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引っかかる

 「昼はごめん」

チハルが急に、やたら素直に謝ってきたのでとたんに拍子抜けする。

「…ううん。私こそゴメン」

「何が?」

「え?」

「姉ちゃんは何をゴメンて言ってんの?」

「…いや、なんとなく」

チハルが小さく舌打ちして言った。「なんだよ…お前がそんなんだからホントのキョーダイじゃないってバレてんじゃねえの?」

「違うじゃん!あんたが私のクラスまで来るからじゃん!」

「それの何がおかしいの?」

「…おかしくはないかもだけど」

「サキさんはどのくらい知ってんの?オレらの事」

「別に何も知らないよ。知らないはずだけど…サキちゃんは2年になってからよく話すようになった子で、うちの事は知らないはずなんだけどでも…」

「でも、なに?」

「…なんでもない」

「最後までちゃんと言えよ。お前そういうのホント多いよな?」

「…普通にお前って呼ぶの止めてくれる?」

「めんどくせえな」

「…」

はああっ!?

 何こいつ…サキちゃんがいる時と全然態度違うし。最初だけか素直なの。

 だから突放すように言ってしまう。「あんた今、なんで私に話しかけて来てんの?」

 ムッとするかと思ったのにチハルは笑った。バカじゃんコイツ。



 チハルが言った。「今日も見て帰んの?」

「…?」

「ヒロセさんをだよ!きょとんとすんな。さっきも喋ってたじゃん」

「見てたの!?どこからよ?」

「オレの掃除場所あそこ」

そう言ってチハルは向かいの校舎の美術室の辺りを指す。

 チハルが私を見つめている。

 


 どうしてそこまで私とヒロセの事を気にする。

 キョーダイだと思った事はないって私には言ったくせに、サキちゃんにはキョーダイだから私の事が好きだし心配だって言うし。

 「ねぇチハル!お母さんが…」少し目を反らしながらつい口走ってしまってしまった。「お母さんが、あんたが私の事を…」

「何?」落ち着いた声で聞き返すチハル。

あんたが私の事を好きなんだって言ってるんだけど…

「何?」とイラついた声のチハル。「また最後まで言わねえの?」

やっぱダメだ!聞けない。


 「…私と買い物行きたいってあんたが言ってたって今朝お母さんが言ってたけど」

「あ~~」

「私と…行きたいの?」

なにちょっと恥じらったように言っちゃったんだろ私。気持ち悪っ!

「…行ってくれんの?」

そう聞いてチハルはまた私をじっと見つめる。

「あんたが本当に私と行きたいんなら」

ふっ、とチハルが笑った。「オレが行きたいつったら、姉ちゃんは行ってくれんの?」

…なんか引っかかる言い方だな…


 「あんたが本当に行きたいならね」ともう一度念押しする。「あんた中学に上がる前から私とそばにいるのさえ嫌がり出したじゃん」

「そういう歳頃だったっつったろ」吐き捨てるように言うチハル。「しつこいわ」

生意気な態度に「偉そうだなぁもう」とつい口に出して言ってしまう。

「私何回も向こうに行けって言われた覚えがあるからね!舌打ちされたりとかさ!結構傷付いてたからね」

そう言ったのにまたチハルは笑った。しかも嬉しそうにだ。

 ほんとコイツ嫌。


 「あんたねえ…そんなんなのに、ほんとのほんとに私と行きたいの?」

「行きたいよ」

「…」急に素直にすんなりと答えられたらビックリする。

「なあ」とチハルが言う。「母さんは他に何も言ってなかった?」

「え!?」

自分から聞いてみようかと思っていたくせに狼狽する私だ。

「…他には何も!…あ!あの…買いもの!明後日でもいい?」

「…」

「え…と、何買うの?」気まずさでソワソワするので早口になる。「二人で行くんだよね?二人で買い物行くとか何年ぶりかな?5年ぶりくらいかな?お母さんの誕生日プレゼント買って以来だね!」

「…」

「あ!あんた来月誕生日じゃん。なんか欲しいものある?あんま高いものは上げられないけど」

「…」

「じゃあラインするから!じゃあね!」

チハルの前からバタバタと、逃げるように退散してしまった。



 教室まで急ぎながら考える。

 お母さんが他に何か言ってなかったかって、何の事を言ってんだろ…何の事をていうか…

 何の事をていうか!

 あの子絶対おかしい…あの子…お母さんが言うようにやっぱり私の事を…また『姉ちゃん』て呼び始めたくせに私の事を本当に好きだったとかマジ意味わかんな…



 「おっ!と危ないな、…キモトか」

教室に入ったとたんに、ちょうど出て来ようとしていた担任の水本とぶつかりそうになった。

「すみません!」

慌てて謝ると、いやいやこっちもごめんごめん、と水本は軽く言いながら廊下を少し行ったと思うと、「あ、キモト」と呼びながら戻ってきたので、教室に入りかけていた私も廊下に出た。



 「1年のキモトの弟の事なんだけど」水本が言うのでドキリとする。

たった今話してきたところだ。そしてたった今、義理の弟なのに姉の私の事を好きなようだと把握してきたところだ。

「すごい成績良いらしいじゃん」と水本が言う。

なんか喋りが軽いな、水本。

「…はい。みたいですけど」とボソボソ答える。

「成績落としたくないから部活入んないのかな?」

「え?…いえ、…知らないですけど」

「知らないの?あ、じゃあ、なんで部活やんないの?」

「…さぁ…」

「『さぁ』って」と少し笑いながら水本が突っ込む。「あんまそんな話を家ではしないのか?」

「…はい。まぁ」家にいないからなチハルは。

水本がふざけたように笑いながら言った。「キョーダイ仲良くないの?」

「いえ!そんな事ないです!」



 「だよな!なんか昼メシも弟が迎えに来て一緒に食ったんだって?女子が騒いでたぞ?あんなカッコ良い子うちのクラスにずっと置いときたいっつって。うちのクラスにはいないからって」

ハハ、と無気力に笑って見せた。

「女子は怖いよな」水本が近付いて耳打ちする。「そういう事うちの男子の前で言うからな」

 笑いながら笑っていない目でじっと私を見つめる水本。






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