早過ぎるかもしれないけど、ススんでる子はススんでるもんね~~。でも無理はダメなの。チナちゃんが嫌だってちゃんと言えずにチハルを受け止めるような事は絶対にいけないの。ちゃんと言わないとダメだからね。『いや』とか『だめ』とか。しかもそれは弱めに『うぅん、いやぁ~』とか『だめぇ』みたいな感じだったらほんとに襲われちゃうよ?チハルじゃなくてもそんなんじゃ、この先ずるずるずるずる、他の男の子にも良いように扱われて振りまわされて、幸せにはなれないから。そこ、一番心配してるとこだから私」




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